第十話 共戦締結
「──というわけでして、今回の相手に限り、私たちはキサラギと協力関係を結ぶことにしました。どうぞ、よろしくお願いします」
「お願いします」
「ええ、勿論歓迎します。いち早い討伐を目指し、お互いに尽力しましょう」
キサラギ社内にて──、ここでとある組織が一つのグループと締結を結んだ。
相手は異世界を旅する謎の人物。ノベライザーという名の機体を駆り、世界を救う役目を背負っているという者たち。正直なところ、話を聞いた当初は冗談にしか聞こえなかった。
だが、今回の出来事において、否応にもなくそれを信用した……否、せざるを得なくなっている。
「では、先の通り我々の管轄内に入るという形で協力していただきます。勿論、ある程度の自由は保証しますのであしからず」
手羽のトリ、実体を持たないバーグに代わり、カタリが梓との締結を示す握手をする。
しかし、キサラギの社長にとって、これは思いがけぬ幸運でもあった。他者の不幸を踏み台にするわけではないが、掴みそこねかけた糸を何とか掴んだようなもの。
街一つが犠牲となった見返りは、異界の技術を入手するチャンスだった。
†
数時間前──。それは、超大型イジンとの戦いの最中に起きた。
突如として動きを止めたイジンは、凄まじい咆哮と共に頭部から直下の地面を線引くように光線を撃ち出したのだ。
SF兵器さながらの一撃は、遙か遠くにある街を狙う。爆発よろしく巨大な半球状のエネルギー塊が辺りを紫色の光で照らす。
だが、それは普通の爆発ではなかった。そして、同時にバーグが叫んだ言葉が指す意味を、この場にいた全てのパイロットは知ることとなる。
『
『っておいおい、何だありゃ……!?』
『なんか文字が沢山溢れてきてますけど!? 何なんですかあれは!?』
紫の光線が触れた箇所には、無地の白い空間に無数の文字が浮かぶ不可解な何かに置き換えられていた。それの正体を、カタリは嫌というほど知っている。
文字化現象。エターナルが持つ、世界を破滅に追いやる現象。これまで多くの世界がこれの被害に遭い、世界としての機能を永遠に停滞させられた。それが今、美央らのいる世界に発現してしまったのだ。
世界を文字化させる攻撃をしたということは、あれはイジンではなくエターナルで間違いはない。だが、前回の通りなら活動を始めるとノベライザーのセンサーが即座に反応するはず。
今回は何故かそれが無かった。モニターの情報にもイジンであることしか示していない。
「あれがエターナル……。でもエターナルの反応なんてどこにも……」
『いえ、おそらく私たちが来る前にここへ来て潜伏していたのでしょう。非活動状態のままイジンを取り込み、エターナルとしての役割を保持したままイジンとなったのだと思われます』
「進化だけじゃなく、その世界の生物にもなれるのか……!」
本当にエターナルもわけの分からない存在だ。現地の生物を取り込み、それになるなど、反則もそこそこである。
今の攻撃で近くの街のほとんどが文字化してしまった。文字化した空間はノベライザー以外が空間に触れれば文字化を始めてしまう危険な代物。運良く巻き込まれなかった人々が知らずに触れてしまえば大変なことになってしまう。
『……まずい、今の攻撃に戦陣の援軍が巻き込まれたと連絡が来た。被害もかなり大きいらしい』
『そんな……!』
基地から向かって来る予定だった防衛軍側の戦力も、運悪くエターナルの光線に当たってしまったらしい。このままでは被害は増える一方だ。
そんな中で自分に出来ることは何か。それについては一つだけ分かることがある。
「優理さん、軍の人に光線跡の白いのに触らないように言っておいて! それに触ると文字になって消えちゃうから!」
『あれに触れると消えるのか……!? 分かった、伝えておく』
世界の文字化進行度が一定以上になってしまうと手遅れになってしまう。とにかく、まずは文字化した空間に人を近付けさせないことだ。
軍にこの情報を伝えておけば、あちらで上手く民間に伝えてくれるだろう。以降の処理などは任せ、こちらはこちらでしなければならないことをするのみ。
文字化が進行してしまう前に、エターナルを討伐しなければならない。しかしながら、相手は強敵。現状ではどうすることも出来ない。
そう思い悩んでいると、エターナルは再び動き出す。ゆっくりとした動きで後ろを振り向き、そのまま海へと帰って行った。
街を一つ消したのは、その力を見せつけるためだったのか。とりあえず危機は去ったとして、この戦いは一旦の終幕となった。
†
「ではカタリさん。私たちはエターナル討伐のために軍との作戦会議に出席します。次の侵攻がいつなのかは分かりませんが、何かあったらすぐに飛んできますので」
『大人しくキサラギで待っていてくださいね? あとお土産には期待しないように。では』
キサラギとの締結後、トリとバーグの二人は対エターナル専門の有識者という体で軍の会議に出席することになり、少しの間別離することになった。
残ったカタリはキサラギ本社にて待機。仮に同席したとしても知らないことの方が圧倒的に多いので、いるだけ無駄とバーグに判断されたのである。
「まぁ、いてもしょうがないのは自覚してるけどなぁ……」
バーグの悪意無き辛辣さには心にくるものがある。無自覚であるが故に指摘が難しいのが厄介極まりない。
そんなこんなで一人のカタリはあてもなく社内をふらついている。すると、偶然たどり着いた休憩コーナーの一角に美央らしき人物がいることに気付く。
締結の後、すぐに解散してしまったため、どこにいるか分からなくなっていた。もっとも用事など無いに等しいが、多少の暇を潰せるならと思い、接触を試みる。
「美央さん、こんなところで何をしてるんですか?」
「……! あぁ、君か。別に何でもないわ。暇してただけよ」
声をかけると、いじっていたスマホを仕舞い、返事をしてくれた。しかし、その顔はどことなく曇っているようにも見える。
先の戦いに納得がいかないのだろうか。ただ被害を出すだけ出して、そのまま逃してしまったということを悔しく思っているのかもしれない。
何となく色々なことを抱え込んでいそうな雰囲気があるだけに、今話しかけたのはまずかっただろうか。イジンに襲われていた際にはあのような──
「……ねぇ、先の戦いについてだけど、改めて礼を言うわ。ありがとう」
「え?」
ひっそりと思考に意識を傾けていた時、美央は唐突に感謝の言葉を述べてきた。予期せぬ変化球に思わず呆けてしまう。
「イジンの群に襲われた時のことよ。君は私を助けてくれた。正直な話、あの時はかなり危なかったから、助かったわ」
「い、いやぁ、別にそんなお礼を言われるようなことはしてないよ。ただ、もう二度と目の前で人が傷つくのを見たくなかっただけで……」
「……あなたも何かに人を奪われたのね」
意識しなくても出てしまう気恥ずかしさを堪えつつ返答すると、美央から新たな話を振られた。
それを耳にした途端、カタリも少しだけ気持ちが沈むような気分になる。
ちらりとこちらを見やった美央。少々ばつが悪いと思ったのか、すぐに謝罪の言葉で濁す。
「ごめんなさい。変なことを聞いてしまったわね。忘れてくれる?」
「……思ったんですけど、美央さんはどうして戦っているんですか? 相手が人を襲う化け物だからですか?」
「君も見た目に似合わず攻めたことを聞くのね。ま、私も言えたものじゃないけど」
「ごめんなさい。さっきの戦いの中で、美央さんの独り言を無線が拾っちゃったから、つい……」
ふと気付いた疑問を言葉にしたところ、美央から自虐も込めた注意が飛ぶ。小さく謝罪を言葉にし、沈黙する。
無線越しに聞き取ったイジンに抵抗する際の呟き。それにはありったけの憎悪を込めたような気迫を感じていたのだ。この世界に来て時に耳にした軍兵の叫びによく似ていた。
そして、数十秒もの間を開け、ようやく疑問の解答を口にする。
「……聞こえてたのね。まぁ、助けてくれたお礼に少しだけ教えてあげるわ。……私はケジメをつけるために戦ってるのよ。昔に起きた出来事の尻拭い。防衛軍に頼らず、私のこの手で全てを終わらせる。それだけよ」
ケジメ。それが美央の戦う理由とのこと。どのような出来事だったのかまでは分からないが、彼女を突き動かす動機として成り立つほどのことらしい
覚悟を決めているとはいえ、未だに対峙するだけで身の毛がよだつイジンを相手に勇猛果敢に挑めるのには憧れさえ覚えるほどだ。
「なんか、見た目通りカッコいい人だなぁ……」
「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるのね。それじゃあ、私の番は終わり。次は君が私に何かの秘密を教える番よ」
「えっ、一体いつそんな約束を……」
「人の秘密を知っておいて、自分だけ何もしないのはちょっと都合が良すぎるんじゃないかしら?」
当初のような不穏気味だった空気とは違い、今や和気藹々と語り合うまでに。
美央との会話でカタリが学んだことは、違う世界の住人でも話は通じることと、彼女の覚悟は自分の覚悟を生半可な物と認めざるを得なくさせる強い意志があることだった。
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