一寸先の預言

「さて、今後のことについて話を始めましょう」


 案内された宿にて早速会議は開かれる。

 議題は勿論、村長の予知夢について。流石のカタリもその予想は出来ていた。


『世界を食らう鳥のような怪物と羽の巨人。流石ファンタジー系世界。とんでもなさそうな物が存在していますね』

「バーグさん、これらは私たちの目的に支障が出ると思いますか?」

『世界を食らう。それが比喩的表現か、あるいはエターナルのような物なのかによって変わりますね。おそらくは前者である可能性が高いので、実際に遭遇した際は何とかなるでしょう』

「対処法が無計画過ぎるなぁ……」


 バーグは村長の『世界を食らう』という表現はあくまでも比喩的な物であると推測。

 それについてはカタリも同意見である。いくらファンタジーな世界とはいえ、概念にまで干渉出来る存在が一介の異世界に存在しえると思えないからだ。


 もっとも──、その鳥や巨人がエターナルに関連するものであるのなら話は変わってしまうが。


『まぁ、何はともあれまずは食料集めです。なのでカタリさん、いってらっしゃい』

「へ?」

『ほら、何ボーッとしてるんですか。あなたが集めるんですよ、食料』

「え、えぇッ──!?」


 と、そんな唐突極まりない任命を受けた買い出し担当カタリ。いつ手に入れたのか、トリから受け取ったこの世界の貨幣を持って異種族が暮らす村を移動する。


 あまりにも唐突極まりない事態に、もしかすれば先ほどの村長の助言はこのことを指しているのではと思いながら渡されたメモの通りに買い物をしていく。

 そんな中で不意に集落の住人の会話が耳に入ってきた。


「村長の予言、今回のはやばそうだな」

「そうだな。世界を食う鳥と羽の巨人……。あんまり抽象的過ぎるけどあの人の予言は百発百中なんだよなぁ。どうなっちまうんだろうな、この村」


 意図せず盗み聞いてしまった会話の内容は村長の予知夢について。住人らも二体の怪物の脅威に怯えていることが分かる。

 よく見ると荷物を整えている家も多く見受けられる。会話から察するに疎開の準備と考えるのが普通か。


 村長の言葉通り、目的を果たしたらすぐにこの世界から出て行くのが正しいのだろう。無用な争いに巻き込まれるのはなるべく避けたい。


 だが、本当にそれでいいのかという疑問がカタリにはある。自分らには関係のないこととはいえ、間違いなく大災害になりえるであろう脅威に怯える人々を放っておくのが正しいことなのだろうか。


 故郷の世界では自分一人を残して全員が消えた。若干の違いはあれども、同じような境遇の人を出して良い理由はない。


「……バーグさんに相談すれば助けるのを手伝ってくれるかな」


 ふと呟いた言葉が今のカタリが起こせるたった一つの行動。何もしないまま終わるよりかはマシな選択のはずである。

 買い物を済ませ、拠点の宿家に戻るカタリ。先ほどの考えを起こすべく、バーグとの会話を脳内でシミュレートしつつ扉を開けた。すると──


『あっ──! 帰ってきましたね、カタリさん! 突然のことで申し訳ないですけど、すぐに出発です!』

「えっ、えっ。どうしたの? バグった?」


 帰宅早々、電子の絶叫がカタリを歓迎する。

 何やら興奮気味なご様子のリンドバーグ。小間使おつかいをしていた間に一体何があったのだろうか。それに『出発』とはどういうことなのか。それらの説明をトリが解説してくれる。


「実は先ほど周囲のサーチを何度か繰り返したところ、偶然にも文字化した世界の欠片が見つかったそうです」

「え、本当? それってもしかして僕の……」

「いえ、カタリさんの世界の物ではないらしいです。でも以前から探していた世界の一部で、完全修復まであと僅かなんですよ」


 この興奮はそれが理由らしい。嬉しそうで何よりである。

 世界の修復がバーグらの目的の一つ。それが目前ともなればそれくらい興奮しても道理か。


 なにはともあれ、新たに現れた目標を達成させるべく、頁移行スイッチを使いアンダーワールド経由で目的の場所へと移動する。


『ここですね。世界の欠片が見える見える……』

「見えるって……どこにもないよ?」


 到着した場所はマイナスイオンが感じられる滝壺周辺。大自然の情景が目の前に広がっている。しかし、カタリの目にはそれ以外は何も見えない。

 だが端末越しのバーグには見えているようで、やはり形になって転がっているということはないらしい。


『では早速回収しましょう。カタリさん、荷物の中からこのタブレットに接続するツールがあるので出して繋げてください』

「接続ツール? これ?」


 指示通りにバッグからツールを取り出し、それを端末へ接続すると、撮影モードに移行。画面越しに滝壺を見ると肉眼では見えなかったうっすら七色に光る靄が確認出来た。


「この靄が世界の欠片……?」

『はい。ではそのまま靄を写し続けてください。すぐに終わりますので』


 指示に従い欠片を写し続けると、画面にはバロメータが表示される。指針が進むにつれて靄は徐々に薄くなっていき、最後には跡形もなく消えてしまった。メーターも完了の表示を出している。


『……ふぃー。無事完了です。いやー、やっぱり支えが安定してるとすぐに終われますね! 支えが不安定だと時間がかかるんですけど、これからはカタリさんに支えの役を担当してもらいましょう』

「ねぇ、遠回しにディスられてるけどいいの?」

「彼女は悪意を持って言ってるわけではないので……」


 相変わらず無意識に辛辣を発揮するバーグに対し、トリの対応は大人だ。見習うべきものがあると心の中で参考にしておく。

 ともあれこれで欠片の回収は完了。拠点の村へ戻るためなのか、トリはノベライザーを出してそれにカタリを乗せる。


『さて、次ですね』

「次?」

『まさか忘れたんですか? 私たちがこの世界に来たのはエターナルを倒して文字化を未然に防ぐため。本題はまだ残ってるんですよ』


 今の言葉にはっと気付くカタリ。

 この世界に来たのは偶然遭遇したエターナルを追って来たからであって、本来の目的とは何ら関係のない寄り道のようなもの。まだ一日も経っていないのにも関わらず、うっかりしていた。


 なるほど──と感心をする。どうやらこっちが本命らしい。村長の予言は確かに当たる。


「ごめん。すっかり忘れてた」

『思い出せば良いんです。では行きましょう』


 バーグからの許しを受け、機体は発進する。

 想像イメージが操縦に不可欠なノベライザー。例え翼が無くとも『空を飛ぶ』という想像さえ出来れば飛行が可能となる。


 それらは初めて出会ってからの数日間でマスターした。元々ロボットなどの架空的存在を妄想するのが好きだったカタリにとって、操縦方法の会得に苦労はなかった。

 操縦に慣れた今ならスピードを上げるのも造作もない。脳内で移動速度を一層加速させるイメージをする。


『おっ、カタリさん。調子良いですねぇ』

「操縦はもうだいぶ慣れたからさ」

『ふふん。サポートAIとして操縦者の成長を実感するのは鼻が高いです』


 今までサポートAIらしい行動をした覚えがあまり無いという指摘は心に留めておき、機体はどこまでも続く森の上を滑空していく。

 そんな中、カタリは先ほどのことを思い出し、言葉に出してみることにした。


「……ねぇ、バーグさん。村長の予知夢についてなんだけど……」

『あれですね。如何にもファンタジーって感じの予言ですよね。それがどうかしました?』

「うん。巨大な鳥と羽の巨人、放っておいたら大変なことになるのは間違いないよね。だからさ、僕らで何とか出来ないかなーって……」


 ようやく口に出せた本心。無論、これがこの世界にとってのお節介で、バーグらにとっては余計な行為であることは重々理解しているつもりだ。

 だが、怪物が暴れて住人たちが生活出来なくなる。もっと言えば死んでしまうなどという結末になるのは避けなければならない。


 自分のような帰る場所や人を失う──そんな境遇の人々は増えて良いものではないからだ。


『優しい人ですね、カタリさんは』

「もしかして……駄目?」

『まさか。人助けに理由を付けるのは三流以下ですよ。トリさんも問題無いですよね』


 動力源となっている今のトリは会話は出来ない。だが、心なしか機体が僅かに加速したような気がした。

 バーグもトリも、どうやらこの世界に迫る脅威について考えてはいたようだ。表に出さないのはどうかとは一瞬思ってしまったが、答えは同じで何よりである。


「ありがとう、二人とも。じゃあ、もっとスピードを上げよう!」


 世界を救う三人の総意は同じ。それを実感しただけで、不思議と予言に対する不安感が薄まっていくのを感じた。

 これなら最初のエターナルの撃破同様、この世界のどこかにいる目標も倒せる。そんな気がしていた。











 多種族行き交うとある集落。その村の長は予知夢を見ることで知られていた。

 その予知の精度は高く、今までに外れたことは片手で数える程も無い。それは今回の件に関しても同様。見事に異界からの来訪者を的中させた。


 そして、さらなる予知を彼女は見てしまう。


「……そうか、そうなってしまうか」


 ふと目を覚ます。そこは薄暗い自室の中。久方ぶりの来客への対応をした後、居眠りをしたらしい。

 無意識の呟き。いつも予知夢を見た後は自然と言葉が出てしまう。当然、夢の内容も覚えている。とても鮮明に。



 以前に予知した鳥の怪物。抽象的にしか見捉えなかった存在の本当の姿はもっと不定形で、言葉にするのは難しい。だが、世界を食らうという点においては前回と同じ……否、それ以上に深刻なものだった。


 一方、新しい予知夢にも羽の巨人は現れている。勇猛果敢に鳥の怪物を攻撃し、まるで個々が生物のように動く己の羽を使い──


「何故最後まで結末を見せてくれないのだろうか……」


 そこから先を見ることなく、予知夢は終わった。

 尻切れ蜻蛉トンボのような非常に後味の悪さを感じる終わり方。今に始まったことではないが、今回ばかりはとても遺憾である。


 予知夢を再び見てしまった以上、今の自身に出来ることはただ一つ。この村の住人に疎開を始めさせて避難を促すこと。そして──


「異界の来訪者……。彼らに事の行く末を託すしかないか……?」


 夢の内容は怪物同士の争いの続きを見ただけではない。

 この戦いがもう目前……否、既に今日まで迫っていること。そして、この村を訪ねた異世界の旅人たち。予言は彼らの存在が重要になると教えてくれていた。

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