第29話 皆さんの心の糧は何ですか?

 月に一度の心療内科の診察日、主治医は毎回私に確認するように聞く。

「眠れてる?仕事は辛くない?気分的にはどう?」

私はこう答える。

「日々眠りにはまだムラがあるけど、仕事も少し辛いけど以前に比べれば全然大丈夫ですよ。」

主治医が確認するように聞くのには私が断薬してから1年を迎えようとしているからだ。安定剤・抗うつ剤・鎮痛剤・降圧剤、さまざまな薬をその時の症状に合わせて何種類も飲んできた。不安で仕方ない自分と薬をやめたい自分とが長い間鬩ぎ合ってきたのだが、一昨年頃からその薬を飲むと翌朝、余計に体調がおかしくなっている自覚が出てきたことから時間をかけて徐々に減らしてきた。今は降圧剤だけを処方してもらう為に通っている。そんな私の状況を理解した上で主治医は私に聞いてきた。

「ねぇ、今の心の糧って何?」

主治医のその言葉に私の脳内はスパコンの様に動き出してしまった。


 心の糧は確かに推しだ!だが、それを正直に話していいものか?その年で?と驚かれたりしないか?世間体を気にしてどうする!いや、年齢的に引かれたら嫌だ!職場や生活圏内では推し活をオープンにしていない。これがオープンにするいい機会じゃないのか?いや、でもどうだ?どうする?いやいやいやいや・・・・・


そして咄嗟に出た言葉は、

「子供達ですかねぇ・・・・あはは」だった。

主治医は「そうかぁ、そうだね、楽しみだもんね。じゃぁ、無理せずにね。」と送り出してくれた。

診察室を出た私は酷く落ち込んでしまった。”言えなかった”と。


恥ずかしい訳ではない。推し達の事は誇りに思っている。だが私は昔から本音を伝えようとすると瞬時に伝えた時の相手の反応を先回りして考えてしまう癖がある。

久々の感覚だった。今は殆ど出てこなくなったものの以前は毎日がこうだった。

職場でも家庭でも。いつでもどこでも。元旦那の前でも子供たちの前でも。

自分の本心を表に出すことなく生活していくことがどんどん自分の精神的限界のハードルを下げていく結果となり、体力的にも精神的にも限界を超えてしまった。

 意を決して元旦那に本心を打ち明けても何も伝わらなかった。私の本心など、どこ吹く風だったのだ。子供たちがまだ幼いころ、元旦那はその当時の私の推しを批判するようになった。笑いもした。ことごとく批判した。私はまだこのことを引きずっているのかもしれない。つい先日、その推しの曲が車の中で流れた。助手席に乗っていた娘が笑い出した。元旦那に刷り込まれたであろうその感覚が私の心を締め付けた。思わず私は娘に向かって言ったのだ。「人の推しを笑うもんじゃない。」と。

  言えた。二十年越しに・・・・

娘は気まずそうな顔をしていたのだが、小さく「ごめん」と聞こえたような気がした。

私がその言葉を口にすることができるようになったのも、今の推し達のお陰かもしれない。9人という大所帯なのにも関わらず皆が決して埋もれることが無く皆が皆をリスペクトしている。決して下げることもなく皆で皆を盛り上げているのだ。推し達の心がとても暖かいのだ。どのコンテンツを見ても聞いても心が暖かくなる。平和感を感じ、9人が9人に対し愛を感じるのだ、そして自分の気持ちが安定していくのが分かる。

私が断薬を始めたのも推し達と出会ってからだった。自分の気持ちが前向きになっていくのが手に取るように分かったのだ。

気持ちが前向きになっていくと自然と気持ちに少しずつなのだが余裕ができてきた。

その余裕のスペースを使い、私の推しが言う知識を貯めようと考えた。

自分が経験した不育症を元に、今現在同じ病に悩む方の力になろうと考え、不妊症・不育症ピアサポーターの講習を受け、終了証も頂いた。

活動らしき活動も今現在は正直できてはいないけど、この先自分が胸を張ってこの肩書の事を発信できるように精進したい。

精神的にも限界を感じていた自分がここまで活動できるようになったのも推し達に背中を押してもらい、気持ちを前に向けてもらい、覚悟を持たせてくれたからだ。

 毎日、推し達を見ては「ありがとう」と伝えて出勤する。


さぁ、来週は診察日、今度こそは「心の糧は推し達です!」と胸を張って言おう。


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