第十二話 海外からの支援者

 海中へと潜行する神牙。薄暗闇の中、そこには例のイジン化エターナルが両腕を伸ばして迫ってきているのを確認する。

 巨大物恐怖症メガロフォビアなら一発で失神しかねない迫力と恐怖感。しかし、イジンが相手とならばおののく暇は無い。


「こいつを止めるには……、やっぱり腕を破壊するしかないか」


 一つの答えを導いていた美央は、すぐさま行動に移る。

 幸いにも肉質は非常に脆い。船を捕まえる前に腕へダメージを重ね、切断を試みる。


「はあああぁっ!」


 神牙を突っ込ませ、白い巨柱をひたすらに攻撃。黒い脚と同様、肉質は同じくらいで、ぼろぼろと容易く崩壊していく。

 だが、その厚さは半端ではない。通常のイジンの胴を両断出来る程の傷を負わせても、まだ腕周りの十分の一以下。切断するにはあまりにも時間を要させるのだ。


「くっ……、やっぱり今の神牙じゃ歯が立たないか……」


 珍しく弱気な言葉を漏らす美央。しかし、それで本当に諦める程弱い女ではない。

 ダメで元々。半分が異次元の力で出来ているイジンを相手にするのは無謀だと分かっていても、やらねばならない時がある。


 バーグからの指示同様、とにかくひたすらに攻撃を重ね続けていく。

 地道な攻撃で腕の一割を削りきる事に成功した時のこと。それは背後に突如として現れる。



 ──グァァァッ!!



「──イジン!? しまっ……!」


 再び出現する兵士級イジン。それが神牙の背に取り付き、拘束攻撃を仕掛けてくる。

 最初の襲撃時と同様、センサーにはイジンの反応など皆無。またしてもいきなり現れたのだ。


 強制的に動きを停滞させられる神牙。死角から不意を突かれたために、四肢をがっちりと固められ、そのまま海底へと沈み込ませようとする。手足をばたつかせての解除は至難だ。


「……ちっ。しゃらくさい!」


 だが、神牙は怪獣型のアーマーローグ。人型には無い部位である尾を使う。

 尖った先端を器用に操り、イジンの背を連続で刺す。不意打ち返しで拘束が弱まった隙を逃さず、頸部を狙って噛み千切り、とどめの爪撃を食らわせてイジンを討つ。


「また反応の無い個体……。一体どこから──って、あれは……?」


 イジン化エターナルを相手にすると、何故か現れる謎の兵士級イジン。美央は海中の奥で起きていたある現象を目の前に、奴らの正体に気付いてしまう。

 それは、白い肉片。あのエターナルから千切り取った物が膨れ上がり、それがイジンへと変化したのを目撃してしまったのだ。


「肉片からイジンになるなんて……。ふん、つまりインスタント・イジンってわけ。下等な雑魚のくせに面白い進化をするわね」


 あの時の群も同じ方法で誕生したのなら、いきなり大量に現れたのにも納得がいく。つまり、神牙の攻撃は無力である以前に、敵を増やしてしまうという最悪の相性なわけだ。


 肉片から次々とイジンが生まれ、それが海中全体に広がっていく。奴らは親を攻撃する一機の怪獣……神牙に狙いを定めるよう、こちらへ前方を向けてくる。

 すると、イジン化エターナルの巨腕が海中深くに沈む。その場所を見やるが、その手に輸送船の姿はなく、水面に目を移すと船底が遠くへ移動しているのを確認した。


「……船は無事みたいね。さて、ここからが正念場か。このゴミ共を片付けて、私も戻らないと」


 神牙はその口腔を開き、海の中で音にならない咆哮をする。同時に操縦桿を握り、ペダルを強く踏む。

 その刹那、神牙は勢い良く推進。群の中へと特攻を仕掛けた。


 まずは一匹、頭部を掴み、そのまま握撃。頭を潰され即死したイジンを投げ捨て、次を狙う。

 同じく迫るイジンの群。それに介さず、神牙は数匹を通り過ぎ様に切り裂き、水を濁らせる。勢いのまま海面を飛び跳ね、再び海中へ。


「全員……死ねぇっ!」


 美央の殺気立った叫びに応えるが如く、神牙の鋭爪が、鋭牙が、剛尾がイジンを次々と殺戮していく。

 対イジン兵器を操る美央の表情は、見る人が例えれば戦闘狂という言葉が相応しい、破壊と暴力の化身とも言うべき悪魔の笑みだ。


「ふっ、ふふふ……!」


 口から漏れ出す殲滅の快感。それに半ば浸りながら暴力を続けていると、神牙の背後で何かが落ちてくるのを感じた。

 それによってはっと自意識を取り戻す美央。イジンらに警戒しながら落ちてきた何かの正体を見やる。


『おー、流石は水中専用装備。これならイケるかも!』

「……は? な、なに……?」


 無線が拾ったのは初めて耳にする女声。流暢な日本語ではあるが、この人物が海外の生まれであることを察する。


『あなたが神塚美央? 私はフェイ・オルセン。このキングバックの専属操縦者メインパイロットよ!』

「もしかして、話に聞いてた輸送艦の護衛か……」

『Yes! 予想通りイジンの襲撃に備えて特別仕様のキングバックで出撃したの! 後ろは任せて!』


 水中での戦闘に興奮しているのか、フェイと名乗ったアーマーローグ乗りは、キングバックの拳をかち合わせた。

 初めて出会う海外の操縦者。共闘してくれるのはありがたいが、それとは別に気になることが一つ。


「ねぇ、ところで船から降りるときに青い人型のロボットを見てなかった?」

『青い機体は見てないけど、赤白のアーマーギアなら。出た時に飛距離がぎりぎり足りなかったから、仕方なくだけど踏み台にしたけど?』

「踏み台って……、それ私の仲間なんだけど」


 さらりとノベライザーを踏み台にしていたことが判明。若干の無法さに困惑しつつ、カタリらに同情を寄せる。

 異世界を旅する彼らならきっと大丈夫だとさておいて、イジンを撃退すべく加わったフェイ・オルセンとその機体『キングバック』。彼女の実力や如何に。


『水中戦は初めてだけど──全然大丈夫そう。美央、さっさと片付けよう』

「異論は無いわ。とっとと終わらせましょう」


 投合する二人の意見。同時に脚部のジェットノズルを発動させ、新たに加わった戦力と共に再度殲滅に取り組み始める。

 鋭い爪で切り裂く神牙に対し、キングバックは対象に打撃を与えて内部を破壊するタイプの戦い方をする。掴んだイジンを手に仕込まれたパイルバンカーで潰していく。


 イジンの残りを狩る。二人で行えば、当然効率は良い。あっという間にその数を減らしていく。


『1、2、3、4……。もう数はそう多くないね。流石、噂に聞いてた通りの実力。私、来てから何体も倒してないのに』

「この環境は神牙向けだからよ。フェイだって慣れない水中戦闘なのに、ここまで戦えるなんて、海外の操縦者は相当優秀ね」


 互いを誉め讃えつつ、残り僅かとなったイジンたちへ最後の一瞥をくれてやる美央。水中戦は終局に入っている。

 例の超大型も深海に沈んで姿を確認出来ない。船を追いに行ったのか、はたまた諦めたのかは分からないが、とにかくこちらの邪魔をしに来ることは無さそうだ。


『それじゃあ、一気に終わらせよう!』

「ええ。終わらせましょう──って、これは……!?」


 最後の特攻をかまそうとした時、美央とフェイは共に行動を止めてしまう。

 それは、残り数体のイジンらが、皆一斉に自己進化を始めたからだ。周囲に浮かぶ死骸を吸収し、その姿を鯨を彷彿とさせる魚体へと変化させる。


『……あっちも最後の勝負に出たってわけ』

「ふん、全く往生際の悪い奴らね」


 白鯨と化した変異級イジン。水中を動くに特化した姿ともなれば、神牙はともかく元々地上戦用のキングバックが危ない。当人フェイはやる気だが。

 しかし、そんな心配は杞憂に終わることとなる。イジンたちは皆一斉に動き出したかと思えば、吸収しきれなかった他のイジンの死骸を口に入れ始めたのだ。


 さらなる進化を遂げるつもりか──とも美央は予感したが、どうも様子がおかしい。

 アーマーローグには目もくれず、まるで大事な物を急いでかき集めるかのように必死になっているようにも見えるのだ。


 そして、あっという間に集め終えると、イジンたちは深海へと舵を切る。流石の神牙も深海の超水圧にまでは耐えられないので、深追いは出来ない。


「……逃げた、か」

『What? なんだ、もう終わりかぁ』


 フェイも呆気なく終わったことにつまらなさそうにする。

 イジンの奇行はこれまで何度も目にしているが、まさか敵に背を向けて逃げるなど初めてだ。本能と凶暴性だけの存在が、あたかも意志で判断して退避したかのよう。


「これも全部エターナルの影響なのかしら……?」


『──美央さん。エターナル及び周辺のイジンの反応は消失しました。状況終了です。お疲れさまでした』


 すると、無線からバーグの声が。ノベライザーから海洋の戦いが終幕したことを告げられる。


『では、私たちも戻りましょう。──それと、ゴリラのアーマーローグパイロット様へ。キサラギに戻ったら覚悟の用意をしておいてください。いいですねッ!』


 美央への労りと比例して、ノベライザーを踏み台にしたフェイに対するバーグのヘイトは相当だ。声に怒りが籠もっているのがよく分かる。


『……Oh』

「それは自業自得ね」


 肩をすくめる素振りをするキングバックを見て、苦笑せざるを得ない美央であった。











米国アメリカから新たな仲間としてやって来た、フェイ・オルセン。これからよろしく」

「改めてまして、私が神塚美央。先の戦いでは助かりました。それにしても、まさか年上だったとは……」

「ま、そう気にしないでもいいよ。私のことは好きなように呼んで」


 輸送船が到着後、格納庫に集うパイロットたち。フェイは改めて美央とその仲間へと挨拶をする。

 金髪のサイドテールに、アイドルと言われても差し支えのない美貌を持った女性。曰く軍の大佐の娘で、修行を目的に渡来したのだそう。


 美央からの握手に応えると、フェイはその手を擦りまくる。いくら共闘をしたとはいえ、顔合わせは初なので、会って早々に出た奇行に思わず驚いてしまう。


「うーん、丁度良いすべすべ感。アーマローグ乗りでもエステには気を付けてるのね。どこの店に通ってるの?」

「えっ? 特に通ってるような店は無いけれど……」

「ふーん。んん……これはわりと好みの……」


 美央の困惑を無視し、ついには頬ずりまでし始めるフェイ。その顔には恍惚の表情を浮かべ、自分の世界に入っていた。

 が、つい数時間前の出来事を起こした犯人に、自分の世界に浸らせる暇など与えんとばかりに声を荒げる者が同席している。


『何やってるんですか! フェイさん、貴女にはノベライザーに損傷を与えた過失があるんですよッ! 暢気に百合営業をしている暇はありませんからねッ!』

「百合営業って、言い方……」


 怒鳴りを上げるのはバーグ。彼女の怒りの原因は、すぐ向こうに置いている機体にあった。

 異世界を渡る青の巨人、ノベライザー。その丸い頭部はべっこりとへこんでいる。カタリもここまでのダメージを負ったノベライザーなど見たことは無かった。


『貴女のキングバックは約七トン弱。それを頭に思いっきり踏みつけるなんてあんまり非常識ですよ! 反省してくださいッ! ほら、今回の出来事でトリさんが……』



「…………コケー……」



『ショックでニワトリみたいになっちゃったじゃないですか!』

「ニワトリ……。なるほど、米国で言うところの七面鳥ターキー的なペットなのね!」

『強引に話を反らそうとしないでください! それと、トリさんは七面鳥ではなくフクロウです!』


 あまりにも無理矢理な話の切り替えに怒りのツッコミをかますバーグ。画面越しに指さす先には、地面に転がる一羽の七面鳥──ではなくトリ。

 ノベライザーは彼のもう一つの体のような物。機体のパーツを自慢するレベルなので、目に見えて分かる損傷がついたことにショックを受け、硬直してしまっている。


 端から見てとても大変そうである、と他人事──実際無関係ではないが──のようにカタリは思うのだった。


「……喧嘩するほど何とやらってね。とりあえず、輸送船の中身は全部工場に置いて、すぐに神牙らの改修作業に移る。ま、キサラギの技術なら数日で終わることだろう」

「お願いします」


 女性二名による言の葉の攻防戦を苦笑いで見守る梓は、今後の予定を所属パイロットたちに伝える。

 神牙、エグリム、アーマイラの三機は本来予定していた通りの改修を行うらしい。


「それでカタリ君だが、君の機体はあの通り破損中だ。へこみだけとはいえ、大事に至るといけない。キサラギの全技術を持ってノベライザーを修理したいと思う。それには操縦者である君の許可が必要だが……どうかな?」

「えーと、はい。そもそも僕は修理したことないので、直してもらえるなら是非」

「素直なのは良いことだ。ああ、そうだ。美央たちはドールの社長との話があるから社長室に集まってくれ。カタリ君は部屋でゆっくりと疲れを取ると良い。ご苦労様」


 社長直々に労りの言葉を受け、改めて一つの重大なミッションの完遂を果たすことが出来たと実感する。

 今回の相手はかなりの強敵であるため、僅かでも力がつくのは朗報だ。これで、ようやく一息つけるというものである。


 そういうわけで、別用がある美央たちとは一旦別れ、奥で言い争いをするバーグと置物と化したトリを回収しに行く。


「バーグさん、トリさん。後のことは梓さんに任せて、僕らも戻ろう」

『ええ、その方が良いみたいですね。私もかーなーり、疲れたので』

「じゃあじゃあ、私もバーグの部屋に遊びに行ってもいいかな?」

『絶っ対ダメです!』


 何故かついて来ようとするフェイ。当然、怒りの籠もった待ったがかかる。

 キサラギに来た新たな戦力『キングバック』とそのパイロット、フェイ・オルセン。彼女の暢気さには、流石の高性能AIであるリンドバーグも手を焼かざるを得ない難敵であった。

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