第七話 パイロット全員集合

「……さて、じゃあ話してもらうわよ。あなたたちの目的を」


 用意された椅子に座らせている侵入者……もといカタリに向けた尋問が始まる。トリはもう一人の少女によって拘束中なので、事実上の一対一である。


 眼前に立って問いかけてくる黒髪の女性。その背後には例の怪獣型ロボットが座す。威圧感たるや、凄まじいことこの上ない。臆しそうになるのを耐えながらカタリは問いに答える。


「うん……。僕らは探してる物があって、この工場にあることが分かったから来たんです」

「探し物……? それがキサラギに?」

「言っても信じられないとは思うけど……。少し話してもいいよね、トリさん」


 ちらと横を見て、もう一人の少女に抱き抱えられたトリとアイコンタクトを取る。トリは何もただ言わず、片手羽を軽く上げた。おそらく了承の意味だと解釈して、ここに来た経緯の一部始終を語る。


「……ふざけてるの?」

「ですよねー」


 話せる箇所を全て話し終えると、返ってきた反応は想像通りの物だった。

 それも当然か。何せ別世界だの世界の終わりだの、架空の物語のようなその話を信じろなどと言われても到底信じられるわけがない。彼女の反応はごく自然なものだ。


「別世界だのなんだの、そんな数十年前の流行りみたいなことを言われても、言い訳にすら聞こえないわよ」

「でも本当のことなんです。事実、僕らにはノベライザーがあるし、それの力を目の前で見たはず」

「…………」


 この言葉に黒髪の女性はきつい目つきでカタリを見やる。ここまで言っても信じられないのか、あるいは何か考えを巡らせているのか、何も言わず無言で見つめてくる。

 そして、長い沈黙を経て、次の動きを見せる。


「──はぁ、まぁいいわ。とりあえず自己紹介。私は神塚美央。あの子は光咲香奈よ」

「……!」

「美央さん!? もしかしてこの人の言ってることを信じるんですか!?」


 深いため息の後、目の前の女性──神塚美央は自分の名を口にした。この思わぬ行動に香奈という名の少女は驚きの声を上げ、同時にトリを強く締め付けて「ウッ」という音を絞り出す。


「いいのよ、香奈。実際、私たちはついさっきまで不可解な現象に遭ったわけだし。それをいつでも起こせるのなら信じざるを得ないわ。このことはどのみち梓さんに言わなくちゃいけないし」

「そうですか……」

「良かった……」


 美央はどうやらカタリらのことを信じた様子。数分前まで裏世界へ追放されていたのが、幸運にも彼女に信用をもたらす切っ掛けになった模様。一応は美央らの説得に成功したことにカタリはほっと胸を撫で下ろす。


「君、名前は?」

「僕はカタリィ・ノヴェル。みんなからはよくカタリって呼ばれる」

「そう。じゃあ、私もそう呼ぶことにするわ」


 名前を教え合い、とりあえずは一件落着としておく。そして、今後について考えなければなるまい。

 内部探索は今の状況を見ても続行は難しいだろう。となれば一時撤退が選択としては正しいか。


 広大な工場群の中を探し回る予定だった以上、一日で回りきれるとは思ってはいない。故に仕方ないとして今日の探索は諦めることとする。


「そうね。カタリ君……でいいか。明日、もう一度キサラギに来れるかしら」

「明日……ですか」


 すると、美央は一つ提案をする。内容は明日、この場所へ再び赴くというもの。

 もう一度ここへ、それも合法的に来れるのならば願ってもない提案だが、それにはやはり裏というものがあるはず。彼女の目的は何だろうか。


「変な心配はしなくてもいいわよ。実はキサラギの社長は君の機体に興味を持っていてね。その人の話を聞いて、その上でどうするか判断してもらうだけ。簡単でしょ?」

「この会社の社長と……」


 美央の提案とは社長との面会というものだった。

 どこかの組織がノベライザーの力に食いついてくるというのは重々察してはいたが、まさか社長という役職の人物と直接話をする場を設けられるとは思わなんだ。


 しかしながら、これは考え物である。相手は元々人が直接扱う武器を製造をしていた会社のトップ。どんな強面が現れるのか分からない上、真意も不明のまま。

 正直嫌な予感しかしない。一個人としてはお引き取り願いたいところではあるのだが──


「まぁ、来る来ないはそっちの自由。もっとも、来なければこの工場のどこかにある探し物は手に入らないと思った方がいいけれども」

「ぬぬぬ、それは困るなぁ……」


 そう言った事情もあり、引くに引けない状態となっていた。

 もう一度忍び込むにしても、警備は一層厳しくなるのは目に見えている。どうするのが正解なのか分からなくなっていると、その人物がとうとう動き出す。


「……カタリさん。やはり交渉は私に任せてください」

「ええっ!? またしゃべったぁ!?」


 悩みあぐねるカタリを見兼ねてか、今まで無言を貫いてきたトリは口を動かす。これには香奈も驚いて手を離してしまう。

 晴れて自由となったトリは、カタリの下へと近付き、同じように驚きを見せる美央の前に立つ。


「美央さん……と言いましたか。そのお話に乗りましょう。集合時間をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「え、ええ……。常々思ってはいたけれど、き、君? は一体……」

「申し遅れました。私はトリと申します。以後お見知り置きを」


 鳥類がするとは思えぬ丁寧な挨拶をし、一礼する。これには流石の美央も困惑は隠せない様子。

 それはそれとして、このような非ファンタジーな世界で言葉を発して良いのだろうか。いくら交渉などが得意とはいえ、こうも相手を驚かしてしまっては意味がないのでは? とカタリは密かに思う。


「──なるほど、承知いたしました。では明日の午後一時にこちらへ再びお伺いします」

「ええ。社長には私から言っておくわ。明日、もう一度会いましょう」


 そうこう案じている間に交渉は終了した模様。何だかんだでやはり得意な者に任せるのが一番である。あっという間に約束を取り付けてしまった。


「ではカタリさん。今日はひとまず帰りましょう。明日に備えてやらなければならないことがありますので。ではお二方、また明日お会いしましょう」

「あ、うん。分かった。それじゃあ」


 交渉も終わり、明日の準備のためにカタリとトリは工場を出る。勿論、頁移行スイッチを経由しての移動であるため、美央らには一瞬でこの場から消失したかのように見えていた。




「……また消えちゃいましたね」

「ええ。多分、彼らの言ってることは全部本当のことなんだと思う。あの変な空間も言葉を話す鳥も、何もかもが別次元。まさか、あんな創作の中にしか無いような存在が現れるなんてね……」


 一時の平穏を取り戻した格納庫内。美央は先の人物らについての思案をする。

 彼らの持つ力は、現代科学でもきっと解明は出来ないだろう。特にあのアーマーギア……もとい、ノベライザーなる名のロボット。別世界の存在というならば、あの力にも納得出来る。


 キサラギの社長である梓の考え。それは、あのノベライザーを仲間に引き入れ、あわよくばその力の一片を手に入れること。しかし、それが本当に正しい選択なのか判断出来る自信は今の美央には無かった。











 約束の時刻となり、今回は徒歩でキサラギの正門までの道のりを歩く一行。

 トリ曰く、門では美央が待っているとのことで、とりあえずはそこへ行き、合流を目指す。


『それにしてもですけど、ノベライザーの秘密の一部を相手に教えるなんてどうかしてますよ。もう少し世界観考えてください』

「それは昨日も謝ったって……。世界観の心配するならトリさんにも言ってよ。昨日の二人、トリさんがしゃべったことにすごい驚いてたし」

「あれは緊急事態だったのでいいんです。過去を引きずっていてもどうにもなりませんよ」


 昨日のこともあり、今日はバーグにも同行してもらった。そして、インカム越しに聞こえる彼女の声は若干不機嫌気味である。

 その理由はノベライザーの情報を少し話したことに怒っているのである。少しでも信用してもらうためにも、あの手は致し方のないことだったのだ。


 そうこう話していると見えてくる門。そこには数人の人影も見える。美央だけではないのだろうか。


「……来たのね」

「お待たせしました。定刻通りただ今到着……と、言いたいところではありますが、昨日の約束とは少し違うようですね。そちらの方々は?」


 門の前まで行くと、そこには美央と香奈の他に見知らぬ男女二名が。気怠そうな少年と、それとは如何にも正反対そうな真面目ぶりが伺える少女。


「二人は今回の話し合いに参加する流郷飛鳥と黒瀬優理よ。二人もまた、私と同じアーマーローグに乗ってる。優理のは正確に言うと違うけれど」

「鳥がしゃべった……!? 姐さん、これはどういうことだよ。インコか何かか?」

「むっ、インコとは何ですか! 初対面でも言って良いことと悪いことはありますよ!」


 飛鳥の反応に、基本的に冷静なトリが初めて見せる怒りの表情。とても新鮮である。

 どうやらインコ呼ばわりされるのが嫌いらしい。初めて知る情報なので、しっかりと覚えておこうとカタリは密かに心の備忘録に記しておく。


「改めて紹介に預かった黒瀬優理だ。昨日、美央から大まかな話は聞いている。何でも別世界から来たそうだな。よろしく頼む」

「彼女は防衛軍に所属しているパイロットよ。私たちキサラギとは協力関係にあるわ」

「へ、へぇ~。軍所属……」


 どうやらもう一人はキサラギに属さないという。それもバーグが懸念している組織の一つ、防衛軍と来たものだ。

 ただでさえキサラギにノベライザーの情報の一部を渡してしまっているのに、そこへ第三の組織が介入してくるとは予想外である。これから行われる話し合いは慎重にいかねばならない。


「それじゃあ、紹介も終わったことだし、そろそろ向かうことにしましょうか。社長が首を長くして待っているわ」

「あ、少々お待ちください。まだ、こちら側でお話していないことがありますので。……カタリさん、端末を」

「え? あ、そういうこと」


 一通りの説明を終え、いざ向かおうとしたところ、トリからのストップが入る。

 一斉に注目が集まる中、トリはカタリへ端末を用意させる。それの意図を読みとったカタリはトリが望んでいるであろう行動を起こした。


『──おっほん。初めまして、株式会社キサラギに所属している皆様。私、例のアーマーギアもとい、ノベライザーの専属サポートAIのリンドバーグという者です。以後、お見知り置きを』

「異世界人にしゃべるフクロウ、そして今度はAI? 君たちって本当に謎ね……」

『なんだか腑に落ちませんが、それらはお褒めの言葉として受け取っておくことにしましょう』


 タブレット端末の画面をキサラギ組へと向け、バーグの存在を開示する。これでお互いに隠す物はなくなったはず。

 合計七人──その内一人は鳥類だが──の挨拶を終え、いよいよキサラギの社長室へと向かう。


 ついに始まるキサラギのトップとの対談。頼もしい二人がいるので大丈夫だとは思いながらも、若干不安になるカタリであった。

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