第十五話 ノベライリング・神牙

『──ぅああああああッ!!』


『いけません! カタリさん、神牙を!』

「うん!」


 戦陣部隊消滅の報を聞いた刹那、美央が暴走を始めた。

 その絶叫に込められた感情から、彼女を支配しているのは激しい怒り。仲間を消されたことへの暴走が制御出来ず、エターナルへと単身突撃していく。


 神牙の接近に気付いたエターナル。うつ伏せのまま不自然に曲げた腕を掲げ、それを叩きつけようと振るう。

 作戦にない行動。最悪な結末を避けるため、すぐさまノベライザーが静止にかかる。


『美央さん、落ち着いてください!』


『これが落ち着いていられるっていうの!? 仲間が、優理が死んだのよ!?』


 攻撃の瞬間、ノベライザーは神牙を抱え、後方へと待避。その瞬間エターナルの攻撃はまさに今しがた神牙のいた所を狙い、激しい衝撃と風圧を生み出す程の威力で叩きつけられた。命中すれば一撃で大破は免れなかっただろう。


 流石の美央も仲間の消失という現象を前に錯乱している。神牙の馬力で振り切ろうとしてくるが、それをぐっと押さえ込んで強制的に鎮めていく。

 いつもはクールな姿しか見たことがない美央がここまで怒りに狂う程、優理の犠牲は彼女にとって大きい物なのかとカタリは密かに考える。


『ですからまずは落ち着いてください! 優理さんは死んでいません。まだ助ける手立ては残っています』


『何……?』


 二度に渡る説得を経て神牙はようやく落ち着きを取り戻したかのように止まる。

 そう、バーグの言う通り優理は死んでなどいない。美央の判断は早計過ぎるのだ。


『優理さん他戦陣部隊はこの世界から一時的に消えただけで、以前した説明の通りエターナルを倒せば全てが元に戻ります。身勝手な行動は余計な被害を増やすだけです』


『倒す? じゃあどうやるっていうの!? 最初の作戦は失敗したのよ!』


『はい、ですから第二セカンドプランを実行するだけです』


 失敗するのを見越していたのか、カタリも初めてその存在を耳にする。

 バーグが口にした第二プランなる作戦。それは一体どのような内容なのだろうか。


『では、まずは全アーマーローグに告ぎます。神牙を除く全機は撤退をお願いします!』

「なっ……!?」


『え、撤退ですか!?』

『は?』

『どういうことなの!?』


 あろうことか、バーグの提唱した第二プランなる作戦。それは神牙以外のアーマーローグを撤退させるという驚きの内容だった。

 これにはカタリも驚愕せざるを得ない。増やすならまだしも何故にわざわざ戦力を減らす真似をするというのか。


「ちょちょちょ、バーグさん! 何でそんなことを?」

『カタリさん。第一プランの作戦内容を覚えていますか?』

「え、うん。それがどうしたの?」


 驚きの策に転じようとするバーグを止めようとしたところ、逆にカタリへ最初の作戦の内容がどのような物だったかを思い出させられた。


 今回の作戦内容はエターナルの脚部を破壊し、動けなくなったところをノベライザーで攻撃する予定で進められていた。神牙他アーマーローグの役割はエターナルを攻撃すると現れる兵士級イジンを倒し、ノベライザーや戦陣部隊への被害を抑えるというもの。


 エターナルを唯一倒せるノベライザーが鍵となるはずだった第一プラン。それはまさかの失敗に終わるという結末を迎えた。

 それが第二プランと何の関係があるのだろうか。バーグの話は続く。


『先の作戦を見ていて気が付いたことがいくつかありました。カタリさん、バンカーで破壊した脚はどうなりましたか?』

「どうなりましたかって……本体から分離した肉片はイジンに……あれ?」


 そう言われ確認した瞬間、あることに気付く。

 前回の戦いで得た情報。兵士級イジン出現の条件。本体から分離した肉片がイジンへと変貌を遂げるというもの。それが今作戦で神牙やエグリムなどの近接戦闘機体を後方担当にした理由の一つ。


 だが、モニターに映るエターナルの足だった巨大な肉塊、それはイジンの姿になっておらず、そこに鎮座したままだ。


「イジンに……なってない!?」

『はい。おそらくですが一定の大きさを越えた物はイジン化しないのだと推測出来ます。なので神牙の近接戦闘能力を生かし、イジンをぶつ切りに切り刻んで倒す。それが第二プランの内容になります』

「マジですか……」


 ようやく明かされた第二プランの内容。想像以上に大味な作戦ではあるが、特性を見破った今ならそれは有効なのであろう。

 だが、それに反対意見を示す者もいた。


『……端から聞いていたけど無茶よ。神牙の爪では切断は難しい。ノベライザーみたいな大きな剣もないのにどうやって……』


 美央はバーグが提唱した案をすぐさま否定をする。

 しかし、いくら相手の特性を見破ったと言えども、二度に渡る試みはいずれも失敗している。デストロイバンカーを用いてようやくそれに至ったのだ。あまりにも困難極まりない。


『確かに難しいことを言っているのは自覚しています。ですがノベライザーの恩恵があれば神牙でも不可能ではありません。美央さん。戦いが始まる前、トリさんがあなたに渡した物を覚えていますか?』


『渡した物……?』


 ふとバーグは美央にある物の存在を思い出させた。戦いが始まる前、トリから渡された物──そう栞だ。

 ノベライザー側からの贈り物。お守りと称したそれを、今の美央が身につけていることは知っている。だからこそ、説得を試みている。


『美央さん。その栞には力が宿ります。あなたの愛機である神牙の力が。それが私たちとあなたにとてつもない力をもたらしてくれます』


『神牙の……。じゃあ、私はどうすればいいの……?』


 栞の存在を思い出し、荒っぽくなっていた美央の口調が心なしか穏やかになりつつあるところで事態は急変する。



 ──ギュゴアアアァァァ……!



 歩む足を全て失っているエターナル。その豪腕を駆使してゆっくりと這いずり出す。

 このまま陸の奥へ向かい、再びあの光線が撃たれては間違いなく世界は文字化に飲まれてしまうだろう。もう時間は残り僅かしかない。


「バーグさん、エターナルが動き出したよ! 早くしないと!」

『ぐっ……! 美央さん、栞にあなたが今したいことを願ってください! 自分のロボットのイメージを込めながら!』


『私の願い……!』





 叫ぶような指示に美央の心臓が大きく鼓動した。

 自身が今最も願うこと。それが神牙に大きな力を与える。その言葉が事実として、自分自身が願う物とは何か。


 イジンの殲滅。美央自身、そのために神牙に乗ってイジンの駆逐を繰り返している。悲願ではあるが願いというにはあまりにも殺伐とし過ぎた物だ。

 では目の前のイジン化エターナルの撃破か。もっともらしいがこれも違う気がした。ともなれば残るはたった一つ。


『優理……そうだ。私はこの世界から消えた仲間を取り返す。今は、この時だけは自分のためじゃなく、仲間のために奴を殺す! それが私の願い!』


 文字化に巻き込まれた黒瀬優理を救うため、力がいる。そう、永遠を駆逐する力が!

 強く握りしめる栞。それに美央の願いが呼応したのか、栞に変化が起きた。





 それと同時にノベライザーのコックピットにも変化が起きていた。

 モニターに表示される『神牙』の文字。そして文字通り目の前には新たな栞が生成されつつある。神々しく輝いているが、うっすらと見える怪獣にも似たロボットの顔が描かれた栞だ。


「──っ! これって……!?」

『やった! カタリさん、神牙の力を継承出来ました。さぁ、早くノベライリングを!』


 栞を掴むと白い輝きは弾け、神牙の横顔が刻印された黒い栞が露わになる。

 イジンを屠る機獣の力を宿したカクヨムロボの栞。それを、すかさずスロットにセット。そして叫ぶ。



「──ノベライリング・神牙シンガッ!!」



 新たな力を承認した瞬間、ノベライザーはメディキュリオスフォームから強制的に元の形態に戻る。


 そして、本物の神牙からは黒と青が入り交じった影の様な分身が出現し、ノベライザーへと接近していた。


『神牙の影……!?』


 自身の乗る機体から謎の分身が現れたことに喫驚する美央。しかし、これだけでは終わらない。本番はここからだ。


 出現した影はノベライザーの背後に立つと、声にならない咆哮を上げる。その直後影は一気に現実味を帯び、分解。バラバラになったパーツがノベライザーへと装着されていく。


 青い巨人は漆黒に覆われ、人を模した五指は鋭利な爪となり、大地を支える脚は獣の如き剛脚へ。そして丸い頭部には神牙と同じ三つの角のような突起が顕現。最後にバイザーの『カクヨム』の四文字が赤い『神牙』の二文字へと変換された。


 栞に描かれているロボット『神牙』。その力が今、スロットを介してノベライザーへ継承されていく。



 ──キュオオオオオオオオオオオオンッ!!



『──ノベライザー・神牙フォーム、完成! いざ、進撃です!』

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