エピローグ

繰り返す世界

「……『バーグが飲む魔剤は甘くない』っと。送信完了。


 ん? おっと、失礼。お見苦しいところをお見せいたしました。ネットは楽しくてついつい熱中してしまいますね。皆さんもやり過ぎのめり込み過ぎにはお気をつけて。



 それはそれとして、見事人生二度目のミュウト級エターナルを撃破したカタリィ・ノヴェル。彼は本来の予定とは違うものの、逆佐鞠華とその愛機、ゼスマリカの力を継承することに成功する。

 お姫様と魔法少女、その二つのモードを持つゼスマリカフォームはこの先の未来、そう例えばファンタジーな世界ではより重宝するでしょう。



 そしてもう一つ、オズ・ワールドとネガ・ギアーズ。二つの組織は同じ敵を倒すために協力しても、対立する未来までは変えられることは出来なかった──


 ですが、納得いかない結末を迎えても彼は学びます。自らの手で変えられない未来は誰かの心に自身の存在を刻み込ませることが出来れば、変わっていく可能性があるのだと。


 彼の望みはとても淡く、浅はかです。ですが、それは私も同じこと。変えられない未来はない、例え今は不可能でも、時と歩みを重ねていけばいつしか0は1となっていくと信じていますので。




 ──では、変えられない未来がないのなら、変えようとしても泡沫になってしまう今に苦しめられる場合はどうなるのでしょう?



 さて、次に彼らが向かう世界はどこになるのか。その答えは──











「なんで……、どうしてなんだ……!?」



 閉鎖された空間内。そこで困却の嘆きに苦しむ一人の少年の姿。

 彼の姿はまさに機械のパーツとしてデザインされたかのような、無機質な管が脇腹から伸びており、うなじから脊髄にかけてはコネクタが並んでいる。


 おおよそ普通の人間にはどれほどの大怪我をして手術を受けても、このような姿にさせられることはないであろう。これは自らが望んでなった姿。言わばサイボーグだ。



 そんな半分人間を辞めたにも等しい少年は自分の頭を挟み潰さんばかりに強く抱える。

 ヘルメット越しにうっすらと感じる己の力加減。これが現状への困惑さをより鮮明に自覚させる。


 彼は今、混乱している。いつから始まったか、何度繰り返したかも分からない現象に翻弄され、精神は疲弊しきっていた。

 どうやっても抜け出せない。誰かが──否、誰という言葉すら言い得て正しいかも分からない藍田春季あいだはるきは囚われている。



「また、このだ。このままじゃ間に合わない。フユが……」



 無限。登ってもいつかは同じ場所に立つペンローズの階段のように、この戦いを繰り返している。

 思い出す幼なじみの姿。地球で検体として長い冷凍保存をされながら自分の帰りを待つ少女、フユ。


 彼がこの果てしない戦いに臨むのも全て彼女のため。戦いを終わらせて氷の牢獄から救い出すためだけに、拷問にも等しい改造手術を受け、この機体に乗ったのだ。



 巢襲機サーペントエルンダーグ。その名の通り、深宇宙からの外敵たる存在『外訪者アウター』の巣を破壊するために造られた機動兵器。

 全長150mを誇る圧倒的な巨躯と、これまで人類が開発してきたあらゆる既存兵器など歯牙にもかけない性能を持つそれを駆り、春季は数光年先の目標物を目指していた。



 だがある時、その旅路は何者かによって阻害されることとなる。

 これは敵による未知の攻撃か? それとも何か自分の知らない存在による悪戯か? 神か悪魔か、それの関連を疑わざるを得ないほどの事象。


 心の中で疑問を抱いても、それを深く考えられる時間など彼にはない。

 ただ、進んでいく。使命感だけが彼の原動力。宇宙空間を亜光速で突き進み、迎え撃つ外訪者アウターを蹴散らしていく。しかし──




 ──おぎゃあぁぁ……




「……! だ、この声だ……!」



 耳に届くのは赤ん坊の産声にも似た不快な音。頭の奥から響くような気味の悪い叫び声は、もはや何度耳にしたかも覚えていない。

 少なくとも分かること。これが人類を脅かす人形スワンプマン外訪者アウターの類ではないということだけだ。


 春季は機体を動かす。とにかく前へ、前へと直進。砲弾にも等しいデブリの衝突も気に止めず、逃げるように目的の地へ機体を飛ばす。だが──




 ──……おぎゃああああああああ……!!





「……っ嫌だ! これ以上は嫌だ! 早く行かなきゃ、早くしないと……フユを、フユを助けられなくなる! だからっ、もう……!」



 これは神の試練か、悪魔の策略か。突如としてエルンダーグの後方に開く光の穴。

 150mの体躯をいとも容易く飲み込めるほどの大きさをした何かから、複数にも及ぶ光の手がエルンダーグに向かって伸びていく。


 トップヘビーな体格を支えるには些か貧弱に見える脚部が捕まれる。それにより一気に亜光速で航行していた機体はガクンと速度を落とし、急制動する。

 Gにより春季の全身に圧力が加えられ、臓器の内側から込み上がる痛みと不快感、さらに眼球内の毛細血管は破裂し、白目が赤く染まる。


 しかし、そんな些細な怪我など気にも止められない。謎の手から抗うように、ただ無心で機体を加速させようとする。

 だがそれは無駄なこと。これまで何度も同じことを繰り返して理解している。

 この手に捕まったら、そこで既に終わりであると。




 ──おぎゃあああああぁぁぁ……




 徐々に全身へ巻き付かれ、その紅い装甲は光に飲まれる。太く肥大化した腕も、12000門にも連なる砲門の何もかもが光に包まれていく。

 それはコックピット内も同様。モニターは光のみを映像として映し、暗い宇宙の光景を完全に遮る。目映い光はまるで天国の門が開かれたかのよう。


 しかし、それは間違いだ。背後に開く穴は天国の門でも、そこから伸びる手たちはその使いでもない。

 エルンダーグの──春季の苦労を泡沫に帰す、輝く悪魔そのものだ。



「もうっ……、いいっ……!」



 刺すような明るさは血に染まる瞳を強制的に閉ざし、全てを包み込む。機体は穴の中に飲み込まれ、その宇宙から姿を消した。



 ──また、。春季は何度も繰り返し口にした言葉を唱える。今度は絶望に満ちた色を強くして。




 輝きは収まり、世界は元の宇宙空間に戻される。何事も無かったのように、あの光はどこにも見受けられない。宇宙は元の闇と静寂さを保っている。

 そう、まるで。それを理解しているのは、エルンダーグとそのパイロットだけだ。


 座標、地球からおよそ1500000km。〈ラグランジュ4〉と呼ばれるポイントにはかつて人類が立てた計画に失敗したまま放棄されたシャトルの残骸があるばかりだ。

 ここにある物は初めて見た時と何も変わらない。そして、これまで幾度と無く見ることになり、否応にも目に焼き付いた光景。



「…………また、戻された。フユ、僕は……僕は一体どうすればいい……!?」



 あの光は何故か、エルンダーグをラグンジェポイントにまで戻してしまう。遙か数光年先の目標にたどり着くことを許さない、謎の現象。

 絶望に手を止める春季。もはや枯れたと思っていた涙は血混じりの一滴を宙に浮かす。

 そして、が春季の脳裏によぎる。

 




 ──“嘘つき”





「う、うわああぁぁぁぁッッ…………!!」





 エルンダーグ。人類の未来を繋ぐために送り出された最終兵器。

 藍田春季。囚われた幼なじみを救うためにエルンダーグに乗り、外訪者アウター殲滅に臨む少年。



 紅星の魔神と少年は、この世界に潜む意思無き悪意によってを繰り返していた──











 ──宇宙とはかくも神秘な世界です。時の概念を歪ませ、遙か彼方に浮かぶ星々には無限の可能性をはらんでいる。

 そんな希望の満ちる世界を人々は求めるのでしょう。未来を、そして種族の繁栄を。


 しかし、希望を手にするにはそれ相応の代価を求められるもの。その世界もまた、その例に漏れることなく、ある存在が人類の前に立ちはだかります。





 その名は『外訪者アウター』。八十年近くの間、人類を火星以降の進出を拒むモノ。

 深宇宙からの使者は人に擬態する『人形スワンプマン』となって人類に牙を剥いていた。





 だがそれは遠い場所で起きる自分らには何ら関係のない出来事。その身に大きな傷を宿した少年少女はそう思っていた。

 片田舎で暮らしていた藍田春季あいだはるき、そしてその幼なじみの芹井冬菜せりいふゆな。二人はお互いのことを『ハル』『フユ』と呼び合う仲……にして中々想いを伝えられずにいるもどかしい間柄でした。





 しかし、そんな彼女と過ごす日常は唐突に崩れ去るのです。

 人形スワンプマンの力が覚醒してしまった彼女を捕らえ、拷問当然の生検を行っていることを知った春季くんは、彼女を救う手段である外訪者アウター核の撃破──つまり巣の破壊を提案され、エルンダーグに乗ることに──。





 ですが、この世界にはすでにエターナルの脅威が潜んでおりました。

 幼なじみを救うための戦いは狂い、無意味に労力と精神を削り取られていくだけの旅。そんな世界に我らがノベライザー、ひいてはカタリくんたちが干渉します。

 カタリくんたちはどうやって彼を救い出すのか、栞の継承はどうなるのか、そして、冬菜さんの行く末はどうなるのか──





 それらはまだ、このあらすじには記載されておりませんので。今回はここまでに致しましょう。

 セカイ系世界に初めて潜り込む一行。果たして、無限に囚われる少年の結末は如何に? それでは次回、お会いしましょう



 それにしても栞の謎の挙動はどうして起こったのでしょう。ふふふ、勿論私は解りますがそれはカタリくんらにはまだですから」







第四章『墜奏のエルンダーグ』編

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