Live.05『謎の機体は顔に文字!? ~INTERFERE IN ANOTHER WORLD~』

 例の生放送から一夜明け、鞠華はオフィス内で酷く落ち込んでいた。理由は言わずもなが。


「はあああぁぁ~。結局ボツって、あんまりだ……」


 昨日の動画は警察関係者や会社からの命令でお蔵入りとなってしまったからだ。

 それはある意味当然で、謎の怪物が人を襲った直後の様子を映した映像などこの世に流れて良いものではない。正しい判断だというのはよく理解しているが、視聴率などはここ最近の動画の中で最も良かったために納得しきれていなかった。


「ああ、もう駄目だ。ボクはもう女装とゲームとLSBだけの男……。それ以外の才能なんて無かったんだ……うぇ!?」


 悲しみに暮れる鞠華。それこそこの悲しみから化け物が生まれてしまいそうな、という表現が似合う程に悔やんでいると、唐突に頭を叩かれる。

 何事かと思い後ろを見やると、そこには丸めた新聞紙片手に嵐馬が立っていた。


「何ボケっとしてんだ。お前らしくもない」

「ランマ……。ごめん、昨日の件、引きずっててさ……」

「動画一つボツっただけでそこまで落ち込むのはウィーチューバーとして当たり前なのか? 駄目だったらまた新しい企画でも何でも立てりゃいいじゃねぇか」


 正論を突きつけられ、うっと呻く鞠華。嵐馬の言うとおり、本来ならこうして落ち込んでばかりではなく、次の動画に向けてまた新たにアイデアを練るのが動画配信者として正しいのだろう。


 まさか動画配信者ですらない嵐馬にそれを指摘されてしまうなど、あまりにも落ち込み過ぎていたようである。少しだけ冷静さを取り戻し、返答した。


「正直今回の配信は自信があったからさ、こう上からの指示で没になったって言われてショックだったんだ。でも、確かにいつまでも落ち込んでられないよね」

「ふっ、やっぱりまだまだアマだなお前は」

「あっ! 酷い! また言った!」


 軽く罵倒されたが、それが本意からの言葉ではないことを知っている鞠華は、ツッコミの後に笑った。それに釣られて嵐馬もうっすらと笑みを浮かべて場は和やかになる。

 古川嵐馬ふるかわ らんま。元女形という鞠華とはまた別の意味で女装のプロだった人物で、現在はゼスランマという機体を操るアクターを務めている。鞠華が心許せる仲間の一人だ。


 それはそれとして、やはり嵐馬の言う通り過去のことをいつまでも引きずるのはいけない。鞠華は気持ちを振り払い、改めて目の前のことを考える。

 今は没になった動画を越える作品を作るのが先決。気持ち的にはLSBにも匹敵するような最高の企画を作り上げるのだと、意気込んで頬を叩いた。


「いよっし! とにもかくにも、まずはネタ出しだ。ランマ、ありがとう!」


 やる気を見せる鞠華。フッと笑みをこぼし、嵐馬はこの場を後にしようとした時である。

 唐突にサイレンが鳴り響いた。もう何度も耳にしたアウタードレス出現の報せ。


「ランマ!」

「ああ、行くぞ! 俺たちの出番だ!」


 ここにいる二人のパイロットはすぐに出撃するために、駆け足でオフィスを出た。











「え、謎の機体ですか?」


《ええ、アウタードレスの出現とほぼ同時に現れたの。初めて見る機体で……なんというか、心なしか少しだけアーマード・ドレスに似ているの》


 ゼスマリカで目的地へ移動中、オペレートを担当するレベッカからの通信で、初めてその情報を耳にする。

 敵の出現と同時に現れたアーマード・ドレスにも似た謎の機体。あまりにもいきなりな話に鞠華は訝しむ。


「それって……“ネガ・ギアーズ”のドレスってわけじゃないんですか?」


《私も支社長も最初はそれを疑ったんだけど、現れるや否やアウタードレスと戦い始めたようで……。“ネガ・ギアーズ”かもしれないけれど、今のところ断定は出来ないそう》


《とにかく俺たちの邪魔をする奴が出たんだな。それならやるべきことは一つだ》

《はいはい、どうせマリカっちの時みたく捕まえて尋問する! っていうんでしょー?》

《ご名答! 到着次第俺が先制して仕掛けに行く。マリカと星奈林は奴が逃げられないように囲って退路を塞いでおけ。隙をついてドレスを撃破する。任せたぞ》

「なんかデジャブ感じるなぁ」


 敵か味方かは不明であれ、LSBの邪魔をしようものなら容赦は出来ない。ここは嵐馬の作戦で行くことにする。

 MARiKA♡チャンネルを支えるメインコンテンツを潰されてしまうのは鞠華自身としても納得はいかない。ただでさえ昨日の件で受けた傷は治りきっていないのだから、これ以上の損害は認められない。


《nicoシステム準備完了! スタートまで3、2──》


 コントロールスフィア内に映像が画面にカウントダウンが表示される。すでに右から左へ流れるコメントは画面を真っ白に染め上げている。

 レベッカのオペレートでLSBのライブ配信が始まろうとしていた。本番が始まる時は、いつでも緊張するというものだ。


 今は謎の機体が乱入している異常事態だが、如何せん支社長スポンサーが「これはこれで面白くなりそうだネ!」という理由で強行放送を決定してしまった今、もはや取り消す術はない。


 カウントダウン一秒前。鞠華はウィーチューバー“MARiKA”として、このライブに臨む──




「グッモーニンアフタヌーンイブニナイッ☆彡 戦う女装ウィーチューバー“MARiKA”、現在目的地に向かって絶賛進行中ぅ!」

《チャオチャオー♪ 最近ハマってるおやつはぁ……鮭皮チップスなの。黄色担当のモネも移動中でーすっ!》



〈きたああああ!〉

〈おおおおおおおおおおおおお!〉

〈マリカたそ~〉

〈モネママ待ってたよおおおお!!〉

〈生きる希望〉

〈初めて生見れた! 振り替え休日ありがとおお!〉



 顔見せ早々無数のコメントが鞠華と百音を歓迎する。この込み上がる嬉しさ、自分を一人の配信者認めてもらえている高揚感はいつ味わっても快感だ。

 不特定多数からの応援はMARiKAの原動力。今回もまた、それに見合う働きをしなくてはと元気が出る。そして──


《遠からん者は声を聞け、近くば寄ってアタイを拝みな! スケバン・ゼスランマ、推して──》



〈う わ で た〉

〈それしか言えんのかこのサルゥ!〉

〈もう逆に好きだわ〉

〈野郎──! 俺だ──! 引っ込んでてくれ──!〉



《なんで俺ばっかこんなコメントなんだよちくしょおおおおお!!》


 こちらもいつも通りの歓迎を受けてLSBに参戦。もはや伝統と化したコメントの偏り加減に不満の絶叫を上げた。


《皆さん、目的地付近に到着しました。カタパルト解除します!》


 目的地が近いことを告げられ、いよいよ準備に取りかかる。アーマード・ドレスに乗っているとはいえ、着地に失敗すればダメージは免れない。


「オッケー。さぁ、皆。準備はいい? 特に男の人ーっ!」

《こ・こ・か・ら・は、ちょーっとだけ観覧注意! 高所恐怖症の人は特にね☆》

《うぅ……くそっ、聞こえてるか? 今から!》



〈は?〉

〈あ〉

〈あっふーん(察し〉

〈そーいうことね完全に理解した(←分かってない〉



 視聴者の半分以上がこの意味を理解出来ていない。それもそのはず、何故なら今の鞠華らは──



「ボクらの会場へ……ぴょ──ん!」

《てーいっ☆》

《フッ!》


 空の上にいるのだから。



〈うおおおおおおお〉

〈Woooooooo〉

〈あああqあwせdrftgyふじこlp;@:「」〉

〈タマヒュンだーーーーーーー!!!〉



 画面には無数の困惑の声。それを見てしめしめと鞠華は心の中でしたり顔をする。

 都内上空から三機のアーマード・ドレスが降下され、その様子が各視聴者の画面に表示された。反応を見るにこのサプライズは大方成功と言ったところ。

 僅か数秒の出来事。狙った地点に鞠華たちは着陸に成功した。


「よーし、着陸ーっ! 二人は大丈夫?」

《全然オッケー!》

《俺もだ。ここからは作戦通りにな》


 他の二人の様子を確認しつつ、返答をもらうとすぐに作戦に出る。

 モニターを確認しながら移動し、機体からは死角となるビルの影に潜める。見やると登山服のアウタードレスが接着剤のような物で固められて動けないでいるのを、黒い怪獣然とした機体が何度も切り付けている光景。


「あれが例の機体……」


 確かにその機体はアーマード・ドレスのような雰囲気はあった。ただ、コントロール・スフィアの有無や全体的に肉感のある装甲を見る限り、同じタイプの機体ではないのは確実だった。


《目標の識別登録ドレスコードを“ロッキー・クライマー”、機体の方を“カイジュウ・ハザード”とします。確認出来る限り、あの爪はドレスの装甲を紙のように裂くほど鋭利なので、気を付けてください!》


《なら、当たらなければいいだけだッ!》


 ゼスランマが先攻する。竹刀を手に黒い機体に一直線に迫っていった。

 鞠華らも作戦通り両サイドへと回り、逃げ道を塞いでおく。


《──“抜刀一閃・灘葬送”ッ!》


 嵐馬の十八番が炸裂する。今まさにドレスにとどめを刺そうとした一瞬を突いて一撃を食らわせた。



〈本性現したね〉

〈不意打ちきたないさすがきたない〉

〈やりやがったぞこいつ〉

〈ランマのファン辞めます〉



《うぐぐ……! これはこういう作戦なんだよ! 卑怯とか言うんじゃねぇ!》

《愛されてるねぇ嵐馬くん♪》


 無数に流れてくる非難のコメント。鬱陶しさに反論する嵐馬だが、その眼はしっかりと相手を捉えたままだ。

 無抵抗のまま吹き飛ばされた“カイジュウ・ハザード”だが、すぐに体勢を立て直すと攻撃してきたゼスランマを睨みつける。それと同時に嵐馬はある物を目撃してしまうこととなる。


《なんだあいつ……顔に文字が書いてるぞ……?》

「え、文字?」


 その報告を鞠華はすぐに理解出来なかった。文字とはどういうことか。そんなわけの分からない冗談を嵐馬が言わないことは知っているので、余計に混乱するばかりだ。

 そして、ドローンから送られた別地点からの視点を確認し、その意味を理解する。


 尖ったサングラスにも似たバイザーらしき部分に、赤い漢字で『神』と『牙』という二文字が刻印されたいたのだ。


「うわ本当だ……。もしかして名前?」

《普通自分の名前を顔に書くかにゃあ?》

《なんであれ神を自称するたぁ気に食わねぇ。貴様は一体何者だ? 新しい“ネガ・ギアーズ”の手先かッ!?》


 困惑を隠せない仲間内の反応だが、嵐馬だけは取るべき対応を取る。

 明らかな意志を持ってこちらを見ている以上、中には人がいるとして誰何をする。もしかすれば本当に“ネガ・ギアーズ”なのかもしれないからだ。

 しかし、睨んでくるばかりで無言を返されたが、程なくして異変が起きた。


《……ッ!? nicoシステム、オールダウンしました! ドローンからの映像も何者かによって全てハッキングされて……ええっと、何故かクルーズ船が湖を渡航する映像が流れています!》


「なにそれぇ!? もしかしてあの機体のせい!?」

《可能性は……ありそうだねぇ》


 なんとLSBの中継やnicoシステムが全てが機能を停止し、代わりに謎の映像が視聴者の画面に流れているという情報が伝えられた。

 まるで多くの人々に自身の姿を見られるのを拒むかのようなタイミング。明らかにあの機体からの干渉であることは明白だ。


《ふん、むしろ目障りなコメントが無くなって清々したぜ。ともあれ正体を明かさないならお前は敵だ。その機体から引きずり出して尋問してやる。覚悟しろ》

《あーあ、もう脳筋なんだからぁ……》


 改めて刀を構えるゼスランマ。それに対し“カイジュウ・ハザード”も獣らしい中段腰の構えへ。

 獣人対女番長。このあまりにも異質過ぎるバーサスを見守る者は鞠華と百音のみ。ほんの僅かな沈黙を経て、先に動いたのは──


《──速いッ! が、甘い!》


 “カイジュウ・ハザード”が先制を取った。獣のような獰猛な動きで接近し、ゼスランマを鋭爪で裂こうとばかりに迫り来る。

 だがそれを紙一重で回避し、今度は逆にカウンターを決める。胴体に加えられる一撃により“カイジュウ・ハザード”はまたもや吹き飛ばされた。


《よし、今だ! マリカ、星奈林! ドレスをやれ!》

《オッケー☆》

「うん!」


 この隙を逃さんとばかりに嵐馬は指示する。同時に隠れていた鞠華と百音が現れ、アウタードレスを狙い──


《“荒ぶるは炎の調べフレイム・テンポ”!》

「“プリンセス・ドロップ”!」


 二機同時による必殺技。炎を纏うタンバリンの投擲と剛脚のかかと落としによる二連撃で“ロッキー・クライマー”は撃破された。元々拘束された状態で瀕死だったため、多少のオーバーキル感は否めないが。

 くたくたになって倒れるドレスはさておき、今度は“カイジュウ・ハザード”との交戦に移る。


「ランマ、相手は?」

《ああ。こっちを見てるようだが一切動こうとしねぇ。機を窺ってんのかもな》


 片方の敵は倒したが、何やらそれを気にしている様子ではなさそうだ。あの文字の書かれた顔をゼスランマに向けたまま、静止を保っている。

 となると奴の目的はアウタードレスではないのかもしれない。それでは、あの機体は何を目的に現れたのだろうかと鞠華は考えを張り巡らせていく。


 すると、ここでようやく動きが。猫背のようだった姿勢を正すと、どこからともなく通信が送られる。



『ゼスランマ、ゼスマリカ、ゼスモーネのパイロット、聞こえますか?』



「……! もしかして、そっちのアクター!?」

《おい、鞠華! 何が目的かも分からねぇ相手の話に勝手に乗るんじゃねぇ!》


 通信に介入してきたのは女性の声だった。初めてのコンタクトに鞠華は誰何するも、嵐馬がそれを止めてしまう。


 その理由は明白で、最初のこちら側からの問いに答えず、そのまま戦闘を仕掛けてきたような相手。それが今になって対話を試みようとするのは明らかに不自然だ。

 慎重な行動を心がけねばならない。嵐馬は警戒を緩めず対話に臨む。


《……テメェは何者だ? “ネガ・ギアーズ”か?》



『ねがぎあーず? ……ああ、なるほど。安心してください。私たちはあなた方の敵ではありません。もっとも、今は敵対している形になっているようですが』



 相手はネガ・ギアーズのことを知らないかのような口振りをするが、すぐにそれが敵の手先と勘違いされているのだと気付き、それを否定する。

 ただ、状況的だけで言えば完全に敵対中なので、それが信用出来る言葉ではないのは鞠華も分かっていた。


《もう一度言う。お前は何者だ。回答次第じゃ“ネガ・ギアーズ”同様、新たな敵組織の手先として認定して、お前を倒し、拘束する》


 殺気を一段と強め、はぐらかされた質問を再度行う。ここまで強く言葉に出せば、敵ではないと自称する相手も警戒を解きに真実を語るかもしれない。

 これでどう出るか──鞠華は息を飲んで回答を待つ。



『私たちは異界からの来訪者。目的はあなた方三名との接触です』



 この答えが出た瞬間、ある一つのワードが三人の脳裏に浮かぶ。それが──


「異界……って、もしかして“虚無世界ヴォイド・ワールド”のこと!? じゃあ、やっぱり敵なんじゃ……」

《やはりな。どうやら相手は“ネガ・ギアーズ”やアウタードレスとも違う“虚無世界ヴォイド・ワールド”からの敵ってわけか。さしずめ異界勢力の斥候ってのが合ってんだろうな》

《それなら容赦出来ないねぇ~。摘める芽は摘んでおかないと♪》


 異界という単語は、アクターである鞠華らにとってアウタードレスを現実世界リアル・ワールドに送り込む“虚無世界ヴォイド・ワールド”の存在を彷彿とさせるには十分過ぎたのだ。


 仮にアウタードレスという存在が別次元の知的生命体によって差し向けられた兵器なのだとすれば、真の侵略者が姿を現したことになる。

 この時点でもはや三人に対話の意志は消え去っていた。それぞれが得物を構え、三機は明確な戦闘意志を示す。



『なんか話通じてませんねこれ……。まぁ、良いでしょう。誤解はあなた方の実力を調べてから解くことにします。では、行きましょう』



 相手も仕方なしと言わんばかりの態度で戦闘の意志を見せたことにより、この対話は決裂。三対一の戦いが幕を開けるのだった。


 この時、鞠華らゼスアクターの三人は知らない。これが本当にただの思い違いによるであるということを──

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