異種族の村
漆黒の時空間から陽光の射す真昼の世界へ瞬く間に転移。青々とした森が眼下に広がる光景を見るに、今なお生きる世界だと感じさせる。
「ここが新しい世界……」
『はい。ここが次の目的地になります。ですが、エターナル反応は近くには感じ取れません。同時進行で探査しつつ、ついでにこの世界の村や町も探そうと思います』
「そんな悠長でいいの? 文字化したら寿命が早まるのに……」
『先ほども言いましたが、エターナルが侵入したからといってすぐに文字化は始まりません。仮に始まったらすぐに場所を割り出せますし、文字化進行度レベル2までなら何とかなるので、焦る必要はありません。ま、早く見つけるに越したことはないですけど』
そうはっきり言い切るバーグ。知らないことだらけのカタリには、これが正しい選択なのかどうかを識別する力はない。よって、ここは大人しく言うことに従うことにした。
空を飛ぶノベライザー。その先はどこまでも森が続く。
村や町を探すとはいったが、この条件を達成出来る文明がこの世界にあるのだろうか。ここまで何もないと若干心配になる。
「何もないね。本当に人住んでるの?」
『別世界だからって必ずしも人間が住んでる訳じゃないんですよ。以前通った世界ではエルフが最上位種族として存在してましたし』
「エルフ!? ファンタジーの生き物って本当にいるんだ!?」
まさかの衝撃発言。さも当然とばかりに告げられた真実にカタリは驚愕を隠せない。
実在するはずのない空想の生物が別の世界では存在しているなど、普通は考えられないだろう。カタリの中の幻想が幻想で無くなった瞬間である。
『簡単な情報によると、この世界はそういう系統らしいです。まぁ、エルフはいなくとも凶暴なモンスター程度ならどこにでもいるはず』
「そんな夢を壊すようなこと言わないでよ……」
そうこう会話をしつつ、二つの目標を探しながら空の旅をするノベライザー一行。
相も変わらずエターナルが生み出す怪物体はおろか異世界らしい物珍しい物体も見つからないが、ここでようやく新たな発見をする。
「ん、あれ見て!」
『何やら集落のような物が見えますね。行ってみましょうか』
やっとこさ見つけ出したのは、森の中に作られた集落らしき場所。この世界に入ってから初めて遭遇する文明である。
現地人を驚かさぬよう集落近くの森に隠れるように着陸。ノベライザーから降りると、トリは機体を胸のブローチへと収納。バーグは降りる直前にタブレット端末へ移動をしてカタリの手持ちに入る。
「はてさて、この世界の人はどのような方々なんでしょう。楽しみです」
「そういえばトリさん。この世界の人って僕らの言葉って通じるのかな?」
『ノベライザーは言語を司る機能に自動干渉して言葉と言葉の隔たりを無いものにします。つまり私たちの言葉は翻訳された状態で相手に伝わるので、そのような心配はご無用です』
ふと感じた疑問はAIによりすぐさま解決を辿る。言語翻訳があるのは嬉しい限りだ。
思えば自由に時空間を行き来したり無限に物を出し入れ出来たりするなど、ノベライザーの万能感たるや凄まじいものがある。
そんなこんなで三人はようやく集落の入り口へと到着。そして近付いてくるこの世界の住人。一体どのような種族なのか、それを確認する。
「お前たち、何者だ? 何の用があってこの村に来た?」
厳つい低音。見やる先には毛深い男がこちらに鋭い眼差しで睨みを利かせている。見たこともない武器を構えてこちらに迫ってくる。その姿はまさに門番。
……ただ、その男は明らかに人と呼べる姿をしていなかった。獣人と呼ぶのが容姿を例えるに相応しい。毛深いというのも、ほぼ直喩である。
「狼男……?」
「いえ、おそらく彼の種族はコボルトでしょう。小柄な獣人で犬の顔。これらに該当するのは大体コボルトですから」
カタリが初めて出会った異世界人は、ファンタジー物では敵モンスターとして扱われる非常に地味な種族、コボルトだった。
「カタリさん。まずは私が相手とコンタクトを取ります。村に入る許可を得られたら呼びますので、ここでお待ちください」
慣れているのだろうか、トリは自発的にコボルトに直接交渉をしに行った。
先ほどのコボルト門番へ接近し、話をし始める。
「ねぇ、バーグさん。トリさん大丈夫かな? いくら言葉が通じるからって、あんな不用意に近付いて……」
『今までこうやってコンタクトを取って来ましたからね。失敗した時は狩られそうになったり、捕まって夕食にされかけたこともありますけど、今は安心していいですよ』
「えぇ……。安心出来ないんだけど」
さりげない失敗談に不安を煽られる中、トリの方向を見やるとコボルトの門番が村の奥へと向かって行くのを目撃。交渉決裂してしまったのかと思ってしまったが、そういうわけではないらしい。
もう数分待つと、門番が戻って来てコンタクトを再開。そしてトリはこちらを向いて片
「ふふん、どうですか? 私の交渉術」
「まぁ、すごいと思うけど……。本当に大丈夫? このまま村の夕食にされたりしない?」
「大丈夫です。この世界では他種族への傷害行為は禁止とされているようなので、その心配はしなくても問題ありません」
バーグからの失敗談を思い出して不安に思っていると、軽く説明をしてくれる。
何やら他種族間の暴力などは禁止らしい。騙して襲ってくるという妄想は流石に心配のしすぎなようだ。
「村へ泊まるには村長への挨拶をして許可を得る必要があるそうです。なので、今から門番さんに村長宅へ案内してもらいますので、ついて行きましょう」
村への宿泊も視野に入れた交渉だったようで、これからこの村の村長へ挨拶をしなくてはならないらしい。
門番の先導に従って村の中に入ると、そこにはコボルト以外の種族もいくつか混ざっていることに気付く。動物寄りの姿をした種族から、人型まで多種多様の種族が入り交じって暮らしている。
先の説明通り、他種族間の共存が出来ている世界なのだろうと考えを巡らせていると、一軒の民家の前で止まった。どうやら目的地へ到着した模様。
「極力、無礼の無いようにな」
門番からの注意事項を聞き、いよいよ村長の家へ上がり込む。
様々な種族が共存するこの村を治める人物とは、一体どのような人なのだろうか。偉い人物であることは間違いないので、カタリは自分に出来る最高の礼儀を心がける。
「村長、先ほどお話しました旅の者たちです」
「そうか。上がらせてやれ」
扉の奥から聞こえた声は女性的な声音をしていた。まず女性であるのは間違いない。
興味半分、怖さ半分の気持ちで開けられた扉の奥へと入る。薄暗い部屋の中、うっすらと人型の輪郭が見えた。
背を向けているのか、表情は見えない。
「初めまして。一介の旅人である私たちを村へ立ち入ることを許してくださり、心から感謝を申し上げます」
「あ、ありがとうございます……」
「礼には及ばん。それよりもそこの門番から話を聞いた。村への宿泊をしたいそうだな」
トリの第一声に釣られ深々と礼をするカタリ。それに反応する訳でもなく村長は淡々と話を進めてくる。
思えばこのような薄暗い部屋で何をしているのだろうか。村長という役職が何をすることか理解しきれている訳ではないカタリは、つい気になってしまう。
「泊まるのは結構。だが条件として一つ、お前たちのことを調べさせてもらうぞ」
「調べる……ですか」
宿泊の許可の前に何やら条件とやらを出してきた。どうやら村長直々に取り調べをする模様。
一応はノベライザーから降りる際にバッグを持ってきている。何でもクラインボックスと中身を共有しているらしい代物。この中にバーグが入っているタブレット端末もある。
取り調べというのなら差し出す他ない。カタリは肩に掛けていたバッグをそっと前に出す。だが、次に村長が放った言葉は意外な物だった。
「案ずるな。無闇に他者の物を漁りはしない。何を企んでここに来たか、それを見極めるにはこれで十分だ」
すると、村長は立ち上がると薄暗い部屋の奥からこちらに向かって歩いてきた。ここで初めて彼女の顔を拝む。
第一印象は純白と言うべきだった。まるでこの人物だけ色を塗り忘れたかの如き白さ。だが、それに反して白眼の部分が黒く、瞳は黄色。そしてなにより頭部から触角のような跳ねっ毛が一対生えていた。
一目で人外の類いだと分かる村長は、その手に水晶のような半透明の球体を持っている。どうやらそれを使って取り調べる模様。
「まずはそこの鳥……の獣人? いや、ただの鳥……まぁ、どちらでもいいか。
異世界の人でもトリのような見た目が完全に動物なのに人語を話す生物は珍しいのか、一瞬判別に迷ったのを無かったことにし、トリの前にあの水晶をかざすと、取り調べが始まる。
「お前は何か隠し事をしてはいないか?」
「……いいえ、やましいことなどは一切考えておりません」
今の回答に村長の眉間が寄る。水晶を見るとうっすらと赤く濁り、先ほどとは全く様子が異なっている。
それを見て何となくだがトリが何かしら村長に嘘をついていることは察した。
「何か隠しているな。正直に答えよ。さもなくばこの件は無しだ。村からも出て行ってもらう」
どうやら村へ入る条件というのは、嘘をついていないかの証明をすることらしい。
いくら異種族を受け入れているとはいえ、そう簡単に部外者を村へ招くことはしないはず。これも当然か。
「……実は村に入ろうとしているのは我々だけではありません。実はもう一人いるのです。カタリさん、端末を」
「えっ、あ、うん」
村長からの訝しげな視線が突き刺さる中、不意に話を振られたカタリは指示通りバッグからタブレットを出す。
「何も言わず申し訳ありませんでした。彼女が我々のもう一人の仲間です」
『お初にお目にかかります、村長。私はリンドバーグと申します』
「これは……板に人が……!?」
タブレット端末越しに挨拶をするバーグ。これには村長も黒い眼を開かせて驚きを隠せない様子。
流石は技術の壁。タブレット端末どころか機械すらも異世界には無いはずなので、当然の反応と言える。
その後、もう一度同じ問いをすると水晶は濁らず、隠し事が無くなったことが証明された。バーグも同様の問いをしたが、同じく水晶は濁らずセーフ。ようやくカタリの番となる。
「お前は何か隠し事をしてはいないか?」
「い、いいえ、何も……」
おずおずと答えるカタリ。隠していることなど無いはずなので大丈夫だと心の中で自分を言い聞かせる。そして、水晶の反応はというと──
「……お前」
「はっ、はいっ!?」
「お前も隠し事は無いな。ただ、今のお前はとても大事なことを忘れているようだ。それが何かまでは分からんが、後々に関わるだろう。気を付けよ」
「あ、はぁ。ありがとうございます……?」
思わず呼ばれ、声が裏返ってしまう。だが、返ってきたのは何故か占いでもしたかのような
水晶を見ると赤色ではなく深い青色に染まっていた。何かを忘れているとこの色になるのだろうか。
一体何を忘れてしまっているのだろうか。軽く考えてみるが、ハッと気付くような物は何もない。本気で忘れているのか、あるいはただの勘違いなのだろうか。
ともかく、これで三人全員の証明は終えた。村長も近場の椅子に腰掛け、交渉を再開させる。
「宿泊の件は良いだろう。皆正直に答えてもらったからな、許可を下ろそう。ただ、その前にもう一つ、私の話を聞いてもらえるか?」
「私たちでよければ何なりと」
宿泊の許可は取れたが、何故か村長は唐突に話をし始めようとしている。
一体何を話そうというのか。トリの肯定のままに、村長は静かに語り始めた。
「……先日から夢を見てな、巨大な鳥のような化け物が世界を食らう夢だ。そして、食われていく世界に六枚の羽を持った巨人が現れ、暴れ出したところで目が醒める──。現実味の無い話だろう?」
「は、はぁ……」
村長の話というは夢の内容について。何やら物騒な内容ではあるが、結末は夢オチという物。当然、どう反応をすればいいのか分からずに微妙な顔で誤魔化す。
そのような夢の中の話をわざわざ旅の者に伝える程の内容なのだろうかとカタリは思っているのだが、他の二人は違うらしい。
『そのお話、詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?』
「……やはりな。お前たちなら興味を持つだろうと思っていたぞ」
「えっ何? ど、どういうこと?」
謎の相互理解に困惑するカタリ。今の話に一体何の意図があったのだろうか。何が何だか全く分からないままに、村長の話は続いていく。
「私は予知夢をよく見るものでな。以前から異世界からの来訪者がここに来るのを予見していた。夢の教え通りなら、お前たちがそうなのだろう?」
「……仰る通り、私たちはこの世界の者ではありません。別の世界からやって来た旅人のようなものです」
「ふふふ、やはりな。私の予知夢は必ず当たる」
予知夢を見るという村長。その予想は当然正解だ。
やはりファンタジー系の世界なだけはある。異種族といい水晶といい、予知夢という不可思議な現象でさえ身に起こすとは、異世界は侮れない。
カタリはそう感心する中、ふと気付くことが一つ。それは、予知夢の内容に出た『鳥のような化け物』、そして『羽を持った巨人』というワード。
予見していた異世界からの来訪者はこうして実際に起きたことになっている。そして村長本人の証言。つまり、今回の予言もほぼ確実に起こり得るだろう。
「トリさん。もしかして僕ら今とんでもない状況にあるんじゃ……」
「そうですね。少し危ない世界に来てしまったのかもしれません」
淡々と現状を把握するトリ。流石に数多の異世界を渡っただけのことはある。緊急事態が起きても物事を冷静に見捉えられるのは心強い限りだ。
「おそらく、この予見は近い内に現実となるだろう。そうなれば、この村……いや、世界そのものがどうなってしまうか分からん。故に長居をするのは無用だぞ」
これで、村長への挨拶は終了。その後に一行らは宿泊する家へと連れてこられる。
それにしても気になるのは予知夢の内容だ。鳥のような怪物と羽の巨人……。深く考えなくとも分かる。この二体は間違いなく強力な存在であると。
近い内にそれらが現れる。初めての異世界は波乱の幕開けであった。
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