第十一話 来たる者
共闘の締結から早くも数日が経過。その間、イジン化エターナルは一切姿を見せることなく、それどころか通常のイジンすら現れないという事態になっていた。
本来ならばこのまま一生出てくるな、と願うところだが、相手が相手。早くに倒さなければこの世界が終わってしまうという非常にシビアな状況にある。
これには流石のバーグも怒りを露わにせざるを得ない。ぷんすこという効果音が似合う膨れっ面で不満を口にこぼす。
『ビーム一発でいつまで寝てるつもりなんですかね! ほんとにもう!』
「まぁまぁ、そう焦らず。相手はエターナルである前にイジン。ノベライザーのセンサーでも深海まで映すことが出来ない以上、あちらから出てくるのを待つしかありません」
『そんなことは分かってます~! もういっそ海の中に潜って引きずり出すしか……』
トリの宥めに反抗的な返しをするバーグ。あまりにも無謀な強行手段を思考する中、一方のカタリはというと。
「ダウト!」
「うっ」
「カードは……違う数字のカードですね」
「何というか、表情にちょっと出るのよね、君は」
他のパイロットらと共にトランプで遊技中である。飛鳥の宣告が無慈悲にもカタリを敗北に追いやってしまう。
ここ数日間の暮らしは実に平穏で、やることはほとんど無いに等しかった。無論、やるべきことは全く無いという訳ではないが、それでも退屈を呟く程度には暇を持て余していた。
『むぅ、カタリさん! 何暢気にトランプなんてしてるんですか!』
「そうですよ。いくら侵攻が無いとはいえ、遊んでばかりでは力をつけることは──」
『私も混ぜてください! この高性能AIが助太刀に来たからにはこれ以上の敗北なんてさせませんよ!』
遊ぶカタリを叱るかと思いきや、予想の斜めをいく変化球の投擲に止まり木から滑るトリ。
何だかんだで軍との作戦会議を終えた後は、カタリと同じく暇を持て余していたのは同じである。
そういう意味ではこういったのもありなのかもしれないと、トリは仕方ないとばかりに自分を納得させておくことにする。
そんな束の間の休息を満喫している中、一通の連絡が遙か遠方から放たれていた。
「……全員いるか?」
「梓さん? どうかしたの?」
現在地は休憩室。そこへ、この会社の社長である梓が入ってきた。
何やら急いでいる模様。あの様子だと急用のようだ。
「ああ、ドールから連絡だ。なんでも例のイジン化エターナルに対抗するために救援を送ると言ってきた」
「ドールから!?」
「……どーる?」
社長の口から出た言葉に、異世界組以外のメンバーは驚きを露わにする。
当然カタリはその意味が何か分からず、一人首を傾げた。それを見かねたバーグは瞬時に『ドール』の意味するワードを検索し、情報を伝える。
『ドールというのは、海外でアーマーギアを製造している会社のようです』
「アーマーギアを? そこが連絡してきたってことは、もしかしてアーマーローグもその会社が?」
その予想に画面の奥のバーグは正解を意味する頷きをする。アーマーローグを造った会社が例の敵に対抗するための支援をするという。
現在、例のエターナルは観測史上最大規模のイジンとして世界中の話題となっている。そうなれば、技術のある者がいつ名乗りを上げて参戦してもおかしく無い状況にあった。
考えに耽け始める美央。何を迷う必要があるのか、神牙を造った会社からならば信用に足る組織のはずだが。
「それってつまり、例の件をこの最中にやるってことでしょ? 整備に必要な物資を持ってアメリカからここまで輸送する……それはあんまり危険じゃない?」
美央の心配というのは、整備に必要な物資を運ぶことについて。やはりアルファ鉱石で造られた武装などを無防備のままに持ち運ぶのは危険と判断している模様。
アーマーローグそのものを輸送する方が、いざと言う時に役に立つからだろう。その考えもカタリには容易に想像はつく。
「ああ、だがその心配は無いそうだ。何でもあちら側のアーマーローグを乗せ、すでに輸送船は出航していて、明日にも着くらしい」
「もうこっちに向かってるのね……」
つまり美央の考えは杞憂に終わる代物だったらしい。海外の機体が護衛として乗せられているのならば、襲撃された際の対応が出来る。
なんであれ、戦力の増強は朗報である。アーマーローグだけではあのエターナルを倒すことは出来ない。少しでも渡り合うためには、僅かでも力戦力を上げるのが最良の方法だ。
「それともう一つなんだが……、むしろこっちが本命かもしない」
「というと……?」
梓の急用というのは、何も海外からの救援を伝えることだけではないらしい。深刻そうな表情を浮かべ、その続きを口にする。
「つい先ほど、例のイジン化エターナルらしき影が太平洋へと向かって行ったとの情報が軍から送られてきた。おまけに予想されるルートには、その輸送船が通る可能性が考えられる」
「…………!」
†
イジン化エターナルが向かったとされる場所へと赴く一隻の船。その近くで船と同じ速度でノベライザーは水面を滑走している。
いくら輸送船にアーマーローグがあるとはいえ、ほとんどの攻撃が効かなかったイジン化エターナルに対抗出来るはずがない。梓の指示で念のためにノベライザーと神牙を向かわせたのだ。
『まさか、神牙を運ぶ予定だった船を、こういう形で使うことになるとは……。運命って分からないものね』
「いいなぁ……。ねぇ、バーグさん。僕らも船に乗せてもらおうよ」
『何楽しようとしてるんですか。神牙はすぐに出れるとはいえ今コンテナの中なんですよ。何かトラブルが起きた時のための私たちなんですから』
「うーん、手厳しい」
『ふふっ、まぁ見張りはよろしく頼むわね』
魂胆を看破され、小さく唸りながら操縦に専念する。現在使用している船はアーマーローグを輸送するために先日から用意されていた物。当然、ノベライザーを乗せるスペースはあるものの、バーグや美央の言う通り見張りも兼任しているので、乗ることは叶わないのであった。
エグリムやアーマイラを同行させていない理由は船の軽量など多々あるが、やはり仮にこの船が破壊された際の被害を少なくすることがあげられる。海を泳げる神牙が最適任としての抜擢だ。
「バーグさん。エターナルは?」
『はい。姿は確認されませんが、海中から残滓反応が検出されてます。どうやら予想されているルートを通っているようで、もしかしたら輸送船と遭遇しているかも分かりません』
『状況は良いとは言えないわね……。せめて襲われる前に間に合えばいいけれども……』
AI曰く、敵は想定通りのルートを進んでいるようだ。しかし、それは安心出来る情報ではない。
半分以上が異次元の存在で出来ているイジン。それを相手にするのは無謀極まりないと思うのもごく自然の考えだ。何せ実際にそれを体験しているのだから、ノベライザーの力無しでは為す術も無いだろう。
先行きを不安に思う中、進んでいく船。すると、遠くに数隻のタンカーが見えてきていた。
『……見えてきました。ドールの輸送船ですね。まだ襲われてはいなさそうです』
『そう、良かった。じゃあ今度は私の番ね』
どうやら例の輸送船と合流出来た模様。あのコンテナの中に、神牙などを改修する資材や護衛のアーマーローグなどがあるらしい。
一瞬だけ安心するも、姿が確認されてない以上は警戒は怠れない。美央による輸送船とのコンタクトを取った後、キサラギまで護衛するのが任務。油断は禁物である。
『……はい、了解しました。では日本までの航路に同行させてもらいますね。では。……コンタクトは取れたわ。どうやら梓さんが先に連絡を入れていたみたい』
『流石は社長ですねぇ。手を回すのが早い』
これで、作戦の第一段階は難なく終了。後はキサラギまで送り届けるだけである。
肝心のエターナルの出現も無さそうなので、カタリはほっと息をつく。
このまま何ごとも無く終わればいい──そんな考えが浮かぶのも無理はない。だが、その通りに物事は上手く進んではくれない。
『……! カタリさん、美央さん! 直ちに警戒態勢に入ってください!』
「なっ、もしかして……!」
『目標の影を捕捉。位置は……真下です!』
『真下──って、まさか……』
突然の敵影感知。すると、キサラギの船共々、輸送船を完全に包囲する程の巨大な影が海面に現れた。
この広大な範囲が敵の手中にある。それは紛れもなく、ここにいる者全員が危機に直面しているということ。
そして、一隻の船を挟み込むように、突如として出現する水柱。その正体は巨大な白い腕。間違いなく、イジン化エターナルの物だ。
「来たな……! バーグさん、美央さん! 行こう!」
『あいラジャー!』
『了解!』
現状では勝てる見込みなど皆無に等しい。しかし、やらねばまた犠牲者が出てしまう。それを阻止するために、ノベライザーと神牙は出撃した。
腕はゆっくりと傾き、船体を掴み掛かろうと迫ってくる。痛みを感じない以上は攻撃をして怯ませるという戦法は出来ない。故に──
『美央さん! 私たちは船を動かします。ダメ元で構いません。その間、出来るだけあの腕を攻撃して近付けさせないでください!』
『分かったわ。そっちも気を付けて!』
船体の後方に回るノベライザー。そのまま船尾に触れ、全力で押し出す。
バーグが判断した防衛手段は船を捕まれないよう手の範囲から逃すこと。しかし流石に大量の資材を積んであるだけに、思うように進まない。
『バーグさん。こんな時こそメディキュリオスフォームです!』
「え、何で!?」
『メディキュリオスフォームのビットは攻撃と防御以外にも推進力の補助、増幅が出来ます。そうすれば、船を押し出せるはず!』
「そうか……なら!」
アドバイスを聞き受けると、ボックスからメディキュリオスの栞を取り出し、スロットに挿入。フォームチェンジを果たす。
すぐさまビット兵器を背部にあるブースターに接続。手前のモニターには『RW/Release3』という推進補助の機能が作動していることを示す表示がなされた。
「……! 感覚がさっきのと全然違う! これなら、一気に押し出せる!」
推進力補助の名は伊達ではないらしい。壁を押すような感覚だった輸送船が、目に見て分かる程に前方へと進んでいく。
そして、輸送船の位置はあっという間に範囲外へと移動。タイミング良く、イジンの巨腕が先ほどまでいた場所に到達。水しぶきを上げて海中へと沈む。
あと一歩遅れていれば、輸送船は今頃沈没していたことだろう。何とか第一の危機は回避出来た。
「よしっ! バーグさん、船はこのまま真っ直ぐ目的地に向かわせて!」
『大丈夫。すでに伝えてあります。今はまず、神牙の応援を』
手を回すのが早いのはバーグも同じである。言葉通り、押し出した船共々、輸送船たちはキサラギに向けて全速で航行していった。
次に見やるは神牙。鮫のように背中のヒレ状のブレードを海面に露出させながら、辺りを暴れ回っている。よく見るとまたもや通常タイプのイジンが現れており、それの撃破に全力を注いでいるらしい。
「船が逃げるまでの時間稼ぎだ。イジンとエターナルの足止めに──ぃッ!?」
急いで向かおうとした時だ。不意にずしりとした重みがノベライザーを襲う。
コックピットの中からでも分かる重量感。一瞬、敵の未知の攻撃かとも思ったが、それは違うと理解する。
『
聞き慣れぬ女声。それが傍受された。
そして、目の前を一機の灰色の塊が中空を跳ぶ。その機体……否、アーマーローグを肉眼で見た瞬間、カタリはある動物を思い浮かべてしまう。
「ご、ごごご、ゴリラ!?」
短い脚に柱のような巨腕。貧相な語彙が導き出すは言葉通りゴリマッチョな体格をしたロボットが、ノベライザーを踏みつけ、戦場へ現れたのだ。
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