Live.15『ソの資格者、キたれり? ~THE HERO WAS CHOSEN~』
『あーもう、だからその機能はドレスに搭載するべきではありませんって何度言えば分かってくれるんですか! どうせ制御できやしないのに』
「何ですってェ!? 天才のアタシに口出しするんじゃないわよ! そういうアンタこそアレ出来ないコレ出来ないばっかり。何が高性能AIよ。ただのポンコツじゃない!」
『ぽぽぽぽ、ポンコツ!? 言いましたねあなた!? 言ってくれましたね!? もう許しませんよ!』
時刻は夕刻の六時。もうすっかり日が暮れて寒さがきつくなる頃だが、
ぶつかり合うアイデアは数多に及ぶ。流石に付いていけなくなったカタリと鞠華はトリと共に暖を取りつつ食事の準備をしていた。
「バーグさん、大河さん。流石に夜だし、続きは明日でも……」
「イヤよ! 今ここで全部決めないと勝手に変なの作らされるじゃない。そうならないためにもなるべく今日中に全部決めないと」
『はっ、強がりは止した方が身のためですよ。私は何十時間でもいけますが、病み上がりの身体で無理するものではありません。ここは全部任せればいいものを無駄な意地を張るものですから』
バチバチと目線から火花が飛び交う程にお互いの意見は反り合わない。ここまで来ると犬猿の仲を越えてもはや仲良しに見えてくる。
これではいつ収束に向かうかすらも不明瞭のままだ。休息を勧める声かけをしても一向に止める気配はない。
「どうしよう。これはそう簡単には終わらなさそうだよ」
「あはは……。二人ともこだわりが強いってことか。ある意味似た者同士だね」
「バーグさんは結構我が強い
少し離れた位置で待機する三人。沸いた電気ケトルを持ってそれぞれの乾麺に湯を注いでいく。
食事は簡素にカップ麺。ただし、鞠華にとっては初めて異世界産の食物を口にする貴重な体験でもある。
もっとも異世界とは言えそこは
「……あの、一緒にどうですか、食事。カップ麺ですけど」
「ふっ、気遣いは結構だ。これでも口にする物には気をつけているのでな」
そんな中、ちらりと横を見るカタリ。ここからもう少し離れた位置で大河を見守る人物に声をかけた。
だが当人からは拒絶の意志を向けられる。協定を結んでも馴れ合うつもりまではないようだ。
「止めときなよ。あの人はレベッカさんの妹を人質に取ったこともある本物の悪党だよ。本人も仲良くするつもりもなさそうだし、気にしなくてもいいって」
「やっぱりそうなんだ。うーん、でも今は一緒にエターナルを倒すことに協力してくれる間柄だし、放っておくのもなんだかなぁ……」
麺が柔くなるのを待つ間、鞠華からこれまで何をされてきたのかを聞かされる。
やはり“ネガ・ギアーズ”はそれ相応の犯罪を犯しているらしい。身内の家族をさらうなど悪の名に恥じない卑劣な行為。確かに許されないことだ。
だがそれで一つ思うこともある。これまで敵対してきた相手とエターナルという共通の敵を撃破するために協力せざるを得なくなったこと──今更仲間として
無論、これはカタリ自身の憶測に過ぎないただの妄想だ。
何を目的にオズ・ワールドと敵対しているのかは分からない以上、何をどう考えても彼の真実にたどり着くことはない。だが、それでも思うことはある。
「匠さん。やっぱりこれ、どうぞ。固めが好きなら多分食べ頃だと思います」
「……紫苑や飴噛の時もそうだ。何故我々を
今度は匠へ接近すると、あろうことか元々自分が食べるはずだったカップ麺を差し出すカタリ。
思わぬ行動に一瞬目を見開いて驚かれるものの、すぐに元の表情へ戻る。そしてその行為に矛盾があると指摘してきた。
男性とは思えない長いまつげが伸びる双眸から放たれる視線は、異端な者を見るかのような怪訝の色をしている。
それに対するカタリの答え。少しばかり考えた後、胸中の言葉を口に出す。
「オズ・ワールドもネガ・ギアーズも、僕にとっては同じ仲間なのにどちらか片方だけを贔屓しないといけないんですか?」
「…………!」
この回答に匠の返答は詰まってしまう。
カタリにとって
確かに両組織は互いに敵対し合う関係だということは重々承知している。恐らくこの件が終わっても変わることのない、変えられない関係性なのだと。
故にどちらにも贔屓せず、なるべく平等に接する。それがカタリに出来る相反する二つを繋げる方法だ。
「……同じ仲間か。フッ、お前は──いや君は甘い男だ。だがいいだろう。協定を結んでいる今だけは仲間として……そうだな、それを誓いの盃代わりに受け取ろう。しかし、ゆめゆめ忘れるな。この誓いはオズ・ワールドへではなく君へ向けられたものだと。奴らとの共闘は利害の一致による致し方のない手段なのだということを」
差し出されるカップ麺を受け取る匠。カタリとの会話で匠のどこか排他的な人の呼び方を和らげるまでに丸め込ませた。
他者とは決して相容れなさそうな、どこか近寄りがたい雰囲気を纏う紅匠という人物の変化に、鞠華も遠目から驚きを見せる。
盃改め容器の蓋を剥がし、真っ先にスープを啜る匠。恐らくはこれで誓いといのは交わされたのだろう。食べ始めたのを確認し、カタリは安心して鞠華らの下に戻る。
そして新しいカップ麺をバッグから取り出して再び調理し始めようとした時である。
「あ──ッ! ちょっと何食べてんのよ! タクミもいつの間に。アタシにも寄越しなさいよ!」
「だって呼んでも来なかったし……」
「フッ、別世界のカップ麺も中々美味だぞ」
先に食事をしていることがバレてしまい、大河が噛みついてきた。
やはり数時間にも及ぶ議論を繰り広げられていただけに空腹ではあったようだ。
ここでようやく初めての休憩となり、一同は新ドレス制作に向けての英気を養う。
完成までもう少し時間を要したのは言うまでもない。
†
「……それで、ドレスは出来たのかよ」
「まぁね。今はノベライザーで出力中だってさ。大河だけじゃなくてバーグさんも中々強情というか固意地というか……。結構夜中までかかっちゃったんだよね」
その翌日。オズ・ワールド社内にて二人のアクターが談笑する。
机を挟んで残り少ないページ数の本を読みながら話を聞く嵐馬。昨日の新たなドレスの作成について
「奴らにノベライザーの力で作られたドレスが渡るのは悔しいが、今の敵が敵だからな。ドレスを奪う……それに対抗出来る能力があるんだろう」
「うん。何でも使い勝手が普通のドレスと違うかもしれないらしいから、完成次第訓練だって。いいなー、ボクも欲しかったなぁ」
現在、ノベライザーは裏世界にてドレスの生成作業を行っている。
普通の兵器ならばともかく、インナーフレームが着れるような物を作るには様々な制限が絡んでしまうため、そう簡単には作れないのだという。
敵の性質の影響を受けないドレス。それがどのような物なのかは鞠華自身、そう多くは聞かされていない。ただ、これまでのドレスとは一線を画す物だということは理解していた。
エターナルに一矢報いれるほどの性能。
良かれ悪かれ先を案じている。何せそれを使うのはあの飴噛大河なのだから。
「敵が使うことになるのは仕方ないけど、程々に調整してくれることをボクは信じてるから。ところで何読んでるの? 珍しいというか何というか」
「失礼だな。まぁ、ちょっと……小説をな。結構面白いぞ。もう本編は読み終えてるし、興味あるなら貸してやるが」
「へぇ~。嵐馬がそういうくらいならボクも読んでみようかな」
心配はそこそこに、話は変わって鞠華の興味は嵐馬の小説に移る。
イメージとの差異にギャップを感じていることを突っ込まれつつ、貸してくれた本を手に取った。
社内の図書コーナーで借りたのだろうか、所有者がオズ・ワールドであることを示す社章のシールが貼られた一冊。
中を確認すると、どうやら愛する人を救うためにロボットに乗って孤独と戦うハードSF物の模様。一目で名作だと分かる、読み応えのありそうな物語である。
「読み終わったら図書コーナーに返しといてくれ。あ、栞は俺のだから後で返せよな。んじゃ」
「うん。あれ、嵐馬。どこ行くの?」
「トイレ」
嵐馬はそのままお手洗いのために席を立つ。本を借りた鞠華は一人、部屋の中に取り残された。
暇をしていることに違いはないので、とりあえず本を開いて読み始めていく。
こうした文学に触れること自体は鞠華にとってそう珍しいことではない。動画の
故に小説を読むことも苦にはならない。文章の一文一文を目に通し、その内容を頭に入れ込んでいく。
没頭──。確かにこの本は嵐馬の言う通り面白い作品だった。まだ読み始めの段階でも作品に引き込まれていく感覚を覚えるほどの練り上げられた設定、キャラクター。そして
淡々と読みふける中で、鞠華の中で何か新たなネタが生み出されそうな予感を感じていた。
常にアイデアを考えてしまうのはクリエイターとしての本能。本を楽しみつつ、同時進行でネタを頭の中でじっくりこねくり回していく。
そんな時、鞠華の携帯に着信が入る。はてなと思い確認してみると、非通知からの電話だった。
一体何者からなのか。そう訝しみながらもそれに出る。
『もしもし、鞠華さんですか!?』
「あ、なんだバーグさんか。あはは、もう誰かと思ったよ。それで、どうかしたんですか?」
通話先の相手はバーグからだった。見知った人物だと知り、ほっと安心する。
それはそうと今はドレスの制作作業に取りかかっているはずなのだが、もしや完成したのだろうか。しかし、その声にはどこか焦りを感じさせる。
『実は少しだけ大変な状況になりました。こちらの情報によるとエターナルが世界文字化への活動を始めた可能性があります』
「なっ……! でもこっちは何にも起きてないよ? 出撃命令どころか……テレビやSNSにもそんな話は──」
告げられた情報に鞠華にも緊張が伝搬した。
エターナルの活動再開──そして、本気で世界崩壊へのステップを踏み出したという事実に驚かざるを得ない。
だがそのような重大な情報が発信されたにも関わらず、世間はまるで何事もないように生活を営んでいる。
現状確認出来る情報媒体を確認しても欠片の変化も見られない。あまりにも実感が沸かなかった。
『いえ、もう間もなくすれば兆候が現れるでしょう。それはそれとして鞠華さん。服を奪われた人々のことは覚えていますか?』
「え? ああ、うん。一応は。でもそれがどうしたんですか……?」
『分かったんですよ。エターナルが何故、人々を襲っていたのか。そして、それが何を意味するのかを』
その話を聞いた瞬間──今、この世界に迫る危機たる具現、エターナル、奴の恐ろしさの一片を知ってしまう。
そして、もう間もなく世界終演の序奏が開始される。すでに変化は東京の空に起き始めていた。
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