第二章『悪逆の機獣無法者』編
第一話 悪辣の無情捕食者
遙か上空に出現した空間の歪み。その世界から見た異界の扉。そこから一つの巨影が雲に紛れて飛び出した。
青い巨人。一つ前の世界の住人はそう例えたが、あながち間違いではない。ノベライザー、青いカラーリングが特徴の世界を渡るロボットである。
「ここが本当の目的地……」
『はい。簡単に調べたところ、どうやら条件の通り、食料の補給を完璧に行えることが出来る環境がありますね』
機体を操るのは一人の少年、カタリィ・ノヴェル。そのサポーターのリンドバーグ。姿はないが機体のエネルギー源と化しているトリの三名。
彼らの目的は文字化を発生させ、様々な世界を崩壊させる『エターナル』の撃破、そして文字化した世界の修復。この世界にやって来たのは後者が関係している。
『さて、降りられる場所を探す前にノベライザーを透明化させましょう』
「え、なんで?」
『少しはご自身でお考えになっては? この世界は前の世界とは違って文明が大きく発達した世界なんですよ。そんな世界に空から急に変なロボットが降ってきたらどうなると思います?』
「あ、そっか。いきなりノベライザーが出てきたら混乱しちゃうか」
『ご名答』とジェスチャー付きで正解を表すバーグ。
確かにバーグの言うことはごもっともで、巨大ロボットなどは本来ありえない存在だということ。そんな世界にこのような巨体がいきなり出現したとなれば、パニックは避けられない。
「分かった。透明化ね」
『着陸場所は現在捜索中です。文明の発達した世界は普通に降りられる場所が少ないんですよね~。もうちょっとお待ちを』
ノベライザーに透明化の想像を付与し、着地地点が見つかるまでホバリング状態を維持。検索結果を気長に待つことにする。
今回の世界に文字化したカタリの世界の一部が混入している。それがどこにあるかなどは全く検討は付かないものの、ある人物からの言葉が正しければ早い内に回収は可能とされている。
その人物とは、前回の世界でお世話になった異種族混合村の村長。彼女の本業は占い師であると宿泊中に判明したので、御厚意でこの先の旅や捜し物の運勢を占ってもらっていた。
その結果、『捜し物の発見は容易。されど油断は禁物』と『旅先では常に波瀾万丈を歩む』とのお言葉をいただいた。前者はともかく後者はなるべく良い意味として捉えておくことにしている。
波瀾万丈……やはり、エターナルとの戦いは一筋縄ではいかないということか。今後に思い悩む中、ふとノベライザーの高度が徐々に下がりつつあることに気付く。
薄雲の中を抜け、モニターを見ると下界が確認出来る。拡大すると、そこは沿岸沿いの田舎町。不躾ながら『何もない』というのが第一印象だった。
「ねぇ、バーグさん。アレって……」
ただ、少なくともその町には異質としか思えない何かがあることに気付いていた。
白い、人のような物体。それが数体町の中を移動している。
『んー、何でしょうかね、アレ。流石の私でもここまで離れていては肉眼での判別は付きにくいですね』
「生き物かな……? でもこの世界って普通に人間がいる世界なんだよね? もしそうならあんなのがいるのは変だよ」
その疑問も道理。ファンタジー要素が一切ない世界あのような正体不明な存在などいるはずなどない。
となれば一体あれは何なのか。大きさを推測するにノベライザーと同じ、あるいは少し小さい程度。町の家屋に入れない大きさなのは明白だ。
「見に行ってみよう。もし人を襲うような存在だったら危険だから」
『ええー。行くんですかぁ? まだ着陸場所の検索結果なんて出てないのに……』
「大丈夫。もしかしたらどさくさに紛れて着陸出来るかもしれないじゃん?」
消極的なバーグに対し、今回のカタリは強気の姿勢を見せる。
その理由として上げられるのは、前回の戦闘が関係していた。新たな力『メディキュリオスフォーム』。その使用が解禁になったからだ。
先日戦ったエターナルはかなりの強敵だったが、メディキュリオスフォームはそれを圧倒。多少なりカタリに自信を付けさせたのである。
そのことを知っているバーグはため息混じりにカタリの案を可決。サーチを中断し、白い生物の近くまで降下していく。
そして、現場が近付いて行くに連れて、衝撃的な光景が目に飛び込んでくる。
『全機、撃てええ──!』
ノベライザーがどこからか無線を拾う。その声は思わずドキリと心臓を張り詰めるかのような気迫──否、敵意が込められていた。
モニターを注視すると、あの白い人型に向かって右腕のガトリングガンを撃ちまくる焦げ茶色の装甲を纏ったロボットがいた。
地味なカラーリング故に上空からでは分かり辛かったものの、こうして近くで見ると複数おり、それらが陣列を組んでいる。
まるでフィクションの戦記物にでも出てくるかのような、思いがけない兵器。この世界はファンタジー系統の世界ではない文明の発達した世界だが、ロボットが実在するとまでは聞いていない。
「みんなあの白いのに攻撃してる。もしかしてエターナル!?」
『いえ、スキャンによるとあの怪物はこの世界特有の物です。もっとも人類を脅かす存在のようで、人やあのロボットを食べるとか』
「人を!? そんな……、じゃあなおさら放っておけないよ!」
バーグからの情報はカタリを突き動かすには十分な内容だった。
ゆっくりと降下していた機体は一気に重力に引かれるように落ちていき、町の広場へと着地。すぐに白い怪物の方へと向かう。
だが、ここでまたしても衝撃的な物を見てしまう。それは、あの白い化け物だ。
人に近い姿をしているが、手足が妙に長い。頭部には顔は無く、代わりに濁った紅色の瞳がいくつもあった。それだけではない。腹部にはなんと口らしき器官が存在しており、前回の人外たちとは一線を画す完全な怪物。
この世の物とは思えない──そんな言葉がここまでしっくるのも気味が悪いくらいだった。
「なんだ……こいつら。気持ち悪ぅ」
思わず生理的嫌悪を催してしまうカタリ。それらが目の前に四体。正直相手にしたくない気持ちがやる気を逆転してしまいそうになるが、ここはぐっと堪える。
あんな化け物が人を襲い、そして食らうのだ。そんな残酷な光景など見たくもない。
二丁のハンドガンを想像し、ロボット兵らのガトリング弾幕に紛れて最も距離の近い怪物に向かって発砲する。
透明化した攻撃は気付く間もなく敵を蜂の巣にし、青色の体液をまき散らしながら甲高い悲鳴のような鳴き声を上げて倒れた。
一体目を撃破。だが、残りの三体はそれを気にすることもせずに進撃する。
「こいつら……、仲間を倒されたっていうのに気にしないのか……?」
『気をつけてください。奴らには同族に対する仲間意識は無いと推測します。倒したからといって、油断してたら足下すくわれますよ!』
そうアドバイスを受ける中、敵は動く。
甲高い奇声を発しながら素早い身のこなしで例のロボット兵らへと肉迫。その内の一機に向かって怪物は飛びかかった。
派手に衝突し、地面へと押し倒す形となってロボット兵の動きを封じる。
そして、状況を理解する間もなく──
『うわあああああ!! がッ──……』
悲鳴。その無線は紛れもなく怪物に拘束されているロボット兵からの音声。だが、それは途中で酷い雑音と共に途切れてしまう。
怪物は今、襲ったロボットを装甲を食らっている。貪るように腹部の口が動き、ロボットをただの鉄塊に還していく。
あの怪物は人を食う。先ほどバーグから教えられた情報だ。まさかとは思いながら、目と鼻の先で起きている出来事に呆気に取られてしまう。
『くそっ、一機やられた!』
『怯むな! すでに一匹仕留めたんだ。このまま捕食している隙を突く!』
無線の内容は、怪物に襲われた機体が犠牲になったことを知らせる会話と、その隙を突いて撃破を目論む声。
やはり、あの機体に乗っていたパイロットは死んでしまったのだろうか。もうあの悲鳴と同じ声の無線は聞こえない。見ず知らずの誰かではあるが、一人欠けたというのが直に分かる。
「…………」
『カタリさん……』
目の前で人が死んだ。事故でも病気でもなく、正体不明の化け物に食われてしまうという末路。その一部始終を目撃してしまった。
あんな最後は人がして良い死に方ではない。カタリに心火が灯る。
「……バーグさん。メディキュリオスの栞を貸して」
『気持ちは分かりますが、落ち着いてください。無闇やたらに使ってしまえば収集が……』
「──いいから! ……お願い」
ついぞ見たことのない本気の激昂に、思わず気圧されるバーグ。
制止は無駄だと判断したバーグは、大人しくクラインボックスのロックを解除する。
『……カタリさん。多分ですけど、この世界はカタリさんにとって印象に根深く残る世界になるかもしれません。お気をつけて』
「ありがとう、バーグさん」
語りかけるかのような返答の後、カタリはボックスから栞を取り出し、スロットに挿し込む。
「──ノベライリング・メディキュリオス」
起動の合図。瞬間、紅と白の装甲がノベライザーに装着される。数秒にも満たない時間で換装は終わり、腰部のビットを飛び立たせた。
目標はあの怪物ら。かける情けはどこにもない。
高出力の光刃が、不意打ちをかけようとしていた機体よりも先にロボットを襲った一匹を分断。切断面から大量の血を迸らせながら絶命したそれを無視し、次の怪物へ。
全てのウェポンを残った二匹へと向かわせた。
ビットの操作は普段バーグがするのだが、今回は何もしていない。今は
ひしひしと感じる怒りと後悔の感情が、奇しくもノベライザーの力を増幅させていた。
居残った二匹だが、二度と動かぬよう入念に細かく刻まれ、元の形を維持していないただの肉塊と化す。
もはやそれは敵の駆逐ではなく、カタリの八つ当たりそのものと化していた。
『……隊長、あれは一体……』
『……分からん』
ふと、無線からはロボット兵らの声。目の前で起きている光景に呆然としている様子が分かる。
それもそのはずで、隙を突いて攻めようとした途端、いきなり怪物らは身体がバラバラになって死んでいったのだ。
その真相は近くに別世界から来たロボットがおり、それが今の現象を起こしたなどと誰が想像するだろうか。
『カタリさん。もう戦いは終わってます。今は帰りましょう』
「……うん。そうだね、ごめん」
様々な感情が
ビットを腰部のホルダーに収納すると、スロットから栞を外してメディキュリオスフォームを解除。
初めて、目の前で人が死ぬ瞬間を目撃した。
ただ死ぬだけならまだしも、怪物にロボットごと捕食されてしまうという衝撃的な光景。つい最近までただの一般人だったカタリには、このショックは計り知れない。
何も出来なかった。その後悔だけが、今のカタリを支配していた。
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