プロローグ 後編 ー 死闘 ー

 銃声の醜い音と、鳴子の心地よい音が交差する。

 キャンプファイヤーの前で私たちは本気で戦った。

 殴り、避け、避けて殴る。そして交わし、攻撃。


「……クッ!」


「グワァアアアアアアアアアアアアア!!」


「つ……強い……」


 すぐに決着がつくと思われたけど、正直かなり苦戦している。

 彼は想像以上に力を付けていた。一年生の頃とは比べ物にならない。

 そのせいで戦いは長引き、私の体力の方が徐々に奪われていく。

 本当はササッと片付けてススッと解決したかった。

 だけど簡単に解決できそうにない。もう諦めようかしら。

 

「頑張れ挙玖先生!!」「ファイト!!」「校長代理ガンバレェ!!」


 いや。諦められない。諦めてはいけない理由が私にはある。

 一度避難した生徒たちが、様子を見に校庭の方まで戻って来ていた。

 先ほど「校庭の敷地内には入らないで!」と言ったので、誰も入ってはこない。

 それに生徒は怪物の恐ろしさを目の当たりにしているので誰も武器を向けない。

 武器を向けなければあの怪物が生徒を傷付けることはない。

 まぁ、それはいいんだけど。その……見物客がいるとやりづらいわね。


 だって皆が見ていたら――


「負ける訳にはいかなくなるじゃない」


 かつて私には【白鳥の舞踊】と二つ名が存在していた。

 理由は戦う姿が美しく、まるで踊っているように見えたからだ。

 全盛期の私はその異名がとても好きだった。戦い方が美しいと言われることに喜びを感じた。自分自身が美しいと言われているような気持ちになったからだ。

 それが年齢を増すごとに、私のことを白鳥と呼ぶ人は減っていった。

 いろんな理由が考えられるけど、多分その一つは『戦い方』だろう。

 美しかったファイリングスタイルが今じゃ近距離パワー型。


「いったいいつから私は初心を忘れてしまったのかしら」


 今の私は最高にダサいわ。

 汗かいて、べそかいて、苦戦して、疲れて、息を乱して。

 こんな格好悪い姿に見せるなんて教師失格だわ……。


 だけど悔やんでいる暇はない。

 ダサいなら、格好よくなればいいだけの話と。

 生徒たちの声援で目が覚めたわ。先生頑張る。


「皆、見てて。先生、皆のことを守るから」


 怪物を前に、私は一度武器を下ろした。

 武器を下ろせば相手は襲ってはこない。

 その時間を利用し、私は自分の呼吸を整えた。

 一時的に力を増幅させる技をここで使う。

 全神経を体の全ての部分に集中させる。


「生命の鼓動。力の源は霊。属性――解放!!」


  ~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~

  ~~~~~~~~~


 全身に纏われたのは、普段の何十倍もの霊気。

 体が青白く発光し、まるでプランクトンのような光を放つ。

 漲る力。潜在能力の覚醒。これなら間違いなく勝てる。


「さぁ、怪物ちゃん。今度こそおねんねしてもらうわよ」


「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 多くの生徒や先生が見守る中、私は怪物と戦った。

 舞うように、流すように、そして時に荒々しく。


 ▼   ▼   ▼


 校長代理の名に懸けても、負ける訳にはいかなかった。

 いかなかったから、奥の手である【属性解放】まで使った。

 だけど、私たちの勝負は私の想像に反する結果となった。


 戦闘開始から十数分後、長かった戦いに決着がついた。


 勝負には必ず勝者と敗者が存在する。


 そして敗者は――


「私だ」


 校長代理である私が……負けた。

 本気で挑んだつもりだったのに、返り討ちにあってしまった。

 もしかしたら心のどこかで、教師としての優しさが残っていたのかもしれない。


「いや、それはないわ」


 優しさは完全に消していた。本気でアレを倒そうとしていた。

 校長代理のプライドを懸けて本気の本気で私は戦っていた。

 だけど負けた。私の敗因は、相手が予想以上に強かったからだ。

 半分は暴走した影響だろうけど、もう半分は彼自身の力。

 私が毎日デスクワークをしている間も、彼はきっと修業を続けていた。

 あの化け物じみた素早さと無駄のない動きは努力のたまものと言える。

 教師の一人として、生徒の成長は素直に嬉しいわ。


「――って、こんなんだから負けるのよ……」


 甘い。甘すぎる。私はあまりにも甘い。

 こんな甘ちゃんだから、生徒に負けるのよ。

 今度は甘さなど捨てて、本当の本気のマジで挑もう。


「今度こそ勝つから……暴走を止めるから……お願い、動いて私の体……」


 だけど私の願いもむなしく、体が動くことはなかった。

 仕方がないと言えば仕方がないことだ。なぜなら私は武器を壊された。武器は魂の一部。壊されれば激痛を伴う。正直今も平然としているけど、めちゃくちゃ痛い。

 治癒の能力で痛みを軽減しているけど、体は多分悲鳴を上げている。

 それに私は属性解放まで使った。一時的に超パワーは得られるけど、強い力には代償が伴う。使用後は身体が疲労に包まれ、数時間はヘロヘロで動けなくなる。

 私の勝利で幕を下ろすと思ったので使ったけど……この展開は予想外だわ。


「……」


 幸い校庭には誰も入ってこないので、怪物が動くことはない。

 彼はカウンター型だ。敵意を向けられない限りはおとなしい。

 

「すぐに動けるようになるから、そこで待ってなさい!」


 霊気の鼓動。脈拍の波動。生命の呼吸。


「……」


 意識を全神経に向けたのに……体が動かない。


「なんでよ!!」


 代償のせいで、どうしても体が動かない。

 そんな私のことを心配そうに見つめる生徒たち。

 こんな所で負ける訳にはいかないのに……。


「なんで……なんで動かないのよ……! ……ん!?」


 私は黙り込んだ。何かの気配を感じる。

 怪物とは違う霊力。だけど物凄く強大なる力。

 こんな霊力、今まで感じたことがない。


「……何者……?」


 ゆっくりこちらの方へと近づいてくる。

 立ち入り禁止の校庭に堂々と入ってきた。

 それは怪物の味方か、それとも敵か。

 

「いったいこの気配は誰にモノなの?」


 私はどうにか視線を気配に向けようとした。

 体が思うように動かないけど……頑張った。


 そしてどうにか視線を向けることができたとき――私は顔を背けた。


「アツッ!?」


 その人物の体からは熱が発せられ、全身が燃え盛っていて眩しかった。

 一瞬だけ見えたけど、その人物の体には赤い霊力が纏われていた。

 アレは属性解放だ。そしておそらくその子の属性は炎。

 炎属性を生徒は全員知っているけど、こんなに強い子はいたかしら?


「挙玖先生。あとは私に任せてください」


 うっすらと目を開けてその生徒を見たけど……分からなかった。

 燃え盛る紅色の髪と膨大なる赤い霊気。殺意の籠った眼差し。

 こんな恐ろしい眼差しをする生徒がこの高校に居たなんて……。


「……」


 いや、分かる。この霊力。どこかで感じたことがある。

 霊気の量は全く違うけど、霊力の質には心当たりがある。

 ある人物の顔を想像して、謎の生徒へと視線を向ける。

 脳内で二人の顔を比べてみると……うん。一致した。


「アナタはもしかして……」


「私が誰かなんて関係ない。関係あることは、私がアイツを殺すと言うことだけ」


 優しかった頃の彼女はもういない。

 だけどその子はその子。何も変わらない。どんなに姿が分かっても、どんなに殺意に包まれていても、彼女は間違いなく私の大切な生徒の一人。


「だったらダメよ! アナタが彼と戦ってはダメ!! アナタが戦っても待ち受ける結末はハッピーにはならない! 復讐なんてやめて、日常に戻りましょ!」


「ハッピーエンドなんて関係ない。日常なんていらない。私はアイツを殺す。ゼッタイに殺す。たとえ校長代理がダメだと言っても、私はアイツを殺す」


 そう告げると、彼女は私を横切り、怪物の方へと向かった。


「止まられなくても……止める!! 止めるから待って!!」


 だけど、どんなに強く願っても、私の体が動くことはなかった。

 完全回復まであと何分? 2分? 3分? 5分? 1時間?

 こちらが指を咥えている間も、彼女は一歩一歩と怪物に近づく。 

 早く何か対策を取らないと、あの子の人生が不幸になるわ。


「動いて……動いて!! 頼むから動いでよ私の体!!」


 なのに……なのに動かない。何も動かせない……。


「一人の生徒すら守れないなんて……私は最低な教師だわ……」


「まぁまぁ、そう悲しい発言をする出ない」


 自分の弱さを嘆いていると、チャリンと自転車のベルの音が耳に届く。

 そして隣から聞こえてきたのは幼い子供の声だった。

 夜の学校。自転車のベル。幼い子供の声。

 声の方へと視線を向けると、そこには三輪車に乗った幼女の姿があった。


挙玖きょく、無理はしゅるな。アヤツの攻撃を真正面から受けてすぐに立てる人間はなどいない。だいたい、一度負けたお前が戦って何ができる? また負けるだけだ」


 舌足らずの幼女が私にそう告げた。

 彼女はジッと前方へと視線を向けている。

 幼い見た目とは裏腹に、その瞳は妙に大人びていた。

 当然だ。なぜなら彼女はただの幼女ではない。

 見た目は子供。頭脳は大人。つまり大人だ。

 私よりも何十年も多く生きている。

 彼女は有名な奉呈家の一族の一人。

 この学園で一番地位の高い存在だ。

 そして私の師匠でもある。


美琴みこと様。ですが、私がやらなければ、誰が彼の暴走を止めるのですか? 誰が殺意にまみれた彼女を止めるのですか!」


 美琴様はコチラへと視線を向け、ニヤリと笑った。


「ヤツの暴走を止められる人物は、この学園に一人しかいない。この件は彼を倒すだけでは意味がないんだ。これは運命。この戦いは過去を打ち砕く戦い」


「過去を打ち砕く戦い?」


「そう。アタチらにできることは、彼女を信じて見守ることだけだ。挙玖、お前も教師の端くれなら、生徒を信じておとなしく待つのだ。だから無理せず寝てろ」


「寝ろなんて……できません。傷つく生徒を黙って見ているなんて……」


「なら助けるか? 動けない体で、どうやって助ける?」


「……」


「あの子を信じろ。大丈夫、決してバッドエンドにはならない」


「……美琴様がそういうなら……」


 心からの賛成ではない。

 だけど美琴様の言葉なら、彼女を信じて従うしかない。

 

「挙玖。眼を逸らさずに見ろ。あの二人がどんな運命をたどるのか。アタチらは教師として、親として、家族として、二人が出した答えを見届ける使命がある」


「……」


 私らの視線の先には、全力で殺し合う二人の生徒の姿があった。

 暴走する彼の姿も覚醒した彼女の姿も、私には苦しそうに見えた。

 一人の人間として、苦しむ二人の姿を見ていられなかった……。

 なのに自分には何もできない。体が動かない。弱くて無力だ。

 美琴様が言うには、私たちが今できることは見守ることだけ。


「見守るだけって……酷すぎる……」


 こんな結末になる前に、何かできることはなかっただろうか?

 二人が殺し合わず、笑い合える未来はなかったのだろうか?

 彼が暴走する前に、助けることはできなかったのだろうか?

 いろいろと考えてしまう。けど、全部がもう遅い。

 運命は覆らない。この戦いはどちらかが死ぬまで終わらない。


 これは、運命に翻弄されたとある男子生徒ととある女子生徒の物語である。

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