第4話 土魔導師の里

 森を歩くこと数刻が過ぎた。

 ギルベルトと名乗った男に護衛してもらったものの、良い意味でも悪い意味でも何もなかった。

 魔物はおろか、野ウサギさえ出てこないまま目的の里に着いた。

 夕暮れが門を照らし、暖かい色合いに染めた。


「じゃ、俺帰るわ」


 イーラはさっさと帰ろうとするギルベルトを引き止め、フィニも加担した。

「ちょっと!まだお礼してないわ。勝手に帰らないでくれる?!」

「いや何でだよ。要らねーよガキの礼なんか!」

「あー言ったわね!料理くらい作れるわよ!なんなら必要な薬くらい作ってあげるわよ!」

「要らねーっての!つーかお前薬作れんのかよ!なら護衛する必要ねーじゃんか!」

「魔物退治なんて都合のいい薬は作れないわよ!」

「でも美味しくない薬は得意ですよね!」

「あんたは味方なの?敵なの?」

 里の前で騒いでいると、クスクスと笑う声がした。

 見ると、大きな杖をついた女が立っていた。黒く厚い髪が良く似合う女だった。

 女はイーラたちに一礼すると、笑って里に手招きした。


「ヴォイシュまでよくいらっしゃいましたわ。さぁどうぞ。里に御用があるのではなくて?」


 女は三人を里へ入れると、杖で地面を突いた。

 地面が大きく揺らぎ、女の前で砂が動き始めた。砂の一粒一粒が積み重なり、あっという間に老人の形を成した。

「長老様、お客様がいらしましたわ」

『············』

 長老らしき砂の老人は悩ましげに髭を撫で、『お帰り願え』と言い放った。女は困ったように言い返した。

「長老様、来ていただいた方々を追い返せと言われるのです?」

『わかるだろう。今この里は客人をもてなせるだけの余裕はない。また後日、訪ねていただこう』

 女は頬をふくらませ、杖でまた地面を突いた。

 砂は力を失い、サラサラと地面に崩れた。女は深くため息をついてイーラたちに向き直った。

「申し訳ありませんわ。長老様は無理でらっしゃるようで」

「いいわよ。今日はダメなんでしょ?」

 イーラは頭を下げる女に諦めたように言った。

 だが、今から街まで戻っては夜になる。明かりのない森を歩いて帰るなんて不可能だ。でも里には居られない。

 最悪野宿を覚悟して、三人で里を出ようとすると女がはっきりと言った。



「長老様が無理ですので、わたくしがもてなしますわ」



 ──え、いいの?

 イーラは女に目をやると、女は里の奥を示した。

「こちらへ」と言って、イーラたちを案内する。


 * * *


「ヴォイシュは土魔導師ノームが守護する小さな里で、一般的には土魔導師ノームの里と呼ばれてますわ。魔導師以外は主に農業を生業としてますので珍しい薬草や野菜などで生計を立ててる方々多いんですの」

「知ってるわ。よくここの薬草買うもの」

「あー、有名だよな。ここの土じゃねーと育てられん草があるとかで」

「はい。豊かな大地は我らに恩恵を与えて下さる、神ですもの」


 イーラは感心しつつも、里の様子が気になった。

 薬草や農業で栄えている割に店の数はなく、開いている店を見つけても軒先に並ぶ野菜はやせ細っていて、お世辞にも質がいいとは言えない。

 薬草畑は乾燥で土がひび割れ、枯れた雑草があるだけ。荒れ果てた姿に開いた口が塞がらない。

 ──これで生活出来るものか。


「着きましたわ。ここがわたくしの家ですの」


 女の家は周りの家と同様に土壁に藁を乗せたような簡素な造りの家だった。女の後ろをついて家に入ると、製材されていない木のテーブル席に座らせられた。

 女が奥の方に消えると、イーラたちは顔を近づけて話した。

「なんか、おかしくない?」

「出回る野菜は八割ここのモンだけどよぉ、出荷できるだけの量もねぇ」

「あの土じゃ薬草はおろか、野菜が育つとは思えません」

「騙されてんのか?」

「騙したって感じじゃないわよ。私、何度も来てるもの。その時はもっと──」


「ええ、もっと活気に溢れていましてよ」


 女は木製のコップを持って戻ってきた。

 ホットミルクを四人分、机に置き、女も椅子に座った。

「おい、お前は土魔導師ノームだろ。里の荒れた原因くらい知ってんじゃねーの?」

 ギルベルトはそう言って、女の手の甲を指さした。土モチーフの紋章が深く彫られた手を隠し、女は目線を下げた。

「ええ、知っておりますわ。でもそれは、客人にお話することでは······」

 女はそこまで言うと、突然立ちあがった。それと同時にフィニも顔色が悪くなる。

 女は杖を手にすると窓の外を睨み、家の外に出た。

 イーラは窓に駆け寄り、女の見つめた方向をじっと見据えた。



「土よ!我が魔力をかてとして荒ぶる神より皆を守り給え!」



 女はそう祈ると杖を地面に突き立てる。

 女の周りの土がぼこぼこと盛り上がり、里全体へと伝染していく。里中を囲うと、土は鋭い刃のように空へと伸びた。

 里が土の刃に覆われて数秒後、大きな地震が起きた。

 立っていられない揺れにイーラはバランスを崩す。ギルベルトが倒れそうなイーラの背中を掴むとそのままテーブルの下に押し込んだ。フィニもテーブルの下に押し込まれ、ギルベルトは窓際で外の様子を確認する。

 イーラは机の下から窓の外を見た。

 背筋が凍り、全身の毛が逆立つ感覚に襲われた。

 フィニはぎゅっと目を瞑り、耳を塞いで縮こまった。

 長い時間が経っただろうか、窓の外を覆っていた土の刃は脆く崩れ、女が家に戻ってきた。

 ギルベルトはイーラたちを机の下から引っ張り出すと、「説明しろ」と言わんばかりに女を睨む。女も零れたミルクを片付けながら、椅子に座るように促した。

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