第四章『墜奏のエルンダーグ』編

ep1/??「果てしなき戦いの航路」

「『万をも越える外訪者アウターが襲い来る中、六枚のスレイブビットはその威力を遺憾なく発揮する。無数に続くとも錯覚させてしまう強襲の連続に抗いながら、ゲートへの道を切り開いていく。

 アローヘッドによる進撃、スレイブビットの迎撃。二つの武装による強行突破は外訪者アウターの猛攻も物ともせず、目標地点たる本星へ繋がるゲートを目指し、突き進んでいくのであった』──!」


 初っ端からの必殺詠唱。その鬼気迫る声によりノベライザーは二機分の運命に修正を加える。

 紅白の機体メディキュリオスフォームが操る六枚もの武装は、詠じた通り巨大な体躯の宇宙生物を次々と切斬。無音の爆発を連続して起こし、宇宙空間キャンバスに彩りを加えていく。


 力を発揮するのはアローヘッドと接続したエルンダーグも同じく。流星の如き速度で外訪者アウターを切り裂きながら目標地点へ急行、数千kmもある距離を徐々に縮めていく。

 本来なら計算しながらの移動が必要になるが、ノベライザーという修正力がそれをカバーしてくれる。想定より僅かばかり早いという誤差はあるものの、このまま突っ込んでも問題はない。



 エルンダーグとノベライザー。二つの機体は火星軌道上に存在するアウター本星へ繋がっているであろうゲートを目指し、この無数の外訪者アウターの群へ突撃していた。

 全てはこのを終わらせるため──一人の少年を苦しめる意志無き悪意を打ち破り、世界の崩壊を招く虚無への還元を防ぐための戦い。


 だがこの世界もまた──そう上手く事が運ぶことはなかった。




 ──おぎゃああああ……!




「来た! バーグさん、あいつの位置は!?」

『すみませんまだ分かんないです! ですがこれまでの接触から予想される出現時間は──あと十秒後です!』


 それは唐突に、本来この宇宙空間では響かないはずの音がここにいる全ての生命に轟く。

 明らかに異様としか感じられない赤ん坊のように甲高い、それでいて不自然な低声が混じり合った怪音。不気味と例えるのが最も表現として正しい敵のうなり声。


 この声が聞こえるということは、それすなわち終わはじまりが近付き始めているということに他ならない。

 何度繰り返す物語の輪廻ループ。終わりが始まるその時まで、永劫に続く出発点への回帰を。


『十秒……。駄目だ、いくら加速をつけてもこれじゃあ間に合わない。奴の腕を避けながら進むしかない!』


「迎撃は任せて! バーグさん、ビットの権限移すね」

『ええい、今回の世界はずいぶんと人の脳を酷使しますね! AIだって疲れるんですからぁ!』


 これまで幾度と無く立ちはだかっては一行を襲うのは外訪者アウターだけではない。それらよりも遙かに異常な存在がこの世界に潜んでいる。

 六枚の内五枚をエルンダーグ後方に移動。操作権をバーグに譲渡し、残った一枚はカタリの思考操作により前方を守る。


 ゲートはもう目と鼻の先と言っても過言ではない程に近づいてきてはいるものの、それよりも早くは現れた。




 ──おぎゃああああ……!




 突如機体後方数百mの位置に発生する巨大な光の穴。目映い光を放ちながら、その奥から輝く無数のが延びてくる。

 これがその正体。人でもなければ外訪者アウターでもない、異界の敵性存在『エターナル』。


「で、出た……ッ。今度こそ守りきってみせる。これ以上繰り返させてたまるか!」


 出現した仇敵を前に戦いの姿勢で迎え撃つ。迫り来る白い腕の群を紅い燐光を纏ったスレイブビットで次々と切り裂いていく。

 硬さはそれほどでもない。問題は数だ。たった五枚のビットで無限に現れる腕たちを捌ききれるのか否か。


 その答えは至極単純『不可能』である。少なくとも必殺の詠唱無しではどのフォームを纏っていてもお手上げだ。


『ぐあっ……!?』


「春季!」


 迎撃の隙を突いてノベライザーを突破した数本の腕は真っ先にエルンダーグの脚を掴む。これにより超高速で動いていた機体は強制的にブレーキをかけられたも同然の状態となり、当機体のパイロットの悲鳴が届く。


 エルンダーグに組み込まれた非人道的なシステムは、パイロットの状態など一切気にしない。強烈なGがどれほど襲おうとも即死でさえなければ強制的にことが可能。


 カタリの見えない所では、春季ハルキと呼ばれたエルンダーグのパイロットは血管破裂による出血、骨や臓器へのダメージに苛まれている。

 本来なら泣き叫ぶことはおろか指一本すら動かせない程の痛みを抱えているにも関わらず、残酷な生命維持機能により動かされている。カタリとそう歳の離れていない少年がだ。


「離れ──って、くそっ、外訪者アウターが……!」


 エターナルの妨害を取り除こうと動くノベライザー。しかし、それを邪魔するかの如く現れる外訪者アウターの群が進路を妨げる。

 その間も白の腕は徐々にエルンダーグへと纏わり付き、深紅の機体を純白に覆い尽くしていく。手遅れなのはもはや明白だ。


『このままではいけません! 今回も作戦は失敗です。早くエルンダーグの下に──』

「分かっ……てる! ううっ、ノベライリング・神牙ァァッ!」


 作戦の失敗を認め、大人しくを選択。しつこいまである外訪者アウターの妨害を一掃すべく、カタリはフォームチェンジを発動。

 紅白の機体は黒く染まり、ビットも消失。代わりに猛々しい剛腕と巨爪が揃う機獣の姿へと変貌した。


 怪獣を模した姿となったノベライザーは、その爪で前方を塞ぐ外訪者アウターを引き裂き、さらにレーザーブレスを発射。雑魚を焼却し、瞬く間に自由を取り返すと直ちにエルンダーグの下へと急行する。


 いつの間にか接近していた光の穴はエルンダーグの下半身を飲み込んでおり、あと数十秒で間に合わなくなる所であった。

 今回も無念を痛感しつつ、ノベライザーはエルンダーグに密着する。


「……ごめん。また守りきれなかった。手伝うって言ったっきり進展が無いままなのは僕らの力不足だ」


『っぅ……。いや、でも今回はゲートまであと一歩のところまで来たんだ。最初の時と比べれば進んでいるとは思う。もう少しのはずだから、次こそはきっと……』


 光に飲み込まれる直前、カタリと春季は通信で今回の失敗の反省と次回への健闘を讃え合う。こうして今は多少明るく会話こそしているものの、彼はすでに幾度と無く戦いを繰り広げてきた。


 囚われた少女を救うためだけの戦いは今や、世界を滅ぼす悪意との戦いになり代わろうとしている。この世界において本来は決してあってはならない異常事態に、彼はカタリたちと出会うまでたった一人で抗い続けてきた。


 不毛な戦いにただ精神を磨耗し、始まりの記憶さえ今や曖昧になりつつあった彼を僅かでも救ったのはノベライザーの存在だ。

 一行がいなければこの事態の解明にさえたどり着くこともなく、真の意味で永遠を繰り返すだけであったのは理解に容易い。そういった意味では春季の言うとおり今も僅かずつ進歩しているのだろう。


『エターナル孔内部とその周辺のエネルギー増加を確認。4秒後に転移します。……3、2、1──』


 アナウンスにより今のエルンダーグの状況を察する。

 外から見ることが出来れば光の穴へ飲み込まれかけている哀れな魔神の姿が拝めるであろう。ノベライザーの介入から数回目のチャレンジもまた、失敗に終わる結果となってしまった。


 カウントダウンの終わりと同時にノベライザー、並びにエルンダーグ両機のモニターは真っ白な光のみを映し出し、通信さえも一時的に遮断される虚無の時間を過ごすことになる。


「バーグさん。今回ので何か分かったことある?」

『いえ、残念ですが今回もそれらしいデータは取れませんでした。率直に申し上げますと火星周辺の戦いは取り付くしたも同然ですので、可能な限りゲート先のデータを収集することを推奨します』

「だよね……」


 平行線を進むだけの現状に辟易せざるを得ない。流石のノベライザーでもここまで苦戦を強いられる特殊な相手は初めてのこと。

 この後に待ちかまえる戦いもきっと今回と同じ結末に終わるだろう。うっすらとそう思ってしまう程度には、この果て無き戦いに疲れを感じている。


 そして、モニターはすぐに視界を取り戻すと目の前には紅い装甲が画面を覆い尽くす。エルンダーグに張り付くように密着していたノベライザーは距離を取って安否の確認を取る。


「春季、大丈夫? また変な違和感はある?」


『大丈夫。今回も身体は治ってる。まあ、また初めからやり直しにはなったけど……』


 春季からの通信は先ほどまでの苦しげな様子は見られない。本人の言葉通り、状態は損傷する以前のに戻ったようだ。

 記憶以外の状態変化を引き継がないのは不幸中の幸いとも呼ぶべきだろう。尤も、記憶も無くなっていればここまで繰り返してきた苦しみは無かったのかもしれなかったのだが。


 現在、二人がいる場所は地球からおよそ1500000kmほど離れた宇宙空間〈ラグランジュ4〉。先ほどまでは火星周辺で戦いを繰り広げられていたにも関わらず一瞬にして戻されてしまった。


 それはひとえにワープと呼べるものに近い現象である。ただ、その真相はワープなどという単純な物ではなく、もっと質の悪いものであると答えは出ているのだが。


『春季さん。今はとにかくゲートを通り抜けた先のデータが必要と判断します。まだいけますよね?』


『うん、こんな所でうじうじしてなんかいられない。早くあいつを振り切って本星を破壊しないとフユを救えなくなる。絶対に救うんだ……!』


 再出撃の意志を確認し、決意の固さを改めて知る。

 何度戻され繰り返させられても、その少年の意志は変わらない。それどころかより強固な物となって次の挑戦へと臨もうとしていることがよく分かる。


 この世界もまた、カタリにとって大きな学びを得る世界になると同時に──最も危機的な状況に陥る運命が待ちかまえる舞台となることを知る由もない。


 一行はすぐに出発。火星という第一の関門を乗り越えるべく、紅と蒼の軌跡を宇宙空間に描きながら驀進して行くのであった。






 お互いに目的を達成させるために協力し合う関係となったカタリと春季だが、彼らの出会いはそう良いと言えるものではなかった。

 異界の救世主と紅星の魔神。その始まり邂逅となったのは時間にして一ヶ月ほど過去に遡ることとなる。

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