戦い綴る者 ノベライザー (連載版)

角鹿冬斗

序章『戦い綴る者 ノベライザー』

戦い綴る者

 ──それは突然のことだった。



 目と鼻の先で町の一部がになって消えた。波に削られる砂山のように人も建物も文字へと置き換えられ、そのまま姿形を失っていった。

 それを目撃したカタリは逃げる。彼だけではない。同じ現象を目にした人々も徐々に文字となって消えていく町の中を走った。


 巻き込まれてしまえば『死』か『無』か、あるいは別の何かが身体を支配するのだろうか。その答えは分からない。突然の脅威に混乱する中で、ついにカタリの走る地面に文字化の驚異が迫る。


 ──終わった。訳の分からない現象に巻き込まれて人生を終えてしまうとは思わないだろう。

 そんなカタリの意志は無念のままに文字に置き換えられる──はずだった。


「危ないっ!」


 どこかで誰かがそう叫ぶ。それが自分に向けられた言葉だと知った時、カタリは謎の浮游感と何者かが自分の服の襟を掴んでいることに気付く。


「ふー、危なかった。あともう少しで飲み込まれるところでした。セーフ」

「ふ、フクロウ……!?」


 カタリの襟を掴む者。それは人ではなく鳥。フクロウにも見える生物は小さな翼を羽ばたかせながら安心の表情を浮かべていた。そして、何気に人語を口にしている。

 だが、そんなことを気にする余裕など今のカタリには無かった。


「──って、町が! このままじゃ皆が! ぐっ……、降ろして!」

「あ、ちょっ!? 暴れないでください! 今あなたが文字化に巻き込まれてしまえば元も子もなくなるんです。ここは我慢してください!」


 直下で起きている消失現象に立ち向かおうと手足をバタつかせる。そんなカタリをフクロウのような生物は言い宥め、何とか落ち着かせる。

 そして、いつの間にか高い所にまで飛翔し、そこから町を襲った文字化なる現象の全貌がカタリの眼に映し出された。


 町どころか、その先の世界までもが文字に置き換えられていた。他の町があるはずの場所も何もかもが大小様々な文字の羅列となり、底の無いような白の空間に落ちている。


 この光景を一言で言い表せば世界の終わりが一番しっくりくるだろう。このようなことが身に起きるなど、夢どころか想像ですら思わなかった。


「これはどういうことなんだ……。本当に、何が起きて……?」


 世界は大きな変貌……否、崩壊をしていた。先ほどまで自身がいた町が文字となって溶けていく様を、こうして謎の生物に助けられたのを代償に見せられている。

 ショックによる無言の後、謎のフクロウは口を開く。


「カタリさん。突然のことで申し訳ありません。実はあなたには世界を救う使命が課せられました。私はそれのお迎えに来たのです」

「それってどういう……」

「今はゆっくり話す暇がありません。そろそろ私のうでが限界……。なので場所を変えます。──頁移行スイッチ!」


 カタリの問いに答える間もなく、フクロウは力を発揮。一瞬にして二人は崩壊した世界から別の場所へと移動を果たす。

 そして、新たに来た場所は真っ暗な空間。しかし、自分の姿ははっきりと見える。少なくともここは自分にとって馴染みのない場所であることは分かった。


「君は一体……?」

「あ。申し遅れました。私はトリという者です。いやー、ぎりぎりでしたね。文字化に巻き込まれてしまうと取り返しのつかなくなるとこでした。トリ取りだけに」


 改めて誰何すると頼んでもないダジャレ付きで答えるトリ。名前まで安直である。

 文字化と呼んだ現象から助けてくれたトリは、未だに完全な理解が出来ていないカタリに対し、早々に行動に移る。


「では早速ですがカタリさん。私のこの胸のブローチに触れてください」

「そういえば何で僕の名前を知って──」

「細かい説明は追々します。さぁ、世界があなたの助けを待ってますよ!」


 掴んでいた襟を離し、カタリの目前へと移動するやいなや、トリは胸のブローチを押せと急かしてくる。

 どことない怪しさを感じるものの、先ほど助けてくれたのは事実。指示通り括弧の形をしたブローチに触れる。


「──っ!?」


 その時、ブローチが激しく発光した。思わず驚いて手を離すが、それでも光は収まらずに二人を包み込む。

 瞼を通しても分かる程の強い光は数秒で収まると、カタリはそっと目を開ける。そして、目の前に現れた存在に目を見張った。


「こ、これって……!」

「はい。これはあの現象に立ち向かえる唯一の手段。私たちは『ノベライザー』と呼称しています。これに乗って共に戦ってほしいのです」

「僕がこれに!?」


 トリの背後に現れたのは十数メートルはあろう人型のロボット。それに乗ってあの現象と戦う。それが課せられた使命とトリは言う。

 呆然とするカタリ。それも当然で、今まで普通の人生だったのがいきなり漫画のような展開の渦中にいる。このようなことが、よもや自分の身に起きるなど予期出来るはずがない。もっとも──


「分かった。乗る。これで世界を救えばいいんでしょ?」

「そうですか……。乗ってくれるのなら仕方な──え? まさかの了承? ちょ、飲み込みが早すぎませんか!?」

「だってロボットだよ!? こんな展開夢で何回も見た。こういうのに憧れてたんだ!」


 漫画が好きなカタリにとっては好都合そのものであった。男なら誰もが憧れるロマンをカタリは理解していたのだ。

 まさかの展開返しに逆に驚かされるトリ。何はともあれ本人からの了承は得られた。気を取り直してカタリをノベライザーの操縦席へと案内する。


『トリさん。目標の人物は見つけられましたか?』

「はい。バーグさん。念のためスキャンもお願いします。私も起動の準備に取りかかりますので」

「ロボットがしゃべった……。AIってやつかな?」


 乗ると女声が語りかける。トリはそれに返答をするとカタリに光が当てられた。

 未来的だと密かに思っていると、解析結果が出る。名前や身体情報、さらには出身世界などのよく分からないことまで書かれていた。


『はい、お待たせしました。カタリィ・ノヴェルさん本人です。なので、規約通り正式操縦者に登録します。改めて初めまして。サポートAIのリンドバーグといいます。ここからは私がご案内致します。それと私のことはバーグとお呼びください。よろしくお願いしますね、カタリさん』

「あ、よろしくお願いします」


 スッとモニターに現れる一人の少女。リンドバーグと名乗ったAIの姿アバターなのだろう。深々とお辞儀をされ、カタリも釣られて頭を垂らす。

 そして、頭を上げると早々に行動を起こす。


『さあ、もう時間はありません! カタリさんの世界が完全に文字化されるまでにパパパッと片付けましょう!』

「うん。それで、どう操縦すればいいの?」

『操縦方法? そんなのは感じてください』

「……えっ」


 バーグの口から語られたのは、仮にもサポート用に設計されたとは思えぬ大雑把極まりない説明……否、もはや説明ですらない。

 当然のように困惑するカタリを差し置き、バーグは移動の準備に取りかかる。


『ではトリさん! 頁移行スイッチお願いします!』


 これを合図にノベライザーが起動。暗かった顔面のバイザーに『カクヨム』の四文字が光る。

 そして、トリが持つ空間移動の力を発揮。一瞬にして機体はカタリの世界へ移動するが、そこは先ほどよりも酷い有様になっていた。


 地上のほとんどが文字に書き換えられ、空さえその侵食を受けている。このままでは一時間と持たないだろう。


「ちょちょちょ、まずは何をすればいいの!?」

『文字化を止めるには本体を叩くに限ります! 場所は割り出しました。座標の位置を真っ直ぐです』

「てか操縦方法~~ッ!?」


 手前のモニターに表示される目標の位置。示すのは機体の後方真っ直ぐ。だが、それを実行出来る余裕など今のカタリには無かった。

 今のノベライザーは空中を進行形で落下中。ロケットもスラスターもない非武装の人型は重力に逆らわずにただ落ち続けている。


 いきなり絶体絶命。このようなAIが仮にも世界を救うロボットに搭載されていていい物なのか。そんな疑問すら今は浮かばない。


「うわあああ──!! 飛べええええぇぇぇぇ!!」


 そんな叫びに、ノベライザーは応えた。

 ふと気が付くと機体は落下をしていなかった。否、落下が止まったのではない、


「こ、これは……?」

『カタリさんは今、ノベライザーに『飛べ』と言いましたね? それで良いんです。この機体は想像した物を実体化させることが出来ます。思った通りに動き、考えた物を武装にする──これがノベライザーの力なのです!』

「す、すごい……!」


 この現象に画面のバーグはしたり顔を浮かばせながらノベライザーの特性について説明をする。

 どうやらカタリが混乱のままに思った『飛べ』のイメージが今の状況を作り出したのだという。


 やっとのこさ説明された操縦方法を元に空中移動をイメージ。すると想像通り機体は空を飛べるようになり、座標の位置へと向かえるようなった。

 操縦方法を感じろというのはこういうことのようだ。不服を感じざるを得ないが、今は気にする時間はない。敵の居場所へと急ぐ。


 こうして見ると文字しか無くなった世界はどこまでも白い空間が支配している。この下には、かつて人や建物だったと思われる謎の文字群が溜まっていた。


 自分の世界を救うには、この異常事態を引き起こした存在を倒すしかない。ロマンだのシチュエーションだのと興奮する前に、自分自身に課せられた指名を果たす。


 目標地点に近付くにつれ、空白の世界にとって異物にしか見えない形のある物体が見え始めた。

 巨大なイソギンチャクを二つ上下にくっつけたようなそれは、果てしなく長く伸びる触手を上下の空間へとうねらせている。その見た目たるやいなや、気持ち悪いことこの上ない。


「これが目標……」

『そうです! アレこそがこの世界を文字化させている原因! 一気にブった切りましょう!』


 指示に従ってカタリは目標に接近しつつさらなる想像をノベライザーに重ねる。

 右腕に剣。バトル系統の作品ならば無くてはならない武器。それを生成し、文字化の根元である存在へ切りつけた。


 最初の一撃は深く入り、創られた斬撃痕にはノイズのようなものが走る。初撃は命中、そのまま距離を取り再び次の攻撃に移る。


『良い感じです! そのままバラして終わらせましょう!』

「なんでだろう。敬語なのに暴力的だなぁ」


 サポートAIらしからぬ語気の強さに気付きつつも、言われた通りに敵の解体に専念する。だが、相手も黙ってやられてくれる程易しくはない。

 ヒット&アウェイの要領で数度目の攻撃を行おうとした時、不意に触手が剣に絡み付く。そのまま途中で強制停止を強いられたノベライザーはそのまま振り払われてしまった。


「ぐあっ!?」

『ぬっ、相手もなかなかやりますね。カタリさん、怯んでるヒマはないですよ!』


 投げられた勢いで遠くへ飛ばされるも何とか体勢を整え、再び機体を目標に向き直す。その時にはすでに無数の触手がこちらにむかって伸ばされていた。


 想像した物を実体化出来る能力を持つノベライザーとはいえ、まだ未熟なパイロットにはあの物量を捌ききれる程の力はない。このままではやられてしまうかもしれない。


「バーグさん! 他に機能はないの!? 僕、あの量を凌げる自信ないよ!?」

『無いこともないですよ。ただ……う~ん』

「えっ、悩むことなの?」

『まぁ、悩む時間も勿体ないので今教えますね』

 

 何やら怪しい呟きをするバーグ。すると、モニターに新たに表示される画面が。

 それを一目見た瞬間、ぎょっと顔をしかめるカタリ。パイロットの様子の変化を気にすることなくバーグの説明は続く。


『先ほどの通りノベライザーには想像した物を実体化させる力がありますが、これは物体に限らずある程度ならあらゆるに干渉して力に変換することも可能。一言で言えば必殺技が使えます。これが発動に必要なプロセスなんですけど、もうおわかりですよね』

「なんとなくは察したけど、もしかしてを……?」

『はい。漫画ばっかりのカタリさん用に今作りました。これをください。感情も込められれば尚オッケーです』


 バーグが出してきた物。それは長文で綴られた活字の塊。漫画は好きなカタリは活字が苦手であった。


 ただ読むだけならまだしも、敵との真っ向勝負中に読み上げるとは如何なものか。しかし、今の危機から脱出するために、なにより世界を救うにはこの程度の障害など気にしてはいけない。


『ほら! もう時間が無いですよ! それともこのままやられますか!?』


 バーグからの煽りを受け、挑戦の決意を固めた。噛まずに読みきる。上手く出来る自信は無いが、もう迷う時間はない。


「……ええい、ままよ!

『剣に纏う赤いオーラ。振り払ったその刹那、放たれた一撃は凄まじいものだった。

 無数に迫り来る魔の手は一瞬にして壊滅し、その余波ですら本体に傷を負わせる。そして、生まれた隙は逃さない。

 ノベライザーの放つ二撃目により、目標は分断。そのまま爆発四散するのであった』──!」


 言いきれた。その達成感に浸る間もなく、必殺技が発動する。

 カタリの操縦とは別に機体は自動で動く。剣を構えると赤いオーラが発生。そして、薙いだ瞬間に放たれた衝撃波に迫り来る無数の触手は焼き消され、本体にまで余波が届く。


 さらに同じ攻撃をもう一度発動し、今度は目標を上下に断った。爆発する本体。今し方の詠唱通り目標の怪物体は文字しかなくなった世界に四散していった。


「……勝った?」

『ふぃー、はい、確かに勝ちました。お疲れさまです。一時はどうなるかと思いましたけど、頑張った方だと思いますよ。下手なりに』


 半ば呆然とした状態となって、バーグに状況を問う。

 わりと辛辣な返信によると、どうやら敵との戦いに勝利したらしい。しかし、あまりにも淡々と終わってしまった。


 画面に表示された文字を呼んだだけで発動した必殺技。自身の操縦とは関係なしにたったの二撃であの巨躯を倒してしまうとは、恐るべき力である。


 そして、別に気付いたことがもう一つ。本体を倒したのにも関わらず世界が元に戻っていない。外は相変わらず白と文字で構成された虚無の世界のままだ。

 そう不思議に思っていると、その様子を見かねたバーグからおずおずと説明が入る。


『私はあくまでも文字化を止めるとは言いました。ですが、世界を完全に修復するには失われたデータを取り戻さないといけません。つまり、戦いはまだ終わっていないんです』

「そんな……」


 ここに来て衝撃の事実を突きつけられる。どうやらただ本体を倒すだけでは世界を救えないという。


 つまりはこの世界……自分の世界は崩壊したまま元には戻らないということ。家族も友人も、本来歩むべき自身の将来さえ失われたままだ。


 世界を修復するためにはデータなる物を取り戻す。それが世界を救う唯一の手段ならば、集める他に手段はないだろう。


『そう気を落とさないでください。あなたには私たちがいます。このリンドバーグとトリさんが、あなたのサポートをしていきますから』

「そっか……。うん、分かった。この選択をしたのは僕自身。三人で世界を救おう」

『それでこそノベライザーのパイロット。一段落したら、まずは休みましょう。戦士の休息は大事ですよ』


 こうして、突如として起きた現象は唐突に現れた仲間との協力で止めることは出来たが、世界を救えたとはとても言い難いものだった。

 自身に与えられた使命。文字化の脅威から世界を救うというあまりにも壮大極まりないそれを、これから続けていくことになるだろう。


「ノベライザー。世界を救う唯一の手段。自分にその役目は務まるのかな……?」


 カタリはそのことを胸に思いながら、この世界に唯一残った夕日を眺めた。

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