永遠の侵略者

 夢じゃない。そう改めて思ったのは今日で何度目だろうか。

 目の前にそびえ立つ巨大な人型のロボット。今は非起動状態スリープモード故に動かないが、つい先日、カタリはこれに乗って巨大な敵を圧倒した。


 それから早くも数日が経過。未だに信じられないと思うことは多くあるが、その度にこれは現実なのだと改めて実感させられる。


「カタリさーん。どうですか? 改めて見るノベライザーは」

「あ、トリさん」


 すると、開放していたコックピットからふわふわと降りてくる一匹のフクロウ。人語を口にする彼は名をトリという。

 彼がいなければカタリはここにはいない。その点についてはいくら感謝しても足りないくらいだが、同時にカタリに数奇な運命をもたらした存在でもある。


「うん。格好いいよ。あの鋭角的なバイザー部分は特に」

「ホホゥ、良い着眼点ですね。あのパーツは私の個人としても一番気に入っている部分でしてね、今はまだ種類はありませんが、他のカクヨ──」


 訊ねられた内容に返事をすると、何やらスイッチが入ってしまった模様。だが、それもすぐに別の存在によって話途中で遮られてしまう。


『ちょっとー! トリさん、なにサボってるんですか! イマジネーターの調整とKリアクターフレームの清掃とかは終わったんですか!?』


 次にスピーカー越しに女性の声がトリを名指しで呼び出す。彼女はノベライザーの頭脳としてカタリのサポートを担当しているAI、リンドバーグ。強めの語気がチャームポイント。


 そんな二人の出会いにより普通の人生から突飛な人生になることを強いられた少年、カタリィ・ノヴェル。何の技能を持たない彼はこうして二人の機体整備を遠目から観察することしか出来ることはない。


「ふっふっふ、甘いですよバーグさん。ノベライザーは私のもう一つの身体でもあるんですよ? 不調の一つや二つ、見ず触らずとも分かります。ズバリ! どこにも異常はありません!」

『そうやって変なフラグを建築するの止めてください。馬鹿言ってないで真面目にお願いしますよ、ほんと』


 もっとも、今は機体の整備ではなく二人の漫才を傍観するはめになっているが。

 鳥と人工知能の言い争いを眺めていても仕方がないので、カタリはあの日の後に二人から教えられたことを今一度思い返す。


 文字化現象を引き起こす原因である怪物体の正体。そして、今後の目的についてだ。











 文字化の影響を受けたカタリの世界からあの黒い世界へ戻ると、ノベライザーは停止、コックピットが開いて外へと出られるようになる。


 しかし、降りようにもここからでは地面は十数メートルも離れていた。ここに来れたのはトリに運んでもらったからであり、自力で降りるのは至難を極む。


 そうこう躊躇っていると、コックピットの奥から何かが飛んで外へと出る。それに思わず驚いたカタリはバランスを崩すが──


「おっと危ない。ふぃー、お疲れ様でした、カタリさん。いやはや見事な戦いでしたね!」


 いよいよ落ちようとした時、十数分ぶりにカタリの襟を掴む者が。それは案の定トリだった。

 思えば意識こそしなかったものの、ノベライザーが起動している最中は行方が分からなくなっていたことに気付く。一体今までどこに行っていたというのだろうか。


「そういえば戦ってる時は見なかったんですけど、どこに行ってたんですか?」

「ああ、それなんですけど、実は私がノベライザーの動力源コアなんです。だから、起動中は機体の内部にいないといけないんですよ。でも安心してください。動力源になってる間は会話などは出来ませんが声は聞こえますので」

「そうなんだ……」


 どこぞのサポートAIとは違い、問いに対してしっかりとした回答をするトリ。

 記憶を遡ると確かにバーグが姿の見えないトリに対し頁移行スイッチを頼んでいた。その後、カタリの世界に移動したのできちんと声も届いているのだと分かる。


 そしてそのまま地面へと降りると、カタリは改めて初めての戦いが終わったことを実感。脱力してその場にへたり込む。

 すると、噂をすれば何とやら。ノベライザーの方向から声が聞こえる。


『カタリさん、改めて初戦闘お疲れさまでした』

「うん、ありがとう。でも操縦方法についてはちゃんと教えてほしかったな……」

「そうですよ! 端から聞いてましたがあの説明は酷すぎます。もはや説明の形にすらなっていない。もっとサポートAIであることを自覚してください!」

『だ、だって、ただ普通に教えると手間ですし、敵も比較的簡単に倒せるタイプだったから……』


 ことごとく飛び出るAIらしからぬ人間味に溢れた言動。そんなバーグにトリの叱咤が飛ぶ。


「手間も楽もありませんよ! まったくもう、貴女という人は……」

『ごめんなさい……。でも、これで安泰ですよ! 私たちだけではどうすることも出来なかった箇所の修復が可能になったんですから!』


 ふとバーグが口にした言葉。それに「?」と反応を示すカタリ。

 思えば二人がカタリの世界に来ていたのには何かしらの目的があってのこと。それはおそらく自分カタリィ・ノヴェルの回収であるということは理解に容易い。


 では、何故に自分という存在が必要なのだろうか。トリ曰く使命が課せられたわけではあるらしいが、それすらも詳細は分からないまま。

 故にそれらのことを聞いてみることにした。


「ね、ねぇ。聞いていいかな。バーグさんたちは一体何者なの? それと、あの文字化現象って? そもそも何で僕に世界を救う使命が課せられたの……?」

「ふむ、もう聞きたがりますか。好奇心が旺盛で結構。一気にお話ししても理解は難しいでしょうから、今知らなければいけないことだけはここでお話します」


 トリの言葉は肯定を表すものだ。言葉にする部分を考えているのか、暫しの間無言になるトリ。そして、ようやくその口が開く。


「私たちは所謂抑止力として様々な世界を旅する組織でした。詳しい説明は省きますが、世界を町とすれば私たちはそこをパトロールする警察官のようなもの。世界に異常があればそこへ出向き、解決する……。かつては多くの仲間がいて、切磋琢磨しあいながら暮らしていたものです」

「今はいないの?」

「はい。ある日、突如として現れた存在が多くの世界を襲い、空白にしていきました。もうお察しはついているでしょう。先ほど倒した怪物体、ひいてはそれを作り出す真の敵『エターナル』。奴らを完全に駆逐し、文字化した世界を修復するのが私たちの目的なのです」


 告げられた言葉により、カタリがこれから戦い続けるであろう敵の名が明らかになる。

 世界を文字化の脅威に陥れる存在『エターナル』。あの巨大な怪物体もその敵が作り出した物だという。


『文字化した世界は時が止まるだけでなく、修復されるまで二度と動かず、むしろそのまま消滅しかねない危険な状態になります』

「しょ、消滅!? そんな……!」


 次に語り始めるのはバーグ。彼女の言葉は文字化した世界がどうなるのかを教えてくれる。

 時が止まった世界はいずれ消滅を辿る──。その一文だけでカタリに衝撃を与えるには十分過ぎた。


『でも安心してください。消滅といっても、すぐに消えるわけではありません。全ての世界には寿命があって、どれだけ長く続いたとしてもいつかは必ず消滅します。文字化はそれを早めるものであって、修復すれば元の寿命に戻ります。ただ……』

「完全に文字化した世界は他からの干渉を一切受け付けなくなるという厄介な点がありまして、そうなった世界は二度として出入りは出来ず、修復も不可。ただ消滅するのを待つのみになります。これをどうにかするにはノベライザーの真の力が必要なのですが、我々だけではそれを使うことは出来ません。ここまでお話すれば、もうお分かりですよね?」


 二人からの説明を受け、カタリは無言のままに理解を進める。

 文字化の現象は世界の消滅を早める病気のようなもので、それを直すにはノベライザーの真の力とやらが必要不可欠。

 色々と考え、カタリはようやく結論を出す。


「……その真の力を使うのに僕が必要だったわけ?」

『ご名答。人を模した機械わたしにノベライザーは完全に応えてくれません。人間であるあなたにしか、ノベライザーは本当の力を使わせてくれるのです』


 そう言い切られ、思わずため息が出てしまう。

 これはあまりにもありきたりなテンプレや重荷の責任から出たものではなく、純然たる嬉しさが形になって出たものだ。


 今の状況を例えるなら、まさに主人公が受けるべき運命と言っても過言ではない展開。それを改めて理解したのだ。


「そっか、僕って選ばれた人間なんだね。何だかちょっと、嬉しいかも」

『そう楽観視出来るならしばらくは安心ですねぇ。私たちの敵はとても強大で手強いですよ? 少なくとも、今のノベライザーでは攻略は不可能。様々な世界を旅しながら力を付けないといけません。その覚悟は出来てますか?』

「うん。どうせ僕の世界は文字化されちゃったんだ。帰ろうにも居場所はここしかない。悲しいけど、これが現状だからさ」


 生まれ故郷はエターナルの手に落ちた。その事実は変わりない。本来歩むべき未来を取り戻すためには、まず世界を救うデータを取り戻さねばならない。

 修復がいつになるかなどは分からないが、少なくとも理解出来ているものがある。それは──


「世界を救う役目、それはこの僕、カタリィ・ノヴェルが請け負った──、ってね。僕は絶対に最後までやり遂げてみせるよ。文字化した世界を救って、全部を取り戻すんだ」


 トリが運んでくれたこの機会。世界を救うという役目はおそらく背負うべくして背負った運命なのだろう。

 空想の中の密かな憧れ。それが現実となって目の前に現れた。それを掴まない者はいないはず。自分とてそれは例外ではない。


「ふふふっ、その意気です! それでこそ我らが世界の救世主。イル・サルバトーレ!」

『トリさん、散らかしたゴミはしっかりとご自身で片付けてくださいね』


 カタリの周囲を飛び回り、どこからか出した紙吹雪で決意を祝福するトリ。それにツッコミよろしく注意を飛ばすバーグの声はため息がかっていた。




 改めて受け入れた新たな門出。世界を旅する三人の物語が始まる。そんな回想。

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