第四話 例の機体

 その連絡は突然に起きた。

 例の機体についての話し合いを終え、練習用機体を用いた模擬戦をしていた時のこと。キサラギからそう遠くない地域の海岸に十数体ものイジンが出現したという情報が入ってきたからだ。


『神牙』は海から。『エグリム』『アーマイラ』は陸から現場へと出撃。一足早く到着した陸組が発見したのは、すでに変異級となったイジンとの戦闘だった。

 そのイジンと対峙するのは赤と白の見慣れぬアーマーギア。それは、つい先ほど映像で見た謎の機体に酷似……否、そのものだった。


『……あいつは……!?』

『美央さん、大変です! 例のアーマーギアがいます! それがイジンの変異級と戦ってます!』

「嘘!? でもあれは数百㎞以上も離れた青森にいるはず……。そうだとしたら何故こんなところに……?」


 陸地から出撃したアーマーローグのパイロットらが現場で発見した存在を聞き、困惑してしまうのも致し方がなかった。

 例の機体が現れてからすでに二十時間以上が経過。あの戦闘の後、すぐに関東に向かって輸送すれば、あの機体がここにいることは何も不可能ではない。


 しかし、やはり気になるのはその目的だ。美央が考える限りでは装甲の修理などで開発元を訪れた──というもの。理由としては、その方がもっとも自然だからだ。


「……いえ、迷ってる暇はないわ。私たちの目的はイジンの殲滅。行きましょう」


 ともあれまずはイジンの殲滅が優先事項。爪の破片から化け物になれるのだから、一切の油断は禁物。

 例のアーマーギアとのコンタクトはイジンを倒してからだ。


 そして、戦況にも変化が。文字通り阿修羅のような六本腕を持つ変異級は例の機体に飛びかかり、馬乗りになって拘束攻撃を仕掛ける。一転攻勢、あっという間にイジンが優勢になる。


 機体も危機を脱しようと独立して動く謎の兵装をぶつけるが、堅い甲殻の前に無効化されてしまっている。考えるまでもなく、ピンチに陥っていた。

 あのままやられてしまうのはこちら側としても頂けない。美央は他の二機に指示を出す。


「……! 飛鳥、あなたはアーマイラのミサイルで牽制を。香奈、あなたは私と一緒にあの機体を助けるわ!」

『ああ』

『は、はいっ!』


 そして、三機のアーマーローグたちは動く。

 流郷飛鳥の乗る『アーマイラ』の尻尾状ユニットから放たれるミサイル攻撃、初弾は見事にイジンへ命中。撃破とまではいかないものの、例の機体の拘束を解くことに成功する。


 続けざまに複数発撃つが、流石は変異級なだけはある。腕の甲殻を使った盾でガードし、無傷のまま。だが、あくまでもミサイルは囮に過ぎない。美央の意図は飛鳥に伝わっている。



「──キュオオオオオオオオンンン!!」




 ──ギャアアアッ!!




 爆煙が晴れ、それの存在に気付くきっかけとなったのが今の咆哮である。

 海から飛び上がり、イジンの背後から襲いかかるのは黒い怪獣のような姿をした神塚美央の愛機『神牙』。


 甲殻の生成が甘い頸部へと噛みつき、食いちぎろうとするその姿は、見た目も相まってまさに獣そのもの。これまで無数のイジンを屠ってきた鉤爪と鋭牙で今回の変異級も引き裂こうと奮闘する。


「……っ! こいつ、なんて馬鹿力……!」


 当然、イジンも黙ってやられようとはしない。六本の腕を使い、引っ付く神牙を引き剥がそうと抵抗を試みている。

 他の個体を吸収した特殊な進化を遂げただけに、そのパワーは通常個体とは大幅に違う。神牙の馬力を持ってしても引き剥がされそうになるが、美央とて無策で突っ込むなどしない。

 本当の、そして真の狙いはこれからだ。


「……香奈!」

『──うおおおおお!!』


 その合図でもう一機のアーマーローグが奇襲をかける。

 遠くで待機していた光咲香奈が、その愛機『エグリム』と共にホバー移動でイジンの元へ接近。クリーブトンファーを手に神牙に気を取られていたイジンに切りかかる。


 柔らかい甲殻の隙間を狙う。イジンも一瞬遅れてエグリムの存在に気付き、回避しようとしたが、神牙の拘束によってまともに動けない。

 一瞬である。赤い刃がイジン腕を二つ同時に切り落とす。吹き出す緑色の血を浴びるよりも早く神牙と共に離脱。三人三機によるコンビネーションは成功した。


『すみません、美央さん。胴体を狙ったつもりがトンファーを振るうのが少し早くて腕だけに……』

「いいのよ。ダメージは与えられたから。飛鳥もありがとう」

『ああ、だが戦闘はまだ終わってな──』


 各々のパイロットたちに感謝の言葉を送る最中、飛鳥が何かを感じ取ったかのように言葉途中に切る。

 普段から気怠げな雰囲気を崩さない飛鳥の無線越しに分かる反応。まるで何か未知の物を目の前に唖然とした感じにも感じる。


「飛鳥? どうかしたの?」


『あ、姐さん……後ろ!』


「後ろ?」


 飛鳥が指す方向は背後。何事かと思い、先にいるイジンに注意しつつ言われた場所をモニターに映す。そこには──











「『生成されたライフルに接続される六つのスレイブビット。最大出力の赤い燐光を纏い、一つの極光と化したそれを真っ直ぐ垂直に振り払う。逃げる間もなく光の領内に捕らえられたイジンは、その堅牢な甲殻を無数とも例えられるビットの連撃によって粉微塵に砕かれ、その生命いのちを散らすのだった──』!


 ……って、あのままじゃ巻き込んじゃう……。バーグさん、あそこのロボットに無線!」

『えっ、あ、はい! 今繋ぎます!』


 詠唱を終え、いよいよ技が発動しようとした時、カタリは技の射程範囲内にあの二機が巻き込まれることに気付く。

 この一撃を叩き込めば、いくら強い機体であっても形状の維持までは保証出来ない。故にカタリはあの二機に無線を繋ぐことにした。その内容は──











 今まで生きてきた中で恐ろしい物と美しい物を同時に見た経験はこれまで一度もない。

 当然である。それなりに醜い物を見てきた経験こそあれど、神塚美央に怖さと美しさを同時に目撃するという経験などあるわけがない。


 それこそ創作の中……美しい姿の敵が人へ殺意をむき出しにしてくるようなシチュエーション。それが美央の想像の及ぶ限界だ。


 だが──、まさかそれに該当するような光景を、今日見ることになるとは思いもしなかった。


「光の……柱……!?」


 とても不思議な光景だ。神牙の背後にこのような物があるなど思いもしない。

 例の機体から延び出る十数メートルは優に越える紅色の光。雲の隙間から射し込む陽光でも、LEDで彩られた人工的な光でもない、激しくも神々しい初めて目にする物。


 あの光に触れれば、どうなるか分からない。しかし、目を奪われてしまう。そんな例えようのない感情が一瞬だけちらつく。

 だが、それもすぐにかき消される。何故ならば、直後に謎の通信が入ったからだ。



『そこの二人、逃げてッ──!』



「……っ!? はっ、香奈!」


 その声の主は誰なのかは分からない。しかし、どこから来た声なのかははっきりと理解する。

 近くで同じようにぼうっとしていたエグリムを荒っぽく掴み、一目散に撤退。その刹那、あの光の柱は倒れ変異級イジンを中に閉じ込めた。




 ──ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!?




 けたたましい悲鳴。苦しむイジンの身体は光の中で飛び交う無数の武器によりミキサーにかけられるが如く砕けていき、その姿を塵へと還元する。

 光が収まると、そこにあるのは極光の威力を物語る黒い跡のみ。人々の生活を脅かす深海からの侵略者の姿など微塵も残されてはいなかった。


『な、なんなんですか、今のはぁ……!?』

『姐さん! 香奈! 無事か!?』

「…………」


 アーマーローグのパイロットたちの反応は様々だ。ただ目の前で起きたことに狼狽する者、その近くにいた仲間の安否を気遣う者。そしてただ呆然と立ち尽くす者。

 よもや思うまい。アニメやゲームにしかないであろう物理学を遙かに越えた現象。それが今、たった数秒前まで目の前に存在したのだから。


 それを放ったのが例の機体。どこから取り出したのか、ライフルの様な武器を持って沈黙をしている。

 本当にあの機体は何なのだろうか。SF戦記にしか存在しえないような兵装を持ち、姿も消すことが出来るだけでなく、今の光の柱。美央は内心とても興味を引かれていた。


 あの機体に乗っているパイロットはどのような人物なのだろう。自分らしくもない、そうは思いつつもその興味は尽きることはない。

 美央は神牙を動かし、例の機体の方へと向きを変える。あのパイロットと接触を図るためだ。


「そこのあなた! 私の声が聞こえるかしら? 警戒はしないで結構、あなたが私たちにしたように、私もあなたの味方よ」


 神牙の通信に割り込んだということは、この無線を傍受して聞いている可能性が指摘される。なので、美央はそのまま交渉を持ちかけた。











 美央がノベライザーに交渉を持ちかけた一方、誰も注目していないところではあることが起きていた。

 現れたイジンは全て変異級の糧になったわけではない。最初に蹴られた数匹の内、一匹が戦線から離脱し、海へと戻っていった。


 海底へと帰路を辿ると、その白い姿を一瞬にして失せさせる。まるで何者かに捕食されたかのように……否、実際にその身丈を越える大口によって食われたのだ。

 海底谷に潜む巨大な影。イジンを捕食出来るほどの大きさを持つそれは、刻一刻とその時を待ちわびていた──

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