二話/木幡奏は出遅れる

 ──運命の出会いというものはあるのだろう。


 一目惚れだとか、何かを感じたとか、ロマンチックな運命があった方がやっぱり夢があると思う。


 けれど実際のところ運命とは往々にして────終わってから気付くのだ。


 それが避け得ぬ運命さだめだったのだと。


 ──なんて、嘯いてみても。


「…………………」


 クラスの誰からも奇異の視線で見られる事になるとは、相当にキツい。これが運命だというのなら、心を折りに来ているね。過酷。


 因みに戸波さんは平然とクラスの輪に戻っていた。


 他の人から見たら戸波さんが木刀を振ったことは認識できなかったらしいのだ。叩かれた後の俺はバッチリ認識できるようになっていたというのに。


 つまり、『自己紹介もせずに頭から血を流して倒れた奴』というのが、クラスメイトから見た木幡奏という男の総評となってしまったわけで。


 なんたる理不尽。完全なる高校デビュー失敗に膝が笑っている。おお、お前は笑ってくれるのか。……笑えないが?


 ずきずきと痛む頭に軽めの処置を施してなんとか解散前の教室に舞い戻ったのは良いが、完全に教室の空気から異物である。


 それを俺は三秒で理解させられた。


「木幡くん、ごめんね?」


 戸波さんが苦笑いを浮かべて気まずそうにぽりぽりと頬を掻く。


「……まあ、死ぬよりはマシだし」


 俺はそうやって軽めのフォローを入れることしかできなかった。戸波さんはクラスメイトの輪に入れる所にちょっとだけ不満を感じるが、発言の通り死ぬよりはマシ。


 孤立には馴れてるから、別に良い。


 、だ。


 ────高校に来てからは意識を切り替えていたからか感じなかったの気配が異様に在る。


 右見て左見て前見て振り返って、無数の気配におぞましさを感じる。


 何故、この環境で皆平然としていられる……??


 殴られた頭痛さえなければ今俺は正気を刈られていただろう。そんな状態だ、戸波さんの存在は居るだけで猛烈に有り難い。


「大丈夫?」


 戸波さんが女子たちの輪から離れて、俺のところに戻ってきた。


 遠巻きに戸波さんが離れた女子集団に見られている視線は何か理解できないものを見ているかのような気持ち悪さを含んでいる。かなり、俺には突き刺さるものだ。


「…………………駄目ではないけど。俺のところ来ないで、そっちで話してればいいじゃん」


「そうはいかないよ、私にとって木幡くんは生命線だもん」


「俺に倒れられたら──」


 言い掛けた口を閉じる。幽霊退治、って人の多い教室で言っていいのか分からなかったのだ。


 戸波さんはその事に気付いていないのか、何で言うの止めたんだろうみたいな感じで首をかしげている。


「俺が倒れたら戸波さんが困るもんね」


「うん。めっっちゃ困る。壮絶に困るしもっかいぶっ叩かないといけないので倒れないでください、お願いね?」


「叩かれるのかよ」


「それ以外の方法は出来ないからね……」


 戸波さんは自分の席に座り込む。後ろの女子達の目線の圧が少し変わった。


 チラチラ見るその頻度が増えたのだ。


「あと、私実はここに来る前にこの学校の除霊頼まれててさ」


「えっと、さっきの『眼になってくれる』かって話かな」


「うん、それ。つまるところ幽霊退治を手伝ってってことだったんだけど、さっきはほら、舞い上がっちゃって言いそびれてた……受けてくれる、かな?」


 戸波さんがはにかみながらそう言った。縮こまる様が小動物みたいでちょっとかわいいと思った。


 ……なんか戸波さんを直視しづらいな。


「まあ、なんとなく分かるし、その件はさっき受けるって言ったから。男に二言はない、みたいな感じで宜しく」


「……っ、ありがとう!」


 ──というか、だ。


「いいの?」


「何が?」


 まるでわかっていない様子の戸波さん。遠巻きに俺を見ている女子集団が見えているから、それに合流しなくていいのかというつもりで聞いたのだけど。


「……いやほら、後ろ」


「…………あぁ、そういうこと」


 納得の声を上げて、立ち上がった。何故か片手に木刀を持って……?


 ………………え?


「この辺?」


 戸波さんが木刀を振り翳したのを、俺は呆然と眺めていた。


「アアアアアアアアアア────ッ!!!」


 振り下ろした。女子の一人が袈裟斬りにされ、ギョロリと目を剥いて仰け反る。戸波さんは何でもない風に木刀を振り回す。


 重なる打撲が耳に飛び込んでくるのを両手で塞いで目も閉じる。えっ、暴力事件ですか……これ!!?


 少しの間目と耳を塞いで閉じ籠っていると、肩を叩かれた。恐る恐る目を開けると、間近に戸波さんの端正なお顔が。


「ヒッ……」


「えっと、終わったよ?」


「に、睨んでたからって、そんな酷いことしなくても良いじゃないか」


「……? あー。木幡くん本当に霊感凄いんだね。もしかしてちゃんとした人に見えてた?」


「……もしかして、あれも幽霊?」


 ──女子を平然と殴っていたのではなく、見えないから勘で木刀を振ってたというだけなのか?


 果たして、戸波さんは笑った。


「私には見えてなかったかなぁ」


 ──俺は完全に言葉を失った。







 数分放心したお陰で冷静になれた気がする。


 だから、ここが平然と幽霊が立ち歩く校舎だとはっきりと理解した。


「……これじゃあ夕神学園ここは、凄まじい危険地帯じゃないか」


「だからこその私だよ。ほら、私ならなんかやたら格式高い儀式とか道具もいらないから。神木の枝から作った木刀これだけあればどんな幽霊だってイチコロだもん、だからさ、頼りにしてくれていいからね?」


 いっぱい頼ってね、とばかりに木刀を振り回す戸波さん。何人かの亡霊がしれっと両断されていることに彼女はきっと気付いていない。


 やっぱり、戸波さんには幽霊が見えていない。その状態で幽霊に立ち向かう難しさが分かっているのだろうか。


 いや、分かっているからこそ、やたらとテンションが高いのだ。今朝の仏頂面は多分自分一人で除霊するのは無理である、と言うところから来た表情だったのだろう。多分。きっとそうなのだろう。


「そうするよ」


「私も頼りにしてるからね?」


 戸波さんはふわりと笑って木刀を仕舞った。


 そして身を翻して教室から出ていく。もう何人も残っていない閑散とした教室で俺はその後ろ姿を茫然と眺めていた。先の戸波さんの笑顔に、見惚れていたのかもしれない。


 ────が、そうでもないのかもしれない。


「……あー。なるほど」


 ぼんやりしたまま教室を出た俺は、無意識に呟きを漏らしていた。


 戸波さんは、やっぱりわかっていないのだ。



 ────この学校がどれだけ危険なのか、が。



、か────」




 そして、視界を埋め尽くすように現れたに俺の意識はあっという間に闇に閉ざされた。

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