四話/木幡奏は逃げ出したい

 ──不幸体質って、いうのだろうか。


 俺は、昔からそうだった。基本的に運がない。


 じゃんけんは必ず負ける。籤引きは外す。靴紐はよく切れるし、行事には必ず悪天候を伴っていく。


 今日だってそうだ。気合いを入れて高校に来るまでは良かった。何もなかったからね。


 でも、高校に来てから霊を見るわ木刀で殴られるわ気絶させられるわ。


 なんだこれ。いつも通り、だけども。


 いやしかし、霊を見て気持ち悪くなったのは、全く高校の実情がどうなっているか調べなかった俺の落ち度だし、まあ良いことも少しあった。プラスマイナスでは大きくマイナスに傾いているけれども。


「っ……たたぁ……」


 ──ここはどこだ?


 倉庫っぽい。俺はマットの上で寝ていた。バスケットボールとかサッカーボールなどがその辺に転がっている。


 転がっている物が雑多であるので、この高校の規模的に部活の倉庫とかは用意されてるだろうし、ここが校内だったなら、体育の用具倉庫とかだろうか。


「神隠し、じゃないね」


 単なる誘拐だろコレ。


 ここはただの倉庫だ。曇りガラスの窓からは採光出来てるし、出入り口を。思い切り歯を食いしばって抑えてる。力業なのかよ。


 なら、どうするよ。俺。


「…………どうもできないね」


 そう。どうにもならない。幽霊がといっても、何も出来ない。今まで通り。


 俺は、ヤバイと思ったものからは逃げてきた。


 逃げて逃げて、ここまで生きてきた。対抗手段としての道具を買うことも考えたけれど、まともな道具が買えなかった。不良品だとか、偽物を掴まされる頻度が高過ぎて、止めた。運がないを通り越して鴨扱いされてたのではないだろうか。


 危険を避ける。危機を感じたら逃げる。それが間違ってたとは思わない。


 けれど、今回はその逃げ方が悪かったんだろう。


 マットの上に大の字で寝転がった。固い。


 天井付近に楽しそうにぐるぐると回る人達。遊んでるなぁ。


 そういえば、ここの幽霊って成仏を望んでいるのだろうか?


『大半は、そうだね』『皆、もういいかなって』『でもあいつとかちがくない?』『豪靴とか?』『修羅尼とか』『あと獄鬼とかじゃない?』


 ──突然頭に響く声。僅かに頭痛が。


「……っ!!」


 頭を抑える。これは、霊の声? 何で聞こえた? 今まで殆どが聞こえなかったのに。


「……大半は望んでる、か」


 原因はわかる──戸波さんだ。あの人に会ってから、この感覚が現実に侵食してきている。遮断していた筈の感覚が、強引に引き出されているかのように思える。


 これが無ければ、今日は無事に過ごせたのだろうか。


「じゃあ、これは、その、違う奴らの仕業?」


『ちがくない?』『それはじゃない』『皆もういいかなって』『でもやる』『消えたいけど』『なくなりたいけど』


『『『』』』


 天井の人達が一斉に俺を見た。なるほど、試さないといけないなら、仕方ないか。


 だって彼らはきっとすぐにでも消えたいけど、消えたくないのだ。何でそう思っているかは俺にわからないけども、まあ推測は出来る。


 この学園の霊を全て祓えるだけの力があるのか。それを試そうとしているのだ。幽世の浅い場所で、力の無い彼らが関わるだけの力の有無を測る門番として。


 鈍い頭痛に頭を手で押さえて、俺は立ち上がった。


「さぁて!! ……どう出ようか……」


 そこだ。幽霊に出入り口を抑えられている以上、どうしたら──。


「──────木幡くん、居るの!?」


 がしゃんと、出入り口の鉄扉が揺れた。周りの浮いた人達も揺らぐ。在るだけで影響を及ぼすのかあの人は……。


「戸波さん! 扉を抑えてる霊を斬って!!」


 何故か、俺は壁があっても向こう側に居る幽霊が見えるみたいで、外側にも居る扉を抑える幽霊が見えている。


「い、今、開けるから!!!」


 ──どうも声が届いてないみたいで。戸波さんの割合必死な声が聞こえた。


 ガツンガツンと音が響く。これは、蹴ってるのか? 僅かに扉が歪む。一応金属っぽいんだけどこの扉。


 どうしたものか、俺に出来ることはないのかと見て──。


「は」


 扉の向こう。身の丈ほど大きな片刃の刃物を持った女の人目を合わせたらダメそうな幽霊が歩いてきている。


「と、なみ、さん」


 声が出なかった。喉を手で抑え、「あー、あーー」声を出す。出る。あれは、もう見れない。見たら、体が竦み上がって何も出来なくなりそうだ。というか、さっきは、なりかけた。


「戸波さん後ろ!!!」


 声を張り上げた。ガツンガツンと音が響き続ける。扉の歪みが大きくなっていくのが見える。


「戸波さん!! 後ろを見てよ!!」


 何度も打撃を受けた倉庫の扉は大きく歪んでいる。不気味なほどに等間隔に響く連打の音が、俺の声が届いていないことを示している。


「戸波さん!!」


 気づけば扉と壁に隙間が生まれていた。


「今開くから! 危ないから離れていて!!」


 隙間に木刀を差し込まれる。扉を覗き込んでいた幽霊の頭が木刀に貫かれ、霧散した。


 扉の奥に目をやれば、片刃の刃物を持った女はもはや直ぐ近くまでやって来ていた。あの刃物、多分鉈だ。


「戸波さん! 後ろ!!!!」


 バキバキメキと、木刀が嫌な音を立てて……って木刀折れそうなんだけど!!? 戸波さんそこまでしてくれるのは有り難いけど後ろ見て!!!


「──っ、しょ!!!」


 バキッ。


 木刀がへし折れる決定的な音が聞こえた。遅れて扉が倒れてくるのを見て俺は前へと駆け出した。


「木幡く──」


 鉈を振り上げた女が、悪辣な笑みを浮かべていた。それは殺害を確信した笑みに他ならないと感じて。


「戸波さん後ろを見ろ!!」


 叫んだのは悪手だった。振り返ろうとする戸波さん。今振り返ったら、避けるのはきっと間に合わない。


 だから飛び込むように彼女の、その手を、引いた。


「え」


 え、じゃあ、ないっての────


「────ははっ」


 戸波さんをこちら側に引き込むのは成功した。けれど、勢い余って先まで戸波さんが居た場所に突っ込んで。


 ヤバいヤバい。


「────。」


 あーあ。戸波さんが絶句してるよ。一応、右腕繋がってるっぽいけど。どうするよ? これ。


「なぁ、見逃してくれない?」


 返り血を全身に浴びて真っ赤になった女の霊が、下ろしていた鉈を持ち上げた。それは拒否。殺意の表明。見ろよ笑顔だ。すごい晴れやかな笑顔だ。


 対して俺は左腕を持ち上げる。ヤバいヤバい。これ、マジで辛い。右肩結構バッサリいってるのに俺はなにしてるのか。


「頭は、まあこのくらいの高さ。女の人にしては結構高身長だよね、幽霊だから関係ないかもしれないけど」


 鉈を持った女幽霊の頭を指差すと不意に鉈を持った女幽霊はその指を見つめ、動きを止めた。


 ────そして風が吹いた。それが何かが飛んでいったことで起きた風だと遅れて気付いた俺は、脱力感から膝から崩れた。


「木幡くんっ!!!」


 涙目の戸波さんが俺に駆け寄る。俺は彼女に心配を掛けないように笑顔を作ると、何故か完全に泣き出してしまった。


「木幡くん!!!」


 叫ぶよりも救急車とか呼んだ方が良くない? いやぁ、もう喋るの怠い。


 首だけで入り口の先を確認する──鉈を持った女幽霊は、木刀の剣先を額にめり込ませて後ろに倒れていた。戸波さんがやったのだろう。消えていないのは良く分からないけれど。


 と、ぼんやり考えているとさらに奥から人が歩いてきた。


「……おー、新一年生じゃないか。それといっちゃん、。良かった良かった」


「紗智さん……木幡くんが……」


「一応救急車は呼んだよ? 出血が酷い? 紗智先輩にお任せあれ」


 紗智先輩、とやらは俺の横に屈んでごそごそとバックから包帯を取り出した。何やら良く読めない文字が書いてある。あとは綿となにかの液体の入った瓶。


 綿で傷口を、


「ぐっ」


 俺の肩周りをぐるぐる巻きにして締め上げる。


「あああああああ!?」


「応急処置応急処置ー、叫ばない叫ばない」


「紗智さん!?」


「心配ご無用、、倒したんでしょ? じゃあ危険はないわよ」


 遠くからサイレンの音が聞こえてきた。これで助かるのだろうか。そう思って──弛緩しなかったのは単純にそれではと思ったからだ。


 俺はただ、おかしいと思ったから。


「さっきのは……そこに、倒れてるだけ、消えてない」


「──っ! いっちゃん!!」


「何もないっ!」


 それで木刀が折れているのに気付いた紗智先輩。素早くバッグを漁り取り出したのは紙束の付いた木の棒だ。


 大幣おおぬさとかいう奴だ。


「これ使って!!」


「攻撃力足りなさそうだけど!!」


「いいから!!」


 戸波さんは大幣片手に幽霊の居る辺りをバシバシと叩く。大幣に俺の返り血が付着したのを見た紗智先輩が頬をひきつらせてる。


 叩かれていることに驚いたのか幽霊は暴れた。狸寝入りして奇襲でもするつもりだったのだろう。二人とも霊が見えていない様子だし。しかし、残念だったね。


「──きえろきえろきえろきえろ────きえろきえろ──────お前のせいか」


 戸波さんに変なスイッチ入っちゃったのか、幽霊を足蹴にして体重で動けなくしてひたすら顔面をシバいている。


 ………………。


「すいません先輩」


「ん、何? マットじゃなくて膝枕の方が良い? いやいやそれはいけないよ」


「……そうじゃなくて、もう、限界です────」


 俺は、それだけ言って、意識を手放した。


「──そっか。ま、良かったよ。私みたいにならなくてさ」

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