メディキュリオスの力

 予知夢の内容は案の定的中した。夢で見た鳥とも虫とも例えられない異形の怪物が現れ、世界を食らい始めたのだ。

 故に以前から進めていた疎開の準備を急がせ、村から出立。次の移住先までを問玉晶で導いていた時のこと。


 夢で見たのとは色などが違うが、どこか似ている青い巨人。それが目と鼻の先に落ちてきたのだ。衝撃と風圧が村民の列を崩し、混乱に陥れる。


 少し上を見上げた先には例の怪物。目の前には巨人。どう考えても絶望的状況。だが、人々の命を預かる側として逃げることは許されない。


 自身の命をかけてでも守る──そう覚悟を決めた時だ。


「問玉晶が青く……!?」


 水晶は何故か濃い青色へ濁る。これは水晶に映した者の心理を知る力がある。つまり、巨人は何かを忘れているということ。

 そして次の瞬間、水晶の青は消失。同時に巨人は立ち上がると、その姿を変化させた。


 青い身体はどこからか現れた紅白の鎧を纏い出し、その姿を完全に変える。その体色は夢で見た物と一致。


「予知で見た巨人……。お前は、どちらの味方だ……!?」


 変化を終えた紅白の巨人は、振り向くや否や巨腕をこちら側に向けた。

 背後で恐怖の悲鳴を上げる村民。やはり敵対する存在かと警戒。だが、それは杞憂に終わる。

 放たれた波動のような何か。それは一瞬にして結界となり村民らを包み込んだ。


「これは……。まさか、私たちを守ってくれるのか……?」


 巨人は頷くこともせず、今一度怪物の方を向いて飛び立つ。軌道には赤い煌めきが残滓として残る。


 敵意がないことは分かったが、それでも不安は費えない。何故ならば巨人と怪物の戦いの結果は自身の予知能力を持ってしても見えなかったからだ。


 どちらかが勝ち、どちらかが負ける。彼女に出来ることは巨人が勝つことを祈る。それだけだ。











 目標に向かって空を駆けるノベライザー・メディキュリオス。

 青と紺がメインカラーだったのに対し、現在の姿は白と赤。そして何より通常の形態には無かった新たな装備がなされている。


 一度は敗北を喫した相手。新たな力で挑んで勝てるかどうかの保証はない。だが、不思議といける気がしていた。

 しかし、それとはまた別で心配なことがある。


「でも、大丈夫かな。村の人たち」

『大丈夫です。ノベライザーの能力で作ったバリアで守られているので、多少の攻撃なんて何のその! あんまり強い攻撃の直撃は危ないですけど』

「一言余計なんだよなぁ……」


 バリアの展開を提案したのはバーグだ。

 戦闘の余波や流れ弾が村民らに当たらないようにという心遣いなのだが、一言余計なことを口走るせいで不安になる。


 とはいえ、敵は空で文字化を進めている最中。地上に近付かなければ問題はないと信じて接近していく。


『さぁ、気を取り直して行きますよ! カタリさん、メディキュリオスの機能、分かりますか!?』

「いや、そもそも今初めて知ったんだけど」

『ですよね! 私も使うのは久々なので少し心配なところもありますが、一緒にやっていきましょう! まずはで牽制です』


 そう言うと、バーグの操作により目の前の画面には『RW/Release2』という表示がされ、同時に腰部裏に備えられた六枚ものプレートが一斉に動き出す。

 棺桶のような一部が突起した六角形。その縁からは紅い粒子のようなエネルギーが吹き出ており、それが空中に浮かんでいる。


「これは?」

『それはリベレート・ウェポン『スレイブビット』と言って、オリジナルのメディキュリオスにも装備されてる兵装です。半自動で防御や攻撃、さらには移動補助などありとあらゆる状況に対し働いてくれる良い子たちですよ』


 自動であらゆる状況に対応してくれるとは、中々に便利な機能である。オリジナルはさぞかし高性能なのだろう。

 それはさておき、ついにエターナルと再会敵。三度目の特攻でも相手は変わらず凶暴な顔で迎撃体勢に移る。


 対面と同じタイミングで羽を飛ばす攻撃がノベライザーを襲う。威力の高い十数枚の羽が迫る中、ウェポンが反応。手裏剣のように回転しながら全ての羽を打ち落とした。


「あっ、これすごい便利だね」

『そりゃあ、私の操作ですから。優秀で当然です』


 自画自賛としたり顔のコンボ。どうやら半自動とは言っていたが、今はバーグがビットの操作をしているらしい。

 これまでの戦闘ではアドバイスくらいでしかバーグの活躍は無かった。だが、独立して動く装備がある今は共に戦っている。それが、とても心強く感じている。


 いける──。そう勝利を確信しつつ、ビームライフルを想像。実体化したそれを装備し、エターナルに向けた。

 すると、三枚のビットがライフルの先端を包み込むかのように繋がり合い、特殊な銃口マズルと化す。


『カタリさん。私は残りのビットで相手を牽制します。その隙にビットで威力と命中精度を上げたライフルで急所を狙ってください!』

「うん、分かった!」


 指示通り、残ったビットはエターナルに向かって勢いよく飛んでいく。顔の周囲を飛び回らせたり、ちまちまと攻撃を重ねて敵のヘイトを貯めていく。


 相手がビットに気を取られている合間に、カタリは大地に一度降り、静かに準備を進めていく。


 機体の自動スキャンにより相手の弱点部位は胸部と推測。そこへ強化されたエネルギー弾を撃ち込み、決着をつけるのだ。

 狙撃体勢に入ると、エターナルの動きに合わせてゆらゆらと揺れ動く照準を調整。銃口のビットは回転しながら開き、溜まっていくエネルギーを収束させていく。


 余談だが、ビットから吹き出る赤い燐光は火のような物ではないらしく、羽ばたく度に舞い散っていく燐分に着火しない。これならば狙撃の影響も無いはず。


 集中──。息を潜め、バーグが作ってくれる隙を見定める。


「……っ! 今だ!」


 照準とエターナルの位置が重なった瞬間、カタリはトリガーを引く。

 その瞬間、回転していたビットは一気に閉じ、エネルギーが一点に集中。極細の光弾が目標に向かって放たれた。


 瞬きをするよりも早く、光弾は狙い定めた位置を貫通。翼をも貫いてどこまでも飛んでいく一撃により、エターナルを沈める……とまではいかなかった。


「まだ倒れてない!? 弱点は確かに貫通したはずなのに……!」

『むっ、物凄いエネルギー反応を検知! カタリさん、ガード!』


 弱点を貫いたはずのエターナル。本来なら大ダメージで地面に落ちてもおかしくはない一撃を食らったにもかかわらず、よろめきながらも未だに空を羽ばたき続けている。


 それだけではない。ステンドグラスのような翼には不自然な光が無数に付き始める。

 バーグの指示、それに応じるよりも早く、相手が動く。




 ……──グォオオオオオオオオォォォォォ!!




 耳をつんざく咆哮。同時に鈍い輝きを放つ翼から、仕返しと言わんばかりに無数の光線が解き放たれた。

 雨のように降り注ぐ光は辺り一帯の木々を焼き、大地を砕く。森の一部を焦土に変えてしまう広範囲にも及ぶ攻撃が繰り出される。


 切り札を出し終えたエターナル。美しかった翼は萎れ、今は最初の輝きは失われている。だが、それに見合う結果を残した──はずだった。


「……!? ってあれ、防げた?」

『危ない……。ビットの防御モードが間に合って良かったです。セーフセーフ』


 手前の画面には『RW/Release1』という表示に、安堵のため息を吐き出すバーグがいた。

 カタリ自身も一瞬何が起きたのか分からなかったが、メインモニターに映し出された光景を見て納得する。


 あの広範囲にも及ぶ攻撃は、四枚のスレイブビットが放つ紅い粒子の膜で防いでいたのだ。

 それだけでなく、範囲内にいた村民らの場所にも二つのビットが展開されており、そちらも無傷のままに終わる。


 エターナルの切り札は、あろうことかノベライザーには一切のダメージを与えられずに終わったのである。


『カタリさん、敵はもうまともに動けないでしょう。このまま放置しても文字化現象さえ起こせないかと』

「え……、それってつまり、このまま見逃すってこと?」

『は? そんな訳ないじゃないですか。このまま一気に粉砕、玉砕、大壊砕! に、決まってますよ!』


 すると、画面には例の文章が。相手が弱って余裕があるせいか、心なしかいつもより長文に感じる。


「ついに何も言わなくても出すようになったね」

『は? 私からのサービスはこれで最後ですよ。次からはマジで自分で考えてくださいよね。本当に』


 そう釘を刺されつつ、カタリは必殺技発動の準備に取りかかる。

 いつもより少しばかり長い文章。これを噛まずに読み切るのには中々骨が折れる作業だが、今回は余裕を持って言えるのが救いか。

 全文に目を通し、呼吸を整える。



「すぅ──はぁ──……。よし、

『右腕に接続されるスレイブビット。だが、それは一枚二枚ではなく、六枚全てが直列に繋がり身の丈を越える大きさを持つ大剣と化す。そして放出される大量の粒子による紅い光が機体を照らす。


 切り札──。相手がそれを出したのであれば、こちらも切り札を返すのみ。

 もはや隙と呼ぶにはあまりにも無防備極まりない姿にノベライザーの技が炸裂する。


 疲弊するエターナルへ接近し、すかさず切りかかる、エネルギー刃による強力な連続攻撃を幾度と無く繰り返し、その度に身体を切り刻んでいく。


 最後の一撃、最大出力の縦切りがエターナルを完全に両断。断たれた巨体は大地へと墜ち、爆発。かつて美しかった翼も跡形も無く散っていくのであった』──!」



 無事に言い切れると、ノベライザーのバイザーが発光。必殺技が開始された。

 文章通り六枚のビットが機体の右腕にある接続部に連なっていき、合体。紅い光を放つ巨大な剣になると、どこかへと逃げようとしていたエターナルを追って切りかかる。


 振り払われる度に斬撃痕を全身に刻み、とどめに一番の威力を持った一撃がエターナルの胴体を切断。そのまま大地へと叩き墜ちていった怪物体は前回同様爆発を起こして消失した。


 文字化の元凶を打ち倒したことにより、爆発地点から無数の光が飛ぶ。空や大地に開けられた文字化の大穴に戻り、元の世界へと修復されていく。



『よし、状況終了! 無事に倒せてなによりです!』

「はぁー……、疲れた……」


 エターナルを撃破した安堵からため息を吐くカタリ。今回の敵は中々に強力な相手であった。一時はどうなるかと思ったが、結果的に何とかなり、胸をなで下ろす。


 大地へと着地するノベライザー。その近くには村民らの集団がおり、バリアが無くなっていたのか、その内の一人が近付いて来る。


 拡大して見ると、それは村長だった。ノベライザーの姿のままだと誰だか識別など出来る訳がないので、機体から出る。


「……! お前たちは……」

「はい。この度はお騒がせして申し訳ありませんでした、村長」


 トリに襟首を掴まれながら、ゆっくりと降下するカタリ。怪物体を倒した巨人の正体が現地人に明かされた瞬間だった。











 そして、エターナル撃破から二日。カタリらはこの世界を出ることとなる。


「それでは、私たちはこれで。短い間でしたがありがとうございました」

「ああ、世界を救う役目があるのだろう。それを邪魔するわけにはいかないからな。むしろ私たちが礼を言わねばならぬ」


 村の出口にて、最後の会話を交わす一行。村民以外の村長が直々に赴いての見送りは珍しいとのこと。

 そのような待遇になるのも致し方ない。エターナルの撃破によりこの世界の文字化は回避されただけでなく、疎開して無人になるはずだった村に活気が戻ったのだ。


「まさかお前たちがあの巨人を操り、怪物を倒したとはな……。やはり私の予知は当たる」

『まぁ、敵か味方かの区別が出来てなかった時点ではとても正確な予言だとは言い切れませんけど』

「バーグさん! そういうことは言っちゃ駄目だって!」

「ふふふ、絵の妖精殿は手厳しいな」


 村長の予知夢……それは、この世界にやって来たエターナルとカタリらのことだった。

 世界を食らうというのは直喩で、巨人の羽というのもメディキュリオスフォームのスレイブビットを指していた。表現に差異はあれ、確かに村長の予知能力は本物だ。


「……ではそろそろ行きましょう。それでは村長、お元気で」

『それでは皆さん、さようなら──!』

「うん、またいつか会える時まで。さようならー!」


 次の行き先まで歩き始める一行。村長は無言のまま、その背を手で振って見送る。

 森に入ると、ノベライザーを召喚。それに乗って三人は次なる世界へ行くために多元時空間へと消えていった。

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