第19話 愛しのチンピラ

 息子の腰椎椎間板ヘルニアの治療が終了したのは高校3年の高校野球春大会の少し前だった。

息子の強い希望もあり主治医が春大会には復帰できるようにと治療計画を組んでくれていた。それに合わせるように息子もリハビリを頑張っていた。

 だが、「春大会にはレギュラーで出ることは難しいと思われる。」と息子から話を聞いた。「春大会に無理に出てもそこでダメなら夏もダメだから。」と言われた息子は口惜しさと悲しみと喉の奥から溢れ出てくる感情を口の中で抑えつつ何とも言えない表情で私に伝えてきた。でも、夏に照準を合わせてフル出場するために今は焦らず、無理をさせないようにと監督とトレーナーは考えてくれている。とも言ってきた。

「マジかぁ。それは残念。でも仕方ない。踏ん張れ。」私はそう言ってしまった。

ま、まずい。私の心の声をそのまま口にしてしまった。今の息子に「残念」という言葉はいただけない。そろっと息子の顔を覗いてみる。

目を閉じて大きく一つ息を吐くと、「んまぁ、仕方ないよね。でも監督達もちゃんと考えてごしとらいし、頑張るわ」と言いながら、その顔には『おかんはいっつもそうだよね。』と書いてある。やばいっ!あなた様の気持ちを汲み取ること無く心の声をだだ洩れさせてしまいました。申し訳ない。

 だが、最後の夏で後悔のないようにプレーできればいいのだと、私は自分自身に言い聞かせていた。息子も同じだったのかもしれない。聞いてないけど。

息子のほうが苦しいのは頭では理解している。理解してはいるのだがその感情に寄り添ってやろうとすれば「おかんに何がわかるかや。しゃん時間があーなら、野球のルールでも覚えろ。」と、言われるのがオチだ。

 祖母がテレビの野球中継を見ながらルールを尋ねると事細かにかみ砕いて教えている姿を毎日のようにみかけるのに、私がルールを尋ねると「俺の野球を何年見とられますか?勉強してください。」と、まるで教師のように返してくる。こいつ・・・


 これまでの練習試合では三塁コーチャーをしていたので、春大会もそうなんだろうと思いつつ、コーチャー姿を眺めつつ大会前の練習試合を観戦していた。

よくよく考えればコーチャーもとても大切な仕事だ。ランナーを生かすも殺すもコーチャーの手腕にかかってくる。大声を出し腕を振りどの練習試合も必死にコーチャーをしていた。が、練習試合を重ねるたびに息子が放つ言葉が変化していった。

ん?ん?

ベンチから発する掛け声、コーチャーとして発する掛け声、試合をこなすごとに口が悪くなっていくではないか・・・しかもキャプテンもそれに合わせるようにどんどん口が悪くなっている。まずい・・

 確か、知り合いが子供達がまだ小さいころに聞いてきたことがある。

「おかあさんてどんな人?」

子供達は私の顔を見ながら口を揃えて答えた。

「怒ると怖い。だって、巻き舌で関西弁で怒るんだもん。」

スポ少時代は、キャッチャーをしていた息子にキャッチャーフライが飛んできた時に私は思わず、「飛べ~!取れ~!!」と、何度も叫んでいた。取れなかった息子が振り返り私に向かって「取れるかい!!」と大声で叫んだことを思い出した。

 まずい・・・今、息子がグラウンドで叫んでいるその言葉は私が今まで叫んでいた言葉だ!!私は目を泳がせながらきょろきょろしていると、同級生のお父さんがぽつりと言った。

「うちの野球部って学校に女子が多いからお淑やかなのがいいところなのに、何かどんどん強豪校の野郎軍団になってきたねぇ。今までの面影がないぞぉ」

すんませ~ん。うちの子のせいですよねぇ。

すると、ほかの保護者から「あの二人、チンピラだわぁ。もう。」と聞こえた。

その言葉があまりにもしっくりきて、3年の保護者で大笑いになり、それからキャプテンとうちの息子は保護者の間で「チンピラ」と呼ばれ、試合のたびに「出てきた!チンピラ!!」と私をはじめ保護者達を楽しませてくれた。


春大会の2戦目、秋の新チームでの大会で悔しくも敗れた相手だ。今回はどうしても勝ちたい。息子は1戦目に続きベンチスタート。三塁コーチャーでベンチでもチンピラっぷりを発揮していた。試合序盤に相手に先制点1点をとられたものの翌回には2点取返し逆転したのだが、試合中盤になると今度は相手に2点取られ逆転された。息子のチンピラ具合にも拍車がかかっていった。

試合が終盤に近付くと、「負けるわけにはいかない。」子供たちのそんな気迫がスタンドの保護者にも伝わっていた。

 すると、三塁コーチャーの息子にチームメイトが近づきコーチャーの交代を促し、

息子はベンチへと向かって行った。おや?なんでだ?試合には出らんはずだになぁ。

と思っていると、代打で息子の名前が呼ばれバッターボックスへと出てきた。

まじかっ!!私は、驚きと嬉しさで動きが怪しい・・・

スタンドの応援を受けバッターボックスへ立つと雄たけびを上げバットを構えると

狙い定めたようにヒットを放った。そこから流れが変わり2点の追加点を入れそのまま勝利を収めることとなった。

スタンドは大いに沸き、保護者みんなでハイタッチし、勝利を噛みしめた。

まさかこんな形で復帰できるとは。それまでの息子の辛さを吹き飛ばすほどの満面の笑みを見せた息子をみて思わず涙がこぼれた。


そしてこの後、夏の大会が終わるまで、キャプテンと息子はチンピラ道を突き進むこととなり、その度に保護者から声がかかった。

「おっ!!チンピラ登場!!」

今日も巻き舌絶好調!

感謝せぃ。私のおかげだ。違うか。

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