ep3/??「誤解が産む争い」
その警報が鳴り出した時、藍田春季は凍り付いたかの如く重い瞼を開かせる。
これまで数十回と繰り返してきた
これまでの経験からするに、コールドスリープ中の経過時間はおよそ六ヶ月。多少の前後はあっても大きな遅れを出したことはない──が、時刻を確認して驚かされる。
「四ヶ月? 前より二ヶ月も早い……!?」
幾数百と繰り返してきた戦いの中で、ここまで大きな変化が起きたのはいつ以来のことか。もしかすると初めてのことなのかもしれない。
意識と肉体の
「なんだ?
モニターも示していた謎の反応。これが接近したことにより、システムはコールドスリープを早期に切り上げる判断をしたのは把握している。
問題は何が近付いて来たのかだ。
「なんだ……あれは……!?」
本来ならば見渡す限り真空の闇が広がるだけなはずの世界に、一際目立つ人型の何かがいたのだ。
淡い桜色の装甲に杖を持ったその風貌。円形の魔法陣にも似た正体不明の何かを使って線孔攻撃を弾き返す異様な技術を駆使して戦うそれは、さながら魔法使いを思わせる。
この無限とも言うべき果てしなき戦いの中、ここまで大きな変化が起きたことは間違いなく無いと自信を持って言える。謎の機体が
「あれも
目覚めた直後で完全ではない頭だが、度肝を抜かざるを得ない目の前の存在について考察をする。いくつも仮説は浮かぶものの、現状を説明付ける物にはならないとして却下。一つの仮説にたどり着く。
そんな時──眼前で繰り広げられていた戦いは終演を迎える。謎の機体は二つの魔法陣を使い、
春季自身科学のことをあまり知っている方の人類ではないが、間違いなくあの魔法陣は科学では説明のつかない物であるとは察しがつく。まさに魔法、神にも等しき事象だ。
そう、神かあるいは悪魔か──。今のエルンダーグと春季も、それに弄ばれているかを疑わざるを得ない事象の中でもがき苦しんでいる。
身体はコールドスリープで冷えていても、頭は冷静と言えるものではなかった。怒りと不安、なにより焦燥感により焼き切れかけた思考が冷静な判断を許さない。
無自覚に自身の息が荒くなる。脚はいつの間にかフットペダルを押し込んでおり、機体は覚醒直後だからか進みは遅いものの前進。そして──
「まさか……お前のせいか……お前のせいなのかぁ!?」
エルンダーグの巨腕が謎の機体を鷲掴みにした。全長150mもある体躯の魔神の腕は、目測で90mはあろう機体を簡単に拳に納めてしまう。
元々スリムな形態だった謎の機体は、掴む寸前に不明な原理により姿を変え、青い身体で余計な装飾が排除されたシンプルな姿となっている。そんな機体を凶暴なマニピュレーターが握り潰さんばかりに締め上げていく。
目の前で起きた人類技術では説明のつきようのない事象は、自分に降りかかる災厄と同じである可能性。行き着いた仮説がそれだ。
まだ冷たさの残る身体で春季は恨みを込めて叫ぶ。この声が相手に届いているかなどはどうでも良く、ただ半狂乱になりかけている思考が目の前の機体を敵と認識するべきだとして、突き動かしていた。
これを破壊すれば、きっとこのループからも抜け出せる。地球で帰りを待つ者を救うための旅に戻ることが出来る。そう信じて。
†
『お前のせいか……お前のせいなのかぁ!?』
「な、なんか滅茶苦茶怒ってるぅ──!?」
『うわぁ、この状況はまずいですね。ノベライザー耐えられますかね?』
一方で掴まれている側のノベライザー。エルンダーグからの音声をジャックした途端に聞こえた中のパイロットの鬼気迫る声に気圧されていた。
勝手に行ったこととはいえ、
「ど、どうしてなのかな? 僕ら何かした?」
『分かりません。どうにも私たちを敵と認識しているのは間違いなさそうですが、如何せん理由は不明ですね。簡易的に中の人の情報を見ましたが、これといって私たちが関係するようなことはありませんでしたし』
うーむと唸るバーグ。その間にもノベライザーは各所からギギギという不穏な音を奏で、カタリの不安を煽ってくる。そう易々と砕かれるほど
とにかく今の状況は好ましいとは言えない。怒りの原因がただの誤解なのであれば早期に解消させておく必要がある。
『おそらく相手は冷静と言える精神状態ではありませんので、一度距離を取りつつ落ち着くよう説得しましょう。多少の攻撃もやむなしです』
「これと戦うってことか……」
結果論としてエルンダーグとの戦いに望まざるを得なくなり、致し方ないものの戦闘を覚悟する。
相手は
だがそれも結局は人の手で作り出した物に過ぎない。数多ある世界に点在する
「ノベライリング・神牙! まずはこの拘束から抜け出す!」
紅い剛手に握り締められていても問題なくノベライザーはフォームを変化させる。青い身体から黒い半獣人然とした形となり、持ち前の暴力を用いて拘束を解いていく。
『姿が変わった……!? まずい、逃げられるっ……』
「悪いけど僕らを襲おうとするのは見当違いだよ! エルンダーグ!」
暴獣の抗いにより魔神の指は引き離されていき、ついに拘束を抜け出した。瞬時に距離を取りつつ、再度エルンダーグへ向けて声を放とうとするが、相手もまた素早く対応していく。
『逃さない……!』
エルンダーグに搭載されている12000門にも及ぶパルスレーザーシステム。本来は宇宙デブリを迎撃するための物だが、単純な威力は既存の光学兵器など比べものにならないそれらを照射。
黒い宇宙空間に輝く光の線。
「バリアで何とか出来る量かなこれ!?」
『神牙フォームだと厳しいかもしれません。ここは──』
バーグからの指示に従った瞬間、無数の光線が次々と命中。あちらも本気で潰しにかかって来ているらしく、レーザーは止むことなく続いていく。
だが、それも異次元の兵器の前にはただの雨同然。ノベライザーの前方には六枚にも及ぶ棺桶の様な形状をした盾が膜を張って展開され、パルスレーザーを防御。
ノベライザー・メディキュリオスフォーム。光学兵器には滅法な強さを誇る紅白の姿となったそれに常設される自立兵装スレイブビットにより、攻撃をほぼ無効化していた。
『また姿が……。くそっ、あと何回変わるっていうんだ……!』
エルンダーグも二度のみならず三度にも渡る変身を目撃し、混乱する様子を隠せない。各フォームでそれぞれ使役出来る能力が違うそれを、たった一機の
その答えは不可能ではないが困難を極めるというもの。特に相手方は知る由もないが、全ての情報を手にすることが出来る機能によりある程度の行動予測は勿論のこと、その気になれば奥の手やパイロット本人も知らない機能さえも筒抜け。長期戦になればなるほど相手が不利になっていくのみだ。
すでに勝負はノベライザーを前にした時から決定している。初見でこの機体に勝てるものなどまず存在しないといっても過言ではない。
これ以上の戦いは不毛。無用の争いを止めるためにカタリはエルンダーグに向けて通信を接続した。
「ストップ! エルンダーグのパイロットさん。僕らはそっちの敵じゃないよ。お願いだから話を聞いて~!」
『な、人の声……!? あれからなのか?』
この世界では初となる声と声で取り合うコンタクト。相手は人間の声が機体から出たことに驚いている様子が確認できる。
薄々気付いてはいたが相手の声も若い。推測で十代半ばの声と思われるが、先ほどの絶叫もあってか声は枯れ気味だ。
そして手前の小型モニターからはバーグが検索したエルンダーグとそのパイロットの簡易的な情報を表示。それを見ながら呼びかけを続けていく。
「えっと、藍田春季……君でいいんだよね? 僕はカタリィ・ノヴェル、本当に敵とかじゃないから安心して欲しいんだ」
『う……、嘘だ! こんなこと馬鹿げてる。これは幻聴だ、こんなところに人なんかいない。僕の名前も知ってるはずがない。何もかもありえない、そうだ、全部……全部ありえるはずがないんだぁ!』
だが、そんなエルンダーグのパイロットはカタリのコンタクトを幻聴と一蹴し、再び機体を駆り立てた。
ブースターを点火し、巨大な爪で引き裂こうと襲いかかる。機体そのものの調子も戻り始めているのか、先ほどの時より速度が上がり回避もぎりぎりのところだった。
しかしながらどうにも彼の様子がおかしい。情報によれば藍田春季という少年は囚われの幼馴染みを救うために
何千万キロもの旅を続けていればいつかは発狂してしまうのも道理だが、それにしてはどうにも言動から違和感を感じていた。
そのことにいち早く気付いたのはバーグ。発狂寸前の──否、ほぼ発狂状態の春季に次なる接触を試みる。
『何やら事情がありそうですね。カタリさん、鞠華さんの時の要領で中のパイロットを裏世界に連れて行きましょう。そこで直接話を着けます』
「うん、分かった。今回ばかりは仕方ないのかも」
前回同様、聞き分けの悪いパイロットとは直接説得することにする。
コックピットの位置を割り出し、懐へ接近。攻撃をかわしながら見出した隙を突き、ぶ厚い胸部装甲を殴りつけるように接触した瞬間、あらゆる物を裏の世界へ送り込む力を発揮させた──はずだった。
『……あれ? 何故──』
「なっ、
これまで幾度と無く使用してきたノベライザーの特殊能力『
思わぬ現象に困惑するカタリ。そもそも失敗するということ自体初めての経験に動きが止まってしまった。
当然、
『終わらせてやる……お前を倒して、元に戻すんだ。何もかもやり直しになるこの地獄を……!』
これまで耳にしたことのないほどの殺意が込められた言葉に、思わず身震いしてしまう。間違いなく、本気で殺りに来ているのは明白。
両手を使った握撃は流石のノベライザーも悲鳴を上げる。腕部や胴体諸々の装甲などが圧力をかけられ、鳴ってはいけないような音がコックピット越しからでも聞こえてくる。このままでは砕かれてしまうのも時間の問題だ。
しかしながら、機体の心配だけが気になるわけではなかった。春季の呪詛のような独り言から状況を推測する。
「やり直しって、どういうことだ……?」
『もしかして……カタリさん、あの機体──いえ、この世界にはエターナルが潜んでいるかもしれません』
「エターナル!? ってことはエルンダーグは……」
『はい、憶測ですがエターナルにより何かしらの現象に巻き込まれているのだと思われます。本人はそれを私たちのせいだと勘違いしているかもしれません。どうにかして違うと分からせてあげないと!』
はじき出された仮説。どの世界にも普遍的に起こり得る可能性が指摘され、この世界にも危機が迫ってきていることを知る。
行く先々で出会う謎の敵性存在、エターナル。今回もまた、世界を滅亡に追いやらんとする者が、誰かの運命を大きく狂わせていた。
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