戸波衣澄は霊感がない

リョウゴ

一話/木幡奏は霊感がある

 ──人は、分からないものに惹かれる。


 例えば、なんだろう。『秘密』だろうか


 誰が好きだとか、誰が嫌いとか、これは知られたくないーみたいな、そういったものはあると思う。その程度は、やっぱり人それぞれで些細なものから犯罪的なものまで、千差万別というか。


 人には言えない趣味、人には言えない関係、人には言えない何かを人は大抵持っているものだ。


 俺だって、バレたくない過去の一つや二つ、性癖の一つや二つや三つはある。


 例えば──神隠しに遭ったことがある、とか。


 そして、大体人って言うのは隠されたものが気になるように出来ている。たとえ火の中水の中草の中あの子のスカートの中──って某ポケモンマスターを目指す少年も謳ってるし、万人そういうものなのだろう。


 だから秘密というものは案外維持するのは難しく、知られていないことは大抵理由がある。なんかよくわからないけどバレない、みたいなときもあるけども、それだって主観的でなければ見えてくる理由があるだろう。


 ──人は分からないものに惹かれるのだ。


 世の中には、知覚することすら危ういナニカが認識出来ない薄氷の向こうに存在する。秘密にされているわけではない。ただ、誰も認識していないだけ。


 それがある日、往年の隣人のように当たり前に、日常に紛れ込んでいたら、果たしてどうしたらいいのだろうか。








 私立夕神ゆうがみ学園。一学年五百人以上を抱えるかなり大きな学校である。結構広い敷地建物と校風が売りの、私立高校だ。


 人数が多い。当然のようにヤバめな人混みがそこにある。


「……キツいぞ、これ」


 俺はその渦へと突撃した。人混みを掻き分けて掲示されたクラスを確認。


 ──よし、六組か。


 思ったよりも人混みを抜けるのは楽だった。渋滞は掲示板の近くだけらしい。ぼっちの強みが出たな。集団だと『○○はどのクラスー?』『○組だよそっちはー?』『わー一緒ー!!』みたいな会話が繰り広げられて中々移動しないだろうし。というかさっき思いきり同じ会話が聞こえた。ちくしょー。


「六組は、ここか」


 ともあれ、自分のクラスに来た。不安だ。こういうのは最初の印象が大事だ。最初にコケると暫く立ち上がれないし、立ち上がれない間に全ての関係が決まってしまう。


 黒板に席順が書かれているのを確認。木幡こはたかなでは……ここか。廊下側から二列目の最後尾。前は戸波、衣澄……俺より前だから、こなみ、いずみ? 名前的に女子。実際女子。


 彼女の横を通り過ぎて自分の席に着いた。


「初めまして」


「あ、どうも初めまして」


 仏頂面の戸波さんは振り返って一言だけ言うと、すぐ前へ向き机に突っ伏した。


 教室には人が揃いつつある。予定では入学式の時間まではこの教室で待っていないといけないらしくて……やっぱ馴れない人混みは苦手だ。なんか緊張して喉が乾いた。


 飲み物は持ってきてないけど、高校の敷地内には自販機が点在している。買いに行こっと。




 さっきまでの人混みが廊下に移ったのか、俺が来たときとはうって代わってごった返している廊下を通り過ぎて外へ行く。やっぱりあの密度はちょっとキツい。


 自販機はどこ────っと、先客がいる。


「うーん。本当に大丈夫かなぁ……いっちゃん変なことしなきゃいいけど……」


 自販機の前でコーヒー牛乳のパック片手にぶつぶつ呟いている目を惹くような明るい茶髪の女子。制服指定されたネクタイの色が俺の学年とは違うところを見るに、先輩のようだ。


 あ、フルーツタルト牛乳あるじゃん。


 俺が自販機のラインナップを見て反射的に飲み物を買うと、後ろでそれを見ていた先輩が「うげっ」と声を上げた。


「な、なんです?」


 失礼では? と振り返ったら、先輩は目線を泳がせて困ったように答えた。


「いやー、それ買ってる人始めてみたから、ちょっとね」


「確かに、レアいかもしれないですね」


「美味しいの?」


「いや、これはなんか……習慣? ……味が気になるなら、飲んでみます?」


「え、遠慮いたします……と、言うか君新入生?」


「……? はい、そうですね。今日からピッカピカの一年生です」


「そっかー、懐かしいなぁ。そういえばもうそんな時期かー」


 ……そういえば。


 今日は入学式があるけれど、今日は他の学年の人にとっては登校日ではなかったと思う。


「先輩は、なんで今日高校に来たんです?」


「お、聞くねぇ? 気になる?」


「んー、別にそこまでは」


「よし良いでしょう気になるというのであれば答えてあげるのが世の情け! 教えてあげましょう!」


 天真爛漫に先輩は俺へと詰め寄る。えぇ……。


「ゆっても大したことじゃないよ? 単に妹分みたいな子がうちに入学するから気になっちゃってね」


「そうなんですか」


「ま、入学式参加とか一年の教室覗いたりとか出来ないから来ても仕方ないんだけどね」


 先輩が困ったように笑う。


「確かに、先輩が一年の教室居たら目立っちゃいますもんね」


 俺はそう言うと同時に牛乳パックにストローを刺して一気に飲み干した。腕時計を見るとそこそこ時間が危なくなってきた。


「それはどういう意味ー?」


「アレです。先輩は美人ですから?」


「ほぉ、お世辞でも嬉しいものですな? ありがとー。そんで時間でしょ? じゃねー、頑張れよ新一年生ー!」


 先輩は校舎とは逆方向に消えていった。俺はそれを見送ってから教室に戻った。


 よし、うまく話せたな。


「にしても、なんか落ち着く感じしたなぁ。、かなぁ」






「──そして──新入生の皆様には────」


 壇上で理事長が話をしている。お偉方はどうして中身なんてどうせ要約すれば三行くらいで終わるだろう話を五分以上続けられるだろうか。


 もはや一種の怪異ではないだろうか。あくびを噛み締めながらぼやーっと見渡す。


 整列した椅子に座る同級生は各々船を漕いでいたり、そうでなくても欠伸をこらえていたり。真面目に背筋を伸ばして聞いている人の方が少なくて目立っているように見える。


 因みに目の前に座る戸波さんは後ろからでも分かるくらいにちゃんと話を聞いている方の人だった。ピンと伸ばした背筋に俺は姿勢いいなぁとかぼけーっと考えていた。


「──木幡くん、だっけ?」


「……?」


?」


 …………おっと、何を聞かれたのかと思えば。


「何の話?」


「……ふぅん?」


「それより理事長の話は良いの?」


「いいの。終わったみたいだし」


 言われて、理事長が降壇していることに俺はようやく気付いた。担任の教師たちが次に教室に集まって諸連絡があることを声高に叫んでいる。


 その教師たちの頭上に────。


「……う……」


 ────ああ、しまった。


 。急に襲いかかってきた不快感に吐き気をおぼえ、俺は立ち上がり損なう。


「大丈夫?」


 戸波さんが手を差し伸べてきた。俺がその手を取らないで立ち上がったからか、彼女は意外な物を見るような目付きで見てきた。


「大丈夫、だから」


「ふぅん? そっか」


 戸波さんの意味深な態度は十分気になる。不快感が体の中で渦を巻いているが、俺は平静を出来るだけ装って教室に向かう生徒たちの列に混ざった。




 戻り始めるのが遅かったからか、教室には既に大半のクラスメイトが戻っていた。


「じゃあ自己紹介宜しく頼むわ」


「はい! 私は安部あべ水羽みなは────」


 さっきの体調不良の原因は、わかる。のだ。


 なんというか、俺には霊感とか言う不便な感覚が備わっているみたいで。しかも、見えるものからはその悪影響をものすごく受けるのだ。


 出来るだけ見ない振りをしているのだけど、さっきは直前に『見える?』と聞かれたので、慌ててしまって、してしまったのだろう。


 見さえしなければ案外平気なのだけど。


「──次、戸波」


 ふと、顔を上げたら戸波さんと目が合った。


「戸波、衣澄いすみ。よろしく」


 酷く短い自己紹介だった。それだけじゃ流石に不味いんじゃあ……?


 って思っていたら案の定先生が戸波さんを睨んだ。


「あと一言何か言え」


「……趣味とかあんまり無いんですけど」


「なんでもいいから」


「……じゃあ、読書で」


 じゃあ、って何。


 先生は、しかたねーな、と視線を俺の方に移し──俺の番か、と立ち上がる。


「俺は木幡、「私は坂野由香です、趣味は────」


 ……は?


 ふと、


 


「……やっぱり見えてるじゃん」


 


 なんだ、これは。


「木幡くん、ね?」


 なんで、それを。


「だってほら、みんな木幡くんと目を合わせてないじゃん」


 さも、何でもないことのように戸波さんは言った。


 喉が乾いて焼けるような違和感。遅れてやってきた吐き気。


「っ…………っ!! っっっ!」


。痛いだろうけど、文句は受け付けないからね」


 戸波さんはどこから取り出したのか木刀を持っていた。


 その木刀は、刀身に何か細かく文字が掘られている。その有り様に、どことなく神聖さを感じる。


 それを。俺の。脳天へ。


「────。」


 真一文字に振り下ろした。







 ────それからは大変だった、らしい。


 俺は突然頭から血を流してぶっ倒れ、保健室に運ばれた。


「──どう? 調子は」


 戸波さんが仏頂面で俺を見下ろしていた。


「最悪……というか、何したの……?」


「平たく言えば、除霊」


「んな無茶苦茶な……ただ木刀でぶっただけじゃん」


「……?」


?」


 それでようやく戸波さんはニヤリと笑った。俺もつられて笑みを浮かべる。


「でももう少しやりよう無かったの? 結構痛むんだけど」


「文句は受け付けません。私は私に出来る精一杯をやりました! ……あと、それでさ、治療ついでに頼まれてくれる?」


「図々しいね」


「それほどでもーあるかなー」


 何故か照れる所作をする戸波さん。


「誉めてないから。感謝はするけどさ」


「あのままだと下手すれば死んでたからね」


「……マジですか。目を合わせただけで死にかけるのか、あれ……」


「そうそう、スッゴく危険なのにいっぱいいるみたいだからさ、もしよかったら……──私のになってくれる……?」


 そうやっておずおずと伸ばされた戸波さんの手のひら。俺はそれをじーっと見つめた。


 この頼みは、もっかい死ねと言われてるようなものだ。安請け合いするものでは決してない。


「いや渋るのも結構わかるんだ、だってこれ間違いなく木幡くんに負担かかるし「いいよ」別に断ってくれ……て……いいの!?」


 俺は戸波さんの手を取った。


「どんとこい、だよ」


 そもそも、この高校で生活する上であれは避けられるものではないのだ。席が前後とはいえ、いつでも除霊を受けられるわけではない。受けられないうちに致命的な事になりかねないのだ。


 ならば、受けない理由がない。というか、女の子とお近づきになるのに理由が要るか? 木刀で殴られたのは治療行為だし仕方ない。治療的な意味が無かったら怒るけど。


「よかった……ありがと!」


 戸波さんが喜んでくれたようで何よりだ。


「戸波さんって結構笑うんだね」


「えっ?」


 あっ、やべ、つい。


「あーーーいや、その、なんかずっと仏頂面だったし」


「……あはは、まあ、色々あるんだよ、色々」


「なるほど」


 ──因みに自己紹介の時に倒れた事で、今後俺は完全にクラスで浮いた扱いを受けることになるが、このときの俺はまだ気付いていない。


 このときは結構楽しかった。

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