Live.20『終わりの始まりの終わり ~HOPE THE TWO ORGANIZATIONS WILL RECONCILE~』

「うおおおおおおおッッ!!」



 ──キャアアァァ……!



 継承を完了した瞬間──ノベライザー・ゼスマリカフォームによる強烈なキックがエターナルを押し返す。

 これまで一切の攻撃を通してこなかった球状態に初めての一打。これにはカタリも驚きを見せる。


「すごいキック力だ。あの大きさのエターナルを蹴り飛ばせるなんて!」

『エターナルの身体が爆弾化で凝縮しているというのもありますが、それを差し引いてもゼスマリカフォームの脚力が圧倒的なんです! あ、それとこのフォームは近接格闘プリンセスモード魔法攻撃マジカルモードの2モードあるみたいですよ!』


 更なる追記によりこのフォームの性能が開示される。どうやら本家同様のタイプチェンジが可能のようだ。

 今はゼスマリカの“ワンダー・プリンセス”を模した“プリンセスモード”。今し方の通り数百メートルにまで膨れ上がったエターナルでさえ蹴り飛ばすことも可能なほどの脚力を誇る。



 ──キャァァァ……!



 するとエターナル。膨張を一度止めると、その黒い毛玉のような身体から複数の触手をこちらに向けて放ってくる。

 それは第一形態にそっくりな姿をした繊維状の腕。球状態としては初めての直接攻撃に出てきた。


『今のノベライザーの脚力ならばあの程度、キック一発で蹴散らせます!』

「なるほど。蹴って蹴って蹴りまくれ! ってことだね」


 無数に伸びる触手に臆することなく、カタリはそれらに向かっていく。

 一本目の触手をエアジャンプで加速をつけ、槍のような足先ハイヒールで貫通。二本目、三本目も蹴りで片付けていき、あっという間に全滅させてしまう。


 その剛脚は本家にも劣らない。巨体を押し返すほどの力は本体の一部分たる触手程度に負けることはない。



《そ、それは一体……? なんでゼスマリカみたいな恰好に……?》


 そんな性能を体感する中で、すぐ横にいた本物のゼスマリカに乗る鞠華は、ノベライザーの新たな姿に驚きを見せている。


「鞠華さんの願いがその栞に反応して、ノベライザーに力をくれたんです」

『そして同時にゼスマリカにも同じくしてこちらの力が宿っています。何か変化は起きていませんか?』


《へ、変化……?》


 ノベライザーに力を継承したロボットは、その見返りとして性能をノベライザーと同等に能力が引き上げられる。

 ゼスマリカに与えられた力とは何なのか。意味を半分理解出来ないまま、鞠華は自身の身の回りを捜索する。すると──


《あ、ゼスパクトに知らないドレスが……》


『どうやらそれがゼスマリカに与えられた力のようですね。それを起動させてみてください』


 思い立って取り出したファンデーションケース型のデバイス。それを開くと二種類のピンク色をしたジュエルの他に、今この瞬間に初めて目にする青色の宝石が備えられていることに気付く。

 このゼスパクトというのは、鞠華らアクターがアーマード・ドレスを呼び寄せたり、ドレスチェンジを行う際に必要な物だ。


 バーグの説明通り、青色のジュエルに触る。すると“マジカル・ウィッチ”のドレスは消え、代わりにノベライザーから青の装甲が産み出される。

 ゼスマリカの下へ集まるそれらは、下着フレーム姿の上から重なっていき、新たなドレスへと変貌を遂げる。


《こ、これは……すごい、なんだか分かんないけど、今までのドレスとは何かが違う! これがノベライザーの……!》


『はい、解析出来ました。そのドレスの名前は“ヨミカキ・ライブラリアン”。私たちの力が宿ったドレスです!』


 そう名付けをし、改めて造られたもうドレスを見やる。

 青を基調とした装甲外套に括弧の形をした宝石付きのネクタイと、頭部に戴くのはアカデミックキャップのガードと顔面を隠す眼鏡模様のついた仮面。ワンピースにも似たスカートフレームにはペン先のような飾りがあしらわれており、どこか幻想的な雰囲気を纏っている。


 その姿はまさにファンタジー世界にあるような、本の管理者たる司書の風貌といった姿をしていた。

 どことなくノベライザーにも雰囲気が似ているそれは、まるでお互いのドレスを交換し合ったかのよう。無論、似ているのは見た目だけではない。


《なるほど……“ライブラリアン・ゼスマリカ”。いいね、なんか何でも出来る気がする!》


『ドレスには“ノベライズ・ペンシルステッキ”という武装があります。それには私たちと同じ想像から物体を産み出す力があるみたいです。なので──』

「僕らであのエターナルを抑える壁を造るんだ!」


 この作戦、もはや異論など誰からも出ることはない。

 鞠華は説明に従って“ノベライズ・ペンシルステッキ”を装備。巨大な万年筆のような形状をしたそれを持って、一気にエターナルへ接近する。


 望む物は強力な防壁。鞠華はステッキの先端を目標に差し向け、思いっきり線を引く。

 すると、インクは脳内で描いていた形通りに半透明の壁となってエターナルの一部を覆い隠す。しかも、それらはエターナルに吸収されることなく、膨張し続ける体を見事に抑え込む。


《すっごい、これがノベライザーの力なんだ……!》


「鞠華もやってるね。じゃあ、僕らもやろうか!」

『ええ! モードチェンジ“マジカルモード”ですっ!』


 負けじとカタリももう一つのモードに機体を変更する。ピンクのお姫様の装甲は一度ノベライザーから分離されると、パーツ一つ一つが裏返り、新たな面となって再度装着される。


 伸びていたスカートも短く収まり、ティアラも一部装甲からパーツが加わって魔法使いを思わせる帽子へ換装。体色もショッキングピンクから淡い桜色へと変化する。

 ゼスマリカのもう一つの形態“マジカル・ウィッチ”を模した“マジカルモード”。文字通り魔法を駆使する戦士の姿だ。


 この変化はまさしくドレスチェンジ。一機で二つ分の力を秘めたゼスマリカフォームの特権だ。


『ゼスマリカの技を模倣出来るみたいですね。これは詠唱無しに技名を叫ぶことで発動出来るみたいです』

「文章を言わなくてもいいの? それじゃあ──鞠華の防御技と言ったらこれだね。“聖なる壁よ、我が障害となる全てを阻めウォール・マギア”!」


 LSB視聴者として全ての放送を視聴しているカタリは、その記憶の中からこれだと思った奥義を選択。先ほども本人が使った巨大な魔法陣を用いた防御技をエターナルに向けて放った。


 ノベライザーによる魔法陣の障壁はより広大な範囲と堅さで半分近くの面積を封印。これ以上の膨張を許さない。

 さらに鞠華の防御膜によりすでにもう半分の領域を閉ざされており、半透明の膜に包まれたエターナルは何も出来ない。隙だらけの姿はまるで世界最大級の的だ。


《二人とも! 次は何をすればいい?》


『ふむ、ではトドメといきましょうか。ですが相手は大量のエネルギーを詰め込んだ爆弾であることに変わりはありません。なので、ここは慎重かつ大胆に詠唱一発で決めてしまいましょう』

「必殺技だね。よし、やっちゃおう」


 意気揚々と必殺技の用意をするカタリ。いつも通りバーグから即席の文章を抽出すると、その内容を覚えていく。

 が、今回はそれだけに留まらず、何と鞠華の下にも同じ文章が送信されていた。


《こ、この文章は……?》


『“ライブラリアン・ゼスマリカ”にも文章を詠ずることで様々な必殺技を放つことができます。仮にもウィーチューバーなんですから、こういうのは得意ですよね?』


《……! そういうことね。分かった、やろう!》


 一瞬困惑するも、その意図を理解する。

 ウィーチューバー“MARiKA”。彼にとって何かの行動をしながら文字を見るということは決して難しいことではない。ましてやそれが、キャラクターを演じながらカンペを読むということならば、むしろ得意とも言える。


 文面を理解し、まず二機は移動を開始。目指すはエターナルよりも高い上空を目指す。


『……! エターナルの内部にエネルギーの再変換が起きています。もうまもなく爆発するかもしれません!』

「だったら、それが起きる前に──」


《叩くだけのことッ!》



 この状況はまずいと思ったのか、遂にエターナルが爆破の寸前までに迫る。だが、そうなってしまう未来を二人のヒーローは許さない。

 文章をインプットし終え、それぞれが息を合わせて言葉を言い放つ。



「行こう、鞠華さん!

『空高く飛び上がったノベライザーとゼスマリカ。お互いに分け与えた力を用いて爆発寸前のエターナルにとどめを刺す。両機はバリアに封じ込まれたエターナルへ向かってダブルキックを放った』!」


《うん、これで本当の終わりだ!

『貼ったバリアは薄氷の如く容易く貫き砕かれ、内部の黒球に二機の想いが込められた一撃を喰らわせる。ヴォイドを変換して造られた無尽蔵のエネルギーは文字化に使われることなく“ライブラリアン・ゼスマリカ”の“ノベライズ・ペンシルステッキ”に吸収されていき、代わりにエターナルを貫こうとする二機の推進力に変換されていく』!》


「《『そして──全てのエネルギーを奪われたエターナルの身体は形象崩壊を起こし、元の脆弱な姿に還元されてしまう。だが逃走などする暇など与えられることなく、二機による全身全霊の一撃の前に虚しく四散するのであった』──!!」》



 この詠唱に二つの機体は完全に応えてくれる。


 再び“プリンセスモード”になったノベライザーとゼスマリカは、お互いに隣り合う形となってエターナルに向けてキックを発動。

 バリアを貫いて本体に命中すると、ゼスマリカの武器に内部のエネルギーを吸収。さらにそれを推進力に転用していく。


 二人の想いはどちらも“世界を救う”ということ。完全にシンクロした想いは想像力を力にするノベライザーにとって強力な力となる。


 膨大なエターナルのエネルギーを吸収しきると現れる元の形。先端が赤く発光する黒い糸束の姿は、こうして見るとまるでただの雑魚敵当然の姿だ。

 並ぶ二足によりバリアから押し出され、そのまま東京の大地へ叩き落とす。



 ──キャアアアアアアアアアアアァァァァッッッ!!



 地面を割って進む二機に蹴り押さえられて下敷きとなっているエターナルは、耳をつんざくような醜い断末魔を上げながら、呆気なくすり潰されて消えたのだった。



 良くも悪くも大惨事からは逃れられた世界。エターナルの完全消滅を肉眼で確認すると、最後に一言。


《──っはぁぁぁぁ……! お、終わったぁ……》


 鞠華の安堵する声で、このLSB合体特別編は幕を閉じる。

 世界は、守護まもられたのだ。











【……はい。それじゃあ、もう動画の尺も短くなってきたから、最後に一言のコーナー! ちょっと悲しいけど、これで今回の動画は終わりってことで!】



〈悲しいなぁ〉

〈やめないで〉

〈もう終わりってマ? まだ三時間しか経ってないんだが???〉

〈少し泣く〉



【皆さん。短い間でしたが、本当に楽しいLSB活でした! 今日をもって私はアクターではなくなりますが、この想いはいつまでも皆様の心の中にあります。予算ゆめ人件費きぼうと今後のその他諸々が何とかなった暁には、再びここへ戻って来ることを約束します!】



〈スパチャすれば戻ってくると聞いて [¥5000]〉

〈マジ? 俺も未来に課金します [¥4000]〉

〈バーグ本格実装はよ [¥10000]〉

〈いつかの明日費用 [¥500]〉



【おいおい、そんなこと約束していいのか? マジで戻ってくる可能性はゼロに近いってのに。つーかスパチャやべぇな……】


【こら! 嵐馬くん、そういうとこだよ。いくら事実でもそういうことを言っちゃうのはダメだって。デリカシーのない発言は嫌われちゃうよ?】



〈せやな〉

〈戻ってこれないってマジ? ランマのファン辞めます〉

〈スパチャかえして〉

〈何言ってんだランマアアアア!!!!!〉



【また俺のせいかよ!?】


【あはは、まぁー戻ってくるかどうかはこちらの事情が強く絡むので、もしかしたら約束は守れなくなるかもしれませんね。でも、置き土産は残してますから、MARiKA先輩が新ドレスを着けたその時に少しでも自分のことを思い出してくれればかと】


【うん。あのLSBで産まれたボクの新しい力“ライブラリアン・ゼスマリカ”。この力は確かにゼスバーグの力そのものだった。あれがあれば、もうアウタードレスに負ける気がしないって!】



〈慢心はフラグってそれ一〉

〈やはりマリ×バグは尊いので送金 [¥30000]〉

〈ゼスバーグの力を持ったドレスってことは実質セ【このコメントは非表示設定されました】〉

〈一部コメントが規約に触れて消されてて草〉



【ではでは~もう放送は終わりですよ! 先輩たち、最後の最後にこんな飛び入り参戦みたいな自分を受け入れてくれてありがとうございます! 皆さんのことは遠い異国でも忘れません!】


【あたしもだよ~! あの日のアツイ夜のことは忘れないんだから!】



〈!!!!!!!!!!!〉

〈ここに来て爆弾発言〉

〈やはりモネ×バグがいいです(手のひらドレスチェンジ)〉

〈ここに式場を建てよう〉



【誤解を招く言い方をするなよ。ただ一緒にゲームしてただけじゃねーか。んまぁ、そうだな。俺からも一言だよな、うん。えー……お前がいると色んな──】


【ブッブー、尺がもう無いのでボクの番で~す】


【あーッ! マジか、尺……あークソっ、あっち行っても頑張れよな!】



〈ランマは真面目に言おうとするからそうなるんやで〉

〈明らかに意図的に尺を短くされてるの草〉

〈ランマちゃん、お別れの挨拶にお下品な言葉を使うんじゃありませんっ!〉

〈野郎かわいい〉



【最後はボクだね! 今回の件、本当に色々とありがとう。ボクも絶対に忘れないよ。あっちに行っても、うん……へへっ、おかしいね。一ヶ月も無い付き合いなのにちょっと泣けてきちゃった。また次に会えたら、一緒にゲームしたりしよう!】


【はい、望むところです! またいつか、お会いしましょう!】



〈泣けるでぇ〉

〈もらい泣きした。敗訴〉

〈教えてくれ、マリカ。俺はあといくらスパチャすればいい? [¥30000]〉

〈ホントに最後なんやなって……〉

〈88888888888888〉



【それでは、バーグくんの送別会もとい送別回はこれまでっ! みんなも今日はありがとー!】


【視聴者の方々もありがとうございますー! わた──ああもういいや、私も皆さんから貰った楽しいコメントは忘れませんのでー!】


【みんなばいばーい♪】


【じゃ、じゃあな! 次はLSBでな】




『MARiKA♡チャンネル』

 ▷チャンネル登録(124,8万人)

 視聴回数1,304,341回




 コメント数:880

 〉嘘であれ。神はそう言うと俺のスマホの電源を落とした。

 〉良い最終回だった

  〉(まだ終わって)ないです

 〉今までのマリカの動画で一番喪失感ある

 〉なんちゅう……なんちゅう動画を出してくれたんや……

 〉その涙拭けよ っハンカチ

 〉〆が野郎-10000000点。感動した+五千兆点

  〉そういえばランマが最後やん

 〉バーグ可愛いよバーグ。好きなものがハンバーグなの見てる人のこと分かってるってそれ一。勉強出来るとこもいいよフラッシュ暗算のくだりで得意なことをドヤ顔で披露するところもかわいいよバーグバーグバーグバーグバー…(コメントを開く)

  〉怪文書兄貴おちついて

 〉送別回でアクター全員出演とは思わなかったぜ。

 〉それはそれとしてタイガのことには何も触れんかったな。気になってたのに

  〉あっちの次の放送に期待

 〉かくしてバーグはLSBから去り、新たな人生を歩むことになる。彼女が進む未来の先にあるのは幸福か苦悩か。それは我々が知る必要のないことである。次回「冬春」。バーグが飲む魔剤の味は甘くない。




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『良い世界でしたね』

「うん。何だかんだで過ごしやすかったかな」

「そうですねぇ。餞別に衣類などを貰いましたし、しばらくは服などに困りませんね。日用品は高いので大助かりです」


 一行はノベライザーを安心して召喚出来る場所を探して、徒歩で街を歩いていく。

 先日の一件があるとはいえ、ここは国の中心にある街。アウタードレスでも現れない限りは軽率に機体を出すことは出来ないからだ。

 そんな中で最初の目標を難なく完遂してから今日までのことを思い出す。


 LSBというコンテンツに触れ、そこでアクターという役割を体験したのは運命的だと言える。

 表向きはバーグがアクターであったとはいえ、エンターテイナーを演じるというのはなかなかに得難い経験だった。


 LSB特別編の後に行った送別会も含めた動画では多くのコメントがバーグの別れを惜しむ声が多くを占め、実に良い最後を終えた。

 これで気兼ねなくこの世界から出ていくことが出来る。だだ一つを除いて──


『あーあ、皆のLSB紅一点ってのも良いものでしたねぇ。自分のコピーをカタリさんの下につけて、ここに居残ろうかと一瞬でも思っちゃいましたよ』

「それはそれで困るなぁ……あれ? ねぇ、バーグさん、トリさん。あそこにいるのって……」


 冗談にほとほと呆れながら進んでいくと、進む先にあるものを見つける。

 そこにいたのは“ネガ・ギアーズ”の三人がいた。匠に紫苑、そして大河とこちらもまた鞠華が出した動画同様に勢ぞろいだ。

 ここへ来るのを見越していたかのように、こちらの存在に気付いて視線を送っている。


「ネガ・ギアーズ……。お別れの挨拶にでも来たのですか?」

「ああ。あの戦いの後から我々は会っていないだろう? 内通者からここに来ることを聞いたのだ」

「スパイ……やっぱりいたんだ」


 どうやら初遭遇の時と同様にオズ・ワールドのスパイから動向を聞いていたらしい。

 今はノベライザーを出せる所を探す以外に、食料を買い集めるためにスーパーなどを渡り歩いてもいた。そこを教えられ、こうして次の行き先で待たれていたらしい。


「このような人混みの中で話すのもなんだ。どこか気軽に話せる場所にでもどうだ?」

「逃げるんじゃないわよ。こっちも言いたいことの一つや二つあるんだから」


 相変わらず不機嫌そうな大河の表情。ここは大人しく着いていくことにする。

 確かに大河を元の世界から戻した時以来からネガ・ギアーズに関連するような人物や物事に遭遇した覚えはない。このまま会わずに世界から出るのかと思うこともあったので、カタリは僅かばかりほっとする。


 連れて来られたのは何の変哲もないファストフード店。先日の一件があるとはいえ、都会の店舗にも関わらず妙に人が少ない違和感を感じつつ、それぞれが注文をしていく。


「ぼくはチーズバーガーとデカバーガーセットとポテトLLにナゲット大盛りで」

「知ってたけど、あんたほんと食べるわよね……。あ、アタシは竜田バーガーで」

「私はウーロン茶で結構だ。君たちも好きな物を頼むと良い。ここは貸し切りだからな。代金もこちら持ちなのだ、遠慮することはない」


 匠曰くではそういうことらしい。人がいないのは貸し切りだからだという。

 故にカタリも注文を終え、商品が来るまでを待つ間にこのようなことをする経緯について聞き出す。


『それで、私たちになんの用でしょうか? 別れの挨拶なら携帯一つでも結構ですが』

「フッ、冷たいな。こちらも今回の件について感謝しているのだ。世界は救われ、飴噛のドレスも取り返せた。だからこうして直接話し合っているというのに。やはり我々がオズ・ワールドと敵対する組織だからか?」

「……やっぱり、僕らがいなくなったらまた戦うんですか?」


 カタリは呟くような問いかけをすると、匠は沈黙。そしてすぐに答えを出す。


「そうだ。オズ・ワールドは我々にとって必ず滅ぼさなければならない宿敵。ボスがそうであるように、この私も同じ。それを実現させるために、君らが創り出した力は有効活用させてもらうつもりだ」

「その根本にある物が復讐かどうかは分かりませんが、あのドレスはお好きなようにお使いください。使い方に関しては我々は何の権利もありませんから」

「トリさん、なんで……」


 答えは分かってはいても匠の発言に曇るカタリ。しかしトリの意見は反対のようで、これからは敵としてノベライザーが生み出した力を使うことを肯定する。

 予想外の回答に驚きながら、その真意を尋ねる。


「カタリさん。力そのものに善悪はありません。ノベライザーも例外ではなく、世界を救える救世主になることも出来れば、使う者の意志一つでエターナルを越える世界の破壊者にもなり得ます。善から産まれた物が必ずしも善性を有するわけではないのです」

『その通りです。動画だって同じで、皆を楽しませるエンタメにするか、見る人を不快にさせるヘイトましましの動画にするかは作り手次第なんですから。ね、大河さん?』

「何でそこでアタシの名前が出てくるのよ。バカにしてんの?」


 身内からの意見はどちらも同じ。どう使うかは本人次第であるという。

 恐らく最後の口論に発展したであろうバーグと大河の喧嘩はさておき、カタリは一人しゅんとなってこの納得のいかない結末に気を落とす。


 ノベライザーの力を介しても変えられない運命がある。それを実感し、いつの日か覚えた万能感が徐々に縮こまっていくのを感じてしまう。

 そんなしょんぼりとする異世界の旅人を見てか、匠は横で口喧嘩をする大河にある指示をする。


「フッ、そう気を落とすな。我々の歩む未来は変えられなくとも──誰かの心に存在を刻み込ませることは出来る。そうだろう?」

「……ほら受け取りなさいよ」


 スッとカウンターをスライドさせて渡されるプレゼント。それは色紙と小さな小箱。

 大きく崩した書体で描かれた『ぶらっくタイガー』のサイン色紙に小箱の中身はインカムだった。


「これは……」

「オズ・ワールドと中身が被るのも癪なのでな、ささやかではあるが我々からはこれを。インカムは最高品質の最新型だ。そちらの物がどれほどの品なのかは分からないが、予備として使ってくれ」

「アタシの色紙は世界で一つだけなんだから感謝しなさいよね! いらないなんて言わせないし、捨てたら承知しないんだから」


 大河はそう言うとプイッとあっちの方向を向いた。そっぽを向いてしまうほど恥ずかしいのだろうか、耳が真っ赤になっているのを見つけてしまう。

 そんなもう一つの協力者たちからの餞別を受け取り、胸の内から込み上がる物を感じる。


 未来は変えられなくとも心には刻まれる。今し方匠が口にした言葉を思い返し、カタリは一つ、考えを改めることにした。


「ううん、すごく嬉しい。ありがとう。大事にするよ」


 変えられない物事はあっても、誰かの心に自分たちの存在を残すことが、いつかの未来に変化をもたらすかもしれないと。

 この世界で対立する二つの組織が、いつの日か分かり合える時が来ることを信じて──





 ネガ・ギアーズ組と別れ、最後の準備を終えた一行は次の世界を救うために次元の彼方へ消えていった。

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