第二話 電気バッジ監視官と猿コンビ

 葉っぱ掴みチャレンジは失敗に終わってしまった。

 でも大丈夫だ。

 今日がダメでも明日がある。

 明日がダメでも明後日がある。

 高校二年生はまだまだ始まったばかりだ。

 卒業まではまだまだ沢山の時間がある。

 失敗しても諦めなければ、必ず成功はやってくる。

 一番やってはいけないことは『諦める』ことだ。

 だから俺は諦めない。最下位のゴミとか卑怯者の恥さらしとか言われるけど、そんな言葉には屈しない。屈せず、戦い続け、自由のチャンスを絶対に見つける。


 自由を掴むためにはまず……アイツを倒さなければいけない。


 全ての元凶。


「アイツを……郷間ウェイチェル。アイツの組織を倒す」


 強い決意を胸に、グッと拳に力を込めた。

 しかし、言った後に自分の発言が軽率だったことに気付く。

 大空を見ていたせいで、なんでも言えるような気になっていた。

 ヤバい、と思った瞬間、全身に電気が流れる。

「ヌアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 ドッキリ番組とかで流れるようなあんな感じの電気だ。

 俺の全身の筋肉がギュッと収縮し、体の自由が奪われた。

 どんなに体を鍛えても、この電流にだけは抗えない。


「……ウッ……クソッ……体が動かない……」


 この電流は、郷間ウェイチェルを崇拝する気持ちの悪い集団、通称【郷間親衛隊】の幹部の一人、隠蓑かくれみのるん平るんべいの能力だ。ヤツの属性は光・霊。霊魂鉄器使いでありながら、電気の能力も所持している。能力の名前は【電気バッジ】だ。

 発動者が相手に目には見えない電気のバッジを付けて条件を定める。

 例えば今回の条件は『郷間に反する発言』である。

 バッジを張り付けられた相手がその条件に反するような行動や発言をすると、今のように電流が流れる仕組み。しかもこの力には『相手の動きを封じる』以外にも、もう一つの能力がある。それが【電気信号】だ。俺に電流が流れた瞬間、るん平の元へ『電気が流れた』と言う情報が届いているはず。その情報が郷間親衛隊の幹部から下っ端たちへと伝わる。そして下っ端たちが反逆者の元へと来てしまう。


 そもそもどうして反逆者に電気を流すのか?

 そもそもどうして下っ端たちが俺の元へと来るのか?

 理由は簡単だ。反逆は罪。郷間アンチは排除対象。

 反逆者の意志を持つ者を粛清するためである。

 このままでは俺も無抵抗のまま半殺しにされてしまう。


「郷間を倒すというワードは、一部の生徒の間では禁句なのに……うっかり口にしてしまった……あ、また言ってしまった――ヌワァアアアアアアアアアアア!」


 再び電気が流れる。

 一度ならどうにか誤魔化せる可能性はあったが、俺は二回言ってしまった。どんなに嘘を吐いてももう騙すことはできない。これは非常に……厄介な状況だ。

 身動きが取れないまま、どう切り抜けるか考えていると――


「ん! こちらに近づいてくる二つの霊気。もう親衛隊のヤツらが来やがったか」

 

 かなりの速度で近づいてくる。

 山の地面ではなく、木々を伝って近づいてくる。特徴的な動きだ。

 上下に動く霊気。その動きはまるで木々をジャンプで移動する猿。


「猿?」


 猿と言うワードで気づく。もしかしてこの動きはアイツらか?

 確かに郷間親衛隊の下っ端にこんな動きをする生徒が二人いる。

 正直下っ端に興味はないが、どんな雑魚でも倒すべき組織の一員だ。

 なので詳細なデータはないが、名前くらいはしっかりと覚えている。

 と言うか、この二人には以前も絡まれたことがあるので知っていた。

 俺の推測が正しければ、この気配の正体は親衛隊の【猿コンビ】だ。

 名前は猿岩石さるがんせき哲也てつや猿滑さるすべり茂門ももん

 あまり強くない弱小コンビだが、機敏な動きをすることで有名だ。


「その二人が来るのか」


 最弱と呼ばれたコンビに殴られるのかな……嫌だなー。


「でも……変だよな」


 ヤツらが俺を粛清しに来るところまでは理解できた。

 しかし分からない点がある。どうして二人なのかと言うことだ。

 親衛隊の粛清行為はときどき耳にするが、大半が10対1の割合で行われる集団リンチ。なのに今回は2対1? 俺も相当舐められたものだな。

 まぁ、立場上は俺は学園最下位なので、二人で十分と言うことなのだろう。

 しかも今の俺は動けない状態。最弱コンビで間に合うと思われているのか。


 すると――近くで物音が聞こえた。


 バサッ!


 木の上から、仮面を被った二人の生徒が飛び降りてきた。

 ヤツ等の姿を目の当たりにした俺は、自分の推理が正しかったことを確信。

 二人は普通に制服を着ているが、普通ではない点が存在する。

 それが顔だ。二人とも素顔を隠すためなのか、なぜかお面を被っていた。

 右の『ひょっとこ』の面をかぶっている生徒が猿岩石さるがんせき霊魂鉄器ぶきは短刀。左の『おかめ』の面をかぶっている生徒が猿滑さるすべり。霊魂鉄器はクラリネット。


「おい、猿滑さるすべり、てめぇはこの野郎の背後に乗れ! 凶暴なワニを押さえる時のように、全力で、ガチで、本気でこの野郎の上にのしかかれ! 俺は真正面からコイツに刃物を突きつけ、すぐにでも尋問を開始する」


「え!? 待ってください猿岩石さん!!」


「なんだ?」


「僕……ワニの上に乗った事ありません!!」


「だから何!?」


「ワニに乗った経験がないので、彼にのしかかれません! 彼は人間です」


「いやいや、人間だろうがワニだろうが、ドスンとのしかかれよ!」


「彼はワニではないので、ワニのように抑えることは無理です」


「……」


 猿岩石の動きが一瞬だけ停止した。そして動き出す。


「じゃあワニのくだりは忘れろ。何も考えずにあの男の上に乗れ。乗るだけでいいんだよ! 動きを封じることが目的なんだから! 本気で抑え込め!」


「乗るだけなら……できます!!」


 アホかコイツら。

 会話が低レベル過ぎて聞いていてツラい。

 戦力だけではなく知力まで最弱かよ……。


「お任せください猿岩石さん!」


 おかめが素早い動きで俺の背後へと回って上にのしかかってきた。

 有無を言わせない動きで俺の両腕を掴み、背後で力強く交差させる。

 相手は本気で俺の動きを封じているつもりだろうけど……弱い。

 まだまだ緩い。抜け出そうと思えば抜け出せる状態だ。だけど抜け出すことはあまり得策ではないと言える。一応コイツらは親衛隊の一員だ。コイツらの気分を害するような行動を取れば『揺るぎない反逆』とみなされ、さらに大事になってしまう。

 下っ端ではなく、幹部の連中が粛清しにきたらいろいろとマズい。

 ここはおとなしく。弱者を演じ。評価通り最弱を演じよう。

 まぁ、そもそも体が動かないので、抜け出すことなんでできないんだがな。 


「おい御影みかげ志騎しき! なんだその余裕な表情は?」


 まるで春巻きのように地面に押さえつけられた俺の状態。

 そんな俺の前にいるもう一人のうるさい生徒が騒ぎ出す。

 便所座りをしたまま、荒い手つきで俺の短い髪の毛を鷲掴みにした。

 強引に上の方へと引っ張られ、強制的にヤツと視線が合ってしまう。


「今からボッコボコにされるってーのに、なんだその顔は? てめぇと対峙してる人物が誰だか分かってねーのか? 俺はな、泣く子も黙る山の番人・猿岩石様だぞ!」


「へー」


 自分で『さま』なんて言う人間が存在するとは思わなかった……。


「あっ……ウザッ。なんだその反応、舐め腐った反応。決めた。お前。殺す」


「ふーん」


「我の意志に姿を示せ! 魂に刻まれし霊魂鉄器! その名は――タント!」


 現れたのは刃の小さな、かなり頼りなさそうな短刀であった。

 彼は憤怒の表情を浮かべたまま、その刃を俺の首元に押し当てる。


「覚悟しろよ御影志騎。今からてめーは俺様にリンチされるんだ」


「なるほど」


 俺は動じることなく、まっすぐと目の前を一心に見つめた。

 そしてチラッと彼の手に握られている武器の方にも視線を向ける。

 この短刀からは霊気を感じる。これがこの男の霊魂れいこん鉄器てっきだ。

 武器の大きさは所有者の器の大きさ。武器の力は所有者の魂の力。

 霊力も弱く、武器も小さい。そのあまりの最弱さにため息が出てしまう。


「……おい、御影志騎」


「何?」


「てめーは今、俺の武器を笑ったか? 心の中で『うわっ、小さ』と思ったか?」


「別に」


「嘘だ!! てめぇの心が笑ってんだよ! 絶対に殺す!! 間違いなく殺す! 必ず殺す!! この短刀でずったずらに刺して、逆らえない体にしてやる!!」


 どうやら俺の反応が猿岩石の心に火をつけてしまったようだ。

 これは非常にまずい状況と言える。今だに体が痺れて動けない。

 このままではあっさり敗北してしまう。絶体絶命のピンチだ。

 さて、そろそろ焦り出す時だな。どうやって切り抜けるか考えよう。

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