第十三話 選ばれた者へ

『神塚美央、光咲香奈、流郷飛鳥、黒瀬優理、フェイ・オルセン。以上の五名の中から一人を選ぶわけですけど……』

「はい、私はもう決めています。この方に例の物を渡しましょう」


 ノベライザー内にて、そこではバーグとトリが何やら話し合っていた。

 モニターに映る五人の男女。彼女らはこのキサラギという会社に所属するアーマーローグのパイロットたちだ。

 その中から一人を選択すると、トリはクラインボックスを開いて中へと侵入。すぐに戻ると、嘴に一枚の栞を挟んでいた。


「それでは、を渡してきます。バーグさんは例の兵器のチューニングと探索の程を」

『了解です』


 最後にそう言うと、話し合いは終了。トリはノベライザーから飛び立ち、目標の人物の所まで進んでいく。

 向かった先は工場内にあるコンクリートの広場。そこには、二機のアーマーギアが戦っていた。


 これは『ボーン』と呼ばれる訓練用アーマーギア。白く丸みを帯びた見た目のシンプルさが特徴の機体。

 周囲の人物らに目的の相手はいないので、おそらく戦っているどちらかの機体に乗っているのだろう。とりあえず、近くで観戦する香奈と飛鳥の近くへ行き、戦いが終わるのをじっと待つ。


「そこまで!」


 そして、数分が過ぎると、審判役を務めていた優理のストップがかかる。

 同時にボーンは停止。コックピットハッチが開き、中から操縦者が出てくる。


「おっとと、やっぱりノベライザーとは操縦方法が違うね。全然思うように動かないや」

「でも、初めてであそこまで動かせるなら上出来よ。案外才能あるんじゃない?」


 現れたのはカタリと美央。どうやらアーマーギアの操縦体験をさせてもらっていたらしい。

 慣れない操縦でふらつくカタリの腕を掴み、補助をしてやる美央。やはりアーマーローグという特殊な機体を操るだけのことはある。美央に疲労の色は見て取れない。


 前もって考えていた通り、を渡すのは彼女しかいない。トリは改めて決意を固める。


「皆さん、お疲れさまです。そろそろ休憩なさってはいかがでしょう?」

「あ、トリさん。いつの間に」


 ここでようやく自身の存在を主張するように、トリは声を張ってメンバーへ休憩を薦める。

 ほぼ直下にいた香奈と飛鳥が驚いたことには触れず、二人の下へと滑空。地面に着地する。


「カタリさんはアーマーギアの操縦を体験されていたんですね。どうですか、ノベライザー以外のロボットに乗った感想は」

「うん、実際にやって分かったけど、やっぱりアーマーローグに乗ってる美央さんたちはすごいんだなって。これでジャンプするのはかなり難しいよ」

「褒めても何も出せないわよ。それにしても、咥えているは何かしら?」


 アーマーギアの初乗りの感想を言うと、トリが何かを咥えていることに気付く。美央もそれに気付き、最初に指摘した。

 カタリはそれがノベライザーの姿を変える栞だと知っている。しかし、メディキュリオスの栞とは違い、ロボットの代わりに青と水色の括弧をくっつけたような四角形が描かれた初めて目にする物だ。


「美央さん。今回はあなたに用事があってきました。この栞を受け取ってください」

「栞? それって本を読むときに使う物よね。何故それを私に?」

「言うなれば私たちとの友好の証、とでも言えばいいですかね。私の世界では仲良くなった者に渡す風習がありますので」


 美央は栞を受け取り、一度じっくりとそれを凝視する。何かを渡したことを知ったのか、外野にいた香奈、飛鳥、優理もこちらに集まってきた。


 一方でカタリは考える。トリは何を思って栞を美央に渡したのか。風習についても今初めて耳にした上に、仮にその風習があれば前回の世界でも渡すはずである。

 色々と思考を重ねても結局分からず終いに終わったので、真相を確かめるべくこっそりと訊ねてみる。


「トリさん、アレってメディキュリオスの栞と同じ物だよね。何で……」

「カタリさんには後でご説明します。とりあえず、今は彼女に栞を渡さなければなりませんので、ここはお静かに」


 しっー、というジェスチャーと共に沈黙をさせられてしまうカタリ。ともあれ説明はしてくれるそうなので、ここは言うとおりにしておく。


「分かったわ。これは持っておくわね。ありがとう」

「いえいえ。それと、この栞はお守りでもありますので、肌身離さず持っておくことをおすすめします」


 美央からの了承を得て、トリの目的は無事に達成させる。これで一安心……とまではいかず。


「トリさん。私たちの分はないんですか?」

「うーん、渡したいのはやまやまなんですが、他の世界の分も取っておかないといけないので、あまり多くは渡すことは出来ないのです。申し訳ありません」

「そんなぁ……。でも、他の人たちに渡す分を考えるとそうなりますよね。ちょっと残念……」


 香奈から他のパイロットの分の要求をされ、思わず呻くトリ。持っている栞は美央に渡す用のたった一枚。他の分は持ち合わせていないのである。

 残念そうに肩をすくめる香奈。仕方なしとばかりに諦めを口にする。


「美央。もう昼だ。彼の言うとおり、そろそろ昼休憩に入ろう」

「もうそんな時間なのね。それじゃあ休憩にしましょうか」


 優理から改めて昼休憩の提案をされ、それを承認する。一同は練習場から移動をしようとするが、ここでトリはカタリに制止をかけた。


「カタリさんは別でお話が。他の方々には申し訳ありませんが、先に向かってください。すぐに追わせますので」

「そう、分かったわ。じゃあ、カタリ君。私たちは社内の食堂で待ってるから。食べ終わるまでに間に合うようにね」

「うん、分かった。それじゃあ、また後で」


 そう言ってキサラギ隊の一行とは別れ、トリと共に別の場所へと向かう。行き先はともかく、移動中に美央へと渡した栞についての話をされる。


「実はバーグさんと話し合って、美央さんの神牙の力を継承することにしました。あの時渡した栞もそのための物です」

「継承ってことは、あのメディキュリオスのと同じで、栞に神牙の絵が描かれたら、それが使えるようになるの?」

「そうですね。ただ、必ずしも継承が成されるわけではありません。実際、いくつかの世界で栞を何枚か渡していますが、メディキュリオス以外は未だに無反応のまま。神牙も上手くいく保証はありません」


 話によれば継承という段階を経て、あの栞はメディキュリオス同様に力を使えるようになるそう。しかし、力はそう簡単に手に入れられるわけではないらしく、幸運に恵まれないと力は得られないと言う。


 いつになく不安げな表情を浮かべるトリ。これからもエターナルと戦い続けていく以上、神牙の力は頼りになるだろう。なるべく手に入れたいという気持ちは分かるが、疑問も残る。


「栞の継承……それって、少しでも確率を上げる方法とかはないの?」

「継承を確実な物にするには何よりも継承対象機のパイロット次第と言ったところでしょうか。それだけでなく、受け取る側も親交を深める必要があります。なので、カタリさんは美央さんと仲良くしてもらいたいのです」

「美央さんと仲良く……。うん、分かった。頑張るよ」


 どうやら継承の成功確率を上げるには継承先のパイロットと仲良くなる必要性があるらしい。つまるところ、このままコミュニケーションを取っていけば問題は無いということだ。


 幸いにも他者との会話は嫌いではないカタリ。それが力の継承に繋がるのであれば、やらないという選択肢はないだろう。


 これでトリとの話は終わり、美央らが待つ食堂までの道を行き始める。

 すると、目の前の通路をフェイらしき人物が横切ったのを目撃。何やら板状の物を抱き抱え、ニコニコと笑顔を浮かべていた。

 トリとの話も終わったので、向かうついでに昼食に誘おうとその後を追う。


「ねぇねぇ、あなたには好きな人はいるの?」

『な、何を訊くんですか!? 少なくとも同性を好きになるなんてことはないですから!?』

「え~、それはちょっと残念。私とあなた、相性は悪くないと思うんだけどなぁ」


「あれ、この声って……」

「んなっ……、まさか!」


 だが、ここで思わぬ展開。フェイを見つけると、ベンチに座ってタブレットと会話をしている。しかも、その相手とされる声には聞き覚えが。


「もしかして、そっちの操縦者パイロット君とか?」

『~~……! そ、そんなわけっ……』


「ちょ、ちょ~~っと待った! フェイさん、何故あなたがバーグさんのタブレットを!?」


 声に反応してか、フェイの所へと急いで向かうトリ。何やら緊急事態な模様。カタリもそこへ急行する。


『あっ、トリさんとカタリさん! 助けてください! フェイさんがノベライザーに侵入して──』

「ノベライザーに侵入!? え、それって本当!?」

「あはは、やっぱりマズかった?」


 この供述を半笑いで認めるフェイ。本当にノベライザー内に入ってタブレットを盗んだらしい。

 ちなみにこのタブレットはコックピットのモニターの一部でもあるので、無くしてしまうともなれば大惨事だ。バーグも入っているなら尚更である。


 なにはともあれ、まずは貴重品である端末を返却してもらう。残念そうな表情を浮かべ、フェイは素直にそれを渡した。


「私はただ、異世界の女の子に興味があったから、仲良くなりたかっただけなんだけどなぁ……」

「仮にそうだとしても、ノベライザーへ許可無く侵入するのは厳禁です。キサラギにも企業秘密があるように、こちらにも極秘の情報はあります。いくら先日来たばかりとはいえ、やっていいことと悪いことの区別はつけるべきです。以降はお気をつけて」

I'm sorryごめんなさい……」


 トリからのお叱りを受け、しょぼんと肩を小さくする齢二十歳の米国人女性。反省はしているようなので、これ以上の説教は控えることにする。


 とりあえずは一件落着。フェイの監視の強化を心がけるとともに、再び食堂までの道のりへ戻ろうとした時、バーグが言い放った言葉が行動を止めさせる。


『カタリさん、トリさん。アクシデントがあって報告が遅れましたが、近海に正体不明の巨影を捕捉しました。まっすぐこちらに向かっていると思われます』

「それってもしかして……!?」

『はい、エターナルに違いないかと。あちらも、いよいよ準備を終えて攻めて来るようです』

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