第十四話 開戦
『目標は依然として接近中です。数十日ぶりの相手ですが、力を蓄えている可能性も考えられます。なので皆さん、気を付けていきましょう』
異界のAIからのオペレートに従い、各機体は指定された位置に待機。その内の一機、神牙に搭乗する美央は、来るべき世界の天敵との会敵を静かに待っていた。
彼女が考えるのは敵との戦い方や対処、そして作戦。
今なら決定打を与えられる可能性が認められる切り札。これを命中させることが出来れば、この戦いもぐっと楽になる。だが──
『美央さん、神牙の新しい兵装は試し撃ち出来てないんですよね……?』
『ええ、国土の狭い日本じゃ仕方がないわ。ぶっつけ本番でやるしかない』
神牙の新兵装のテストプレイは出来ていない。内容は分かっていても、実際にはどのようなものなのか、美央には分からないのだ。
改修作業を務めた龍馬曰く稼働そのものに問題はないとのこと。それでも不安は残る。
『美央、心配はしなくてもいい。いざという時は私たちがサポートに入る』
『そうだぜ、姐さん。他の兵装のテストは終えてるんだ。最悪ノベライザーに任せておくのも一つの手だと思うぜ』
「ふふっ、そうね。もしもの時はカタリ君に頼らせてもらうわね」
『そうなった時は、なるべく善処しま~す……』
流れるようなやりとりに、美央はくすっと笑みを浮かばす。これから熾烈な戦いが待ち受けているとはいえ、このような会話をされては思わず笑ってしまうのも無理はない。
ほどよくリラックス出来たところで、美央は首にネックレスよろしく下げている栞に触れる。これは先ほど、トリから受け取った友好の証。曰くお守りのようなものらしいので、身につけておくのが良いと判断して、このようにしている。
この戦いに負けると、世界は文字化という現象に侵され、人も文明も、時間ですら虚無に書き換えられてしまう。いわば世界の破滅そのものだ。
そのようなことには絶対にさせない。世界が消えてしまえば、イジンに復讐さえ出来なくなる。全てを虚無にされて終わりという道は絶対に避けなければならない。
「すぅ──はぁ──……。よし、皆、行きましょう!」
パイロット全員へ向け、美央は気合いを込めた音頭を口にする。
消えていいのはイジンだけ。この復讐を達成させるために世界を守る。栞にそう願いを込めて、美央はモニターに視線を戻した。
すると、遠くで巨大な水しぶきが上がる。それと同時に、何やら巨大な影が空を跳躍、こちらへと跳んできた。
そのまま浅瀬に着水し、またもや大きな水しぶきが立つ。それが止むと数十日ぶりにその姿を拝むこととなるエターナルの姿。だが、それには明らかな異変が起きていた。
『……なぁ、あのイジン、あんな感じだったか? なんつーか、前より生物的になってるっていうか……』
「いや、私が前に見た時はこんな変化はしていなかった。こいつも進化したってわけね……!」
現れたイジン化エターナル。元々神牙のような怪獣に似た姿をしていたが、今は怪獣と呼ぶにはあまりにも不気味極まりないクリーチャー然とした姿だ。
人の腕にも似た長い腕は、手先につれて血のような赤色に染まっている。顔ものっぺりとした仮面状だったのに対し、どこかペストマスクを思わせるとがった顔。尾も魚を彷彿とさせる鱗に覆われていた。
そしてなにより赤い球体が二対、腹部の口の上辺りについており、もう一つの顔のような変化を遂げている。
もはや、その姿はイジンと言うにはあまりにもかけ離れ過ぎた異形そのものだった。
「……ちっ、余計な進化をされたわね。みんな、行くわよ!」
しかし、人類側も怯んでいる暇はない。この怪物を倒さぬ限り、世界は元に戻らない。相手がどれだけ進化しようと、戦う以外の術はないのだから。
美央のかけ声に戦士たちは動く。以前から練っていた作戦を実行に移すのだ。
作戦の内容は至ってシンプル。肉質は脆いイジン化エターナル。まずはその脚を削り落とす。
『美央! デストロイバンカーの発射準備が完了した。いつでもいけるぞ』
「了解! 射程圏内に入ったらそのまま撃って!」
徐々に陸へと迫るエターナル。その間、戦陣部隊らの遠距離攻撃などで牽制していくと、優理からの通信で切り札の用意が出来たのを確認。発射のタイミングを指示する。
デストロイバンカーと呼んだそれは、元々工事用だった杭打ち機を雛形に兵器転用させた物。人の手で作るならば軽く半年はかかってしまうが、ノベライザーの能力のおかげで僅か数日で仕上げることが出来た。
突貫工事で造り上げた物とはいえ威力は十分。これを対象の脚部の最も細い部分に当て、断つ。まずはそこからだ
そして、その黒い脚がついに陸へと到達。黒い脚部は岸辺を削り、地を鳴らす。
「──今だ!」
この一瞬の隙は逃さない。美央のかけ声と共に、隠されていた兵器を発動する。
無人機による操作で複数台がエターナルの脚に向かって一直線に飛んでいく。いくつか命中したそれはバンカーの名の通り、爆発による衝撃で押し出された鉄槍が脚に突き刺さっていく。
──ギュオオオオオオオオォォォォ……!
体液をまき散らしながら、悲鳴を上げるエターナル。痛覚の鈍い相手でも、流石に効いたようである。
そして、当初の目論見通り柔い肉質の脚はボロボロになり、今にも千切れてしまいそうだ。もう一息といったところか。
『第二射、行くぞ!』
優理の声。それと同時に別方向に待機していたバンカーをもう片方の脚に向けて撃つ。こちらも上手く命中し、両足に大ダメージを与える。
それを証明するようにイジン化エターナルの両脚部は自重に耐えられずに千切れ、大地に伏す。これで脚を完全に断つことに成功する。
「よし、いける! 今よ、カタリ君!」
『はいっ!』
バンカーによる部位破壊は全てこれのため。後方で待機していたノベライザー・メディキュリオスフォームは、ビット兵器で構成された光り輝く剣を手に、倒れたエターナルへと接近する。
必殺技を確実に命中させる──。それがこの作戦の真意。数々のエターナルを撃破してきた技で、全てを終わらせる。
異界の技術、その紅いエネルギーは一際眩しく輝く。推定十五メートルはあろう巨大な刃を手に、ノベライザーの技が発動した。
地に伏すイジン化エターナルにその刃を叩きつけた。衝突した衝撃により辺りの砂などが舞い上がり、視界が一時悪化する。
「……っ」
ほぼ理想通りの動き。あとは、今の一撃でエターナルが倒れれば完璧だ。
しかし、それは所詮ただの理想に過ぎない。人類側の猛攻の後は、エターナル側の反撃が始まる。
『……っ! なっ、嘘ぉ!?』
「何!? どうかしたの!?」
通信先のカタリが何かに驚く声が聞こえた。それが何なのかは、視界を遮る砂埃が止み始める頃に判明する。
紅い光を放つノベライザーの剣が当たった背鰭、そこから放つ赤紫色の不気味な輝きがエターナルの尾の先までに続いていた。当然、エターナル本体は無傷のままだ。
「もしかして、あの一撃を受け止めたっていうの……!?」
そうとしか思えなかった。あの自己進化個体を一撃で無に帰す攻撃を、あの巨体とはいえ無傷で凌ぐなど信じられない。
それだけではない。剣の光は消えていき、あろうことかエネルギーを吸収するかのように背鰭の光が強さを増していく。
これもあの新たな進化を遂げた影響か。嫌な予感が背筋を──否、全身を襲う。
『エネルギーが奪われていきます! カタリさん、待避を!』
その指示に従いエターナルから咄嗟に離れる。しかし、それよりも早いタイミングで予感が的中してしまう。
ノベライザーから奪った
──グルオオオオオォォォ……!
レーザーライトのような光が四方八方に撃ち放たれた。空に、大地に、そして海。ありとあらゆる場所に降り注がれる。
それはただの光ではない──空間を浸食する文字化の光。最初にエターナルが撃ったあの光線だ。
「っう……! 皆、大丈夫!?」
敵の攻撃はほんの十数秒。それだけでモニターに映る空や陸地には文字化の跡が作られている。
果たして仲間は無事なのだろうか──? そう思った美央は通信を入れて仲間の安否を確認する。
『うっ、つぅ……私は大丈夫です、美央さん』
『俺もだ。離れてたから何ともない』
先に返答が来たのは香奈と飛鳥。この二人は無事なようだ。
『直撃したけどなんとか生きてるよ……』
『私も平気──って、Nooooo!? キングバックの右腕が無~~い!? これじゃまともに戦えない!』
カタリ、フェンも無事。しかし、運が良かったのか悪かったのか、キングバックは今の攻撃を受けて腕部を負傷してしまったらしい。直撃ではないだけマシだが、それでも最大の特徴にしてメインウェポンである腕を失ったのは痛い。
通信越しに聞こえる悲鳴に不躾ながら若干の安堵を覚えつつ。最後の一人の返事を待つ。
「あとは優理だけね。優理……。優理?」
しかし、その名を呼んでも本人からの返事はいつまで経ってもこない。まさか今の攻撃で通信範囲外にまで吹き飛ばされたか──と信じたかった。
そう思いたかったのだ。だが、真実は非常な物で、美央の視界にある巨大な文字化痕。そこに先ほどまであった物を思い出す。
「優理? まさか……そんな……!?」
ここまで不安になるのはいつ以来か。いや、もしかすれば初めての経験かもしれない。
募る不安に押し潰されそうになる中、ノベライザーから通信……そのメインAIから報が入る。
『……美央さん。とても申し上げにくいのですが……戦陣改並びに部隊、
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