第二話 植え付いたトラウマ

「…………」


「カタリさん、元気がありませんね」

『何しろ人が死ぬ瞬間を見てしまいましたからね。ナイーブなお年頃の彼にはきつかったのかもしれません』


 地面に敷かれた毛布の上で寝込むカタリ。まるで力尽きたかのような様子の彼は、裏世界に来てからほとんど動きを見せていない。

 そんな様子をノベライザーのコックピット越しに見守るバーグとトリは、今回の世界の情報を集める作業の真っ直中。


 先の戦いで目撃した白い怪物と人型兵器。もしかすればこちら側の動きに支障を来す可能性も考えられる。特に前者は人に対して非常に敵対的で危険な存在だ。


 ノベライザー単騎で複数を圧倒出来ることは判明しているが、何せ性質が性質。パイロットのメンタルに非常に深く刺さっている現状、これまで以上の丁寧なサポートが求められる。


 サポートAIとして最悪な展開になるのだけは絶対に避けなければならない。自動で入ってくる情報を調べ尽くす。


「私、ちょっと行ってきます。後はお任せしてもいいですか?」

『良いですけど……。今は一人にさせておいた方がいいのでは? 変に励まそうとして失敗したら怖いですし』


 そんな中、カタリの様子を見るに見兼ねたのか、トリは接触を試みようとする。


 バーグ自身、励ましたい気持ちは同じだが、如何せん精神が不安定になっている今は下手な動きは禁物と判断。そっとしておくのが最善策と思考は結論を出していた。


 トリもそれくらい分かってはいるはず。なのに何故行動を起こそうとしているのだろうか。


「それは百も承知ですが、今ここで手を打っておかないとずっとあのままになってしまいます。バーグさんだって、いつまでも塞ぎ込んでいる彼を見るのも嫌でしょう?」

『それはそうですけど……』

「ここは私に任せてください。必ずや元のカタリさんに戻してみせましょう」

 

 そう言い残し、トリはコックピットから降りる。

 確かにいつまでも鬱々としたカタリを目の前にするのも忍びない。ただでさえ機体の操縦には想像力を働かせる必要性がある以上、晴れない気持ちのままでは支障を来してしまう。


 仕方無しとばかりにため息を吐くバーグ。トリの言葉でメンタルが幾分か治れば良いと願いつつ、収集した情報の整理作業に戻る。






「カタリさん。具合は大丈夫ですか?」

「……うん。大丈夫。心配かけさせてごめんなさい、トリさん」

「いいえ、カタリさんが謝る必要は一切ありませんよ。気分を変えるにはどこかへと出かけましょう。例えば、この世界の町を散策してみるとか」


 寝込むカタリに話しかける。本人は問題無いとは主張するが、その声に元気はない。

 そんなパイロットに対し、トリが提案したのは外出というものだった。


「散策……?」

「はい。私と一緒に。どうですか?」











 舗装された道を歩くカタリ。こうした人工的な通路を歩くのは久しぶりである。

 トリの提案に乗った後、頁移行スイッチ経由で移動した近場の町を散策中。あくまでも散策なので、これといった目的はない。何か面白いものでも見つかればラッキー程度に田舎の町を練り歩いていく。


 田舎でも人通りの多い町中にいるだけに、視線が容赦なく突き刺さってくる。その理由はすでに明らかだ。


「トリさん。僕の何で頭の上に乗ってるの? すごく……目立つんだけど」

「いやぁ、流石に肩に乗るのは私の体型的に難しいので、消去法でここに」

「えぇ……?」


 トリは何故かカタリの頭上に乗っている。本人曰く頭の上ここしか無かったという供述をしているが、正直なところかなり目立つ。普通の人は鳥類を連れて散歩などしないはずなので、余計異彩を放つ存在となっていた。


 絶対に他の方法があるだろうとは思いつつ、発言は控えておく。

 不満を口に出来るほど、今のカタリには心の余裕がないからだ。


「ところでトリさん。あの怪物のことなんだけど……」

「はい。調べはついています。あの白い怪物は『未確認巨大生物』という名で通っていて、一部の人たちの間では『イジン』と呼ばれているそうです」

「偉人?」

異人イジンですよ。生息域は深海で、驚いたことに体内に無数の遺伝子情報を持っていて、自己進化するそうです。あと、この世界のロボットは『アーマーギア』と呼ばれ、先ほどの戦いで見たのは防衛軍の所有する『戦陣』と呼称される兵器だということも分かりました」


 次から次へと新しい情報が流れてくる。まだ一日ほどしか経過していないにも関わらず、ここまで情報を集められるとは流石である。

 あの怪物の名は『イジン』。誰がそう呼んでいるのかはさておき、こちらもそう呼ぶことにする。


 この世界の詳細が明らかになりつつある中、ふと立ち止まった電化製品店の前。ガラスのショーケース越しに見る新型テレビで放送されているニュースに視線が吸い込まれた。


『先日、京都の街を襲った大蛇型の未確認巨大生物についての情報です。警察の調べによりますと怪我人だけでおよそ数十万人を越えると見られ、死者、行方不明者はのべ数千人に達していると予想されます。依然として警察と防衛軍による懸命な捜索活動が続けられておりますが──』


「……!? これも、イジンなの……?」

「ですね。白い体表に取り込まれている海の生物を見ますと、イジンの生息域に一致します。おそらくこれが自己進化した個体なんでしょう」


 テレビに映されていたのは、目測だけで何十メートルもあろう巨躯。目を凝らして見るとクジラや鮫のような生物が体表に取り込まれているのが分かる。そんな見るからにおぞましい化け物が街を襲っている映像。


 以前見たイジンは人型だったが、別の場所ではこれほどまでに巨大で恐ろしい個体が現れている。過去の物とはいえ、考えただけで身の毛もよだつ話だ。


「……トリさん。僕、この世界が怖いよ。早くこの世界のどこかにある僕の世界の欠片を回収して、別の世界に行こう」


 この世界の現実を前に弱音が漏れる。それも当然で、元々はただの一般人だったカタリにとって、怪物という形で襲ってくる脅威が常に存在している世界は住むに耐え難かった。


 エターナルも十分に恐ろしい存在ではあるが、それとはまたベクトルの違う恐ろしさをイジンは持っている。カタリはそれに臆してしまったのだ。


「……そういえばお昼を食べてないですね。少し遅いですが昼食にしましょう」


 それに対するトリの返答は、話を逸らすように昼食の提案をするという物だった。

 問いに答えられないのか、あるいは答えられない理由でもあるのか、その真相は分からない。ただ、空腹であることは確かなので、言う通りに近場のコンビニへと足を運ぶ。


 店内に動物は連れ込めないので、トリには入り口付近で待ってもらい、昼食を買いにカタリは店内に入って行った。



 買い物が終わるのを待つ間、トリは今後のことについて思考を巡らせる。

 確かにカタリの言う通り、世界の欠片を回収して次の世界に行く。それ自体に全くの異論は無いが、それとは別に一つの問題を抱えたまま次に進むというのは賛同しかねる物だ。


 目の前で人が死ぬという光景。それは敵との戦いを続けていく上で、遅かれ早かれいつか必ず経験すること。それにトラウマを抱いてしまった以上、それをいつまでも持ち込んでいく訳にはいかなかった。


 なるべくこの世界でトラウマそれを解消しなければならない。困難とまではいかないが、とても難しいことだ。

 どの方法が最も適した解決策なのかを熟考していると、ふと慌てて自動ドアから出てくる人影を見る。それはカタリだった。


「と、ととととトリさん! これ見て! これ……!」

「ど、どうされましたか!? そんなに慌てて……」


 慌てふためるカタリが渡してきたのは、何か大きな出来事でもあったのか、カラーの表紙にでかでかと写真が載っている新聞の号外。

 そこまで感情を現にする内容を確かめるべく、それを受け取り読んでみることに。


「なになに。えーっと、『青森県の港町にて未確認巨大生物の出現。それを撃退したのは所属不明の巨大アーマギア!? 防衛軍との関連は如何に』ですか。ふむ、なるほどなるほ……ええっ──!?」


 普段は落ち着いたトリも、この記事に驚きを隠すことなど出来なかった。











 一台のバイクに跨がり、一直線に目的地へと向かう黒い人影。そのスピードはあと僅かの加速でスピード違反になってしまう程。

 法定速度ギリギリで走るのには理由があった。昨日に起きたとある事件について、アジトとも言うべき施設から世間一般には秘匿している情報を入手したという電話をもらっている。


 しばらく走ると見えてくる工場地帯。あそこがの目指す場所。『武器製造株式会社キサラギ』の文字が書かれた門を通り、真の目的地へと急ぐ。


 首を仰がなければ全体を見渡すことが出来ないであろう巨大な格納庫。その巨大さにはもう慣れているので当然の如く無視し、バイクを降りて内部へ入ると、中には大勢の作業員が忙しなく働いている。これもまた慣れた光景だ。

 その中で、いち早く彼女の存在に気付く者がいた。その人物は真っ先に彼女の名を呼ぶ。


「……ん、お! 神塚ちゃん! 帰ってきたか!」

「はい。少し遅くなってしまいましたけど、きちんと買ってきましたよ」

「なぁに、そう気にしちゃいねぇよ! 買ってきてくれるだけありがたいってもんよ。野郎ども休憩だ!!」

「「「うっす!」」」


 神塚と呼ばれた少女は背負っていたリュックサックからドリンクを取り出すと、作業を中断して徐々に集まってくる作業員たちにそれを手渡していく。


 彼女の名を叫んだ先ほどの人物もドリンクを取りに近付いてくる。長い髭を蓄え、ヘルメットで白髪の頭を隠す彼は薩摩龍馬さつまりゅうま。ここの整備責任者だ。


 彼はとある機体の整備を担当している。神塚の愛機でもあるそれを毎日手入れしてくれている以上、彼女にとって頭の上がらない人物の一人。そんな彼に例のニュースを少し訊ねてみた。


「そうだ。お爺さん、例のニュースのこと何ですが……」

「ああ、それなら全員社長室で神塚ちゃんのことを待ってるぜ。早く行ってやりな」

「そう……。ありがとう、お爺さん。では私行きますね」


 例の情報について訊ねてみると、薩摩は奥の扉を指さして行き先を提示してくれた。

 どうやら皆は自分のことをしっかり待ってくれているようである。これ以上待たせる訳にはいかないので、薩摩に小さく感謝の言葉を言うとすぐに社長室へと向かう。


 行き慣れた通路を渡り、エレベーターで30階へ。向かう先にある『社長室』と書かれた扉を無造作に開ける。


「何度も言ってるだろう、美央……。ノックはきちんとしないとダメだろ」

「私は気にしないので大丈夫です」


 開けた扉の先には小綺麗な部屋。その奥のデスクに座る女性はもう何度目かも分からないため息を吐き出した。彼女の名は如月梓きさらぎ あずさ。ここキサラギの頂点に立つる女若社長である。

 社長以外にも三名が社長室の中で待機をしていた。皆、神塚美央かみづか みおと戦いを共にする仲間たちだ。


「みんな、ごめんなさい。少しだけ遅れてしまって……」

「いえいえ、全然大丈夫ですよ、美央さん。全員気にしてませんから」

「ふふっ、ありがとう香奈。そう言ってもらえると助かるわ」


 美央の遅刻の謝罪に対し、真っ先に反応を示したのは光咲香奈こうさき かな。美央にとって妹にも等しい友人の一人。


 他の二人──黒瀬優理くろせ ゆり流郷飛鳥りゅうごう あすからも無言ではあるものの、香奈の発言通り遅刻に関して咎める様子はなさそうである。飛鳥に至ってはあくびをして気に留める素振りすらも見せない。


 普段はしない些細な失敗を見逃してもらえたのは嬉しい限りだが、やはり多少の恥ずかしさはある。誤魔化すようにそそくさと列へ並び、本題に入る。


「……全員揃ったね。それじゃあ本題に入ろう。昨日、東北地方のとある港町に四体の兵士級イジンが出現、防衛軍の戦陣が出動して一名の犠牲を出したものの、撃退に成功。ここまでは普通だな。

 だが、号外に書いてあった通り、あの場所には謎のアーマーギアらしき機体があった。おそらくイジンを撃退したのは戦陣ではなく、この機体だろう」


 改めて全員が揃ったことを確認すると、梓が粛々と話し始める。内容は昨日に起きたニュースについて。

 デスクの上に例の新聞を広げる。マスメディアが大見出しで取り上げるそれは、遠目ではあるものの、戦陣とも他のアーマーギアとも見て取れぬ謎の機体を激写した画像がでかでかと載せられている。


 少なくとも民間の物ではないのは確か。美央の考えではこれは確定だと結論を出していた。

 周囲の建造物やイジンの死骸などから推測するに、高さは十メートル前後。赤と白の派手なカラーリングにはどこか既視感を思わせる。


「で、だ。なんと防衛軍が黒瀬二尉を介して当時の現場にいた戦陣に記録されていた映像を送ってくれた。私と二尉はすでに動画を先に見終えている。君らにもそれを見てもらい、今後についてを話し合おうと思う」


 極秘情報というのは、どうやら当時の状況を記録していた映像とのこと。確かにそれは世間に見せられる代物ではないだろう。

 映像媒体ならば何かしらの判別はつくはず。数体ものイジンを撃退した謎のアーマギア、不思議とそれに興味がそそられる。


「じゃあ、再生するよ」


 再生準備を終え、映像を流す。当時の一部始終が収められた映像の始まりは、目の前で一機の戦陣がイジンに捕食されているシーンからだった。

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