無能力の《学園最下位》と言われていますが力が暴走すると危険ですので※ご注意ください※

椎鳴津雲

プロローグ 前編 ー 異変 ー

 19時ごろ。夜の学校に異変が起きた。


「グラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


「――!?」


 映画でしか耳にしたことがないような、怪物の声が校舎内にとどろいた。

 まるで恐竜のような、どことなくライオンの雄叫びにも似ていた声だった。

 その悍ましい声は、校長室のデスクで書類の整理をしていた私の耳にも届く。

 私は「ナニ今のッ!?」と驚き、咄嗟に窓の外へと視線を向ける。

 怪物のような恐ろしい存在を探した見たけが――


「何も無い……怪物が暴れているようにはみえない。普通の夜の校舎だわ」

 

 それなら、今聞いたこの声は何だったのかしら?

 私を驚かせるための音?

 それとも本物の怪物の声?

 誰かを驚かせようとテープを再生した生徒のイタズラかもしれない。

 そうね。そうに違いない。そう自己解決してイスに座りなおした。

 校長室の大きなイスにもたれかかり、安堵の表情を浮かべる。


「もぉー、驚かせないでよ。おっきな音で人を驚かせるとか、耳に意地悪だから……。一番やってはいけないドッキリよね……。まぁ、でも助かったわ。正直書類の整理に疲れて眠気に襲われているところだった。眠気を吹き飛ばしてくれたおっきな音に感謝ね……。さてと、眠気にさようならーした訳だし、さっさと美琴様に頼まれていた書類をまとめて、後夜祭にでも顔を出そうかしらね」


 油断した瞬間――異変が訪れる。


挙玖きょく先生!」


「ンッ!?」


 ドンッ! と教師の一人が校長室のドアを勢いよく叩き開けた。

 私は怒りの感情を言葉に乗せ「驚かす系のドッキリはやめて!!」と叫んだ。

 だが、部屋に入ってきた田中先生の表情を見て、すぐにドッキリではないことに気付く。彼が浮かべていた苦悶の表情は間違いなく演技ではない。全てが真実だった。

 彼がドアを叩き開けた理由は、私を驚かせるためではない。

 一秒でも早く、私に何かを伝えたかったからだと思う。


「どうしたんですか田中先生!!」


 異常事態に体が反応し、私は咄嗟に彼の方へと駆け寄った。

 今にも倒れそうな彼の体を支え、ゆっくりと彼を床に座らせる。

 目立った外傷はない。だけど彼は苦しそうに胸を押さえている。


「もしかして心臓のご病気ですか?」


 可能性は大だ。

 だけど、ならどうして保健室ではなくわざわざ校長室へ?

 校長室にはAEDも、医療の知識を持った先生もいないのに……。


「……違います……これは……違います……」


「違う? 何が違うの?」


 彼は私の仮説を否定した。


「……病気ではありません……これは……魂の問題です……」


「魂の問題?」


 病気ではなく、問題は魂の部分にある。

 そうなると考えられるパターンは――


「……まさか……」


 とある可能性が脳裏をよぎる。

 田中先生に限ってそんなことはあり得ない。

 あり得ないけど……少しくらいはあり得る話だ。


「もしかして田中先生、誰かに霊魂鉄器を壊されたのですか?」


 彼は「……はい……」と小さく頷いた。


「なるほど」


霊魂鉄器れいこんてっき

 それはこの高校に通う人間全てが持つ武器の事だ。

 特殊な鉄の器に霊力を注ぎ込むことで形が成される。

 先生、生徒、用務員のおじさんも例外なく持っている。

 その武器は自分の魂であり、壊れれば一時的に苦痛を伴う。

 傷と同じで、時間が経てば治るが、破壊された直後は激痛だ。

 田中先生のこの表情。そうとう派手に破壊されたようだな。


「田中先生。魂の痛みなら私が治します。安心してください」


 私はネックレスの先に付いた鉄のアクセサリーを握りしめた。

 そこに霊力を込め、ゆっくりと呪文を唱える。


「我の意志に姿を示せ、魂に刻まれし鉄の器よ。その名は――鳴流湖なるこ


 ただの球体だったアクセサリーが、鳴子武器へとその姿を変える。

 これが霊力を込めると形を変える鉄、通称:霊魂鉄器だ。

 本来であれば霊魂鉄器は戦うための道具だ。しかし世の中には、特殊な効果を持つ霊魂鉄器が存在する。例えば私の鳴流湖だ。この武器には癒しの加護が付与されている。この音色を耳にした対象は、治癒の能力が格段に上昇する。

 

 私はすぐさに武器を鳴らし、癒しの音色で田中先生の耳に届けた。

 カランッという音と同時に、先生の顔から苦しみが消えていった。


「挙玖先生……ありがとうございます……だいぶ楽になりました」


「礼なんていいのよ。お安い御用だから。それよりも……どうして田中先生がこんな状態に?」


 武器を壊されたと言うことは、武器を一度出したと言うことだ。

 武器を一度出したと言うことは、そういう状況になったと言うことだ。

 そういう状況とは、つまり武器で応戦しなければいけない状況のこと。

 一人マジカルバナナをしながら真相へと近づいていく。


「相手は教師? それとも生徒?」


 可能性は低いけど、教師同士の喧嘩も勿論考えられる。

 それとも後夜祭で羽目を外しすぎて暴れ出した生徒の鎮圧?

 どちらにしろ、田中先生が負けるなんて考えられない。

 なぜなら彼は強い。その強さは私も認めている。

 スパルタ指導者、分厚い筋肉マン、激鬼ヤバみ教官。

 彼には数々の異名がある。異名負けしない強さがある。

 そんな体育の担当である田中先生が本当に負けたの?

 

「挙玖先生……。相手は先生でも……生徒でもありません。アイツに……武器を壊されました……アイツに……」


「アイツ? アイツって誰なの? もしかして侵入者!?」


 彼は私のシャツを掴み、泣き出しそうな表情で言う。


「……怪物です……」


「かい、ぶつ?」


 アイツと言うから、人の名前が出てくると思った。

 しかし田中先生が口にしたのは『怪物』という謎の存在。

 私は眉間に皺を寄せ、全貌の見えない事件について尋ねる。


「どういうこと?」


「校庭に怪物が現れたんです……。あの怪物は……なんの前触れもなく校庭のど真ん中に現れました……後夜祭の警備にあたっていた先生方が何人か挑みましたが……まったく歯が立ちませんでした。あの怪物は強すぎます……この僕ですら、手も足も出なかった。だから皆を助けてください……挙玖先生……」


 話によれば、今現在、校庭の方は大パニックだと言う。

 本来であれば夜の学校に生徒はいない。しかし今日は後夜祭。校庭でキャンプファイヤーが行われていた。その影響で多くの生徒がまだ学校に残っている。

 そんな生徒が多く学校にいるときに事件が起きたら、混乱状態になるのは当然だ。

 しかも今日はお祭り日和。誰も怪物が現れるなんて思わなかったはず。

 怪物を敷地内に入れるなんて、いったい警備の人たちは何をしているのよ……。


 もちろんこの話が田中先生の作り話と言う可能性も無きにしも非ず。

 だけど、こんな状況で彼が嘘を吐くとは思えない。

 それに、彼の話が真実だと裏付ける怪物の声を私は耳にしている。


「さっき耳のあの怪物の声は……本物だったのね……」


「挙玖先生。ヤツが学校の外に逃げたら被害が拡大します。これ以上誰かに傷ついてほしくはない。あの怪物が出ていく前にどうにかしないといけません……」


「その通りね」


「ヤツが逃げていなければ、きっと今もキャンプファイヤーが行われている校庭にいるはずです。お願いします、学園を街を生徒を教師を――守ってください」


「分かったわ。任せてちょうだい。私、かなり強いから」


 こう見えても私は、災獣討伐許可書を持っている。

 無双の称号を持つ者だけが取れる資格の一つだ。国に強さを評価され、災害をもたらす怪物に立ち向かう実力があると認められた存在。自分の判断で立ち向かえる。

 自慢ではないけど、こう見えても私は一度も災獣に負けたことがないの。


「……本気で行くわよ……」

 

 東雲高校霊器専攻の教師として、そして校長の代理として、私はこの学園を守らなければいけない。学園を守り、生徒を守り、先生を守り、学園の評価を守る。


「そう、学園の評価」

 

 学園に怪物が現れたなんて外に知られたら、学園の評判が下がる。

 ザル警備なんてレッテルを貼られたら入部希望者が減ってしまう。

 これからこの学園はビッグになる。再建のためにもこんなところで学園の評判を落とす訳にはいかない。だからこそ私は、学園の名誉のために全力で戦う。


「いたずら好きの怪物ちゃん。本気の私が行くから覚悟してなさい」


 私は武器を握りしめ、すべてを守るために校庭へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る