第三話 情報漏洩

『うーん、これはやってしまいましたねぇ』


 電子書籍の号外を読みながら、バーグは小さく唸る。

 先ほど発見した号外の記事。それに記載されているのは赤と白の人型。それは間違いなくノベライザー・メディキュリオスフォーム。つい先ほどの戦闘で使用した力である。


 何故に透明状態だった機体がカメラに映るような事態になってしまったのか。その理由はバーグの手によって解析出来ていた。


『まさか、あの戦闘の途中で透明化が一時的に解除されていたとは。ログを見ても能力の上昇と同時にイマジネーターの機能が著しく低下した記録が残っています。ちょうどカタリさんが怒ってノベライリングした辺りですね』

「ご、ごめんなさい……」


 その原因はつい数時間前に勃発したイジンとの戦闘。目の前で起きた人命の喪失によって引き起こされたカタリの暴走とも言える一幕。その時に透明化の解除が起きたのだという。


 まさか感情の高ぶりによってノベライザーの能力に影響が及ぶとは思わないだろう。カタリはただただ自身の失態を反省する。


「まぁまぁ、失敗は誰にだってあります。今回のミスを次に繋げられるようにしましょう。失敗は成功のもとと言いますしね」

「ありがとう、トリさん……」


 そんなカタリに励ましの言葉をかけるトリ。自身の手羽でカタリの頭をぽんぽんと撫でる。

 一方でバーグの表情は硬い。フォームチェンジ後とはいえノベライザーの存在が世間に割れてしまったのは、痛恨のミス以外の何物でもないのだろう。


『……姿がバレた以上、防衛軍などの組織などが私たちとの接触を求めてくるはず。無駄な争いに巻き込まれたりするのを避けるために、なるべく接触はしないようお願いします』


 今後の活動についてカタリに釘を刺すと、モニターにまた新たな画像が表示された。今度のはなにやら地図の模様。赤い点が点滅している。

 小さな咳払いの後、バーグは解説を始める。


『それはさておき、お二方が散歩に出かけている間に目標の位置を特定出来ました。現在地からおよそ580km先にある工場地帯と推測されます』

「工場ですか……。これはまたピンポイントな場所にありますね」


 三人の目的はこの世界に流れ着いたカタリの世界の一部を回収するため。まだ一日ほどしか経っていないのにも関わらず、もう見つけ出すとは流石である。

 位置が判明したのであれば、あとはそこへ向かい回収するのみ。しかし、今回のは場所が若干特殊なようだ。


『調べによると、そこは武器製造の工場だそうです』

「えっ、武器!?」


 物騒なワードの出現に、カタリは一瞬びくつく。

 武器を製造する工場という如何にもな言葉。少なくともカタリの中でそれは、反社会的組織が運営するヤバめな場所というイメージと直結していた。つまり、今回のはそういうことではないのだろうか。


 ほわんほわんと空想が描かれる。

 目的地の工場、その内部。ベルトコンベアに流れる大量の武器と、それを管理する厳つい顔をしたヤから始まる自由業の人じゅうぎょういんたち。そんな彼らに見つかり、取り囲まれ──

 そのあたりでさーっと、背筋が冷えたところで意識を現実へ復帰。


「いや、無理無理無理無理! 絶対無理だって! 怖いよ!」


 最悪な展開の想像は、今のカタリを臆させるには十分過ぎた。案の定、目的地へ行くのを拒む。

 首と手を激しく横に振って拒絶を表すカタリに対し、ノベライザーのメインAIであるバーグは軽くため息を吐いて次の発言をする。


『話は最後まできちんと聞いてください。武器と言っても戦陣……つまりアーマーギア専用の物です。決して生身の人が使うような物ではないのであしからず』

「あ、なんだぁ……良かった」


 どうやら先入観で早とちりをしてしまったようである。武器は武器でも人用ではなくロボット専用の物。戦陣は防衛軍所属の機体だったはずなので、反社会的組織とは無関係そうで何よりである。


 戦陣の名が出たということは、おそらくイジンに対して使うような物なのだろう。対人兵器ではなくてほっと一安心……という訳にもいかず。


「でも、軍と関係がある工場ってことは、それはそれで侵入するの難しくない?」

『はい、おっしゃる通りです。仮にも兵器製造の工場。もし侵入したのが見つかってしまうという事態になってしまえば……。まぁ、あとは何となく察せますよね』


 そう、これから向かおうとしている場所は軍との関連性がある工場。武器の売買以外に何かしらの契約を交わしている可能性が考えられる。

 捕まったら軍に身柄を引き渡されるというのも十分にありうる話。失敗した際のリスクが大きすぎるのだ。


「もし捕まってしまった時は仕方ありません。私が頁移行スイッチを経由してカタリさんを裏世界へと逃がします。それが難しいようであれば、ノベライザーを召喚して場を混乱させるので、その隙に脱出を図ってください」

「う、うん。でもそんなことしたら怪我人とか出るんじゃ……」

「当然出るでしょう。ですが、こう話し合っている間にもエターナルによって文字化した世界が消滅の道を辿りつつあります。強行手段を取りたくない気持ちは同じですが、我々の目的を阻害するようであれば容赦は出来ません」


 トリの言葉にカタリは口を固く結ぶ。

 確かに一異世界の事情と比較すると、こちら側の重大性などが大きく勝る。それの邪魔をするようならば容赦は出来ないのも納得の理由だ。


 そうならないためにも、バーグの言う通り接触してこようとする組織にはなるべく関わらなようにするのが最善の選択か。


『今から行くと到着する頃には夕方くらいですかね。深夜に侵入すると考えれば良い時間です』


 この世界の時刻から到着時間を予想する。どうやらこのまま目的地へと向かうらしい。

 行く分には問題はないが、やはり緊張してしまう。何せこれからやろうとしていることは不法侵入。紛れもない犯罪だからだ。

 トリもバーグも準備を終え、ノベライザーは起動。再び表の世界へと行く。


 なにはともあれ、失敗した時はトリが最大限のサポートをしてくれる。それでも不安は費えないが、何もないよりかは幾分かマシである。


『……あ、そうだ。例の工場ですけど、昔は普通に対人用の武器も作ってたそうです』

「それ今必要な情報!?」


 本当に一言余計である。











 海岸沿いを低空飛行するノベライザー。海に沿って走るのも、工場が海に近い場所にあるということらしい。

 モニターに映る映像には、水平線に浮かぶオレンジ色の太陽。もうすぐ日が入り、夜が始まる。作戦開始は近い。

 そう物思いに耽っていると、バーグが作戦の手順を説明する。


『移動しながらですが簡単に侵入手順をお伝えします。まずは私が作戦決行までにタブレットへ敷地内情報を準備しておきます。時間になったらトリさんと一緒に頁移行スイッチを繰り返して欠片を探してください。私は出番が来るまでタブレット内部で静かにしてますので』

「う、うん。わかった」


 一通りの手順を聞いて内心どぎまぎとするカタリ。目的地に到着すれば、いよいよ作戦が決行される。

 よくアニメで見るような潜入をこれから自分がやろうとしている。そう考えると少しだけ興奮してくるような、そんな感情が込み上がってくる。

 ほんの僅かだけ、鬱蒼とした気持ちが和らいだ──のも束の間だった。


『……! カタリさん、あれ!』

「急にどうしたの……って、あれは……!?」


 バーグが指す場所へ視線を向けたカタリは、そこにある存在に気付く。

 陸へと進軍する十数体もの白い生物。以前戦闘を行った人型と、初めて目にする下半身が蜘蛛のようになっている個体が入り交じった群。

 イジン──、この世界の化け物が集団で海岸付近に出現していた。


「…………っ」


 この光景に一瞬薄まった恐怖心が再びカタリを支配する。操縦桿を握る手が微かに震える。

 思い出す十数時間前の光景。人が目の前で捕食されたあの瞬間。否応無くそれを思い出してしまう。


 怖い──。それが素直な感情。出来ればこれ以上関わらずにいたかった存在を再び目にしてしまうとは、我ながら不運と言わざる終えない。


『カタリさん! あのまま放っておくと、近くの町が襲われてしまいます! 行きましょう!』

「で、でも……」


 戦闘を提案するが、一方のパイロットは決断を渋っていた。

 一度は倒したとはいえ、そのメンタルに傷を付けた相手。迷うのは致し方のないことだ。それを瞬時に察したバーグは、自身の発言を撤回する。


『……いえ、違いますね。行きたくないと言うのならそれで結構です。この世界の出来事なんて文字化以外は私たちに関係ありませんからね。このまま放っておいても戦陣部隊が相手をするでしょう。

 ──もっとも、前回よりも多くの犠牲者を出すことは確実ですが』

「……っ!?」

『どうします? 行くか行かないか。それを決めるのは私でもトリさんでもありません。カタリさんの判断に委ねます』


 臆するカタリに迫られる選択。戦って未然に被害を食い止めるか、それとも無視して目的達成を選ぶか。

 二者択一。それを選ぶのは他の誰でもない自分自身。迷える時間はすでに限界を向かえる。


 マンガやアニメの主人公なら、この選択の内どちらを選ぶのか。そんなことはとうの昔に決まっている。



「……う、うおおおぉぉ!!」


 空を浮遊していた機体は急加速をかける。その行き先は、目的地としている工場地帯──ではなく。

 白い集団に突っ込むノベライザーの蹴り。群の一体へ見事命中すると、数体ものイジンを巻き込みながら遠くへと突き飛ばす。

 着地の衝撃で出来たクレーターの上に立つノベライザー。これがカタリの出した答えである。


『戦う選択肢を選ぶんですね』

「……うん。ここで僕が怖がってちゃ、また誰かが傷つくかもしれない。そうならないためにも、僕がここで倒さないと!」

『ふふふ、そう言うと思ってましたよ。それでこそ世界を救う救世主ヒーロー! さぁ、行きましょう!』


 そう覚悟を決めると、クラインボックスからメディキュリオスの栞を取り出し、スロットに装着させる。

 イジン単体の力はノベライザーに劣る。例え数はあれども、メディキュリオスのビット兵器を駆使すれば制圧は容易。


「ノベライリング・メディキュリオス!」


 フォームチェンジの合図により、青い姿から紅白の機体へ換装。すぐに腰部のビット六枚を展開し、両腕の接合部分へ三つずつ接続する。

 二刀流となったノベライザー。迫り来るイジンの迎撃に入る。


 赤い残光を残しながら敵を斬り伏せていき、徐々に数を減らしていく。

 やはりイジン単体はノベライリングをしたノベライザーの敵ではない。このまま全てを終わらせる──。そう思った矢先のこと。



 ──ギュ、ギィ……ギャアアアアアアァァァ……!!



「な、なんだ……?」


 突如としてイジンの一匹が苦しみ出す。それだけではなく、ノベライザーに倒されて絶命した仲間の遺骸を触手のような物で手繰り、それを捕食し始めた。


 腹部の大口でイジンを喰らう度に青い体液が飛び散る生理的な気持ち悪さを我慢しつつ、それの行く末を見守る。すると、捕食を終えたイジンの身体は急激な変化を遂げ始める。


 ノベライザーよりも一回りほど小さかった身体は、同じくらいの大きさへと変化。それだけでなく、白い表皮には鱗のように細かな甲殻が全身に生成され、さらに腕がもう二対増える。


 先ほどまでの姿とは異なる、新たな姿。思えばトリが言っていた。イジンという生物は──


『イジンが自己進化をしました! 戦闘パターンが変化している可能性が考えられます。お気をつけて!』


 そう、イジンは進化をする。体内に宿した無数の遺伝子情報から、戦況に合わせた姿に変化するのだ。

 阿修羅の如き姿となったイジンは体勢を低く下げた途端、六本の腕を使ってまるで宙返りをするかのように飛びかかってきた。


 深海を棲息域とする生き物とは思えない、予想だにもしない動きに不意を突かれ、カタリは反応に一瞬遅れてしまう。


 機体を押し倒し、馬乗りの姿勢に。さらに一対の腕によってノベライザーの腕が拘束され、動けなくなる。


「くっ……動けない、このままじゃやられちゃう……! バーグさん、何とかならない!?」

『任せてください!』


 頼れるAIに助けを求めると、腕部に接続されていたビットがいくつか解除される。自由となったスレイブビットは機体を救うべく、イジンへと特攻を仕掛けた。


『うおりゃああ! 離れろおお──っとぉ!?』


 紅い燐光を纏ったビットの一撃。拘束をする腕に狙いを定めて飛ばす。

 だが、それは無意味に終わることとなる。なぜならば、イジンの甲殻によってそれは弾き返されたからだ。


 仮にも未知なる進化を遂げた相手とはいえ、ビームに類する兵装であるスレイブビットの一撃が無効になったことに驚いたのだろう。バーグの素っ頓狂な声を上げる。


『そんな……。エターナルですら両断出来るビットを弾き返すなんて……!?』

「もしかしてメディキュリオスの力が効かなくなったのか……!? ど、どうしよう」


 まさかの事態に不安の色を隠せないカタリ。前回の世界でエターナルを圧倒したビット兵器がこれほどまで早く、それもエターナルではない生物に攻略されるなど普通は思わない。


 もはやここまでか──。そう諦めを思い始めた時、その攻撃は突然やってくる。



 ──ギャアアッ!



 唐突にイジンが爆発を起こし、海沿い近くまで吹き飛んでいった。

 その爆発によって拘束からも脱することが出来たノベライザーはすぐさま体勢を立て直す。


 今のは一体どこからの攻撃か。少なくともこちら側の物でないことは確かだった。

 まさかとは思うが戦陣の物なのだろうか? 様々な思考を巡らせる途中、バーグが再び別の場所を指す。


『……! カタリさん、あそこを見てください!』

「あれは……!?」


 モニターの見やる先。陸地の方向から何かがこちらに向かってきていた。

 暗緑色のどことなく昆虫的な造形を思わせる機体。それが持つ尾のような部位から何かが飛んでくる。


 迫るのは数発もの小型ミサイル。それに気付き、すかさず回避するが目標はノベライザーではなく、先ほどのイジンを標的に捉えていた。


 起き上がりかけていたイジンを再び爆発が襲う。とはいえ流石に二度目も易々と喰らってはくれず、爆煙が晴れると甲殻で強化された腕を三段重ねにした盾で防がれていた。


 しかし、ミサイルでのは意味を成した様子。イジンはその背後に忍び寄っていた存在に気付くのに遅れてしまう。




「──キュオオオオオオオオンンン!」




 ──ギャアアアッ!!



「あれは……怪獣……?」


 突如として金属質な咆哮が鳴り響いたと思えば、イジンの背後の海から出現した黒い巨体。後頭部に噛みつくように獣のような機体が食らい付く。

 飢えた猛獣の如き荒々しい動きでイジンの首を食い千切ろうとするが、イジンも負けじと複数ある腕を使って引き剥がそうと試みる。


 黒い怪獣とイジンの膠着状態が続く中、それを先に破ったのはどちらでもない第三者。


 不意に赤い刃がイジンの六つある腕の内、甲殻が行き届いていない関節部分を狙って右腕二つを切り飛ばす。吹き出る血を浴びるよりも早く、その犯人は場をすぐさま離脱する。


 次に現れたのは紅白色のカラーリングと額の一本角。緑色の機体や黒い怪獣型ロボットとはまた違う、鋭角的でスタイリッシュなフォルムの機体。


「あのロボットたちって戦陣……じゃないよね?」

『一体どこの組織のアーマーギアなのでしょう……。ただ、今分かるのは彼らが敵ではないということくらいですか』


 いきなり現れた謎の機体たち。少なくともこちらに敵意を向けられている訳ではないことは理解出来ていた。

 不意打ちにより腕の一部を失ったイジン。感情を持ち合わせているかはさておき、その標的をノベライザーから現れた三機へと変更する。


『むっ、カタリさん、イジンの標的が変わった今がチャンスです。必殺技で倒しちゃいましょう』

「分かった。文章を!」


 イジンは新たな敵へと狙いを変え、今まで戦っていた相手を無視。それを隙と見なさずとしてなんと見るか。

 バーグの提案で、この隙に技の発動プロセスを実行。あの二機に気を取られている間に一撃必殺の大技をぶつけるのである。


 今の状況を何とかするためには自分で考えろなどと言っている場合ではない。バーグは即興の文章を作成し、モニターに表示。それをカタリがえいずる。

 そして発動する必殺技。背を見せるイジンに向けて、それを放つ──

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