Live.16『不穏の風は残秋の空になびく ~STRATEGY MEETING WITH ENEMIES AND ALLIES~』

 バーグからの情報は直ち関係各所に通達され、一気に事態を加速させる。

 エターナルの再活動。それも、今度は本気で世界の文字化を進めてくるという予測に対処するため、各組織は準備を急がせている。


 そして現に、エターナルの活動兆候は出現からものの数時間で全国に知れ渡ってしまっていた。



『速報です。本日昼頃、東京の空に謎の物体が現れ、市民に不安の声が広がっています。現場から中継が繋がって──』



「本格的に動き出したってのは本当みたいだねぇ。でも出撃命令は出てないのはどうしてなんだろうにぃ? あれ、完全に顕現兆候アドベントシグナルに見えるけど」

「さぁな。でもドレスは現れてないし、エターナルも同じだ。ただそれが出ただけで出撃ってのも変な話だけどな」


 テレビを見やるのは百音と嵐馬。つい先ほど召集を受け、社内の一角にて待機していた。

 同席するのは他に鞠華のみ。カタリたちは依然としてドレス作成作業中で今はいない。


 顕現兆候アドベントシグナルというものはアウタードレスが出現する際に現れる“虚無世界ヴォイド・ワールド”とこちらの世界を繋ぐ出入り口のようなもの。前回エターナルが逃げ去った時に出現した穴と同一とされている。


「エターナルは今、準備作業に入ってるってバーグさんが言ってた。ボクらと同じで、切り札になる物を作ってる……かもしれないって」

「切り札ねぇ……。世界を一気に文字化させちゃう爆弾のコトなんだろうけど……」

「本体の爆発でもドレスぶっ壊せるんだ。切り札級の一撃だってことなら世界が壊れても冗談に感じられねぇな」


 下準備を進めているのは何も人類側だけではない。エターナルも東京の空に顕現兆候アドベントシグナルを残して準備を進めているのだ。


 バーグ曰く、あの自身が爆弾となって攻撃する方法を転用し、ヴォイドの力を用いて超強力な文字化現象を引き起こす爆弾と化す──のだと睨んでいる。実際どうなのかは分からないが、これが最も可能性が高いのだ。


 そして何より──、敵はどうやってヴォイドをかき集めているのか。その方法も特定出来ている。


「エターナルに服を奪われた人は今、とても苦しんでいる。早く何とかしたいところだけど……今は何も出来ないんだよね……」


 エターナルが使用するヴォイドの供給源。それは例の服だけを奪われた被害者からだ。

 聞くところによると、被害者らにはアウタードレスを顕現させる可能性を持っており、エターナルはそれを強引にゲートとして利用しているのだという。


 さしずめ今の敵は不特定多数の媒介者ベクターを持つ強大なアウタードレスといったところ。膨大な量のヴォイドを持つ敵に適わないのも道理だ。



 仮にも民衆をアウタードレスの脅威から守るヒーロー。それなのに、普段戦うドレス以上の強敵を前に協力者無しでは何も出来ないことに悔しささえ感じてしまう。


 こうして思い悩んでいる合間にも強制的にゲートとしてヴォイドを供給させられている人がいる。上空の顕現兆候アドベントシグナルに不安がっている人がいる。


 それでも今は何もすることはない──。鞠華は切に願う。


「早く、全部終わらせないと……!」



 ヒーローとしての自覚を持った願い。新たな力の渇望。その想いはどこかの何かに挟まれているが小さく反応する。

 そして──願いはすぐに形をもって顕現される。



 フッ、と現れる一人の少年。その傍らにはフクロウとタブレット端末。

 いきなり現れた存在に驚くことはない。ただ、彼らの存在に気付いた時、鞠華の内に広がるもやに一筋の光が差し込む。


「お待たせ」

『ドレス、完成しましたよ!』







 ドレスが完成した報告を受け、オズ・ワールドとネガ・ギアーズは各作戦に協力する複数名を集め、作戦会議の段階へと移行する。

 匠、紫苑、そして大河の三人はリモートの映像で参加。流石に直接来るということは無かったようだ。


《早速始めよう。内容はすでにバーグから聞いているが、復唱ついでに再度の確認をしておこう。オズ・ワールドの呼びかけによる避難はどこまで進んでいる?》

「うむ、レベッカくんによると市民の退避は現在三割、例の被害者収容は四割といったところだネ。全市民の完全避難は不可能だが、後者はなんとしても全員集めなくてはならないからネ」

《そうか。ではバーグ、作戦内容に変更は?》

『はい。こちらもAプランとサブプランに新ドレスによる作戦をねじ込みました。それでも変更としては修正内ですので無問題モーマンタイです。ではAプランの作戦内容について──』


「……なんであっちの大将が仕切ってんだよ。呼ばれた側のクセに。あと何でこっちの社長も異論無しって顔で進めてんだ。普通逆だろ」

「はあ。まぁ、何というか……。匠さんはリーダー気質だし……」


 淡々と進んでいく敵味方混同の作戦会議。その中の違和感に突っ込む嵐馬を静かになだめつつ、カタリは事の行く末を見守る。

 各組織の代表が進めていく会議だが、やはりというか今は味方同士であるとはいえ、ムードは暗い。


 大河は一際強めにガンを飛ばし、紫苑は鞠華をただ見つめていた。鞠華本人は二人の視線を気にして話に集中出来ていない模様。

 嵐馬と百音──前者は特に──は匠へ向ける視線はきつい。もっとも当人タクミは全く気にせず作戦の要項を上げて真面目に取り組んでいるが。


 総じて全員が真面目に聞いているとは言い難い状況。やはり元々敵同士である二つの組織が一丸となるのは難しいか。


「あ、あの……。質問っていうか、ちょっと一ついいですか?」

《どうした? どのプランでもノベライザーによる作戦行動に変更はないが……》

「いえ、作戦に文句とかじゃなくて……。他のみんなも、もうちょっと真面目に話を聞かない? 一応今は仲間なんだしさ、せめて全部終わるまでの間でいいんだから」


 ついに痺れを切らした──というよりかはいたたまれなくなったカタリ。恐々半分に不真面目さが伺える現状の参加者に注意を飛ばした。

 会議の一時的な中断で場は静まりかえる。まるで白けてしまったかのように感じ、カタリは萎縮しかけてしまう。


「まぁ、うん。それはボクも同意見かな。大河と紫苑に見られながらの説明はちょっと集中出来ないかも」

《……なによ、アタシがアンタのこと見てるワケないでしょ。今はちょっと、気分が優れないだけよ》


 静まってからの第一声は鞠華。やはり二人からの視線は気になっていたようだ。

 しかし、それに対し大河の反論が飛ぶ。なにやら身体の調子が良くない旨を告白された。目つきの悪さもそれ故だという。


《そういえばタイガ、お昼から調子わるそうだったけど、どうかしたの?》

「おいおい、世界の危機は目の前だってのに今更体調不良を訴えんのかよ」

《ちっ……。今の言葉、めちゃくちゃムカつくけど怒る気も起きないわ。あーもうイライラするから早く話進めなさいよ。つーかどうせアタシは別働隊なわけだから会議抜けていい?》


 本当に気分が優れないのか、その声は普段の物とは格段に低く、確かに本調子ではなさそうだ。

 現に嵐馬からの挑発まがいの呟きにすら反論しない。紫苑からも心配の声が上がる。


『う~ん、出来れば最後までいて欲しいんですけどね。後でじっくこってねっとの3Rsで反論異論禁止マンツーマンで説明を受けるのでしたら抜けても結構ですけれども』

《ほんとあんたフザケてんの? でもまぁ……今はそうするわ。どうせ作戦は明日だし、今は薬飲んで寝るから。それじゃ》


 すると大河は本当にリモートの画面を切り、この場から抜けてしまった。

 後々バーグが追って説明するとはいえ、本当にいなくなるとは思わないだろう。あまりにも身勝手な行動である。


「会議中に気分悪いから抜け出すなんて、日本人的にはちょっとありえない気がするけどねぇ~?」

「全くだな。そもそも体調管理がなってねぇ。あんたのトコ、いつもあんなのなのかよ」


 大河の態度に難癖つける嵐馬たち。それを向けられるのは彼の上司たる紅匠だ。

 匠はあくまでも冷静に現状を見ていた。何一つ物申すことはせず、ただ静観を決め込む。

 数秒の沈黙を置き、ようやく口を開く。


《……少なくとも朝の時点では普段と何も変わらなかった。昼食が原因なのだとすれば、こちらからは何も言い返せまい》

『まぁまぁ。ドレスにはしっかり互換性があるので、いざとなったら代わりに別の方にやらせますので。それよりも今は作戦要項の確認が優先です。明日の作戦決行までにメインのAプランからもしものサブプランまでを頭に叩き込んでくださいね』


 体調不良の原因は何であれ、今はそれを気にするべきではないと判断して会議を再開させる。

 作戦の概要を説明しながら進んでいく会議。そんな中、カタリはどこか不安げな様子でいた。











 会議を終え、明日の出撃に備えて各自が準備を進める中、カタリはオズ・ワールド社の屋上へ足を運んでいた。

 流石に地上から数十メートルも離れた立派な建物の最上階なだけあって、残秋の冷たい風もあり、とても寒い。昼間でこれほどの寒さなのだから、夜はきっと冬の空気となんら違いはないのだろう。


「うぉー、寒ぅ。何か一枚着てくればよかったなぁ」


 つい最近までは夏の季節の世界にいたことを思い出しながら、カタリがここに来た理由を見やる。

 それは、ここから少し離れた位置の空に浮かぶエターナルの顕現兆候アドベントシグナルを見るためだ。


「……作戦通りにいけば何事もなく全部終わらせられるけど、前回のこともあるし絶対上手くいくはずはないんだよなよぁ」


 作戦を立てるのは毎度のことではあるが、それが予定通りに進むことはない。

 常に予想外の動きを見せるのがエターナル。過去数回対面してきた相手はどれも特殊な個体ばかりだ。今回もそれに違わず、どう動いてくれるか分からない状況にある。


 さらに一つ──。カタリが懸念することもある。


「あのタイミングでの体調不良なんて、ちょっと出来すぎな感じだよね……」


 それは大河のことだ。突然とはいえ何故このタイミングで体調不良が起きてしまったのか。そこに妙な違和感を感じていたのだ。

 勿論、本当にただの偶然かもしれない。それならそれでいい。何も無いに越したことはないのだから。



 嫌な予感というのは大抵、不安から生まれるもの。それを知っているカタリはこの先に起きる戦いを案じるのだった。

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