第1話 「雲取人の少年」⑤:蒼き夜の下 ~準備~
〈 3 〉
格納庫内に設けられている設備や機器を操作し、二機のアンフィプリオンを脇へと移して、シプセルスの進路を空ける。
同時に、機体後方のカバーを外して簡易シートと固定ベルトを突っ込み、設置。
さほど労せずして、一人乗りが常道である筈の飛雲機は、世にも珍しい二人乗りの機体へと変化していた。
場所から言って、予備のマテリアル用ストッカーや応急設備でも置いておくのかと思われていた、操縦席の後方にあるスペース。だが、こうして座席をきちんとはめ込んで固定出来る事と言い、やや離れて全体像を見回してみた時の感じと言い、カイトにはどうも、これこそが本来の用途であるような気がしてならなかった。
ハルカもそれを察したのだろう、「カイトのおじさんとおばさん、二人でこれに乗っていたのかなあ」等と呟きが聞こえて来る。
「カイトは、教えてもらってなかったの? 良く見つけ出したよね」
「多分、自分たちで整備して考え出せ、って事だと思う。あちこち直に触って点検するのが乗り手としての常識だろう、とか、前に話した思い出があるから」
やがて、それぞれの準備は完了。Eマテリアルの残量を確認後、シプセルスは離陸体勢へと移行する。
「夜でも『雲取り』(マテリアルの採取)を行っている奴らはいると思うし、簡単な飛行コースを選ぼう。シートとベルト、本当に大丈夫か?」
「うん。いくら強く引っ張っても、びくともしないよ」
「そうかい。だったら、安心だね」
通信装置を介してするりと会話に割って入ってきたそれは、紛れもないレナの声だった。次いで「二人とも、ご苦労様」と、フォートの声も入ってくる。
「こっちの方も、一通りは準備終わったから。うるさく言っていることだけど、安全装置の類は、特にしっかりと点検しておくようにね」
カイトとハルカ、二人のやろうとしている事は、既にレナとフォートも了承済みであった。飛雲機とその周辺設備の起動用キーを扱う権限は師匠である二人が請け負っており、それを通さず空へと上がる事など、今の新米二人にはどだい不可能な話と言える。
たとえ怒られ、はね付けられたとしても、出来る限りは食い下がって見せる。決意を胸に、レナの自室をノックした少年少女は、その後の会話でいささかの肩透かしを食らうこととなる。
「ふぅ。案の定、ってところか」
言いながら肩をすくめるレナ。そうしているうち、フォートも自室から顔を見せて、彼らに言葉を投げかける。
「『雲取り』を行うつもりが無くても、夜中のフライトは危ないからね。こっちでナビは行うから、安心していいよ」
「え、あれ? 姉さん、義兄さん、私達を止めないの?」
疑問に対する返しは、明瞭な言葉と頷き。
「あんた達が悩んだ末に行き着くなら、これが妥当な行動になるかな、って思ってた所だしさ」
「うん。気をつけて行っておいで、二人とも」
結局のところ、完全に行動を見透かされていたという事だった。自分たちの至らなさを確認しあうように、カイトとハルカは顔を見合わせ、思わず苦笑を浮かべあう。
――それから、おおよそ一時間弱を経て。
オレンジ色の回転灯がまばゆい光を放ち始め、次いで、飛雲機の出庫を示すサイレンが構内に響き始める。そのうちに、ゆっくり、ゆっくりと車輪が回り始め、シプセルスは格納庫より、外の機体専用道路へと移出されて行く。
そして、一分もせぬうちにその鋭翼は公共の滑走路へ。離着陸を行っている機体が周辺にいない事を確かめて、……加速する。
Eマテリアルが燃焼され、エンジンが唸りをあげる。次いで、機体後方に設けられたプロペラが本格的に回り出す。
離陸用ブーストの起動を示す蒼色の飛沫が、機体の後方へと飛び散って消え――やがて、二人乗りの飛雲機は、勢い良く地上を蹴って浮き上がり、刹那を待たずに陸から離れて行った。
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