第1話 「雲取人の少年」③:シプセルス
〈 2 〉
――セルナスの空は、白い。
通常なら『晴天』として扱われる天気でも、全体面積で青空が二割弱、もし四割を超えれば一見に値する貴重な風景と化す。
本来であれば、大きく途切れる事の無い雲海に遮られて太陽光が絶対的に不足する環境の筈だが、様々なエネルギーの原料となるスカイ・マテリアルの蒼光を通り抜ける過程で、光の量が増幅されたり様々な有機物が付与されたりするため、この世界で生きる者たちにその類での不自由は存在していない。
ちなみに、その実用性や普及度、形状ゆえ、スカイ・マテリアルは一般的に『マテリアル』や『空晶』、はたまた『空の宝石』などと銘打たれている。
――セルナスの夜は、蒼い。
天高く昇った月がその光を地上へと放つ過程で、雲内に含まれたマテリアルの湛える光に反射、混合される。その結果として、雲で覆われた闇の中にうっすらと青い光を投げかけ、地上を照らし出す形となる。
クラウダーや飛雲機、マテリアルと同じ、全世界の共通用語の一つにして、夜の晴天を意味する『蒼晴』。この日の夜は、まさにそんな形をもって、緩やかに更けようとしていた。
天窓より蒼光が差し込む、飛雲機の格納庫。そこには、あたかも眠っているかのように、蒼色と朱色のアンフィプリオンが静かに佇んでいる。そんな二機の間を縫って、奥へと進む影が一つ。
ゆっくりとした、と言うよりも、むしろ、どこかためらいを内に秘めているかのような足音が、天井高い格納庫内へと響いて消えて行く。
だが、その体躯がふらつく事は無い。目的は定まっている、と言わんばかりに、クラウダーの少年は奥へ奥へと、真っ直ぐに歩みを進める。
そして、布で覆い隠された、二つの巨大な鎮座物の前で足を止め――
「………っ!」
その一方の布を掴むと、力を込めて一気に引き落とした。
蒼光の下に姿を現したのは、一機の飛雲機だった。あたかも鋭い矢じりか或いは長槍の如く、すらりと長細い流線型のフォルムを備えた、素人目にも「美しい」と感じられる機体。その後方より伸びる両翼と末尾に取り付けられたプロペラが、先述のイメージをさらに強調させている。
だが、仮にこの機体をセルナスで生きる者が眼に留めたならば……例え、幼い子供でさえも……その形には思わず首を傾げてしまう事だろう。
飛雲機とは本来『雲の中に入り、そこに生まれ出でるマテリアルを採取』する為に造られた代物。ゆえに、原型となった一般的な小型飛行機には「雲内の気流や無数の水滴、他の飛雲機との接触も考慮した頑強さ」と「マテリアルを多く採取し、持ち帰る為の保管庫の設置・肥大化」の二大コンセプトが念頭に置かれ、専用の改造が施される事となった。
結果として、初期に生み出されたのが、今をもって幅広い用途に使われ続けているアンフィプリオン。それに続くかのように、飛雲機の形状は総じてどこかしらずんぐりとした、かつ、ごつごつとした硬質なものになっているのが常である。
その点で言うならば。今、カイトの見上げる先にある機体は、あまりにも飛行機としての容姿を備えすぎていた。それは、明らかに『マテリアルを採取する』事よりも『空を飛ぶ』事を優先させた形状だった。
彼の両親によって全くの一から創り上げられた、この世に二つとない、蒼いボディカラーと銀のラインカラーが眩い飛雲機。その名をSip―001『シプセルス』……〈空飛ぶ魚〉、と銘打たれていた。
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