Live.02『事件の始まりは夜の散歩から ~THIS IS THE BEGINNING OF THE FIGHT~』

「う~~~~ん……」


 真っ白画面のノートパソコンの前で一人唸る少女──もとい少年。彼の名は逆佐鞠華さかさ まりか、齢十七にしてカリスマウィーチューバー“MARiKA”として活動する女装が趣味の男。そんな彼は今、苦境に立たされていた。


「ぬ~~~~ん……何も出てこない……。どうしよう……」


 パソコンを広げて悩みふけるには理由があった。それは、次に出す動画のアイデアが浮かばないことだった。

 先日投稿した動画のコメント欄を何気なく覗いていた時のこと。ふと目に止まったコメントが、鞠華のウィーチューバーとしてのプライドに障った。



〈なんか最近、LSB頼りになってきてる気がするんだよな。普通の動画がなんかつまらん〉



 普段はつまらんコメントクソリプなど無視するのだが、この時ばかりはかちんと来た。そして同時に納得してしまっている自分も存在したのだ。

 オズ・ワールドリテイングJPジャパンとの間に専属契約が交わされてからそれなりに時が経った現在。二ヶ月前と比べ、LSB関連動画などでそのフォロワー数は爆増。スポンサーや給料などの収入でほぼ不自由なく暮らせるほどには懐は暖かくなっている。


「新しい企画……。オズ社内の紹介? いや、これは普通に駄目でしょ。それとも思い切ってバスケとか現実リアルのスポーツ……は、準備こそ会社が手伝ってくれそうだけど、ボクが上手く出来なきゃやり損だ。全没だってあり得る。どうすれば……」


 が、その一方、いつも投稿している動画はマンネリ化が進んでいた。

 ゲーム実況プレイを中心としたインドアな企画ばかりで、視聴者がLSBという新たな刺激を得てからは地味に通常動画の再生数の伸びが悪くなっているのを見て見ぬ振りをしていた。


 生配信も何度か決行しているが、それでもやることは同じ。ゲーム、ゲーム、ゲーム……。性分には合っているものの、如何せんマンネリからは抜け出せていない。

 一人の配信者として、視聴者に笑顔を届けるのは当然のこと。その気持ちはゼスアクターとなった今でも変わらない。変えるつもりも毛頭ない。


 だからこそ、次に出す動画はこれまでの物と一線を画す作品に仕上げたかった。故に今、ウィーチューバーとなってから久しい難産に挑んでいる。

 どうすれば新しいネタが生まれるのか。脳味噌を絞りきるつもりで考えに考えを重ねていく。すると──


「チャオ、マリカっち♪」

「……? ああ、モネさん。どうしたんですか?」


 現在地としているオフィスのフルーツバーに星奈林百音せなばやし もねがやって来た。いつもと変わらない飄々とした態度でゆるく挨拶をする。

 彼女──と呼ぶか、あるいは彼と呼ぶか。それは人によって様々、真実はニューハーフの先輩アクター。同じアーマード・ドレスに乗ってアウタードレスと戦う仕事仲間だ。


「んー? なんだかこの会社の雰囲気に合わない子がいるから、何してんだろうなーってね」

「ああ、ボクのことを心配してくれたんですか。すみません、ちょっとスランプで……」


 さも当然のように真横の椅子へ座る百音。どうやら今の鞠華はこのオズ・ワールド日本支社が誇るストレスフリーな環境で浮かべて良い顔をしていなかったらしい。

 心配になってくれたのか、あるいはただの興味本位で来たのかなど真意は分からない。ただ、悩み苦しんでいる今、百音の存在は多少心を落ち着かせるには十分だ。


「それで、スランプって動画のこと?」

「はい。実はかくかくしかじかで……」


 そう訊ねられたので、駄目で元々色々と打ち明けてみる。LSB以外ではWeTubeとの関わりは無い百音だが、鞠華より数年長く生き、そしてかつてギャングだった経験がある貴重な人物のお言葉。アイデアの芽になるかもしれない何かを求めて回答を待つ。


「うーん……。あたしが思うには今のままでもいいと思うけどぉ? 無理な路線変更は身を滅ぼす──なんてニ☆」

「あ、はは……そう、ですよね。まぁ、何というか案の定な回答といいますか」

「あらら。ご希望の回答じゃ無かったっぽい」


 百音の答えはある意味真相を突いた物。しかし、それが今の鞠華にはどうも納得いかない答えでもあった。


 無理して変わろうとしない。それは当然のことだ。水槽から出た魚はすぐに肺呼吸出来るわけがない。変えるなら水槽の装飾なかからやっていくのが道理として正しい。鞠華とてそれはとっくの昔に理解している。


 今求めているのはその装飾をどのような物にするかだ。動画投稿者として、どこまで新しいエンターテインメントに手を伸ばせるかが最大の要点となる。


「ふーん。んじゃあさ、話は変わるんだけどマリカっちは、知ってる?」

「噂、ですか?」


 すると唐突に百音が怪しげな話を持ちかける。

 その噂とやら。古今東西様々な物がある中で何を話そうというのか。


「都内で夜中に出歩くと、気付いたら裸で地面に倒れてるっていう話。つい最近ニュースになってたでしょ?」

「ああ、あの話。それがどうかしました?」


 百音の語る噂話というのは、ここ最近巷で話題になっている神出鬼没な変質者の話。

 何でも年齢性別問わず様々な人々が被害に遭うも、犯人の姿は一向に捉えられない不可解な事件として世の社会人たちに恐れられている。


 とはいえ夜中に出歩くことなど滅多に無い鞠華にとっては関係のない事件。テレビのニュースなどで目にはしていても、あまり気にしたことはない。

 そのような話を持ち出すなど、百音は何を考えているのか。少しばかり気になるところだ。


「その噂の真相、知りたくなぁい?」

「えっ……、何か知ってるんですか?」


 百音が口にしたのはまさかの内容。あの噂話について何かを知っているかのような口振りをする。

 一瞬驚いた後に声を潜め、訊ね直す。何も言わずににやりと笑みを浮かべるのは、肯定を意味しているのだろう。


「それで、どぉ? 興味は……なぁい?」

「そのお話、聞かせていただいても……?」

「よぉし、それじゃあ特別に教えちゃうゾ☆」


 まさか身近な人物が噂の情報を持っているなど思いもしない。内心どぎまぎとしながら、鞠華は百音の話に耳を傾けた。




 曰く、それは今から五日ほど前に遡る。

 深夜、口寂しさを紛らわせるためにコンビニへと向かった帰り、人気の少ない路地を通っていた時のこと。


 季節は秋が深まる十一月。野外に吹きつける風は寒く、暖房に恋しさを抱きながら帰路を急いでいた百音。そんな時、ふといやに生ぬるい風を全身が感じ取った。


 今の季節には不相応な暖かさ。まるで巨人に吐息を吹きかけられたかのような不快感を纏った風に煽られ、ぞわぞわとした感覚が全身を襲った。


 これには思わず封印していたギャングとしての百音が顔を出してしまうほど。一切の警戒を怠らずに周囲を見ていると、それは不意に現れた。


 中空を滑る謎の物体。それが百音の背後から襲いかかってきたのだ。

 だが、勘が動いたのか寸でのところでかわし、その姿が何なのかを初めて目撃する。




「暗くて分かりづらかったけど、確かにアレは長~い糸の束みたいな形をしてたかな。もうびっくりしちゃってさぁ」

「糸の、束……!? そんな、まるで怪談みたいな……」

「いや~、でもそれが現実だったりして。この目でそれを見ちゃったからニ☆」


 驚きを隠せない鞠華の反応。百音の体験談にはさらに続きが語られる。




 獲物を一撃で仕留め損ねた謎の存在は、その長い身体を路上の遠くまで行き渡らせると、頭部らしき赤黒く発光する部分をこちらに向けて再度襲ってきた。


 再び攻撃を回避し、隙を突いて酒やつまみの入ったレジ袋を殴りつけた途端、怪物は甲高い悲鳴を吐き出しながらどこかへと去って行った。




「──とまぁその後は何事もなく家に帰れたんだけどね。いやぁ~、あの時は本当ドキドキしたにゃあ」


 つい先日のことをしみじみと懐かしむ百音。端から聞けば完全に嘘っぽい話にしか聞こえないものの、それはどこか興味を惹かれる話でもあった。


 不可解な怪事件と謎の化け物。この二つが鞠華の近隣で同時に発生している。この噂くらいならば視聴者も耳にはしているはずなので、もしかすればもしかするのかもしれない。


 と、ここで鞠華に天恵が。次の動画に使える新しいアイデアが降り立ったのだ。

 だがこのネタを面白くさせるためには誰かの協力を仰がねばならない。その最も適任とされる人物に鞠華は話を持ち込む。


「モネさん。少しご相談が……」

「?」


 女装ウィーチューバー“MARiKA”。起死回生となる一本を作成するために、多少のリスクを犯す覚悟を決めた。











 動画共有サービス WeTubeウィーチューブ





【はいどうもー! グッモーニンアフタヌーンイブニナイっ☆ っても今は夜中ですけどねー☆】

【改めまして今日も女装ウィーチューバー“MARiKA”でーすっ!】

【ふふん。いつもならここからテンプレなんですがー、今回は諸事情あって割愛! お昼にした告知の通り、これから緊急放送ですっ!】



〈マリカたそー〉

〈生放送ってマジだったんか〉

〈ここどこ? 東京?〉

〈生でもかわいいよマリカきゅん〉



【はいはいどれどれー。よし、コメント欄確認良好。みんなからのコメントは手元の端末から見えてるよー。質問等はまだ受け付けてないよ。もうちょい待っててねー】

【そしてそして──タイトルの通り、この生放送にはスペシャルゲストもお呼びしております! ではっ、どうぞー!】


【チャオチャオー♪ エッチに聞こえるけど実際は全然エッチじゃない物の名前で一番好きなのはぁ……メスシリンダーかも。普段は黄色担当のモネでーすっ】



〈ファッ!?〉

〈ゲストモネママ!?〉

〈マリカやるやん見直したわ〉

〈私服モネママえっちだぁ……〉



【うわー、モネさん出たらコメ欄が爆速で増えていく。というわけで今回の緊急生放送のゲストは我らがLSBのゼスモーネのパイロット、星奈林百音さんとなっております!】

【ウィーチューブじゃLSBしか出てないけど、今日はマリカっちが直接頼み込んだのもあって来たよー。みんな、今日の放送よろぴくね~☆】



〈最っ高だな!〉

〈神回確定やこんなの!〉

〈ん、青はいないんすね〉

〈野郎は(゚⊿゚)イラネ〉



【まぁまぁ、そんなこと言わないでー。嵐馬くんも頑張ってるんだからさ、平和にやろうよぉ~】



〈そうだぞお前ら平和にやろうぜ〉

〈しょがねぇな(照れ)〉

〈分かったよモネママ!〉

〈それでこの生放送は何すんの???〉



【おっ、良い質問みっけ! 今日の生放送はですね、LSBでも特に人気のあるモネさんと一緒に夜の都会の道をぶらぶらしながら色んな質問をしていく、という企画です! そのためのコメント欄ですからね(ドヤッ】

【あんまりプライベートな質問はめっ、だよ~☆】



〈あらやだマリカ有能すき〉

〈モネ姐に質問責め出来ると聞いて馳せ参じました〉

〈でも何でわざわざ夜に出歩きながらやんの?〉

〈馬鹿野郎お前そんなのモネ姐さんの都合なんだろ察してやれよ〉



【まぁまぁ、コメントで喧嘩しないの! それじゃあ、マリカっち、そろそろ出発しよっ】

【はい! じゃあこれから撮影ルートに移動するから、その間は一度動画は止めるね。質問募集は今の内だよ。なるべく変な質問は無しでねっ】





 動画:中略





【えーっと、次の質問。『モネさんはランマとどういう関係なんですか?』だって。それじゃあモネさん、この質問はNOorOK?】

【オッケーでぇ~す♪ 嵐馬くんは同じ会社のただの後輩だよ~。私が先輩としてビシバシとシゴいてるよ~☆】



〈モネ姐さんのシゴき……?(ゴクリ〉

〈は? 裏山なのでマリカのファンやめます〉



【ちょおおおおい!? ボクのファンは辞めないでよっ(汗】

【アハハ、マリカっちおもしろ~い♪】



〈草〉

〈そういえば最近変質者が出るって話だけどそこんとこ大丈夫?〉



【あー、うん。実はなんだけどね、今日この緊急生放送をしたのは別に理由がありましてですねー】

【実はあたし、ちょっと前にその変質者にばったり遭遇しちゃったんだよね~♪】



〈そマ?〉

〈マジで!?〉

〈モネママ大丈夫?〉



【みんな心配ありがと~。この通り大丈夫だよぉ。不届き者は殴って追っ払ったから問題ナッシング♪】

【流石モネさん強いっ。もし今日遭遇するようなことがあっても大丈夫だね!】



〈さすモネ〉

〈モネママに殴られるとかどんなご褒美ですか?〉

〈俺もモネ姐さんに殴られてぇな~俺もな~。閃いた〉

〈↑通報した〉



【変なコトはしないでね~】

【あっ、もうすぐ目的地だね。ホントはあわよくば例の事件について何らかの手がかりが掴めればなーって思ってたんだけど結局何も起きないままゴールしそうかも。それじゃ、到着する前に最後の質問募集だよっ♪ それじゃあラストスパ──】



【──うわあああああっ!!】



【えっ……!?】

【……! マリカっち!】



〈えっ〉

〈何今の声〉

〈演出?〉


【嘘……もしかして……?】

【声、あっちから聞こえた! 行こう】

【あ、ま、待ってくださいって!】



〈オイオイオイオイ〉

〈うせやろ?〉

〈放送事故?〉



【っ! 本当に人が……し、しっかりしてください! 大丈夫ですか!?】

【マリカっち、取りあえず警察と救急車! あとカメラ止めて!】

【うん……って、あれは……!? はっ、と、取りあえず緊急事態なんで放送はここで止めます!】

【みんなごめん!】




 ──放送は終了致しました──




 

 MARiKAの緊急ナマ放送 ~今宵は例のあの人と共に、新企画に挑んでみる!~ 生放送ハッシュタグ #ナママリカ

『MARiKA♡チャンネル』 1.2万人が視聴中 




コメント数:2203

 〉放☆送☆事☆故

  〉これって放送していいやつ?

  〉いやおっさんの半裸とかどこに需要あんだよ……フツーお蔵入りやぞ

 〉てか最後に何か見えなかった? 気のせい?

  〉それな

  〉CGやろ

  〉馬鹿これ生放送だぞ無理に決まってんやろがい!

 〉じゃああの黒い束みたいなのなんだよ

  〉化け物?

  〉ドレスあんだし俺は妖怪がいても信じるぜ

  〉俺もそれに華京院の魂を賭けるぜ

    〉マリカスの自作自演でしょあーつまんね

     〉お前のほうがツマンネ

     〉だからこれ生放送だっつってんだろハゲ

     〉ここでも髪の話してる……(´・ω・`)

  〉とにかく生放送がオシャカになったのは分かった

   〉モネ姐さんのデビューを最後まで見届けたかった……

   〉あーもうめちゃくちゃだよ……

  〉にしてもあのバケモンみたいなのは一体なんなんだよ

   〉俺のオカルト魂に火が灯るぜ!

   〉余談だが俺の親戚も被害に遭ってるぜ。変な束に襲われたって言ってた。あほくさって思ってたけどこれで確信したわ

   〉そマ?

   〉ちょっとワクワクしてきた

    〉不謹慎だぞ

    〉不謹慎厨乙!黙ってろクズ

    〉うるせ~~~~~~しらね~~~~~~~~FINALFANTASY

    〉いつのネタだよw

 〉とりま寝るわ続報を待つ

 〉おやすみマリカ

  〉ここまで野郎に触れる者無し



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