ep4/??「紅い魔神と蒼の救世主」

 例外なくこの世界に忍び寄っているであろうエターナルの魔手。それを聞けば本来の目的は一旦中断せざるを得ない。

 憶測に過ぎなくともバーグの言葉は信用に足る。可能性が僅かにでも示唆されれば、それを追求し解決まで導くのが世界の救世主としての役目だ。


 しかし、状況は芳しいとは言えない。頁移行スイッチによるパイロットの拉致が何故か出来ない以上、通信で説得させる他方法はなく、そしてそのパイロットは現在聞く耳も持たないでいる。


「と、とにかく今は脱出しないと……頁移行スイッチ!」


 いずれにせよ今は拘束から抜け出すのが先決とし、カタリはノベライザーに頁移行スイッチを使用。一瞬にしてエルンダーグの拳からは巨人の姿は消失する。


『なっ、消えた……! 一体どこに行った……?』


「何とかして誤解を解かないと。でもどうすれば……」

『ええ、全くです。今の攻撃で装甲にヒビが入りましたが、宇宙空間での活動に支障はありません。数パーセントの能力減少といったところでしょう。そのうち直る程度の物ですが、あまり増えていい物ではありません。早期の決着を推奨します』


 裏世界から表の様子をモニタリングしつつ、対策を考える。

 どうにかしてエターナルの存在を理解させ、敵対状態を解除せねばならない。一筋縄では上手くいくことのない難解なミッションだ。


 しかしながら思うのが、何故エルンダーグに頁移行スイッチが使えないのかである。ただの誤作動なのか、あるいは何か別の理由があるのだろうかと考えを進めていく。


「バーグさん。エルンダーグに頁移行スイッチが効かなかった理由って分かる?」

『考えられるケースは二つほどあります。万に一つの可能性もありませんが何らかの影響でこちら側に異常が出た場合と、エルンダーグがエターナルの何かしらの影響を受け、頁移行スイッチが効かなくなっている可能性があります。今回はおおよそ後者の方でしょうね』

「影響? それじゃあ、エターナルって裏世界に来れないってことなの?」


 そうです、とバーグは頷いて肯定を示す。

 ここでもまた新たな情報を知り得た。どうやらエターナルは裏世界への干渉が不可能なのだという。


 思えば文字化された自分カタリの世界も裏世界はあまり変化がないように感じられた。絶対安全な世界というのはエターナルの影響を受けないといった意味も含まれているのだろう。

 今し方聞いた話から察するに後者だと仮定すると、考えられる可能性が一つ生まれる。


「もしかしてこの世界のエターナルってエルンダーグだったり?」

『それはありえません。現状、エターナルの反応はどこにも確認出来ていませんし、もし仮にそうだとしてもパイロット共々機体の情報がデータベースから引き出せた理由にはなりません。恐らく前回同様ミュウト級のような姿を隠せる個体がこの世界のエターナルなのでしょう。それが密かに影響を及ぼしていると考えるのが妥当です』


 しかし速攻で否定が返った。怪しいと思ったエルンダーグがエターナルという線は無いと断言する。

 今回もまたノベライザーのレーダーに反応しない種類だとバーグは睨んでいる模様。そうなのだとすればかなり厄介な相手になるのは間違いない。

 何せここは宇宙。地球のような有限の場所ではない。敵を探知した場所が何百何千万キロと離れていてもおかしくないのだから。


『…………はっ、とうとう幻覚まで見えたのかな。こんなことにいつまでもいるわけにはいかない。早く目覚めた分、進まないと……』


『む、エルンダーグが移動しようとしています。影響を受けている可能性が考えられるということは、彼に着いていけばおそらく今回の敵に遭遇出来るかもしれません。継承のチャンスも狙いつつ、どうにか説得して同行しましょう』

「うん、とにかく全力でやってみるよ」


 モニターから監視する表世界の様子。エルンダーグは先のやり取りを幻覚だと思いこみ始め、そのまま旅に戻ろうとしているのが確認出来る。

 再出現位置を調整しつつ、頁移行スイッチでエルンダーグの後方へと迫る。


「幻覚じゃないよっ! エルンダーグのパイロット、僕らの話を聞いて!」


『後ろ……っ!?』


 再び表に姿を表したノベライザーは、巨大な背中に飛びつくように接近。まるで大人が子供を背負うような形となって、反撃されにくい位置で再度の説得を試みた。


「君は地球にいる幼馴染みを救うために外訪者アウターを倒してるんでしょ!? 詳しい事情は分かんないけど、それを邪魔するやつがいて、困らされてる。僕らはその邪魔する奴を倒すためにいるんだって! だから──」


『フユのことまで……! いい加減消えろよっ、僕は、お前なんかに構っていられる猶予はないんだぁっ!』


 音声のボリュームを上げ、どうにかして話を聞いてもらおうとするも、案の定春季は未だにこちらを不都合な幻覚だとして振り払おうとする。

 それに加えエルンダーグのパワーは尋常ではない。春季自身の感情に呼応でもしているかのように機体は体躯に似合わない機敏さで振り回し、ノベライザーを退かそうとする様はまさに幻覚に怯える者の姿が重なる。


 無論それに簡単に負けるカタリたちではないが、いつまでもこの状況を維持するわけにもいかない。どうにかして暴走する春季を説得しなければ継承はおろかエターナルにもたどり着くこともままならないからだ。


 多少強引な手を使ってでも話を届かせる手はないのか。必死に振り払われないよう耐えながら、手探りで策を考える。

 頁移行スイッチによる拉致は不可、話も聞いてくれそうにない。当然破壊など以ての外──打てそうな手はカタリの頭では思いつきそうもない。


 しかし、高性能AIはそうではないようだ。しんと静まり返りつつも怒りに満ちた表情をモニターに表示していた。


『……もう怒りましたよ。私自身もこの手は使いたくありませんでしたが──これ以上話を聞こうとしないのであれば致し方ありません』

「え、なに……エルンダーグ壊すのはナシだよ……?」

『ええ、勿論平和的な方法です。が、人によっては自決を考えたくなるようなことをします。ええ、止めないでくださいカタリさん。私を怒らせた春季さんが悪いんです。ええ、そうです』


 思わずカタリも萎縮してしまいそうなほどの怒りを顕わにするバーグ。考えていることは暴力的手段ではなさそうだが、不穏極まりないワードが別ベクトルの恐ろしさを加速させる。

 カタリが考え得る限りでは和解の方法を捻り出すことが叶わなかったが、高性能AIである彼女は人ではない視点から新たな答えを弾き出せる。一体どのような方法を導き出したというのか。


「ではカタリさん。エルンダーグから離れてください。したらば私が大声で叫んだら相手の様子を見つつ逃げてください」

「大声って……本当に何をするつもりなの?」


 一瞬姿を消し、ローディング状態となったバーグはすぐに復帰。そしてカタリにエルンダーグから離脱し、距離を置くことを指示した。

 理由も分からないままにとりあえず指示には従う。暴れ狂うエルンダーグを蹴って距離を取り、さらに後方へ移動。


 ノベライザーが密着状態を解除したことを悟ったか、春季は声にもならないような叫びを上げながらエルンダーグを襲いかからせた。

 が、それよりも早く、バーグは大きな深呼吸というAIには不必要な予備動作をした後、その作戦を発動させた。




『藍田春季さんは幼馴染みの芹井冬菜さんがお風呂上がり直後で裸だった瞬間を目撃してしまい、しばらく口を聞いてもらえなかったことがありまあああすッ!!』




「なっ……!?」


『────ッ!?』


 その絶叫が発した言葉──それは、あろうことか藍田春季という人物が過去に経験した恥ずかしい歴史を晒し上げるものだった。

 これには怒り狂っていた本人も唐突に墓場まで持って行くはずの秘めたる過去の暴露に驚きを隠せない。エルンダーグの強襲もあっさりと回避され、さらに摘発は続いていく。



『何の偶然かズボンのポケットに冬菜さんのパンツが入っていたことに気付きつつも本人に直接返せるはずもなく、その日は一日中悶々として集中出来なかったことがありまあああす! あと冬菜さんの歯ブラシとは気付かず、磨き終わった後でそのことを知ったものの今でも本人には秘密にしたままなんでえええす! でも実はバレてる上に優しさで黙認しているだけえええッ!』



『はっ、え……? や、やめ──』



『やめませえええん! こっちの話は聞かずに暴れて自分の話は通そうとするなんて都合が良いとは思いませんかあああ!? なんだか楽しくなってきたので地球のラジオ番組をジャックして“少年ハルキの秘め事公開暴露ちゃんねる”を全国全宇宙放送してやりますよおおおお!?』



『それは止めろおおぉぉっ!?』


「いや流石にやりすぎじゃないそれ!?」


 もはや手段が目的となり果て、暴露することにノってきたバーグを宥めに入るカタリ。しかし、ほぼ尊厳陵辱に等しい作戦の効果は絶大だった。

 春季本人すら知らなかった分も含め、誰にも口外したことがないであろう秘密を見ず知らずのAIに事細かく素っ破抜かれた衝撃は凄まじいことこの上ないだろう。それを証明するかのようにエルンダーグは焦るように動き出させた。


 バーグの犯罪的奇行を阻止するためにノベライザーへの攻撃を再開させる春季とエルンダーグ。しかし、自身の黒歴史の暴露がされようとする焦りに駆られているせいか動きは先ほどまでよりも冷静さが伺えない。


 と、ここでカタリはあることに気付く。明確な目的を持って動いている今ならこちらの話を聞いてくれるのでは──と、作戦の真意がこれにあると理解したカタリは迫り来る相手に神牙フォームとなって再度のコンタクトを計る。


 真正面から懐に飛び込むように向かう。接近に対処するためエルンダーグも挟み込もうとする形で豪腕を振りかざすが、それを自慢の暴爪で受け止めた。

 持ちうるフォームの中でパワーが最も高い神牙だが、機体のヒビのせいで力は完全を発揮出来ていない。それでも取っ組み合うような形でお互いの力は拮抗している。


「ぬぬぬ……、僕の仲間が君の忘れたい過去を掘り返したことは謝るよ。ごめんなさい。でも無闇に暴れる前に僕らの話をきちんと聞いて、それで僕らが信じられるのかどうかを判断してほしいんだ。お願い」


『そんなこと言ってまた僕を惑わそうとしてるんだろう。敵かどうかも分からな──』


『ああもうしつこいですね! 我々はあなたが幻視する幻でもなければあなたに降りかかる災厄でもなく、確かに今ここにある存在なんです。判断次第ではあなたの味方につくのだって構いません。ですが、いい加減そのことを理解しないともっと酷いことを暴露しますよ!?』


 ようやく面と向かって主張をしたいことを言えたカタリたち。散々辱められてもまだ幻聴の類いだと思いこもうとする春季だったが、バーグの言葉がそれをかき消した。


 他人の黒歴史の暴露など、この世界に存在する敵性生命体はおろかエターナルでさえも決して出来ない芸当。本人にしか知り得ないはずの秘め事、本人でさえも知らない話。それらを情報として読み取り、言葉として言い表すのを可能としているのはノベライザーのみ。


 今、春季が対立している機体は幻影などの類いではなく、偶然に導かれた一つの現実であるということを理解してほしいが故の行動。決してバーグが嫌がらせとして行ったことではないのだ。


『ほ、本当にこれは幻覚じゃないのか……!? でもこんな宇宙に他の人間なんて……』


『どうやら最後のわからせが必要みたいですねぇ……。ああ、冬菜さんの飲み物を飲み間違えたのを本人には内緒にしたままってのもありましたね。あと実はそれもバレ──』


『うっ……ごめんなさい、お願いだからもう止めて……』


 最後にとどめと言わんばかりの暴露で春季の頑なな思い込みは完全に折れる。

 怒りも薬による興奮も冷め切るような数々の黒歴史の暴露劇。あらゆる情報を手に入れることが可能なノベライザーを相手にすることの恐ろしさをパイロットとして改めて学ぶカタリであった。











 暗黒が支配する果てしなき航路を進む二機。誤解から勃発した決して良いとは言えない出会いは、最終的にバーグの謝罪を以て戦いは終結。春季自身も落ち着きを完全に取り戻し、互いに改めて自己紹介をし合った後に共闘の締結を結ぶまでに至る。

 そして、春季との会話では新たに得られた情報もあった。


「いくら進んでも位置を最初からにしてくるエターナル? そんなピンポイントな……」


『でも実際にそうなんだ。もう何十……いや、もう何百回同じことを繰り返したかも覚えていない。今日までで何年分経ったのかさえも今じゃ分からないくらいに』


 春季から得られたのはエターナルの特徴についてである。何やら位置を戻すという言葉だけ聞くと何ともスケールの小ささが際立つ能力を行使するらしい。

 しかしながら、春季本人が言うにはそれを何度も繰り返しており、年単位での時間を浪費しているのだという。


 にわかには信じられない話ではあるものの、相手は絶対じょうしきをいとも容易く覆す存在。それこそエルンダーグをボードゲームの駒のようにして遊んでいるという考えも絶対に無いとも言い切れないのだ。


『むぅ、位置を戻すですか。一応該当する能力、あるいはそれを可能とする個体は数件ヒットしましたが、如何せん今の説明のみでは断定するにはデータが足りません。それぞれ倒し方や危険度も違いますから、これは実際に遭遇して確かめるべきでしょう』

「うん、そうだね。この世界に限った話じゃないけれど、今回もなるべく早く倒さないと」


 バーグも情報の不足を理由に判断を保留。とにもかくにも、問題のエターナルに出会わなければ始まらないことだけは明らか。

 一体この世界に潜むエターナルはどのような姿形をしているのか、能力の真相等々未知の部分に恐れつつも負けてやるつもりはないと意気込みを見せる。


『あの、少し訊いても……?』


『どうかされましたか?』


 そんな時、あちらの通信から何かしらを訊ねようとしてきた。カタリよりも先んじてバーグが返事をする。


『えっと、そのエターナルって言うのを倒すために僕の旅に着いて行くんですよね?』


『まぁそうなりますね。春季さんはこれまで通りに進んでいただいて結構ですよ。もしサポートなどが必要であれば、お手伝いますので遠慮なくどうぞ』


 何やら春季はカタリらの同行について疑問を抱いている様子。

 会話を通してある程度自分らの説明をしているとはいえ、結局は彼にとっては未知そのものであることに変わりはない。どのような問いが投げかけられても対処出来るよう、回答を脳内に留めておく。


『それはいいんですけど、ここから火星まで着いて行くってことになるんですけど、その辺りは大丈夫なんですか?』


 問いかけられた内容に一瞬「そんなことか──」とカタリは思ってしまったが、すぐに問いの真意を理解する。

 そう、彼の目標は数光年先にあるとされるアウター核の破壊。それを実現させるには星間航行をしなければならないほどの距離を進まなくてはならない。


 カタリとて知っている。星から星への移動というのは、地球と月の距離であっても最短でも数日はかかることを。それの火星版と考えれば日数が数ヶ月を越えると結論が至っても何も驚くことはない。


「どっ──どどどどどどうするの、バーグさん!? 今ある分の食料持つ!? っていうか僕二十四時間以上も乗り回せる体力無いよ!」


 現状を全て悟ったカタリ。今回のエターナル討伐はこれまでで最も過酷なものになることに気付き、顔をさーっと青くさせる。

 AIのリンドバーグやそれに耐えられるよう身体改造を施した春季はともかく、宇宙飛行士でもないただの人間であるカタリには数ヶ月にも渡る長旅は到底不可能な芸当であった。


 本当に今更気付いてしまいコックピット内は大混乱に陥る。下手すると命の危機が迫りかねない危険極まりない旅になることに焦るカタリに対し、バーグは妙なまでに冷静さを保っていた。


『まぁまぁ落ち着いてください。確かに食料は切り詰めても二ヶ月分持つかどうかですし、距離的にも二十四時間動かさせるわけにもいきませんが、きちんと策はありますので』

「ほ、本当!? それなら良いけど……けど策ってどういうのなの?」

『はい。上手くいけば火星までの距離を一気にショートカット出来る画期的な移動方法です。勿論相応の危険性も孕んでいますが、今の私たちなら然したる問題ではありませんよ』


『火星までを一気に? 一体どうやって……!?』


 この策とやらに春季も思わず食いつく。やはり何度も同じ航路を延々と移動し続けることを強いられている彼にとってもバーグの策は魅力的に感じるのだろう。


 高性能AIが導き出した超長距離航行の短縮方法とは何なのか。どちらのパイロットも胸に期待を膨らませながら説明に耳を傾ける。


『やり方は単純明快、しかして複雑! ズバリ、外訪者アウター線孔シャープ攻撃を利用します!』

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