08.匣の中

 真夜中の理科室、ちらちらと光る青ざめた蛍光灯、戸棚に並ぶ〝生き物〟たち。

「見てみたいでしょう?」

 いつの間にか隣にいたクラスメイトが聞くので、生唾を飲み込みながら頷いた。何故か背筋がざわついた。

 龍の化石だという歯は尖り、家畜の仔の薬液漬けはぬらぬらと息づいているよう。微光を発する種々の小石の標本。ピンに刺された異国の蝶や蛾。

 魅入っていたところで弾かれたような心地になる。

 隣で玉虫の標本を見る彼女は本当にクラスメイトだったのだろうか。よく考えても見れば、彼女のようなクラスメイトに覚えがないのだ。

 喉元を伝う冷や汗。

 顔を上げると、ただ黒の中に三日月形に笑う目と口があった。こちらを見ていた。

 他に何もない。人ではない。彼女は、ここは、物言わぬモノたちは――。

 ……叫んだ。無茶苦茶に叫んで、体の震えを振り切ろうとした。

 伝っていた汗がくすんだ床にぽたりと落ちた。ほんの微かな音ではっと気づく。長い時間が経った気がしていたが、まだ昼休みの最中だった。

 今は夜ではない。あのクラスメイトはいない。何も起こってはいない。全ての品々はきちんと整列して棚に並んでいる。

 それだのによくよくわかってしまった。もし同じことが二度あれば、きっと自分もあの標本の仲間に入れられてしまうだろうこと。

 覗いてはいけない匣の中身があるということ。

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