09.九十九百

 脳の細胞の隅から隅まで働かせれば、謎は謎ではなくなる。実際彼は今まで九十九の謎と出遭い、全てを解決してきたのだった。

 九十九。ただ通過するだけの事件、謎の数。数字のキリの良さに神経質になるのはナンセンスだと自分でも思う。何しろ彼は名探偵と呼ばれる男なのだ。論理的かつ理知的で、奇妙なジンクスを信じたことはないと自負している。だが弁慶よろしくこの手のキリの良さにはなかなかどうして不吉さが過ぎるではないか――いやそんな馬鹿な。

 手帳を忙しなくめくりながら、男は次に引き受ける予定の依頼を確認していた。思いついてしまったが最後、明晰なる記憶力と集中力からそのシチュエーションがいかにも事件的な気配を醸していることが割り出されてくる。百度目の事件。百回目の事件。心做しか嫌な響きに聞こえてくる。

 もしや下手を打ったり、ともすればうっかり邪魔者として被害者の列に仲間入りしたり……いやいやまさかそんな。

 落ち着きなくドアの前も行ったり来たりしながら、入念に旅装の準備を整える。少しの漏れもあっては何か起きた時に対応できない気がした。


 然して。

 その日台風が来て飛行機は飛ばなかった。探偵百回目の仕事は次に持ち越しになったのである。

 小心者の名探偵の懊悩は今しばし続く。

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