第一章:我の意志に姿を示せ・魂に刻まれし鉄の器

第一話 葉っぱ掴みチャレンジ

 本校舎から少し離れたところにある森の中に俺はいた。

 落ち葉の上に座り、座禅を組み、意識を外に向けている。

 人の気配が一つでもあれば、朝の練習はできないからな。

 練習ができない理由は――まぁ、そのうち分かるだろう。

 とにかく今は、森に誰もいないことを確認することが最優先。


「……気配に集中……」


 俺は瞳を閉じた。周囲の霊気へと神経を集中させる。

 虫の気。土の気。木の気。草の気。動物の気。風の気。

 この世界に存在する全ての物には、【気】という物が存在する。

 俺自身に霊気はない・・・・・・・・・が、周囲の霊気を感じることはできる。


 で、人の気配はと言うと――


「なさそうだな」


 パッと確かめてみた感じ、人の気配は感じなかった。

 人がいないのであれば、あの野郎の親衛隊に見つかることもない。

 親衛隊が近くにいないのであれば、今日も思う存分練習ができる。


「よしっ、じゃ、やるか」


 練習できる環境を手に入れた俺は、早速立ちあがった。

 そして妥協することなく、全身全霊全力で鍛錬を行う。


 ↓ × ↓ × ↓


 腹筋100回。

 腕立て伏せ100回。

 スクワット100回。

 反復横跳び100回。

 森の中での全力疾走10分。


 これらのメニューを数十分かけてやり遂げた。


「ハァ……ハァ……おわった。俺はヤッタ」


 運動に疲れた俺は、バタンッとその場に倒れ込む。


「……疲れた……毎日やってるけど、ランニングだけは未だに疲れる……」


 平坦な校舎のグランドとは違い、森の中の道は上がり下がりや凸凹がある。

 しかも先日の雨のせいで、森の地面がドロドロで滑りやすくなっている。

 なので倍以上にキツイ。確かにキツイが、普通以上に体力もつく。

 その証拠に、俺が一年生の第四学期に出した100メートル走の記録は、未だに抜かれてはいない。二年生となった今も、全力で走ればきっと新記録が出るだろう。

 だが……今はちょっと……まぁ……とある事情があって、全力で体育の授業には取り組めていないのだ……。なんというか、俺らに自由の二文字はないのだ。

 

「まっ、そんなどうでもいい話はいいか」


 俊足自慢はこれくらいにして、そろそろ本筋に戻ろう。

 俺の修業はまだまだ終わってないので無駄話はあとにしよう。


「さて」

 

 今やっていた腕立てや腹筋はあくまでも前菜なのだ。

 これからが本番だ。今から行う練習が本当の目的。


「だいぶ息も楽になってきた。これなら続きができる」

 

 上体をあげた。手をグーパーグーパーと動かす。

 いい感じだ。いい感じに筋肉がほぐれている。

「よっ!」と飛び上がるように俺は立ちあがった。

 そしてゆっくりと自分の全身を見回す。

 細身ではあるが、しっかりと筋肉はついている。ボディビルダーのようなデカい筋肉ではなく、素早い動きが可能な柔軟性のある繊維の細かいアスリート筋肉だ。

 自分が理想とする肉体に近づいている。

 これなら今日こそは、アレを成功させることができるかもしれない。


「そう、今日のトレーニングの最後の練習メインデッシュ


 それが――『葉っぱ掴みチャレンジ』だ。

 文字通り、葉っぱを掴むだけのシンプルな特訓。

 一見簡単そうに聞こえるが、これがなかなか難しいのだ。

 木々から落ちてくる約100枚の葉っぱを目にもとまらぬ速さで掴む訓練。

 週に何回かこの特訓をやっているが、成功させたことは一度もない。

 だから今日こそは必ず成功させてみせる。


「今日こそやるぞ」


 心の準備が整った俺は、ゆっくりと瞳を閉じた。

 スゥーと呼吸を整える。自然の音に耳を傾ける。

 生命から感じられる微かな霊気に意識を向ける。

 自然の霊気。気流の霊気。雲の霊気。流れの霊気。

 生きとし生ける物から発せられる生命エネルギー。 

 全ての霊気に集中。特訓に集中。自分に集中。


 ~ ~ ~~ ~ ~ ~~

 ~~~ ~~ ~~ ~ ~

 ~~ ~~ ~~ ~~ ~


 大きな波の中に俺はいる。

 自然と言う驚異の中にいる。

 すべてを感じる。

 そしてすべてを受け入れる。

 漂う霊気の中に俺と言う存在がいる。

 世界の流れに身をまかせて感じる。 


 ~ ~ ~~ ~ ~ ~~

 ~~~ ~~ ~~ ~ ~

 ~~ ~~ ~~ ~~ ~


「風が――」


 ~ ~ ~~ ~ ~ ~~

 ~~~ ~~ ~~ ~ ~

 ~~ ~~~  ~~~~~


「来る!」


 風の霊気を感じ取った。

『吹く』という感情を風が伝えてくれる。

 

 ~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~


 次の瞬間、森の中に強い風が吹き荒れた。


「――!!」


 風の影響で、木々の葉っぱが落ちてくる。

 落ちてくる葉の枚数は100枚以上あるが、俺が掴まなければいけない葉はあくまでも100枚。だからこそ、その100枚を見極め――狙いを定める。

 瞬きをせず、眼だけを動かして葉の位置を理解。

 これは空間認識能力の特訓でもあるのだ。

 1、2、3、4、5、6、7、8、9――99。

 認識したのち、俺は一度自分の胸元で腕をクロスさせた。 

「見えた!!」と言う言葉を合図に両腕を動かす。

 スッスッスッスススススと次々と葉っぱを掴んでいく。


「23枚、59枚、72枚、85枚……」


 イケる。

 イケる!

 今日こそイケる気がする。


「99枚!!」


 記録更新だ。

 もしかしたら今日こそ達成できるかもしれない。

 だが油断は大敵。


 達成しなくてはなんの意味もない。


「あと一枚!」


 集中を切らすことなく、修業に入り込む。


「残り一枚。残り一枚はどこだ!!」


 周囲を見回した。

 最後の一枚だけがどうしても見つからない。

 見つからないというか……見つけることはできる。

 半歩先に無数の葉っぱはあった。だがその葉っぱは、俺が認識した葉っぱではない。無造作に木々から落ちてきた適当な葉っぱだ。

 予定通り最後の葉っぱを見つけるか、予定を変更して半歩先の葉っぱを掴むか。

 目の前のソレを掴んだ場合、葉っぱ掴みチャレンジは達成扱いになるのか?

 確かに100枚は掴めるだろうけど、空間認識能力の修業はどうなる??


「――って、考えている場合か!!」


 これは決断力の修業でもあるようだ。

 早く決断をしないと、チャレンジが失敗に終わる。


「失敗に終わるくらいなら、俺は半歩先のチャンスを掴む!! ――ん!?」


 予定変更を決断した。だが動こうとしたとき、左手に握られた無数の葉っぱがこぼれ落ちそうになった。葉っぱが落ちてしまったら、葉っぱ掴みチャレンジは失敗だ。

 今の状態で体勢を変えるのは、やはりダメなのか……。

 結局予定変更はなし。この場にとどまり、最後の葉っぱを探す。


「どこだ!? 俺が認識した葉っぱはどこだ!」


 落ちてくる葉っぱが地面に着くまで数秒しかない。

 この数秒が勝負。早く見つけないと終わってしまう。

 葉っぱから放たれる微かな生命力は感じる。

 半径1メートルのどこかに必ずあるはずなのに……。


「ない……え、ない……なんでないんだ!? どこなんだ!!」


 ――ピタッ。


 ……………。

 

 …………。

 

 ………。

 

 ……。


「……ん?」


 髪の毛の上に何かが乗っかった。


「……」


 それはとても軽い。

 まるで鳥の羽のような何かだ。


「……まさか……」


 悪い予感がした。

 手を伸ばして確かめる。


「……あっ……」


 頭に降り立ったのは一枚の葉っぱだった。

 

「マジか」

 

 頭に葉っぱがあると言うことは――


「失敗だ」


 落胆する。

 ガックリと肩を落とした。

 今日も……特訓は達成ならず。


「残り1枚は頭上にあったのか」


 周囲に集中しすぎたせいで、頭上の警戒を怠っていた。

 結果的に100枚目の葉は今現在俺の手の中にあるが――


「ノーカウントだな」


 宙に舞う葉ならともかく、これは一度頭に着地した葉っぱだ。

 リスクを冒してでも、半歩先にある葉を掴んでいればよかった……。

 

「いや」


 結果論だ。変に体制を変えていれば、手の中の葉っぱを落としていたかもしれない。落としてしまったら、今よりも悪い結果になっていたかもしれない。

 

「まぁ、いいか」


 99枚だろうが85枚だろうが、失敗であることに変わりはない。

 だけど落ち込んではいない。失敗しても必ず次がある。

 諦めなければいつか目標に手が届く日が来る。 

 そして達成できたあかつきには、次のステップへと向かう。

 100が達成できれば次は150枚。

 150が達成できたら次は200枚。

 そうやって俺はどんどん強くならなければいけない。

 この学園で最弱である俺が生きていくためには、とにかく力が必要だ。

 力を手に入れるためには、とにかく修業、特訓、練習、試練だ。


「だから次こそは、きっと成功させてみせる」


 そうやって目標を達成していき、俺は夢を手に入れる。

 掌の中に握られた葉っぱをさらに強く握りしめた。

 決意の眼差しを、頭上に広がる大きな青空へと向けた。

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