プロローグ 中編 ー 暴走 ー

 校庭へとたどり着いた私は、言葉を失っていた。


「……嘘……ナニコレ……」


 校庭に生徒は姿はなかった。

 どうやら全員が無事に避難ができたようだ。

 しかし、素直に喜べる状況ではなかった。

 確かに生徒・・の姿はいない。

 だけど先生たちの姿はあった。

 あったけど、立ってはいなかった。

 1、2、3……8名の倒れる教師たち。

 彼らは全員が武器は壊され、苦しみに襲われていた。

 この場で彼らの傷を癒せる人間は私しかいない。


虻隅あぶすみ先生! 槍ヶ岳やりがたけ先生!」


 先生方に近づき、鳴流湖の音色を二人に届けた。

 二人が終われば三人目、三人目が終われた四人目。

 どこかに潜んでいる怪物に警戒しつつ、次々と先生を治癒していく。


「……挙玖先生……ありがとうございます……痛みが引いていきます」


「そう。それは良かったわ」


 先生方を治癒している間も、私は周囲を警戒していた。

 田中先生が言っていた怪物の姿はまだ見えないけど気配は感じる。

 肌を刺すような禍々しい霊力を持つ者が間違いなく近くにいる。

 気配からして、燃え盛るキャンプファイヤーの後ろに隠れているのか?

 11人の教師たちが束になっても勝てなかった相手が、あの後ろにいる。


「挙玖先生……気を付けてください。怪物の攻撃は速いです。速さに警戒してください。相手が動きを見せたら、迷わず防御の構えをとってください」


 治癒の効果で意識を取り戻した選取よりどり美土里みどり先生が忠告をしてくれる。

 だけど考え事をしていた私は「ふーん」と素っ気なく答えた。

 選取先生はその態度に首を傾げ「どうしました?」と口にする。


「どうって訳でもないのだけれど、少しだけ気になってね」


「気になる? 何が気になるのですか?」


「先生方の状態よ。どうして皆、武器だけを壊されているの?」


 教師陣の話によれば、相手は極悪非道な恐ろしい怪物だ。

 確かに気配は禍々しい。人を殺してもおかしくはない。

 だけど、多くの先生を治癒していた気づいたことがある。

 誰も血を流していないのだ。全員が武器だけを壊されていた。

 相手が本当に悪ならば、とどめを刺していても変ではない。


「どうしてでしょう? 言われてみれば……変ですね」


「分からない。相手の目的が私には分からない」


 誰かが送り込んできた刺客なのか?

 それとも自然に発生した怪物なのか?

 怪物ならどうして止めを刺さない?

 人を殺すこと以外に、何か目的があるのか?

 そもそもどうして怪物は、武器だけを壊す?


「あれ……武器だけを壊す怪物……?」


 どこかで聞いたことあるような怪物ね。

 なんか数カ月前に対峙したような記憶が……。


「――あっ」 


 疑問に思った瞬間、ある光景が脳裏をよぎる。


 待って……。

 え、待って待って待って。

 まさか。そのまさかなの?


「どうしました挙玖先生?」


「……」


 私はその怪物に心当たりがあった。

 以前もそれと戦ったことがある。

 それと戦い、勝利したことがある。


「嘘でしょ……どうして今?」


 私の推理が正解なら、怪物の行動の意味が理解できた。

 彼の目的は、学園を崩壊へと導くことではない。

 学園を争いのない平和な世界へと導くことだ。


「選取先生、立てる教師陣を連れて今すぐここから逃げてください」


「逃げる? そんなことはできません。私も教師です。治癒してもらったおかげでだいぶ楽になりました。だから戦えます。一緒に戦えば、怪物だって倒せます」


「気持ちはありがたいけど、お願いだから逃げてちょうだい。守りながらでは、全力で戦うことができないの。貴女の強さは認める。だけどあの怪物は危険よ」


 私は真剣な表情で選取先生の目を見た。

 彼女は「分かりました……」と少し落ち込んだ表情をした。

 渋々と立ちあがり、他の先生方と共に校庭の外へと向かう。


 ■   ■   ■


 校庭から人がいなくなり、怪物を呼び出す準備が整った。

 私は自ら武器を下ろし、鳴流湖を鉄球状態に戻した。

 無防備の状態で「出てきなさい!」と大きく叫んだ。

 すると、声に反応したのか、例の怪物が動き出した。


 ズサッ、ズサッ、ズサッと校庭の土を踏みしめる音。

 キャンプファイヤーの後ろから、ゆっくりと怪物が現れた。

 その体は漆黒に包まれている。全長は180cm。

 その右手には、身長ほどの大きな銃が握られていた。

 リボルバーのようなデザイン。

 横に入った星形のマークと二本の青いライン。

 霊魂鉄器はその人物の魂。二つとして同じものはない。

 その銃を見て確信した。やはり私はその人物の正体を知っている。


「……」


「来なさい!! 私はアナタの敵よ!」


「……」


 挑発しても襲ってくる素振りはない。

 怪物に武器を向けなければ、襲って来ることはない。

 間違いない。私はあの怪物の正体を知っている。

 あの禍々しい姿は……この学園に通う生徒が暴走した姿。

 

「……どうしよう……」


 どうすればアレの暴走を止められるか必死に考えた。

 幸い今現在校庭にいるのはアレと私の二人だけ。

 考える時間は無限ではないけど、沢山存在していた。


「説得する? 霊力を封印する? それとも力でねじ伏せる?」


「挙玖先生!!」と柄山からやま先生の声が耳に届く。


「ねじ伏せて弱った状態になれば霊力を封印できるかも」


「挙玖先生!!」と海煮うみに先生の声が耳に届く。


「……」


「挙玖先生!!」と空豆そらまめ先生の声が……。

 

 私が校庭に来たとき、この三人はいなかった。

 おそらく、生徒の避難にあたっていた教師たちだろう。

 せっかく校庭に居た教師たちを撤退させたのに……事情を知らない先生たちが増援に来てしまった。彼女らでは絶対にあの怪物には勝てないのに……。

 だけど、まだ彼女らの姿を見た訳ではない。幻聴と言う可能性もある。

 そんな淡い期待を胸に振り向くと――うん、三人の先生が立っていた。


「「「挙玖先生! 生徒の避難が完了したので応援に来ました!!」」」


「……」


 計算外の出来事。

 さすがの私でも、三人を同時に守ることなんてできない。

 だから速球にこの場から立ち去ってもらう。それがベスト。


「柄山先生、海煮先生、空豆先生。増援に来てくれたのは嬉しいけど、あの怪物は強い。だから今すぐ逃げてちょうだい」


「大丈夫です! 一人じゃ勝てなくても3人なら勝てます!」


「人数の問題ではないの!!」


 私の説得もむなしく、三人は武器を構えた。

 私は「ダメ!! その怪物に武器を向けては!」と叫んだ。

 叫んだけど……すでに遅かった。

 怪物に武器を向けた瞬間、目の前からその怪物が消えた。

 消えたと同時に、周囲からは三人の叫び声が聞こえる。


「……っあ……」


 速い。まるで電光石火。怪物の動きが何も見えなかった。


「「「あぁあああああああああああああ!!」」」


 駆けつけてくれた3人の武器があった言う間に壊されていた。

 3人は苦しみに悶え始め、グランドの上をのたうち回り始めた。

 今すぐ三人を治癒したいけど……ごめんなさい。今はできない。

 ここは戦場。私の目の前には黒いオーラの怪物がいる。


 「落ち着きなさい。何が引き金で暴走したか分からないけど、これ以上誰かを傷付けることはやめて。貴方は強い生徒よ。自分の闇に勝って、いつもの君に戻って!」


「グワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 私の言葉を掻き消すように、怪物が叫びをあげた。


「……やっぱりダメ……よね……」


 暴走した彼に日本語は通じない。今の彼はただの怪物だ。

 会話で解決できない以上、残された方法は一つしかない。

 確か前回も、残されたこの唯一の方法で彼の暴走を止めたのだ。


「やりたくないけど……仕方がないわね。ごめんなさいね。やっぱり暴走したアナタを止められる方法は、これしかないようだわ」


 霊魂鉄器を出現させた。

 武器である鳴流湖を構える。

 今度は彼に武器を向けた。

 私に残された方法は一つ。

 彼を殴って目を覚まさせる。


「少し手荒に行くわよ」


 武器を向けた瞬間、ソレが私を撃退対象と認識する。


「グワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 戦闘の始まりだ。

 彼が叫びをあげながらこちらへと迫る。

 私は彼の動きを見極め、避けて攻撃のチャンスをうかがう。

 校長代理の誇りにかけて、必ず彼の暴走を止める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る