ep5/??「美しき悪魔の顕現」

『線孔攻撃を……利用? そ、そんなことが出来るんですか?』


 この言葉はエルンダーグのパイロットに感心どころか真っ先に訝しまれてしまうのも仕方のない意味を持った内容であった。

 それもそのはず、そもそも外訪者アウターの放つ線孔シャープ攻撃自体が春季らが生きるこの世界の人々にとって、大部分が解明出来ていない未知の領域にあるものだからだ。


 人類の仇敵たる外訪者アウターが使用するそれは、触れた物体を空間ごと切り取るような形で消失させてしまう現象。

 当たればノベライザーとて無傷ノーダメージで済む保証はない。下手なエターナルの攻撃よりも強烈で厄介な攻撃である。

 

 だが否定的な空気が流れる中、それを上書きせんとばかりにバーグは揚々と線孔攻撃という現象についての報告を始めた。


『ふふふ、実は先ほどカタリさんが魔法陣で受け止めた際に取っておいた線孔攻撃のデータを詳しく調べたところ、どうやら線孔攻撃そのものが相展開──一種のワープ現象であることが判明しました。正確には“光線が通った空間にある物質をどこかの時間軸の無作為に選出された空間にある物質と入れ替える”というもの。もっと噛み砕いて言うと、当たったらどこかの空間と交換するビームと思ってもらうと分かり易いでしょう』

「空間を交換? へぇ~、線孔攻撃ってそういうのだったんだ」


『これまで誰も分からなかったことがここまで簡単に説明されてるなんて、これを凱籐博士が知ったらどういう反応をするんだろうなぁ……』


 今の説明により、この世界の人類が数十年かけても解明に至らなかった問題をあっさりと解決に導いてしまう。

 それこそ論文にするべきレベルの内容がここまで簡潔に説明されたことに、春季は自身が知る限りで最も知能指数の高い男の姿がつい思い浮かんでいた。


 それはそうと線孔攻撃の原理が判明したことで、バーグが計画する作戦の全容が明らかとなる。


「要するに線孔攻撃のワープを使って火星にまで跳ぶってこと?」

『イグザクトリーです。すでに作戦は考えてありますので、早速実行に移りますよ!』











 かくかくしかじか──と、説明をあらかた聞き終えたカタリと春季の二名は教えられた通りの陣形を組んで宇宙空間を進む。

 ノベライザーは再度ゼスマリカフォーム マジカルモードとなってエルンダーグの後方へ、そしてそのエルンダーグの前方には巨大な魔法陣が展開されていた。


 これで火星までの道のりを行くものの、フォーメーション自体に一万キロ以上も離れた場所を短期間で移動する効果はない。肝心なのはまた別にある。


『仕組みはともかくとして、仮に成功したとしても時間や位置まで制御出来るとも限らないんじゃ……』


『そこは問題ありません。ノベライザーの補助で位置と時間の調整は可能と計算は出ています。想像しているようなケースに陥ることは決してありませんのでご安心を』


 どうにも作戦に対する不信感が拭えない様子の春季。それに対してバーグは余計な心配は杞憂に終わることを断言する。

 火星までのショートカットとして提唱した方法は確実に成功するものの、端から見ればあまりにも突飛で現実的ではない異常な内容であることには変わらない。


 特に線孔攻撃の脅威を知る者からすれば、耳にしただけでも強く不安にさせてしまうのも無理はなかった。

 そうこう不安になりながら待っていると、数十体もの外訪者アウターの群がモニターの索敵範囲内へ侵入してくるのを確認する。


外訪者アウターが範囲内に入ったので改めて内容を説明します。まず、私たちが外訪者アウターに対し攻撃をするよう誘導を仕掛けます。線孔攻撃が来たら魔法陣で受け止め、必要量が充填されるまで攻撃を耐えます。これを数回の休憩を挟みつつ繰り返します』

「なるほど。ところで必要量ってどれくらいなの?」

『そうですねぇ……最低でも線孔攻撃五千発くらいですかね』


『ごせ……っ!? そんな数の攻撃、本当に受け止められるんですか? そんなに食らったらいくらエルンダーグでも……』


 作戦発動前の再説明。これには春季も驚きを顔に出さざるを得ない。

 線孔攻撃五千発。外訪者アウターという存在と戦う彼からしてみれば、この数がどれほどの物なのか理解に容易い地獄のような内容だ。


 もし仮に全て命中するようなことになれば、再生不可の破損と死が約束される。エルンダーグに限らず、あらゆる物体は原型を留めないどころか形一つも残らず消し飛ばされることだろう。想像すら躊躇う悪夢のような数である。


『だからこそです。ノベライザーだけならばともかく、エルンダーグ程の質量を丸ごと一機分転送させるには百回二百回の攻撃ではまるで足りません。文字通りエルンダーグとノベライザーを同時に消し飛ばすほどの数が必要なのです。最初の第一波、頑張ってくださいね!』

「他人事みたいに言わないでよ、バーグさん……」


 これほどまでの膨大な数を欲するのは相応の理由があるようだ。流石に150mと90mの物体を同時に転送させるのは外訪者アウターの力を用いても簡単なことではないらしい。


 あたかも無関係を装うような応援をされつつ、作戦は発動される。

 ノベライザーは作戦通り奥に見え始めている外訪者アウターに向けて誘導からの線孔攻撃までの過程を想像。


 ギラリとノベライザーのバイザーが輝いた途端、遠方の外訪者アウターたちの進行方向が皆一斉に変更し、こちらへと向かって来たのを確認した。


「……よし。バーグさん、あとどれくらいで攻撃が来る?」

『およそ二十秒後と予想されます。魔法陣による線孔攻撃の回収もお忘れ無く──カウント開始します。10、9、8……』


 予定通りの初動スタートを切り、魔法陣で攻撃を受け止めるためのカウントを開始。

 集中──徐々に迫るタイムアップまでの時間。ゼロを切った瞬間幾数十にも及ぶ線孔攻撃の雨が襲いかかる上にそれを五千発分もの膨大な数を受けなければならない以上、ここからは一瞬の気も抜けない。


『3、2、1──来ます!』


 カウントの終了と同時に遠くから見える複数もの移動物体から虹色の光が連続して瞬いた。

 その瞬間、カタリは想像の力を発動。線孔攻撃を受け止めるための魔法陣受け皿を翳し、前方から迫る光柱の群を受け止めた。


『ほ、本当に線孔攻撃を止めた……!?』


『その調子です! おっと、群から離れた一部隊が左側に回り込んだようです。次、左側に魔法陣、あと5秒!』

「うぐぐ、これ結構きついな……」


 受け止めることに成功するものの、相手は休む暇を与える隙を与えてくれない。小さく愚痴りながらも左から迫る線孔攻撃をもう一つの魔法陣で完璧に吸収してみせる。

 わりとギリギリな戦いとなっているが、同時に順調でもあった。必要量が貯まるまでこのペースを保てることが出来れば超長距離ワープは時間の問題となる。しかし──


『ああっ、やばいです! 後ろ後ろ後ろ──!』


 悲鳴のような知らせ。ノベライザーの背後にはいつの間にか回り込まれていた外訪者アウターが線孔攻撃を今にも撃とうとしていた。

 前方の攻撃は今も続いており、左側は数秒の差で間に合わない。出せる魔法陣も二つだけとなると、あの攻撃を受け止めるにはどうすればいいか。


「春季! 右側に回って!」


『右……!』


 この指示を咄嗟に聞き入れた春季はエルンダーグに旋回行動を取らせる。それに連なってノベライザーも位置を変動させ、寸での所で線孔攻撃は身体すれすれに通り過ぎた。

 導き出した答えは一つ。わざわざ防御を貫通するような攻撃を受け止める必要はないということ。高速で迫るそれを回避すれば何も問題はないと瞬時に判断を出すことが出来た。


 回避に成功したタイミングで二つ目の魔法陣は吸収を終えて利用可能に。対処がし辛い背後にいる外訪者アウターは魔法の攻撃で蹴散らしておく。


『危うしでしたね。少し勿体ない感じもしますが良しとしましょう。ナイス判断です』

「うおぉ、やっぱり今回の世界はきつすぎるよぉ~」


 反れた軌道を修正しつつ、前方からの攻撃を受け止めきった一行は休息も兼ねて外訪者アウターを撃破。第一波を無事に乗り越えることに成功する。

 想像の力により線孔攻撃の発動回数を増加するよう確率を僅かに操作しているのもあってか、作戦開始から数十分で必要量の内千回分を貯めることが出来ていた。


 しかしながらその過酷さはこれまでの比ではない。ほぼ全方位から迫り来る線孔攻撃を受け止めきるには、普段の戦いで使う以上の集中力を長い時間維持しなければならないからだ。


『残りは約四千発。このペースで行けば四時間もしない内に必要量に届くと思われます。次も頑張りましょう』

「うん、でも次をやるのはもうちょっと待って。水を飲ませて……。春季もちょっとだけ待ってもらっててもいい?」


 カタリも一回目の時点で疲労が顔を覗かせる。それほどまでにこの作戦がパイロットにも大きな負担をかけることを物語っていた。

 何の特殊な改造も施されていないただの人間であるカタリがどこまで耐えられるか──それだけがこの作戦の不安点である。


『…………っ!?』


「春季? どうかしたの……?」


 その一方、軟弱な相方に呆れているのか返答はおろか相槌一つもしない春季。まるで黙りこくっている彼だが、その裏ではとある異変に誰よりも早く気が付いていた。

 何も言葉を発しないのは面倒だからではない。今、ここに迫り来る脅威の存在を感じ取っていた。


『来る……っ! まずい、このままじゃまた戻される……!』


『ちょ、春季さん!? まだカタリさんの休憩は終わって──って、これは……!』


 突如としてエルンダーグは動き始める。スラスターから迸る炎は150mの巨躯もそう時間をかけずに押し出し、速度を増していく。

 春季の勝手な行動に注意を飛ばそうとしたバーグだが、すぐにこの行動が意味している出来事を悟ったその直後──虚空に鳴り響く。




 ────おぎゃあぁぁ……。




「っ!? なんの音だ……まさか」


 それはエルンダーグに置いてけぼりを食らったカタリの耳にも届いてしまう。思わず後を追おうとする手を止めてしまうほどの奇妙な音……赤子の産声にも似た謎の怪音に自ずと高まる警戒心。

 否、もはや気付かないのもおかしいくらいである。この音の正体がなんなのか、春季の行動が何を意味しているのか。


 これは、この鳴き声の主とは──


『カタリさん! ビンゴです、後方数十キロの虚空からエターナルの反応を検知しました!』


 この報を聞き入れた瞬間、モニターの一部が後方に広がる光景を映し出す。

 真っ黒な宇宙空間に突如として出現する白く輝く渦。徐々に広がっていくそれは、まるで老若男女問わずあらゆる声が一同に赤ん坊の泣き声を真似ているかのような薄気味悪い音を無重力空間にまき散らす。


「こいつが……この世界のエターナル……!」




 ──おぎゃあああぁぁ……!




 美しさすらも感じられる忌むべき存在の出現。その正体は世界を終焉へと導く災厄の化身そのもの。

 渦は次第にエルンダーグをも飲み込まんばかりの大きさにまで巨大化すると、白い空間の奥より無数の腕が伸びるように迫ってきた。


「これぇ……ちょっと不味いんじゃない!?」

『ええ、私も同感です! 今は逃げましょう。エルンダーグどころか今の私たちでもまともにやり合えるかも分かりませんから!』


 まるで地獄の門から這い出ようとする亡者のように──宇宙空間を白で満たさんとばかりに腕たちはあふれ出していく。

 予想外のタイミングでの出現。一目見て強さが今の自分たちを越えている存在であると思わさせてしまうまでの威圧と恐ろしさがこのエターナルにはあった。


 敵の出現をいち早く感知し、逃げる選択肢を取った春季はすでに数百キロ先まで離れている。しかし、エターナルも同じく白い渦ごと移動を始めており、その速度は移動するノベライザーと同速だ。

 ただ、どうやら相手はエルンダーグばかりを追っているようで、ほとんど真横を併走しているノベライザーには腕の一本近付けさせない。一切の興味をかける素振りも見せないでいる。


 仮にもエターナルを真っ正面から倒すことの出来る存在を無視してまで一世界の一ロボットだけを執着しているのは些か違和感を覚える案件。これには関連する何かがあるとバーグは訝しむ。


『……やはりエルンダーグとエターナル、何か関係はしていそうですね。“戻される”の真意も調べなければなりませんから。カタリさん、早急にエルンダーグの下へ行きましょう』

「うん! “妖精の尾羽根フェアリィテール”!」


 ゼスマリカフォームとなった状態では便利な移動手段となった技を行使し、エターナルから一気に距離を離す。そしてあっという間にエルンダーグの隣に到着した。


「春季! 今はまず落ち着こう。あいつのスピードはそこそこあるけど、このままのペースを維持していれば大丈夫。難しくはなるけど作戦を続行してワープで振り切ろう」


『い、いや。それは駄目だ。奴はそんな甘い相手じゃない。今のスピードを維持していても……次第に速くなっていく。奴が現れた時点で戻されるのは決まったようなものなんだ』


 開口一番、落ち着きを取り戻させようとするが春季の焦燥は止められない。これまで何百と同じことを繰り返され続けてきたことによって、エターナルの出現は即ち戻されることだと考えを決め込んでいる模様。

 これまでの戦いのことを知らないカタリたちには分からない絶望的な状況のようだ。


『やってみないと分からないこともあるでしょう!? カタリさん、今の私たちに勝てる相手ではないかもしれませんが、倒せるかどうかやってやりましょう。ついでに本解析用のサンプルも欲しいので、そこもお願いします』

「うん、分かった。今出来るだけのことはやってみるよ」


 弱気な春季に強気な面を触発されたのか、熱血な姿勢でエターナルとの激突に望むバーグ。半分自信無さげなカタリではあるが、撃破かあるいは撤退の望みをかけて戦いに臨む。

 速度は依然として変わりなく追ってくるエターナル。渦の幅およそ400mのそれに加え、そこから現れる無数の白い腕。これらを眼前にするのは巨大物恐怖症メガロフォビアでなくとも流石に背筋が竦んでしまうほどだ。


「春季のためにも──ここでお前を倒してみせる!」


 しかし、それでもカタリはくじけない。これまで戦ってきたエターナルの経験と常に味方でいてくれる二人の存在が少年を強く育ててくれている。

 一人の少年と世界を守るために、救世主たる少年は異界の怪物との勝負に出たのだった。

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