第八話 永遠 対 現実

「よく来てくれたね、ノベライザーのパイロット、カタリィ・ノヴェル君」


 本社に入って早々出迎えてくれた一人の女性。聞けばこの方が株式会社キサラギの社長なのだという。


「私がこのキサラギの社長を勤めている如月梓だ。よろしく」

「よ、よろしくお願いします……」


 どんな強面のおじさんが現れるかと思えば、まさか年若い女性が経営しているとは思いもしなかった。少しだけ安堵のため息を吐き出す。


 握手を求められたので、素直に応じる。人は良さそうな感じはするが、彼女の目的はノベライザーであることに変わりはない。交渉が得意なトリとバーグに全てを任せておく。

 そして、梓の案内でメンバーは社長室へと集められ、いよいよその時が迫る。


「さて、着いて早々ですが早速始めましょう。今から始まる話し合いには今後関わるであろうありとあらゆる運命が掛かっています。お互いに慎重にいきましょう」


 出席する者たち全員分にコーヒーなどの飲み物が用意されると、丁寧口調で随分と大げさな例えで話し合いの賽を投げた。


「私たちはイジンと呼ばれる存在の殲滅を目的とし、対イジン兵器であるアーマーローグを駆使して各地に現れるイジンの駆逐を行っています。もっとも世間にはなるべく私たちの存在は秘匿していますけど」

「なるほど、軍と協力しているのは武器の売買だけでなく、隠れ蓑としての利用も兼ねているとい訳ですか」

「軍との関連については正しくはアーマーローグによる防衛軍への反逆行為の警戒、およびその監視。その任務を任されているのが私だ」


 最初に切り出してきた話は、キサラギないし美央らアーマーローグのパイロットらの目的や役割について。

 優理の補足から察するに、軍はアーマーローグの力を危険視している模様。ここに現役の軍人がいるのも納得である。


「私たちの目的は先の通りイジンの殲滅のみ。それを達成させるためにはさらなる力が必要と考えています。実はつい先日まで海外へ出向かい、機体の整備調整などをする予定だったのですが……」

『そこに私たちが現れ、ノベライザーの力に目を付けた……ということですか』


 バーグの予想に梓は無言で頷く。少なくとも発言に嘘はなさそうである。

 わざわざアーマーローグの監視をしている軍を同席させているのも、あくまでもイジン殲滅以外に行使しないことの証明でもあるようだ。


 しかしながら考えるのは、ノベライザーという力が加わればどうなるのかという問題。おそらくではあるが、力が有り余ると予想する。

 世界を崩壊へと陥れる怪物体エターナルを打ち倒せるだけでなく、想像するだけで武器を創造することが出来る。そんな力を利用すればイジン殲滅どころか国一つ支配出来かねない。


「当然、無償でとは言いません。衣食住等の生活面でのサポートや一定の自由も保証します。あくまでもイジン殲滅に成功するまでで構いません。他に望むことがあるのでしたら、我々に出来る範囲で全てを請け負います。これらが我々が提示する条件です」


 目的以外のことには使わないと約束を掲げていても、悪意ある第三者がこの力に気付いたとすれば、最悪な事態になることだろう。

 あくまでもこの力はエターナルを撃破し、世界を修復するためだけに使う。カタリはそう考えている。おそらくトリやバーグも同じはず。


「……この力はあなた方が想像しているよりもずっと強力な物です。仮に利用を承諾したとしても、100%はおろか半分も力を発揮させることは出来ないでしょう」

「…………」

「状況によっては他の第三者が事を起こす可能性も示唆されます。残念ですが、我々の力は──」


 トリが交渉の結論を口にする。考え通り、キサラギ側が期待するものとはほど遠い否定的な内容。

 梓の表情は心なしか暗くなる。釣られて空気も重くなる中で、最後の言葉を放とうとした時だった。




 ────キギャアアアアアアァァァァァァァァッッ!!




「っ!? なんだ!?」

「軍から連絡が来た! 近くの沖合でイジンが出現したそうだが……これまでの個体とは少し違うらしい」

「それってどういう……?」

『カタリさん、こちらも姿を捕捉しました! 近くのモニターに送ります!』


 室内を揺さぶる謎の暴音。その正体は各々が持つ情報端末から判明する。

 バーグのハッキングにより、社長室にあるモニターに映像が映し出され、ここにいる全ての人物たちはイジンの姿に目を釘付けにされてしまう。


「こ、これは……!?」


 それは神牙の体型に酷似していた。だが、本家とは違い腕は人のものに近い形状をしており、太い首から繋がる頭も爬虫類然とした物ではなく、仮面で覆ったかのようなのっぺりとした平たい顔にイジン特有の赤い球体がいくつか埋め込まれている。


 白い肌は全てのイジンに共通する特徴であるのだが、今回現れた個体にその特徴は完全に当てはまらなかった。

 無地のような純白の肌にはタトゥーのような黒い模様が刻み込まれいた。ちょうど下半身にその模様は集中して発生しており、一見すると上下で色が分かれているようにも見える。


「あれはイジン……? なんか、いつものと違うような……」

「初めて見る個体だけど、顔の球や腹部の口は間違いなくイジンに当てはまる特徴。私たちの知らない間に新たな形の自己進化を遂げたのかもしれないわ。

 ……にしてもまた神牙に似た姿の個体が出るだなんてね……」


 この世界出身の者たちも、今回現れた模様付きのイジンは初めて見るタイプなのか、モニターを見て驚きを隠せない様子。


「ここまで巨大なイジンはこの前の大蛇型以来か。まったく面倒だな」

「軍も迎撃態勢に入ったそうだ。美央、私たちも早く向かおう」

「そうね。少しでも被害を食い止めなきゃ」


 美央は優理の言葉に従って社長室を出る。四人のパイロットらは現れたイジンの迎撃に向かうようだ。

 室内に残された社長の梓とカタリの一行。一瞬の沈黙を経て、先に言葉を発したのはトリだった。


「梓さん。ここはひとまず話し合いを終わらせましょう。私たちもあのイジンの迎撃に参加します。事が終わり次第再開ということで。では行きましょう、カタリさん、バーグさん」

「えっ、ええ……」

『昨日覚悟決めたんじゃないんですか!? ほら、正義のヒーローは遅れてやって来るなんてしませんよ!』


 梓からの返答を受け取る間もなく、トリの先導でノベライザーのパイロットも忙しいやり取りをしながら現場へと向かわされる。

 社長室に残された梓。ハッキングされたまま放置され、現場の様子が映された状態のモニターを見ながら、一人ソファにもたれ掛かった。


「……彼らの力は私たちでは扱えない、か。それじゃあ、改めて見させてもらおうか、私たちの手に余る力とやらをね」











 いつも通りイジンの出現によって現場へと向かう準備を進める美央たちアーマーローグのパイロット。しかし、今回は少しばかり特殊な個体が相手として立ちはだかっている。


『美央さん。あのイジンは以前話していたものと似てないですか?』

「香奈もそう思うのね。私も同じよ。細部は大きくことなるけど」

『神牙似のイジン……。前のと同じ奴なわけないよな。ただの偶然にしちゃ出来すぎてる気がしなくもねぇけど』


 エグリムからの通信。それは今回の超大型イジンから感じ取れる既視感について。

 イジンらしからぬ特徴を持った怪獣型の個体。それはノベライザーと出会うよりも以前に美央と交戦した小型のイジンから進化したものとよく似ていたのだ。


 美央自身、当時のことを思い返すだけで腹の虫の機嫌を損ねそうになる出来事なだけに、あの姿をしたイジンを見ると苛つきが募る。

 あの時のとは別個体であるとは分かっていても、やはり腹立たしい気持ちが胸の奥からざわざわと沸き起こる。


 早く叩き潰して戻ろう──。そう意気込んで神牙を筆頭にアーマーローグ一同は出撃。水中から出撃する神牙と海上をホバー走行出来るエグリムは海から現場へ。アーマイラと四機中唯一のアーマーギアで優理が操縦する戦陣改は地上から向かう。


 一足早く到着したのは神牙のグループ。キサラギからでも僅かに覗くことが出来た巨躯は、こうも真下から見ると物々しい圧を放っている。足だけでも神牙の何十倍も大きく、まさに柱とも呼ぶべきだ。


「大きいわね。あの巨体を支えるんだもの。あの脚は相当強靱なはず。神牙の爪も通るかも怪しいわね……」


 相手を観察する。全体に蔓延る模様で真っ黒くなっている脚は、見ただけで分かる剛脚だ。

 いくら対イジン戦に特化した機体とはいえ、こちらの武装が通りそうにないのは明白。表面に傷をつけるのが精々限界だろう。


「香奈。やるわよ!」

『はいっ、美央さん!』


 だが、これで怯む美央ではない。脚部のノズルを最大出力で放出して海中から飛び上がり、そのまま目標の脚へとしがみつく。エグリムも同じくもう片足へ攻撃を仕掛ける。



 すると、想定していたよりも神牙の爪は深く食い込んだ。あれほどの体躯を支える脚部なら、鋼鉄と同じかそれ以上の強度を持つと仮定していたのだが、ただの憶測だったらしい。


「思ってたよりも柔いわね。これなら攻撃も通るはず……!」


 攻撃が弾かれないと分かれば、あとは攻撃あるのみ。神牙は滑り落ちそうになる機体を脚の爪でイジンの身体に突き刺して固定。両の爪で目の前の肉塊を引き裂き、大顎で食いちぎっていく。


 暴力の化身と化す神牙。眼前の肉は大きく削がれ、その度に海へと落ちていく。だが、そんな攻撃の中で美央は気付いていた。


「なんて痛みに鈍いやつなの……!」


 脚の肉の一部がなくなっているというのにも関わらず、イジンは何も反応を示していない。それどころか暢気に日を浴びて無い首を傾げている。

 ただのイジンではないと薄々感じてはいたが、まさか痛覚を無くすという進化をしてるとは想定外だった。


「香奈。こいつ、私たちの攻撃に痛みを感じていない。痛覚が相当鈍いか、あるいは無いのかもしれない」

『それじゃあ、私たちはどうすればいいんですか? 痛みを感じないならいくら攻撃しても無駄ってことですよね?』


 通信先の香奈からは弱気な返答がくる。無論、このまま何もしない選択は取らない。

 物理的攻撃が効かないのならば、それ以外の攻撃でやるしかない。幸いにもこちら側にはそれが可能な機体がある。


「痛みは感じなくともダメージは通ってるはず。アーマイラの電磁鋭爪で内部から焼くしかない。少しでもダメージが通るようになるべく多く傷をつける!」


 美央の考え。それは流郷飛鳥の機体、アーマイラの武装にある『電磁鋭爪』を駆使するというもの。

 例え外部からの攻撃に鈍感でも電気の力までは無視出来ないと踏んだのだ。


『美央! 私たちも到着した!』

「了解よ!」


 すると、噂をすればなんとやら。アーマイラと戦陣改も一足遅れて現場に到着する。


「こいつ、いくら攻撃しても痛みを感じてないみたい。だから、飛鳥! アーマイラの電磁鋭爪をこいつに!」

『分かっ……姐さん、後ろ!』

「えっ──」


 飛鳥との通信。その最中、背後への注意が飛ぶ。

 ふと──隙を見せていたのかもしれない。神牙の直下にはいつのまにか数十にも及ぶ兵士級イジンが屯ろしていたのだ。


「……いつの間にっ」


 超大型イジンの脚をよじ登って迫ってくる兵士級。それを尻尾を使って払い退かしていく。

 だが、いくら海へ落としても、その数は減るどころか徐々に増えていく。数分もしない内におびただしい数へと増殖していた。


「なんなの、こいつら……。反応も無かったしどこから……? あっ」


 膨れあがる疑問と状況の悪さに困惑いていると、イジンの一匹が神牙の尻尾を掴む。それを払いのけようと動かそうとするが、それよりも早くたかるイジンにより、動きを制限されていく


 しまった──。そう思ったのと同時に心臓が大きく鼓動したのを感じた。

 アーマーギア同様、アーマーローグには奴らの好物である『アルファ鉱石』で作った装甲を纏っている。あの群の中に落ちてしまえば流石の神牙といえども一瞬で食いつくされてしまうだろう。


 死。その一文字が脳裏をよぎる。このまま無様に喰い殺されてしまうのか──


「ふざけんじゃないわよ……。お前ら如きに……、やられて……!」


 イジンの殲滅。それが美央の目標。それをこのような中途半端なところで終わらせるわけにはいかない。

 両爪を皮膚に突き刺し、引きずり込まれまいと必死の抵抗をする神牙。イジンの手が、後ろ足に届きそうになる……その時だった。


 青い突風、それがイジンの群へと飛び込み、そして切り裂いた。美央がそれに気付いたのは、神牙を引きずり込もうとする力が無くなったことに違和感を覚えた時のこと。


「……っ!? あれは……」


 ふと見たモニター。海上を青い人型が滑っている。両の腕には鉤爪の様な武器を持ち、再びこちらへと向かって来る。

 二度目の横切り。残ったイジンも一瞬で斬り伏せられ、再び青い人型は遠く離れていく。しかし、その一瞬で美央は正体を看破した。


 顔面に見えた『カクヨム』の文字。それが何を意味する語なのかはわからないが、それと似た特徴を持つ機体を昨日見ている。

 例のアーマーギアという仮称を与えられた機体。その名は──


「──ノベライザー!?」


『美央さん! 大丈夫だった!?』

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