第五話 邂逅と侵入
『そこのあなた! 私の声が聞こえるかしら? 警戒はしないで、あなたが私たちにしたように、私もあなたの味方よ』
イジンを撃破して早々、あのアーマーギア? らしき機体から声が傍受される。
若い女性の声だ。見知らぬはずの相手に対しても臆さない凛とした口調に、思わずどきりとしてしまう。
あの三機の内のいずれかがこの声の持ち主なのだろう。まさか一番に近付いてきた黒い怪獣ロボは違うはず。こんなゴツくてバイオレンスな攻撃をする機体の操縦者が女性なわけがない。奥の緑色の機体も怪しいが、やはりシュッとしたフォルムの赤白の機体が怪しいか。
『さて、案の定接触してきましたね。どうしましょうか』
「うーん、お礼くらいは言ってもいいんじゃないかな。見た目はともかく、イジンから助けてくれたわけだし」
『なにはともあれ、まずは様子を見ましょう。いくら協力してくれたとはいえ、何を考えているか分かりませんから』
予想はさておき、この通信にどう返事をすればいいかを話し合う。何せロボットの見た目が見た目だ。あの怪獣のような姿、ヒーローというよりかは悪の組織感が強い。
だが助けてくれた以上は敵ではないはず。そう思いつつ、警戒は緩めない。
『私はあなたと話がしたい。それに応じる気があるなら、私たちと一緒に着いてきてほしい』
「……だって。どうするの?」
相手方の用件はあらかた想像通り。むしろこれ以外にはないはず。
なにせ目の前でノベライザーの力を見せつけているのだ。これで興味を持たない方がおかしいくらいである。
『……『アーマーローグ』ねぇ』
「へ、何? ローグ?」
『あのアーマーギアの名称ですよ。対イジン兵器として開発され、戦陣とはまた別の組織が所有する機体。調べによるとですがね』
急に何を言うかと思えば、どうやらあの機体、アーマーローグのことを調べた模様。
戦陣以外にもイジンと戦う機体は存在するだろうとは何となく察してはいたが、それがまさか怪獣の姿をしているなどとは思いもしなかった。
そんなアーマーローグへの回答はどうするのが正解か。画面の奥のバーグはうーんと唸りながら考えを巡らせている。
『よし、ここはあえて関わらないという方針でいきましょう』
「え、無視するの? 一言お礼くらい言っても……」
『別にお礼くらいなら良いですよ。ただ、あちらの話には乗らないというだけです』
出した結論は交渉には乗らないというもの。何だかんだで先のことをしっかりと考えるバーグのことだ、これには何か考えがあるのだろう。
些か後ろめたい気分ではあるが、言うとおり相手の交渉を蹴ることにする。
「ごめん、イジンから助けてくれたことは感謝してる。でもそっちの話に乗ることは出来ないんだ。……ごめん」
『あっ、待っ……』
申し訳なさげに相手へ返信をすると、ノベライザーは再び透明化を行い、三機のアーマーローグらの前から姿を眩ます。
いくらロボットが存在する世界とはいえ、流石に物体を透明にさせる技術はないのか、消えたことに驚いて黒い怪獣型がわずかに動いた。
空中を浮遊し、改めて本来の目的地へと向かう。その間、思うことはいくつかあった。
「バーグさん。本当に話に乗らなくて良かったのかな」
『今はあれでいいんです。どうせ遅かれ早かれまた出会うことになりますから』
「え、そうなの?」
相手の交渉を蹴る選択をしたのは、やはり何か考えがあってのことらしい。それが何に繋がるのかは分からないが、遅かれ早かれもう一度出会うことになる。それが事実ならもう一つの考えも解決に向かうだろう。
姿を消した時、真っ先に動いた機体。黒い怪獣の姿をしたアーマーローグの姿と、交渉に出た女性の声を思い浮かばせる。
「あの女の声の人って、あの黒い怪獣型ロボットの中にいたのかな」
『さぁ、それは実際に会わないと分からない疑問ですねぇ』
もう一つの疑問はごく個人的な物。それを笑われてしまうのも無理はなかった。
†
イジンとの戦いを終え、キサラギに戻った美央ら三人。彼女らは社長室に召集され、先の戦いについて話をしていた。
偶然にも出会った謎のアーマーギア。その交渉失敗の反省会……とも言える。
「ビット兵器に光学迷彩機能……。三人の証言と映像にあった物は一致。まさかこんなに早く出会えるなんてね」
梓はソファに腰掛けながら、タブレットで再確認していた防衛軍からの映像を一時停止させる。
止められた画面には例の機体が初めて戦陣のカメラに映し出された瞬間を捉えていた。赤白の機体は遠目からではほぼ同じ配色のエグリムと似ているが、これはアーマーギアはおろかアーマーローグでさえも遙かに越える力を持っていると推測される。
おそらくはこちら側の全戦力を持ってしても互角──は自惚れ過ぎか、傷を付ける程度が限界かもしれない。
少なくとも現状で分かることは、あの機体及び操縦者をキサラギに引き入れることが出来たのならイジン殲滅は近い未来に達成されるということ。あのSFじみた兵装の数々は特に魅入ってしまうものがある。
「あの、質問なんですけど……」
「ん、なんだい」
「その……あの機体と交渉したら何をするつもりなんですか? 所属先が不明とはいえ、得体の知れない相手を無闇に勧誘しようとするのは流石に不用心では……?」
香奈からの問いが梓に向けられる。内容は例の機体との干渉を目的とした理由である。
勧誘。そう、如月梓は例の機体を仲間にしようと目論んでいた。今し方の考え通り、あの力は即戦力になりうるからだ。
もちろん神牙やエグリムといった既存アーマーギアに満足していないわけではない。仲間に入れることが出来なくとも、技術の一端だけでも入手出来れば収穫としてとても大きい物になる。
「まぁ、なんだ。いずれイジンは今の人類の考えを遙かに越える進化をして現れるかもしれない。それの対策をするためには、まず今の私たちが知らない技術を使うあの機体の力が必要になる。そのためさ」
「技術を盗むってことか」
「言い方は悪いけどそうなるかな」
身も蓋もない言葉で真意を暴かれてしまい、苦笑を隠せない。
イジンの殲滅は美央の悲願でもある。実の妹のように思っている彼女のためにも力になれることはしたい。梓はそう考えていた。
そのためにはまず、話をつけなければならない相手がいる。
「なんであれ今回の出撃で疲れただろう。皆、帰ってもいいよ」
お開きを宣言をしてパイロットたちを社長室から出すと、一人きりになった部屋で梓は行動に出る。ポケットに仕舞っていたスマートフォンを取り出し、ある番号へ通話をかけた。
静かな空間に鳴り続く待機音。電話の相手には悪いとは思いつつも、このチャンスだけは掴み取らなければなるまいという気持ちが強まる。
「この機会をみすみす逃すわけにはいかない。ドールの社長には悪いけど、サンフランシスコの件は延期にしてもらわないと」
通話の相手は『ドール』と呼ばれるアーマーギアを製造する企業の社長。先日から美央や神牙などをそこへと運び込む約束をしていたのだが、それを延期にする相談をするのだ。
相手方もイジンの存在を快く思わない者。例の機体について話せば考えるだけでもしてくれるだろう。
なるべく良い返答が来るのを期待しつつ、電話に出た相手の説得に臨んだ。
†
『……そろそろ時間ですね。では行きましょう』
表世界の時間帯は九時を越え、ノベライザーは再起動。『カクヨム』の文字が闇に浮かび上がる。
裏世界に籠もって時間の経過を待つ間、出来るリハーサルは全て終えている。完璧とまではいかないが、バーグとトリの認可はもらえたのでいざ向かう。
キサラギという名の工場地帯に到着するやいなや、ノベライザーはトリに収納され、その巨体を消す。
「では
「うん。大丈夫」
潜入の是非を問われ、カタリはしっかりと頷く。
最初の
タブレットのカメラで辺りを見回しても、光る靄──世界の欠片は見あたらないのでさらに次へ。それを何度も繰り返していく。
「……! カタリさん、ストップ!」
目標物を探しに淡々と移動をしていく中でたどり着いた場所。光が灯る広い空間で何者かが作業をしているようだ。それにいち早く気付いたトリはカタリに制止をかける。
「……こんな時間まで作業しているとは、ずいぶんと熱心ですね」
「どうするの? 一応ここがA方面最後の部屋だけど……」
「う~ん……。どうしたものか」
ここにきて、初めて頭を悩ます事態に直面する。
とはいえ、工場内で何者かと遭遇するということ事態は想定済み。いざとなったらノベライザーを召喚してカタリを逃がすのだが、それはあくまでも最終手段。なるべく避けて通りたいのが本心である。
ただでさえ今していることは犯罪だ。それに人を傷つけるようなことになれば、回復の兆しが見えつつあるカタリのメンタルに影響が出るかもしれない。
となれば、可能な限り人を傷つけることなく任務を遂行する手段はただ一つ。
「……よし、カタリさん。私が偵察に向かいます。なので、戻ってくるまでここから動いてはいけませんよ?」
「分かった。気を付けてね」
そう言い残すと、トリは両翼を羽ばたかせて部屋の奥へと飛び立つ。
流石にフクロウの姿をしているだけあって、飛行時の音がほとんどしない。滑るように奥へと進み、その先の様子を確認しに行く。
一人となったカタリは内心どぎまぎとする。何せ頼れる相方は偵察に向かい、サポートAIはもしもの時に備えてノベライザー内で待機中。裏世界の暗さとは別物の暗黒に一人残されるのは堪えるものがある。
そうこう孤独に耐えながら結果を待っていると、予想だにしない事態が起きてしまう。
「──ビャっ!?」
「きゃっ……!?」
「……っえ!? と、トリさん!?」
不意に耳に入る二つの声。一人は間違いなく相方であるトリの声。そして、もう一人の声は少女の驚いたような声だ。
まさかとは思いつつ、心配になったカタリは小陰から顔を覗かせる──それが失敗であった。
「────!! うぉわあああぁぁぁ!?」
トリとの約束を破ってしまった罰。それは目の前に存在していた。
十メートル近くはあろう巨大な黒い化け物。その鋭い無機質な眼孔が薄暗い大部屋の奥からカタリを睨みつけるように顔を見せていたのだ。
思わぬ存在を前に腰を抜かして絶叫してしまうのも無理はない。当然、その場にいた者たちに彼の存在が露見してしまうのも道理である。
「──侵入者!?」
「あっ、しまっ……!」
自分のしでかしてしまったことに数秒遅れて気付くカタリ。相手もこちら側の存在に気付いてかダッシュで近付いて来る。
逃げなければ──。咄嗟にそう思い、近場の扉へと向かって同じく走り出す。
「……っええい、致し方ありません! そこのレディ、暫しの孤独を許してください!」
「えっ、フクロウがしゃべ──!?」
「事が終わり次第すぐに元の場所へ帰しますので──!」
様子見に出ていたトリは、不意に現れた少女と追突をしてしまっていた。さらにカタリの存在がバレたのを皮切りに、咄嗟の判断として拘束されていたのを非常時と判断し、手段に及ぶ。
深夜の逃走劇が、キサラギの内部で始まるのであった──
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