第20話イチバンのホシになろう
週末の夜、本社での会議後に中学時代から友人の同僚と夕食を共にした。場所はMOS。推しとしては抑えておきたい所。だが、本心は長居をして話し込みたいのだ。50も半ばになると、夕食をMOSでとはなかなか言いにくい。ママ友とのお出かけはもっと高級感を感じさせる場所のチョイスが多いから。なかなか言い出せないこともあるのだが、今回は私のチョイスに賛同してもらった。ありがてぇ。
こうして夜二人で食事するのも10年いやそれ以上の時が経っていた。
お互いの家庭の事情もあるのだが、それに加えて私が自分から殻を作り距離を置いていた事も理由の一つだ。
店内の席についてすぐに友人が口を開いた。
「昔のあんたに戻ってごいて良かったわぁ。」「やっと戻ったね」
その言葉を聞いた瞬間に嬉しさと待たせてしまったことへの申し訳なさと待っていてくれたことへのとてつもない感謝と感情が入り乱れてしまい気恥ずかしさから照れ笑いしかできない自分がいた。
もう20年位前になると思われるのだが、そのころから元旦那のこと、子供のこと、仕事のこと、様々な困難と呼ばれることが次から次へと怒涛のように襲ってきていた。仕事は自分が動けばいいことであってその都度の対処はできていたと思っている。子供のことは自分ではどうにもできないことだったので、自分ができるサポートをし続けていた。元旦那は患っていたこともあり、サポートできることはやり尽くした感が強いのだが、サポートしてもサポートしても果てしない終わりのない旅を続けているような、そんな生活を送っていた。フルマラソンでもゴールはある。いつかゴールが見えるはずと信じて生活を送っていたのだけれど、いつまでたってもそのゴールが見えてこない。
家族の収入源は私の収入だけという状態が長期間に渡り続いていた。自分一人の収入しかないのだから、自分が頑張って収入が多くなれば子供たちにも欲しいものの一つも買ってやることができると必死になって仕事をこなしていた。その仕事が評価されありがたいことに昇進もした。収入も少しづつだが増加しているように感じていた。
が、元旦那から「そんなに偉い人にならんでよ。」と、一言。
意味が分からなかった。女が昇進したらいけんのか?家族のためだぞ?
あんたの収入が無いけんだぞ?何を言ってんの?必死で家族守るためにやってんのに。私の心の中にあったビーチボールに針で穴をあけられたような感覚に襲われた。
それと同時に職場でも女性の昇進を快く思わない社員から辛辣な言葉を浴びせられたり、漬物石のように私に依存してくる職場の方に姑。とうの昔にキャパをオーバーしているのは自分でも自覚していた。それでも騙し騙しやり繰りしてきたが、ついに私の心が悲鳴を上げた。
狭い空間が不安でいることができない。大好きな車の運転が恐怖に感じる。仕事に出ようと思っても今までにないような腹痛に襲われる。食欲もない。食事を目の前にしても食べたいと思わない。大好きなビールを目の前にしても美味しそうに見えない。眠れない。眠るためにアルコールを摂取する。疑心暗鬼になり、人と話すのも億劫になり、誰とも関わりたくなくて、自分自ら殻を作った。病状を悟られないように立ち振る舞う。以前の自分から到底考えられない姿だった。病院で薬を処方してもらい何度か短期で休職しながらも生活するために仕事していた。
心の症状はやがて身体へも現れ始める。身体の奥深く眠っていた病気が顔を出す。体中が痛い。検査をしても治療するほどの値ではないという。薬だけが増えていくことに不安しかなかった。
仕事の効率も下がる。身に入らない。案の定、評価も下がり転勤となった。
その頃には、子供たちも大学生と高校生となり少し手が離れ楽になってきた。私の症状も落ち着いてきた。心に余裕はなかったけれど、狭い空間だけは大丈夫になってきた。自分の事を顧みる気持ちにもなれたことで友人の後押しも受けて離婚した。
離婚したことで自分にのしかかる岩が一つ取れ、気持ちが楽になったように感じていたのだが、早々に症状が良くなる訳もなく、右往左往していた。
すると、大学生になった娘がSnowmanのファンクラブに入りたいと言ってきた。
デビューしたての苦労人の9人組という。会費をバイト代から出すならいいよ。と伝えると嬉しそうに手続きをし、シングルが出るたびに嬉しそうに解説してくれる。
若いっていいなぁなどと思っていると、Sowmanのファンの年齢層は幅広いよ。と教えてくれた。そんな時に娘からSowmanのアリーナツアーのチケットが一枚あって誰と行こうか迷ってると言い出した。何か変わるきっかけがなんでもいいから欲しかった私は、娘に連れて行ってくれるようにお願いした。
それからは、娘がライブに行くには勉強が必要とアルバムを車にいれてくれた。
YouTubeも見て勉強するように伝えられ、そこでイチバンボシに出会った。
覚悟はいいかいと問われても、「いや、まだ」と画面に返答していた。だが、詞の中で足踏みしている自分の背中を9人みんなで押してくれていることに気づいた。
自然と涙が溢れ出ていた。このままじゃだめだと。今まで気持ちが全然前向きになることがなくて自分自身がとてもしんどくてなげやりになっていた自分の背中をビシっと叩かれた気がした。Sowmanのほかの楽曲も前向きの歌詞が多く、聞くたびに背中を押してくれていた。ライブに参戦して、生の9人を目の前にした時に我が子と同じような年代の彼らの姿に目を奪われている自分がいた。アイドルなのに、ライブ中に小さな子供の事を気遣うリーダー。深々と丁寧にお辞儀をしてファンサをしてくれる俳優さん。団扇のファンサを見つけてくれてちゃんと微笑みをくれたクイズ王。目の前に偉大な彫刻を見せてくれた我が子と同い年のモデルさん。百変化のパフォーマンスで圧倒してくれた未来のストーカーさん、バラエティーの時とは正反対の正統アイドルを見せてくれたハーフさん。みんながリアコと言っているのが頷けるほどの色気とアイドル感溢れる最年長。アルバムとほぼ変わりない歌声を聞かせてくれ最初口パクかと、娘に確認したほどの五歳児さん。画面越しからは感じる事の出来ないほどの貴族感と安定感と偉大さを見せてくれた国王。溢れ出す個性とパワーそしてファンの事を常に一番に考えていることに圧倒され、気が付けば沼に転げ落ちていた。そして彼らから前を向くようにとバトンを受けたような気がした。
娘が彼らを教えてくれていなかったら、もし、私が前を向けずにあのままだったら、後先考えず、誰の事も思いやることもできずに自分本位な行動をとっていたかもしれない。でも、もう大丈夫。ちゃんと自分で立って前に進める。
今年の年賀状に「今年は新しい挑戦をします!」としたためた。どこかで決意表明したかったのだ。偶然にも彼らの新しいアルバムも「IDOME」(挑め)ともある。
また、背中を押してもらった。いつもありがとうございます。
苦しんでいる私を少し離れて客観的に的確に支えてくれる娘。天真爛漫な笑顔で安心感を与えてくれる息子さん、時に後押しし、時に何も言わずそっと見守り続けていてくれた友人たち。私はこんなにもたくさんの人に守ってもらっていたんだと今更ながら痛感している。そして抱えきれないほどの感謝を伝えたい。ありがとう。
ジャンルは違えどイチバンのホシを目指したいと考えた。
スーパーに買い物に出かけた。元旦那に遭遇した。私に手を振ってきた。
はぁっ??(ゆさぴょん風)
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