第六話 巡り会い運命

「美央さん、私、飲み物買ってきますね」

「ええ、お願い。私はココアね」


 その日の夜、神牙のメンテナンスを行っていた美央と香奈の二人。香奈は飲み物を買ってきてくれるらしく、美央はそれに甘えることにする。

 今は一人だが、二人でメンテナンスをするのは今日が初めてではない。初めて香奈と出会った日の夜も、こうして機体のメンテナンスをしたものである。


 飲み物が届くまで一人静かに調整をする中で、ふと考えてしまうことがあった。

 それは昼間の件──。勧誘を目的に干渉した例のアーマーギアはこちら側の要求を蹴り、姿を消した。その時に耳にした言葉に引っ掛かりを覚えていた。


『イジンから助けてくれたことは感謝してる』──。この発言の違和感。その理由はすでに明らかになっている。

 あの声が発した『イジン』という名称。これは、世間一般に知られた言葉ではない。キサラギの職員や一部の防衛軍だけが知る用語だ。それを使うということは、ただの民間機ではないということ。


 まさか軍の隠し玉か──とは一瞬思ったが、その可能性はもっとも低い。となれば自分の知らない同じドール製の機体なのだろうか。


「……考えたって無駄よね。次に会った時に聞けばいいもの」


 整備の手を止め、独り言を漏らす美央。

 そう、どのみち例の機体ともう一度出会わなければ分からないことを延々考えても意味はない。無意味に憶測を重ねるのなら、まだ天に願って再会を祈る方がマシだ。


「美央さん。飲み物を買ってきました──」


 止まっていた手を動かし、作業に戻る。すると、出入り口の方から香奈の声が聞こえた。そちらを振り向くといつもの愛玩動物のような可愛らしい顔の少女がココアの缶を持って戻って来ている。


 ……だが、今日という日。そして、これからしばらく続く非日常の訪れを実感せざるを得ない出来事が起きる。これはその前触れだった。


「え……? きゃっ!?」

「──ビャっ!?」


「香奈!?」


 不意に何かが香奈へと激突。暗闇の奥から小さな飛翔体が格納庫へと真っ直ぐこちらに向かってきたのが見えた。

 激突の衝撃でバランスを崩したのか、缶と一緒に床へと落ちる何か。見やるとそれは、フクロウのような姿をした動物だった。



「────!! うぉわあああぁぁぁ!?」



 変な音を出して床に転がるそれに気を取られていると、今度は格納庫の奥から声……否、絶叫が。またさらにそちらへ顔を向けると、暗闇の物陰からはみ出た人型が神牙に驚いている様子を確認した。


 こんな夜中に客人な訳がない。そもそもキサラギは閉まっている上に、普通は格納庫に人を招き入れない。つまり──


「──! 侵入者!?」


「あっ、しまっ……!」


 侵入者という存在を認知した瞬間、暗闇の人影は逃走を図る。無論、不法侵入は犯罪だ。このまま逃すわけにはいかない。


「香奈、その変な鳥を捕まえておいて! 私は侵入者を追う!」

「は、はいっ! あ、大人しくっ……!」


 咄嗟の判断でこの鳥はあの侵入者と関係があるのではと思い、香奈に捕獲と指示。美央はそのまま人影が消えた場所へと急行する。

 場に向かうとそこにはすでに侵入者の姿は無い。ただ移動をしたのか開けっ放しのドアが証拠として残っている。


「キサラギの中で逃げきれると思わないことね。残念だけど、こっちは何年もここにいるのよ」


 勝利宣言にも等しい呟きをしながら、懐の物を取り出す美央。それは拳銃……ではなく、それに似せて作られたスタンガン。捕まえるという意味でならこれで十分だ。

 護身用として持っていたそれを、まさか護身以外の形で使うことになるとは思いもしなかった。いざ、今だけの愛銃を持って侵入者捕獲に臨む。






 一方で香奈。明かりの点いていない格納庫の奥へと向かっていった美央を心配しつつ、例の鳥らしき生き物にのし掛かって拘束をしている。

 本当ならすぐにでも社内に残ってる人や警備員を呼ぶのが正しいのだろう。だが、今の彼女にはそれを躊躇わせる事情があった。それは──


「……すごい、ふわふわだ」


 丸いボディに弾力のある羽毛。まるでクッションのような感覚に、先ほど自分に激突してきた事実を不問にしたくなるほど。

 そう、香奈はフクロウにも似た謎の鳥らしき生き物、それの触り心地に魅入られかけていたのだ。


 彼女は防衛軍所属の軍人にしてアーマーローグ『エグリム』の操縦者だが、同時に齢十五のお年頃。当然、年相応に可愛いものは好きだ。


「あああぁ~~」

「…………」


 思わぬ事態に鳥のような生き物……もとい、トリは香奈の重さに半分潰れかけている。その顔はどことなく不満げだ。

 内心、羽毛を褒められたことは嬉しいとは思っているものの、事態が事態。このままではカタリが追っ手に捕まってしまうことを懸念している。


 隠密行動の基本や追われた際の対処を教えているが、正直覚えは微妙。このままでは捕まるのも時間の問題。ならば、もう手段に出る他ない。


「…………っええい、致し方ありません! そこのレディ、暫しの孤独を許してください!」

「えっ、フクロウがしゃべった!?」


 両翼をバタつかせて拘束を解くと、トリは禁じ手に出る。

 格納庫から場面が一瞬で切り替わるように、周囲の景色は真っ黒な空間へと変貌を遂げる。トリの能力頁移行スイッチだ。

 裏世界へ香奈を引き込んだトリは、そのまま表世界へと戻る。ぽつんと一人きりになってしまった香奈は呆然と辺りを見渡す。


「……!? ここ、どこ……?」


 先ほどまで格納庫にいたはずなのに、一瞬にして知らない場所に連れてこられた。あまりにも突飛な出来事に遭遇し、混乱のまま不思議な暗闇の中を彷徨う。


「み、美央さ~ん! ……あ、そうだ携帯……は圏外。嘘、どうしよう……?」


 侵入者を追ってどこかへ行った仲間の名を叫ぶが、反響するでもなく音は消える。スマートフォンを開いても圏外で電話も出来ない状態。

 不安が一気に香奈を襲う。もし、このまま元の場所に戻れないのなら、自分は一体どうなってしまうのか。最悪な事態になるのを想像したせいで悪寒が走る。


「……だ、誰か~! 助けて~!」


 救済を求める声も暗闇の中では無意味に去っていくのみ。あまりにも唐突に訪れた真の孤独に、香奈は不安を募らせるだけだった。











 逃走。こうなることは当然想定の範疇にある。仮にそうなってしまった際のマニュアルもしっかり頭に入れている。

 だが、実際にそれを体験すると、せっかく覚えた対処法も抜け落ちてしまうというもの。カタリは薄暗い工場の中を全力で疾走中だ。


「どどど、どうしよう!? 誰か追いかけてきてるし、どうすれば……」


 焦りに焦るカタリ。トリの声が聞こえた瞬間に目撃したのは、何も怪獣の姿だけではない。二つの人影があり、その内の一人が現在進行形で追跡してきているのも把握済み。


 怖い。正直な気持ち、すぐにでも投降して受ける被害を最小にしたいところ。

 何せここは元とは言え人が使う武器を製造していた会社。追いかけて来る人物が武器未所持である保証はない。


 しかし、仮に投降してしまえば回収が遅れてしまうのも事実。ただでさえ広い工場を一つ一つ確認しているのにも関わらず、長期間の拘束をされてしまえば大幅な時間のロスとなる。


「……でも、あの怪獣、昼間のアーマーローグに似てたような……?」


 悩む一方で、違和感もあった。それは、先ほど目撃した怪獣である。

 ここへ来る前に遭遇した三機。黒い怪獣型のアーマーローグなる名のロボットが自分に干渉をしてくるまでを思い出す。


 バーグが言っていた遅かれ早かれの意味を理解する。分かっているのならすぐに教えてくれれば良いものを。彼女の勿体ぶり加減には呆れるところがある。


「……っ、行き止まり!?」


 無意識に誘導させられたのか、もはやここから先へは移動は出来ないようである。

 覚悟を決めるカタリ。相手がこちらと一度干渉しようとしたのなら、今度はこちらが干渉する番である。


「やるしかないか……」


 過度の干渉は控えろとバーグから釘を刺されているが、トリもいない今の状況を好転させるにはこれしか方法はない。追っ手との話し合いに持ち込むために、カタリは壁の前に立って相手を待つ。


「──そこまでよ!」


 そう時間をかけずに追っ手が現れた。凛々しさを感じさせる声の雰囲気、確かに昼間の相手の声にも似ている気がする。

 上がった息を無理矢理整え、表面上だけでも平静を取り戻す。あくまで冷静に──相手を刺激せずにコンタクトを図る。


「こんな夜中に忍び込んでくるとはね……。何を目的にここへ来たのか、洗いざらい吐いてもらうわ。覚悟しなさい」

「ひえっ、銃……。それはズルいって……」


 こちらに向けられているのは追っ手の視線だけではないことに気付く。相手の手には小さいが拳銃が握られていた。

 イヤな予感が的中してしまったものである。とにもかくにも、まずはお互いに落ち着いて話し合うことだ。


「あー、えーっと、その……。昼間の件で話をしに来たんだ。別に何か盗もうってつもりで来たわけじゃ──」

「大人の声じゃない……? いや、それよりも何故昼間の件を知っているの? まさか、あの機体の関係者?」


 案の定相手は食い気味に反応を示す。やはりノベライザーの存在について気になっていたようだ。

 ここまで話せばもう後には引けまい。このまま和解にまで持って行く。


「まぁ、関係者っていうか、そのパイロットなんだけど……」

「パイロット!? ……それは本当なの?」

「一応……。で、できればその銃を下ろして穏便に話をしたいかな~なんて……」


 この告白に相手は大層な驚きを薄暗闇の中で見せてくれる。ついでにこちら側の要求も伝えて緊迫した間の解消も提案しておく。

 これで相手はどう出るのか。心の中では要求通りに銃を下ろしてくれれば助かるのだが、果たして──


「……分かったわ。とりあえず銃は仕舞う。それで、私たちと話をする。これでいいわね」


 ずいぶんと物分かりの良い相手である。あるいは賢明な判断とも言うべきか。

 これで何とか危機は脱した。銃を向けられていることに気付いた時にはどうなることやらとは思ったが、何とかなりそうである。

 ほっと胸を撫で下ろすカタリ。だが、ここで思いもしないトラブルが起きてしまう。



「うおおおお! カタリさんに手を出させるわけにはいきませんっ!」



「えっ──」


 暗闇に紛れてトリ、飛来。例の追っ手まで近付くと、そのまま頁移行スイッチ。トリだけが戻ってくる。


「カタリさん! お怪我はありませんか!?」

「ちょ、と、トリさ──ん!」


 いとも容易く行われる容赦ない行為。当然、カタリは先に裏世界へ追放されたもう一人の存在を知る由もないのであった。

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