誕生する怪物体

 空を駆けるノベライザー。そのスピードは先ほどよりも遙かに速くなっていた。

 空気を切る衝撃で目下の木々は枝葉を暴れさせる。数百枚もの生葉が空を舞っても気にしない、気に出来ない理由があった。


『早くしてください! 目標をやっと見つけられたんですから! 最高速で潰しに行きますよ!』

「分かってる! でも今の僕にはこれが限界だって!」


 それは例の目標──そう、エターナルを発見したからである。

 世界を崩壊させ、なおかつ消滅を早める存在。この世界に来たのは文字化を事前に防ぎ、救うことだ。

 文字化現象はすぐには始まらないとはいえ、前回のようにあっさりと倒せる保証はない。動いていない今の内に攻めるのが得策なのである。


『見えました! あれが目標物です!』

「あれって……!? な、なんだこれ?」


 ようやく肉眼で発見したエターナル。バーグの言葉が正しいのであれば、あれがそうなのだろう。

 この縦向きの楕円状をした白い物体。確かに周囲の森には似合わない異物に間違いはない。だが──


「これ……本当にエターナル? 触っても全然反応しないけど」

『気を付けてください。今は非活性状態で動かないだけで、活性化したら中からどんな怪物体が出てくるのやら……。今の内に必殺技で叩き壊しちゃいましょう』


 相も変わらぬAI離れした武力行使案。だが異論はない。

 本格的に動く前に倒すのは道理。カタリは剣を想像し機体に持たせる。


「この前のやつで良いんだよね? なんて文章だったっけ?」

『出来れば自分で文章考えて欲しいんですけどね。でも今は仕方ありません。今の敵に合わせ即興で改稿した物です。どうぞ』


 流石にあの長文を覚えている訳がないので、またバーグに文章を用意してもらう。今の卵状の敵に合わせた新しい文章が画面に表示され、大きく息を吸う。


「すぅ──……、はぁー……。よし、行くぞ!

『剣に纏う赤いオーラ。振り払ったその刹那、放たれた一撃は凄ま──』……!?」


 久方ぶりの詠唱。だが、それは序盤で止まってしまう。

 その原因は目前の物体にある。何をしたわけでもなく純白の表面にはヒビが走り、それは徐々に広がっていくのだ。


『そんな! 一歩遅かった……!?』

「遅かったって……じゃあ、これは……!?」

『構いません! カタリさん、ぶっ放しちゃってくださいッ!』

「う、うん!

『放たれた一撃は凄まじい物だった。純白の表面を薙ぎ払った一撃により、砕け散る殻。すかさず二度目の斬撃を放ち、目標の怪物体は現世に姿を現すことなく爆発四散するのであった』──!」


 すでに感じる嫌な予感。バーグの絶叫に従い、カタリは詠唱の続きを言い放つ。

 詠唱通りに動くノベライザー。薙ぎ払われた赤い二撃は孵化しつつあるエターナルに命中し、爆煙と殻の破片を周囲にまき散らす。

 もうもうと立ち昇る白煙を見守る中、何事も無かったかのように内部の生物バケモノは動き出した。


 仄暗い洞窟の内部が如き殻から出現する巨大な怪物体。粘液のような液体を纏いながら這いずり出るその姿は、まるで殻を破って生まれたばかりの芋虫のよう。

 頭部と思わしき部位を空に傾げ、吼えた。





 ────コオオオォォォォォォォォン……!!





『ぐっ……、やっぱり駄目でしたか!』

「どどどど、どうしよう! エターナル生まれちゃったよ!?」


 嘴状の器官から放たれた鼓膜を突く咆哮。機体内では幾分か軽減されているが、作戦失敗によるパニックが起きている。

 活性状態になってしまった以上、戦闘は避けられない。


『とにかく文字化が始まる前に叩きます。接近を!』


 指示を要約すると『ガンガン攻めろ!』というもの。もっとも今のカタリにはそれしか出来ることはない。

 まだ鈍い動きの怪物体を潰すべく、即興で作り出したハンマーを手に勢いのまま振り下ろした。だが──


「当たっ──……うわああっ!?」


 命中──はした。だが、その直後に弾き返されてしまった。打撃の威力をそのまま返されたかのように機体は反動で遠くに飛ばされてしまう。

 あの表皮にはどうやら強力な反発性がある模様。打撃武器なら高い威力を出せると睨んでの選択だったのだが、失敗に終わったのは痛い。


「くっ……。打撃がダメなら銃はどうだ!?」


 更なる想像をし、今度はハンドガンを二丁作り出す。

 自動照準により狙いは完璧。弾丸には貫通弾のイメージを重ねがけて発砲。想像通り銃弾は反発することなく表皮を貫通し、内部へダメージを与える。


 唸るような低い咆哮。この攻撃は流石に効いたようで、どこかへ逃げるように身体をうねらせていく。当然、このまま逃す道理はない。


「バーグさん! 追おう!」


 思いの外早い速度で逃げ出すエターナル。ノベライザーは速度を上げて追跡を図る。


『…………』


 だが、一方でバーグは沈黙したままだ。何かアドバイスをする訳でもなく、何かを考えている様子。

 見かねたカタリは問いかけるように状況の解説を求める。


「バーグさん、どうしたの? このまま攻撃を続ければ倒せるよね?」

『……あ、はい。このまま何もなければですけど。でも何でしょうか、この違和感……』

「違和感?」


 その言葉を不思議に思うカタリ。少なくともその違和感とやらは今の自身には感じられない。

 またもやAIにしか分からない感覚なのだろうか。ともあれ相手は丸腰。追う間も攻撃を止めずに二丁拳銃の連射でダメージを重ねていく。


 近距離攻撃が効かない以上、銃撃で攻めるのが最善策。何もなければ、の言葉を信じて攻撃を続行する。だが──


「えっ!? なんだ、あれ……」

『やっぱり。怪しいとは思っていましたが、案の定でしたか……』


 突然に起きたその現象を前に、カタリの攻撃は止まる。

 バーグも最悪な展開になったと言わんばかりに落胆の表情を顔に出す。


 あの柔軟な表皮に鈍く発光する亀裂状の模様が浮かんだのだ。

 全身へと徐々に増えていく謎の模様。そして、いよいよ全体に行き渡った瞬間、さらなる変化を起こしていく。




 ──コオオォォォォォォ…………!




 目の前で起きる現象を目撃し、カタリは思わず息を飲む。

 自身の故郷を滅ぼした怪物体と同じ存在であるにも関わらず、目の前で起きている情景に感動している。それ程までに美しかった。


 羽化。蝶の幼虫を成虫にまで育てた者ならば一度は目にしたであろう。醜い姿から美しい翅を持った成体へと変化する過程。それを今、見ているのだ。


 芋虫に似た姿のエターナルは、亀裂の走った身体を砕き、中から美しいステンドグラスのような翼を伸ばしている。今なお延びる翼は片翼だけで最初の姿の倍を越える長さに到達。百を越えようかとしている。


 圧倒と感嘆。それが今のカタリを停滞させている要因。惚けるのも無理はなかった。


『──タリさん、カタリさん! なに敵に見とれてるんですか! 今の状況理解してるんですか!?』

「……あっ、ごめん! あんまり綺麗だったからつい……」


 と、ここでモニターからの叱咤に気付き、ようやく意識を取り戻すカタリ。

 この世の物とは思えない──実際そうだが──美しさを目の当たりにし、思わず手を止めてしまうなど、我ながら危機感が薄い。


 確かに現状はかなり逼迫したものになっている。言ってしまえば敵はパワーアップをしたのだ。これが良い状況であるはずがない。

 気を取り直して現状をバーグに訊ねてみる。


「バーグさん。あれが何なのか分かる? っていうか、エターナルって成長するの?」

『はい。エターナルの怪物体の一部は場の状況や環境によって姿を変えるケースがあります。今回は孵化直後に私たちが攻撃をしたことにより、移動しやすい姿になったものと考えられます』


 怪物体の進化、これは厄介な特性である。つまり下手な攻撃をすると敵を強くさせてしまいかねないという訳だ。

 おそらくは多少なり強さも変動していることだろう。油断は禁物か。


「でも、あの攻撃を跳ね返す身体はなくなった! 今がチャンスだよね?」


 翼を手に入れた怪物体の欠点。それは、近接攻撃を反発させる柔軟な表皮を捨てたこと。細身の胴体となった今の相手に斬撃や打撃は通じるはず。


 ちょうど翼を伸ばし終えた今を狙う。二丁拳銃の照準を再び定め、トリガーを引こうとした、その時だった。


「っ、なんだ!?」

『これは……鱗粉? あっ、カタリさんストップ!』

「えっ?」


 その瞬間、初めて羽ばたかれた翼から無数の粉のような何かがノベライザーへと向かって撒き散らかされた。

 瞬く間に視界を覆い尽くしたそれは、怪物体の翼から舞った鱗粉とバーグは推測。そして、次に起こり得るであろう現象に即座に気付くも時すでに遅し。


 引き金は引かれ、銃口から弾が射出。同時に飛び散った火花はある物を着火させる。


「────ッ!?」


 画面を覆い尽くしていた鱗粉の嵐は一瞬にして爆炎へと変換された。

 粉塵爆発──。バーグが寸での所で攻撃の中止を求めたのはこの爆発現象を予見したからである。

 不意打ちに成功したエターナルはその隙に離脱し、どこかへと飛び去ってしまった。


「いっ……つぅ……」

『カタリさん、大丈夫ですか!? 頭打ってませんか?』

「なんとか……。でもごめん、やられちゃった」


 今の爆発により、防御もままならずに直撃を食らったノベライザーは一時的に機能を落としてしまう。

 初めての敗北。今回の相手は前回よりも遙かに強力な存在のようである。


『いえ、確かに今はしてやられはしましたが、終わったわけではありません。まだやれますよね、トリさん!』


 励ましの言葉に続き、原動力コアと化しているトリに問いかけた。すると、薄暗くなっていたコックピットは再び照明を取り戻し、再起動を果たす。

 どうやらやる気はまだ十分にあるらしい。ならば自分もそれに答えなければならない。


「……うん、もう一回挑もう。次こそは勝つんだ」

『その意気です。逃げた敵の位置は特定済みなので、すぐに向かいましょう』

「でも作戦はあるの? 今回のは結構強いけど……」


 巨大な翼と、それから撒き散らかされる鱗粉により火器は意味を成さない物となった。近接も遠距離も効きづらいとなると、残る手段は相当限られてしまう。

 そんな難敵を相手にしてしまった今回。サポートAIは唸りながら一つの案を出す。


『うーん、そうですね。久々にアレでも使ってみましょうか』

?」


 何やらバーグにはとっておきがある模様。

 あの怪物体に対抗しえる手段がこの機体に備わっているらしいが、一体それがどのような物なのだろうか。想像してみるも検討がつかない。



『はい。短く言い表すと──『他の機体の力を借りる』、ですかね?』

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