第三章『聖女禁装ゼスマリカ』編
Live.01『その動画、中毒につき ~WATCH OUT FOR MARiKA'S CHANNEL~』
『……はい、世界の欠片の回収完了致しました。カタリさん、お疲れさまです』
「うん。なんか前のと比べてすぐに見つかって良かったね」
世界の欠片の回収を終えて裏世界へ戻る一行。
前回のような施設の内部とは違い、人気の少ない外に欠片はあった。見つけるのもそう苦労はなく、介入から僅か数時間でこの通りである。
「運が良かったんでしょう。しかしながら、来てすぐ次に行くのも味気無いので、少しこの世界を見ていきましょうか」
「え、いいの? でもそんなことしてる間に他の世界が文字化されるんじゃ……」
「確かにそうですが、我々の目的は欠片集めだけでなく、世界のパトロールも兼ねています。もしかしたら前回同様すでにエターナルが潜伏している可能性も否定出来ませんからね。調査が終わるまでの間、自由時間ですよ」
パチッ、とウインクを飛ばすトリ。タブレット内のバーグも同意見のようで、急ではあるがこの世界で自由に見てまわる許可が降りてしまった。
それを面と向かって告げられ、ついぼーっとするカタリ。その理由は暇を潰せる趣味が無いからである。
自分の世界があった頃は趣味の一つや二つはあった。それらが失われた後もアーマーローグの世界では美央らが夏休み中、そしてエターナルの影響で長期休学状態だったため、常に近くには彼女らがいた。皆とゲームをしたりアーマーギアの操縦体験などをしたりと、思えば暇らしい暇をした記憶が無い。
しかし、ここは新たな世界。人脈も無ければ趣味も無し。エターナルの検知がどれほどかかるのか分からない以上、この退屈さはしばらくまとわり付きそうだ。
「どうしよう……。急に自由時間って言われてもなぁ」
『ま、それもそうですよね。ボックス内には暇を潰せるような物も無いですし、仕方ありません。このタブレットをお使いください。この世界のネットに繋げたので、動画を観るなりゲームをダウンロードするなりしても構いませんよ』
無趣味に苦しむカタリを見かねてか、バーグは自身の移動手段であるタブレット使用の許可をする。これまで欠片の回収と操縦席の画面の一つという使い方以外にしたことが無かったので、私用で使うのは今回が初めてだ。
バーグはノベライザーのOSに移動し、トリも機体整備のため内部に籠もる。
一人となったカタリはボックスからイヤホンを出してネットサーフィンを開始。スワイプ、タッチ、キーボード。検索エンジンで何か適当に調べていくと『WeTube』なる動画投稿サイトを発見した。
動画なら何か面白い物があるだろう。そう結論づけて捜索を始める。いくつかの動画を観て回る内にある動画、ひいてはチャンネルにたどり着く。
【──グッモーニンアフタヌーンイブニナイっ☆彡】
【お久しブリーチ! 今日も女装ウィーチューバー“MARiKA”だよっ!】
再生される動画の中に、主役であろう可愛らしい装いをしたウィーチューバーが現れる。しかし、冒頭の挨拶にあった言葉から、この人物がカタリと同性である事実に驚かされる。
「え、この人男なの!? へぇ~、世界には色んな人がいるんだねぇ。ふむふむ、『MARiKA♡チャンネル』……」
再生したのは投稿主と思われる女装少年の告知動画。それは今から二ヶ月前近い動画だが、十万回以上の再生と千を越えるコメントが書き込まれていた。
どうやらその男性とは思えぬ美少女顔に女装という要素で人気を博する動画配信者のようで、他にも様々な動画を投稿している。
そんな彼に興味を持ったカタリ。チャンネルの動画一覧から過去の動画を遡って全ての視聴を試みることにしたのだった。
†
『……カタリさん? カタリさーん?』
無心になってタブレットを観るノベライザーパイロット。その異常とも言える食いつきにバーグは必死に呼びかける。
しかし、イヤホンを挿しているためにこの声は届かず、視線も画面だけを見捉えているので動きも認識してくれない。
『…………』
無言になるバーグ。無視を決め込むのであればこの手段に出る他ない。なるべく穏便に済ませたいところではあったが、こうなった以上は致し方のないことである。
大きく息を吸う動作をし、使用中のタブレット目がけ──
『──わッ!!』
「うわっ!? って何だバーグさん。脅かさないでよ……もう」
『脅かすも何も、何度も呼びかけてるんですけど!? 動画に夢中になるのも結構ですが、人が呼んだらすぐに返事をする!』
AIお得意のハッキングを駆使してカタリの使うタブレットにアクセス。イヤホンに大音量の声を送りつけてようやく気付いてくれた。
キーンと耳痛に襲われるカタリに怒り半分で説教をしていく。そんな外の様子が気になったのか、トリも内部から出てきた。
「おやおや、騒がしいと思えば」
『あ、トリさん。ちょうど良いです、食事にしましょう。ほら、カタリさんもさっさと準備する』
「うん……」
気怠げに準備に入るカタリ。タブレットは一端脇に置き、ボックスから食事を取り出す。
次元の旅人となってからの食事も慣れたもので、様々な世界から集めた食料を摘む。時折外界の飲食店などにも足を運ぶが、資金節約のためにもなるべく利用は控えている。
今日の献立はサラダチキンと野菜スープに付け合わせのパン。コンビニエンスストアで簡単に集められる簡易的な食事だが、小食のカタリにはこれで十分量だ。
そんな何気ない食事でも、カタリの異変は続く。
「…………」
『……カタリさん。動画を見ながらご飯を食べるのは行儀が悪いですよ。食べてる時くらい止めたらどうです?』
「うん、分かってる……」
イヤホンを方耳外したまま依然としてタブレットを離すことなく動画を視聴し続けている。注意してもなお止めない。
あまりにも普段らしくない行動を訝しむバーグ。そこまでカタリの興味を惹かせるその動画は一体どのようなものなのか。
それはトリも同じなようで、パンをついばむのを止め、視聴中のカタリへ邪魔しに入った。
「カタリさん。一体何の動画を観ているんですか──って、これは……!」
「うん。動画を見続けている内に見つけたんだ。スゴいよね、これ」
『えっ、ちょ、どんな動画なんですかそれは!? 私にも見せてください~!?』
覗き見た瞬間、トリすらもその動画に釘付けになってしまう。位置的に自分だけが観られないことを不服としたバーグはメインモニターに接続することを要求する。
言われた通りタブレットを元の場所へ置く。元々コックピットの一部であるそれは視聴中の動画を目の前に大きく映し出した。動画の全貌が明らかとなる。
《──通からん者は声を聞け、近くば寄ってアタイを拝みな! スケバン・ゼスランマ、推して参る……ッ!》
〈うわきつ〉
〈いつ見ても完全に野郎で草〉
〈強めのお薬出しておきますね〉
〈それで男の娘とかウッソだろお前w〉
《ぐっ……、この野郎……!》
『な、何ですかこれは……!?』
大画面に表示されたのはセーラー服を彷彿とさせる装いをしたロボットと、そのパイロットと思われる男性。そして、彼の名乗り文句に多くの辛辣なコメントが右から左へと流れていく様だった。
思わず絶句するバーグ。何より驚いたのは、動画に映るパイロットたちの格好だ。
今し方映った男性はパイロットスーツではなく紺色のセーラー服を身に纏っていた。それだけではない、他にいる二名のパイロットらもそれぞれの名乗りに加え、お姫様のようなドレス、大胆露出の派手なカーニバル衣装といった、それぞれが乗るロボットとよく似た装束を身に付けている。
最初は何かしらの特撮かと思ったが、ロボットのリアリティは明らかにCGを凌駕している。これは一体どういった集まりなのか──そもそもこれは何の動画なのか、わけが分からなくなっていくのを余所に、動画はさらに驚きの展開を投影していく。
《それじゃあ、今回もっ! ライブ・ストリーム・バトル! オン・エアーっ!!》
ピンクのロボットからの音頭と同時に舞台と化している都心近郊の海上から、謎の水柱が立ち上がる。ドローンで撮影しているのだろう、カメラは一瞬にして別の位置からそれを映し出す。
現れたのはなんと衣服。ダイビングスーツにも似たそれは、まるで透明人間が着て動いているかのように自然に、しかし不自然な存在感を放ちながら都会の街へ進撃していた。
謎の巨大戦。バーグは瞬時に検索をかけてこれらの正体を判別する。
『アーマード・ドレスとアウタードレス、ですか。こんなものがあったなんて……。というか、こういうのって動画にして出していい物なんですかね!?』
「
三機の女装機体が戦う姿を観ながら、動画で知り得た情報を伝える。どうやらこの世界のことをあまり詳しく調べていなかったらしく、初耳の情報に珍しく動揺……もとい感心している。
これでカタリが動画にのめり込む理由が分かり、一応の納得はしてくれた。何だかんだでトリも動画に観入っている。
《“
〈やったぜ。投稿者:モネママ変態信者〉
〈モネ姐さんカッコいい抱いて!〉
〈とどめ刺す時もきれいだよモネママ!〉
〈今日はモネ姐さんでフィニッシュかぁ。marikaも次はがんばえ~。ランマテメーは動きすぎだ自重しろ〉
〈←野郎にだけ辛辣で草〉
そうこうしている間にモネという唯一の女性? らしきパイロットが操縦する機体によりアウタードレスは撃破された。ゼスランマと反比例して賞賛の言葉で画面は埋め尽くされ、そしてさりげなく先のパイロットに向けられた辛辣なコメントも混ざっている。
最後にエンディングを以て動画は終了。過去のLSB配信の記録ではあるが、その熱気は本物のようである。
『なるほど、カタリさんが熱中する理由が分かりました。これにハマってしまうのも訳ないですね』
「でしょ? だからさ、もう少し観てても……」
『で・す・が! ハマっているからと言って食事中は視聴を止めてください。いいですね!?』
「は、はい……」
全ての画面にでかでかとバーグの顔がアップで映し出され、念入りに注意を喰らわされる。萎縮したカタリ、反省を余儀なくされる。
しゅんとなったパイロットはさておき、視聴を終えてからトリは何かを考え込むように黙り込む。その理由を察したバーグは静かに問いてみる。
『トリさん。何かお考えですか?』
「はい。ゼスマリカ、ゼスランマ、ゼスモーネ……今の三機それぞれの力はかなりの物と判断しました。私一個人の勘ではありますが、あれは神牙等にも匹敵するでしょう」
『となると?』
一呼吸置いて、トリは沈むカタリに問いかける。
「カタリさん。彼らに会ってみたくありませんか?」
「え……それってつまり?」
「はい。ウィーチューバー“MARiKA”に、ひいてはゼスアクターの方々と会って彼らの力を継承出来るかどうか試してみませんか?」
その誘いを断る理由など、今のカタリには微塵もなかった。
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