03.君とダンスを
恋の調べを綴る羽根ペンの先は軽やかだ。ただし濃紺のインクは慎重で、僅かに重い足取りである。まるでダンスのようだと面白く思う反面、インクの重さより更に重いものの存在が頭を痛ませてくる。
痛い頭を叩きながら、横目に映るは一通の手紙だ。
おどけて言うなら……おどけなくてもだが……愛しの彼女からの。
ダンスのお誘いである。
月末は春の訪れを祝う祭りだ。彼女の街では盛大なダンス・パーティーが催され、男女がペアになって広場で輪になって踊る。祭りの最後に、萌え咲いたばかりの花の小さなブーケが投げられ、これを拾った男女は幸せになるだなんてジンクスつきなのだ。
その相手のお誘いである。光栄なことである。
でもどうしてか彼のペンはうまいように進んだくれないのだ。悪筆ではない。むしろ達筆な方だ。手紙の文言も立て板に水を流すように出てくる。なのに……。
彼女のこととなるとからきしだった。そして彼はダンスもまたからきしだった。
「……やむを得まい」
苦虫をかんで潰した顔は、決意が定まった証。
彼女の喜ぶ顔を見るために、ひと頑張りしなくてはなるまいと。
恋の調べを綴る羽根ペンの先は軽やかだ。ただし濃紺のインクは慎重で、僅かに重い足取りで。
ステップの練習はしっかりせねばなと、頭の隅で考えながら、手紙は綴られていく。
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