第一章『ノベライリング・カクヨムロボ』
次なる世界へ
「さて、会議を始めましょう。まずはバーグさん、現在の備蓄についてどうぞ」
一際真面目な口調のトリ。ノベライザーのコックピット内にてそれは始まった。
『現在の備蓄食料は節約して四日分と推測。新たに消費する者が増えたので、次に食料を補充する際には多めに出来るよう、移動先の世界は比較的環境の整ったところがいいかと』
「ふむ、それも一理ありますね。私はともかくカタリさんは食べ盛りでしょうし、備蓄は多い方が安心出来ます。では、第一設定はそれで」
モニターには食料の残りを示す図が表示され、それに基づいて新たに向かう世界についての提案をするバーグ。それに肯定の意を示すトリは操縦席の後ろにある止まり木状の突起に乗って頷いている。
現在、次に向かう世界について話し合いを進めていた。世界を旅する者である彼らにとって、この話し合いは重要な意味を含んでいるという。
「次に目標についてです。バーグさん」
『はい。最新のサーチでは先日の文字化で失われた世界の物と思われる残滓反応を検出。それらが複数の世界に混入していると分かりました。なので、その中から先の条件に近い世界を選ぶのが得策かと』
「他の世界に混入? どういうこと?」
初めて見せる機械らしい淡々とした説明がされていく中、少々理解に悩む点が浮かび上がる。
文字化した世界の残滓が別世界に干渉したとは一体どういうことか。何もかもが初めてのカタリには分からないことだらけだ。
『簡潔に言えば、カタリさんの世界の一部が別の世界に流れ込んだということです。このように文字化した世界の一部は別の世界に流れ込むようになっているので、その世界に行って回収するのが今の仕事なんですよ』
AI曰くではそうらしい。しかし、他の世界がまだどのような物なのかは分からないが、流れ着いた先で影響は受けないのだろうか。その逆もまた然りである。
他に気になる点がいくつかあれど、中でも一番気になることを訪ねてみる。
「そもそも世界の一部の回収ってどうやるの? まさか形になってその辺に転がってる訳じゃないよね?」
『その辺りは心配ご無用。回収そのものは私が行いますので、カタリさんはそれのお手伝いをお願いします。ってか、それ以外何もしないでください』
相も変わらずの辛辣。とりあえずは世界の回収については何も心配はしなくてもいいということだけは理解した。
とにもかくにも、次に目指す世界は決まりそうである。食料を十分に確保可能な環境、なおかつ世界の一部が流れ込んだ世界。そこが次の行き先だ。
「では、会議はこれで終了。バーグさんは条件に合致する世界のサーチをお願いします。私はいつも通り動力源へ」
トリもバーグも各々が仕事に戻ろうとする中、一人だけ何もすることがないカタリ。気まずさも相まって申し訳なさを感じる中、自身の役割を問うことにした。
「あ、僕はどうすれば……?」
「次の世界に到着するまで寝ててもいいですよ。それか、バーグさんに色々聞いてもいいですし」
『えっ、私に振るんですか? 今サーチ中なのに?』
突然話を振られ、思わず目を点にして問い直すバーグ。確かにトリは動力源となっている間は会話が出来なくなるので、結果的に話し相手になれるのは彼女のみ。
そのままそそくさと機体の内部に消えるトリ。暇潰しの相手を押し付けるような形となったことに対し、より申し訳ない気持ちでいっぱいになるカタリであった。
『……はぁー。仕方ないですね。サーチに集中したい所ではありますが、いいでしょう。何か聞きたいことがあれば言ってください。ま、あんまり詳しく説明は出来ませんけど』
「忙しいならいいよ。それに、今はそんなに聞きたいこともないし……」
『そうですか。なら私は作業に……あ、もしお腹が空いたら、そこにあるクラインボックスから食べ物を取ってもいいですよ。食べ過ぎは禁物。ではでは』
「あ、うん」
説明をされると、画面の奥のバーグは消えてデフォルトに戻る。
そして、ノベライザーが起動。続けざまにバーグの声がアナウンスされる。
『ディメンションゲート開放確認。現在地、アンダーワールドから多元時空間への
カウントダウンが始まり、現在位置であるアンダーワールドなる場所からまたさらに別の場所へと移動する模様。
多元という言葉から察するに、一つの独立した世界ではなさそうである。複数の世界へと行ける次元規模の分かれ道と考えるのが妥当か。
『
このかけ声と同時にノベライザーは力を発揮。
移動の成功を示すように、モニターの真っ暗だった景色は変化を起こしていた。
星のような無数の光点が存在する暗黒の中に、巨大な泡のような球体がいくつも浮かんでいる。よく目を凝らすと、その泡らしき物体が放つ表面の光沢はどこかここではない別の場所の景色を映していた。
遠くの星々もこの泡が発する光であることは理解に容易い。これらが世界なのだろう。
「ここが多元時空間……」
『うーん、あんまり無いなぁ。もう少し奥に進んでみますか』
サーチの結果は芳しくない様で、ノベライザーはAIの操作によって自動で別の位置まで移動をし始める。
初めて見る世界とはいえ、言ってしまえばそれら以外には何も存在しない訳で、数分もしない内に見飽きてしまうのも道理であった。
「……あ、そういえば」
そんな中でふと思い出す。先ほどバーグが説明をしてくれたクラインボックスなる物から食べ物を取り出しても良いという許可を得たことを。
指定された場所の取っ手を掴んで開けると、そこは真っ暗闇の空間が広がっている。これがクラインボックス。何でも入れることが出来る異次元の箱だ。
虚空の中に手を入れ、必要な物を思考することで取り出すことが出来る。とはいえボックスの中身を把握していない以上、カタリが考えられるのは『食べ物』という短絡的な思考のみ。それで捜索を開始。
「えーっと、どれどれ……」
手に触れた物を取り出してみる。最初に掴んだそれは、見るからに新鮮そうなキュウリが一本。食べられなくもないが、これはハズレである。
キュウリを戻し、再挑戦。今度はレトルトパウチ食品だが、中身が分からない。おまけに湯煎も出来ない。これもハズレだ。
「すぐに食べられる物って無いのか……ん?」
心なしかハズレの多い気がする中、何回目かの挑戦にてそれを掴む。
触れた感じは手のひらサイズの薄く、少しばかり柔軟性のある物体。最初は板ガムのような物なのかと予想をしたが、触っていく内に食べ物でないことを予感した。
本来の目的とは違うが、それが気になるカタリ。危なげな物ならすぐに戻すという気持ちでそれを取り出してみることにした。
「何だこれ。栞……かな? メディ……ク……キュリ、オウス? んん?」
取り出した物を見ると、表面には赤と白のカラーリングをしたロボットらしき絵が描かれており、裏面には短い文字が書かれている。それ以外は何の変哲もないただの栞だ。
一体何故にこのような物がノベライザーに積まれているのだろうか。バーグはAIな上にトリに至っては鳥。栞を挟められるような生き物はカタリ以外誰もいない。
「間違えて入れてたのかな? もしかして色んな世界の物をこうやってコレクションしてるのかも」
世界を救うという名目上、様々な世界を旅する一行。可能性としてなら決してありえなくもない。
文字化により消滅を辿る場合だってある。救えなかった世界を忘れないよう、こうして思い出の品として、その世界由来の物を集める趣味でもあるのだろう。
何はともあれ、栞について聞いてみれば何か思い出話でもしてくれるかもしれない。そう興味本位でバーグを訊ねようとした時だ。
「バーグさん、この栞って──」
『……! エターナル反応を検知! もしかすればこのまま戦闘に移るかもしれません。カタリさん、準備をお願いします!』
「えっ、敵!? う、うん!」
唐突に警鐘を鳴らすバーグ。どうやらエターナルがノベライザーの近くに存在しているのを発見した模様。
慌ててシートに座り直すカタリ。この緊急事態でクラインボックスは自動的に閉じてしまったらしく、例の栞を戻すことが出来なくなっていた。故にポケットへ一時保管する。
「ど、どうするの? 戦うの?」
『いえ、なるべく今は会敵しないよう距離を取ります。時空間で戦うと色々大変なので』
世界を脅かす敵が近くにいても、倒しに行くという選択はしないらしい。その理由は分からないが、どうやら今いる場所に問題があることだけは理解した。
緊迫した雰囲気が続く中、カタリはエターナルの姿がどのような物なのかとモニターを見やる。だが遠くにいるのか、あるいは肉眼では見えないのか、暗黒の空間には世界の光しか見える物はない。
そして、数分にも及ぶ膠着状態に終わりが来る。
『……敵反応消失しました。どうやら世界に侵入したようです』
「世界に入った!? じゃあ、早くその世界が文字化する前に探し出して倒さないと……!」
『いえ、その心配には及びません。エターナルが侵入しても、すぐに文字化が起きる訳ではないので』
あくまでも冷静に状況を説明するバーグ。しかし、その声色は暗い。
数秒の間を空けて、言葉の続きを口にする。
『目的地を変更します。今しがたエターナルが侵入した世界へ干渉、介入を開始します』
そう言ってノベライザーは一つの泡の前に止まる。どうやらここが先ほどのエターナルが侵入した世界なのだという。
何の因果か、敵と遭遇してしまうという運命。とはいえ、諦めて別の世界を探すという選択肢はない。
『次に遭遇する敵のレベルが前回と同じである確証はありません。覚悟は決めておいてください』
「うん、分かってる。どんな相手だって勝ってみせるよ」
覚悟の問答を終えると、ノベライザーは眼前の泡に触れた。
見た目通り柔らかな感触をした境界壁は外からの介入者を拒まない。割れることなく内部への侵入を許す。
バーグらの仲間となり、カタリは初の別世界への干渉を果たす。
胸の高鳴りは未知への恐怖によるものか、あるいは純然たる興味の産物か。その答えは当の本人でさえ知る由はない。
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