最終回、未来は僕らの手の中

<宗輝と宗珊の和解>


ぼくら家族の和解を目にした侍さんは、何かを決意したように宗輝さんに話しかけた。


「なあ、宗輝。儂もお前に伝えておかなければならんことがある」


「なんだ?」宗輝さんはぶっきらぼうに言い返した。


「20年前、お主の人生を台無しにしてしまった儂が言うべきだったことは、謝罪ではない…

これからもともに頑張ろうと言って、お主に寄り添うことだったのかもしれん」


「…やっと気付いてくれたか。そうだな。あくまで謝罪は、自己満足や保身でしかない。言葉だけではなく、その後にどうするかが問題なんだ。謝るだけでなく、これからのことを一緒に考えてほしかったんだ。ごめんなさいと言えば、記者会見で謝罪すれば、それだけで解決するわけじゃあねえんだ。まあ、俺自身の教訓でもあるけどな…」


「儂はあのとき、お主の気持ちをわかったやれなかった…」


「もういいよ、宗珊。

俺もこの2週間で心持ちが変わったんだ。あいつらの修行に付き合っていたらよ、がむしゃらだった昔の気持ちを取り戻せた。それは宗珊のおかげだ。あんたと出会えたから、今があるんだ。それによ。俺は非正規の個人事業主だが、人力車を引っ張るこの仕事がけっこう好きなんだ。もしかしたら天職なのかもしれねえよ」


「天職…?そんな言葉を使うということは、もしかして人生に後悔していないのか?」


「そりゃもちろん、つらいこともあったさ。ずっと不満を抱えて生きてきた。けどよく考えたら、ここまでの寄り道や後悔が今に続く道だったと考えればそんなに悪いものじゃねえと思う。

なんだろうな、今の気分は、人生で最も清々しい気分なんだ」


「宗輝…お主も成長したのかもしれねえな」


「成長だなんてよせよ。もう37歳のおじさんだぜ、俺は。

さて、事件も解決したようだし京都に帰るとするか。お前たちはタクシーを呼ぶんだろ?俺は先に帰るぜ。じゃあな、宗珊。そしてみんな、今までありがとうよ」


「ああ、こちらこそありがとう…」


「宗輝さん、ありがとう。そして元気でね。今度は、宗輝さんの人力車に乗せてよ」


「ああ、任せとけ!俺の人力車は、京都で一番安くて、速いんだ、楽しみにしておけよ?!」


そう言ったときの宗輝さんの笑顔は、太陽のように輝いていた。



―――――――――――――――――


<暗殺の真相>


パトカーが去り、宗輝さんも帰ったあと、トシ、ぼく、雪、ぼくの母さんの3人はタクシーを待っていた。


そのときトシは、重苦しい表情で呟いた。

「勇、宗柵。2人に、ケンモツから言いたいことがあるんだ。それはどうしても話しておかないといけないことだ…」


その言葉を受けて、ケンモツが話し始めた。

「土居宗柵。今から、お前の暗殺の真相を話そう…」


ぼくと侍さんはごくりと唾を飲んだ。


「儂らが生きていた戦国時代。隣国の長宗我部元親は、次々と一条家の領地を侵略してきた。

元親は一条家に多数の間者を送り込み、寝返り工作も行った。そのせいで、一条家から長宗我部家に寝返るものも多かった。領土は侵略され、裏切り者も現れる。一条家の誰もが疑心暗鬼状態だった。誰もが他者を信用できなくなっていた。


それでも我らは持ちこたえた。それは、知略、武勇ともに優れた土居宗柵の活躍があったからじゃ。だから元親は一計を案じ、土居宗柵を陥れようとしたのじゃ。


元親はそれ以後、宗柵にひたすら手紙や贈り物を送り、親密さを見せかける態度をとったのだ。それは一条家の家中でも話題になり、土居宗柵は一条家を裏切って長宗我部につくのか?と噂された」


侍さんはここで口を開いた。

「儂も悩んだのじゃ。しかし、手紙や贈り物を粗末に扱って元親の機嫌を損ねては、一条家が長宗我部から総攻撃されると思ってしまった。だから儂は長宗我部からの贈り物などを受け取ることしかできなかった」


「お主の気持ちはわかるぞ。だが、周りの家臣のお主に対する疑いは増すばかりじゃった。

そして、元親から届いた裏切りを促す手紙の存在と、お雪の件でお主が兼定様を叱責したことが引き金になってしまい、ついに土居宗柵の処分を決める軍議が開かれたのじゃ。


そのとき、儂は言ったのじゃ。`兼定様…土居宗珊を殺しましょう`と。


「ケンモツ…お主が申したのか?」


「ああ。もちろん儂は、お主が裏切っていないことは知っておる。それが長宗我部家からの調略だということも。

しかしお主を…土居宗珊を粛清しなければ、一条家家臣たちの裏切りは止まらなかったのじゃ。

`裏切りの態度を見せた者は切る`という態度を見せることは、一種の必要悪だと考えた…


「しかし、兼定様はすぐには答えを出さなかった。忠臣であるお主が裏切ったなどとは考えてはおらんかったが、元親から手紙や贈り物が数多く届いていた以上、見逃すわけにはいかんと考えたのじゃ。


兼定様はそれから何日も思い悩んだ。そして現実から逃れるように、お雪の元に通い、彼女との愛を育んでおった。だがしかし、儂はそんな兼定様に決断を迫った…

`殿、早く決断くだされ…!`と。


そして兼定様は、苦悩の末、儂に土居宗珊の暗殺を命じた…

あの真っ赤な月夜に、お主を襲ったのは儂の差し向けた刺客じゃ…」


「ケンモツ…お主が進言したのか」


「すまない、宗珊。わかってくれ。一条家を守るために仕方がなかったのじゃ…

じゃが、お主を殺したことは間違いじゃった。

忠臣である土居宗珊を粛清した事は、一条家家臣の間に反発と恐れを抱かせてしまった。そして家臣たちは、雪崩の如く長宗我部家に裏切っていった…ほどなく、一条家は長宗我部家に滅ぼされた…」


「そうか、そういうことじゃったのか…」侍さんは、何度も言葉を繰り返しながらうなづいた。


そのとき、トシの横に憑依していたケンモツさんの色が透けてきたのだ。


「ケンモツ…ついに成仏できるんだな?」トシは透けていくケンモツさんに問いかけた。


「そうじゃな。どうやらやっと成仏できるみたいじゃ…」


「土居宗珊に暗殺の真実を話す。ケンモツはその本懐を遂げたんだ…」トシは淡々と口にする。


「ずっと言えなかったんじゃ。儂のせいで、土居宗珊の暗殺が実行され、そして一条家は滅んでしまった。兼定様にも苦しい思いをさせてしまった…儂のせいじゃ…」


トシは消えゆくケンモツに声をかける。

「そんなこと言うなよ。ケンモツ。兼定様はたしかに滅ぼされた。後世でも暗愚な武将と言われているよ。ただそれは勝者である長宗我部の手によって残されたものだ。それに、戦国時代はみんな生きるのに必死だったんだ。誰だって判断を間違えることもあるさ。

徳川家康や武田信玄だって、実の息子を粛清しているんだぜ?だからケンモツ、そんなに自分を責めるなよ。お前だって一条家のことを思って一生懸命がんばったんだろ?」


侍さんも言葉を続ける。

「トシの言う通りじゃ。儂もお主を恨んでおらんよ。兼定様もきっとそうじゃ。戦乱の世とはそういうものだからのう。長宗我部元親の勢力が巨大すぎたのじゃ。だから、気に病むでない。

それに、ケンモツではなく儂のせいじゃ。儂が長宗我部元親の策にはまらなければ…一条家は滅びなかった…」


自分を責める侍さんとケンモツさんがいたたまれなくなったぼくは、彼らに声をかける。

「2人とも、過去を振り返って、たらればを言ってもキリがないよ。

侍さんもケンモツさんも、そのときは一条家のことを思って、覚悟を持って、最善の判断をしたんだよね?侍さんが教えてくれたじゃないか。覚悟の大切さを…

だからその判断を悔いないでよ。全力を尽くした判断だったなら、胸を張ってよ…?」


ぼくらの言葉を聞いたケンモツさんは、うっすらと消えゆく中で大粒の涙を流していた。


そしてトシは、別れの言葉を語りはじめた。

「なあケンモツ。お前と出会って10年、長いようで短かったなあ」


「お前ほど生意気な少年を儂はしらんわい…これからも、達者で暮らせよ…みんなも元気でな…」


「ああ。お前も、あの世で達者でな…」


トシがそう言ったとき、ケンモツさんは星屑のようにその場から消え去った。


「絶対、泣かねえからな…」ぐっと歯を食いしばっていたトシだったが、堪え切れなくなり、膝を落として泣き崩れた。



―――――――――――――――――


<さようなら、侍さん>


ケンモツさんが消えてしまったあと、侍さんにも異変が起こった。彼の姿も薄くなってきたのだ。


「さ、侍さんも体が薄くなってきているよ…もしかして成仏しちゃうの!?」


侍さんは、「ああ、そうみたいじゃのう。長宗我部家に復讐を果たしても成仏できなかったのに、やっとあの世にいけるのか…」と落ち着いた口調だ。


「そんなこと言わないでよ…けど、どうして今?」


「ケンモツから儂の暗殺の真相を聞けたからじゃろうなあ。

兼定様が儂を裏切り者だと思っておらんかったことがわかっただけで、もう満足じゃ。さらに、兼定様は、苦渋の思いで、泣く泣く儂を粛正したんじゃろう?

その気持ちも痛いほどわかる。まさに、`泣いて馬謖を切る`という故事と同じじゃったのだからなあ」


`泣いて馬謖を切る`、律を保つためには、たとえ愛する者であっても、違反者は厳しく処分することの例えだ。蜀の諸葛孔明が臣下の馬謖を泣きながら斬罪に処したことが語源だ。


「そうだったね。侍さんは、自分が殺された真相が知りたかったんだ。それを知ることができて、ついに成仏するということか…」


「それにのう、勇。これ以上、儂がお主に憑依すれば、命の蝋燭がさらに短くなり、寿命が短くなるぞ?」


「ぼくの寿命なんてどうでもいいよ!ぼくはもっと侍さんと一緒にいたいんだ!」


「バカモノ!」侍さんは声を張り上げた。「そんなことを言うでない。勇が早死にすれば雪が悲しむぞ…?」


侍さんの声は雪には届いていないはずなのだが、気のせいか彼女も悲しそうな顔をしている。ぼくが寿命の話をしているからだろうか。


話をしているうちに、侍さんはさらに薄く透けてきた。もう別れの時が近づいている…

「でもぼく、自信がないんだよ…侍さんから自分の気持ちを表現する大切さを学んだけど、それは侍さんがそばにいたからだよ。ぼく一人じゃ…」


「そんなことはないぞ?勇が逞しくなっていったのは、お主自身の努力のおかげじゃ。京都の一件以降は、儂がおらんでも立派に過ごしておったんじゃろ?自信を持つのじゃ…」


「そうかなあ…」


「もっと自信を持て!もう儂も宗輝もおらん。これからはお前が雪を守ってやるんじゃぞ?」


「うん…わかったよ…」ぼくは雪を見つめながらそう答えた。


侍さんと話していると、思い出が走馬灯のように浮かび上がってくる。恐怖の夜の出会いも、バッティングセンターでの特訓も、京都での決闘も、全てが昨日のことのようだった。


侍さんは、にっこりと笑う。

「では、そろそろお別れの時間じゃが、最後に言っておきたいことがある。

よいか、勇?自分の心の声に従うのじゃぞ?そして、どんなにつらいことがあっても、心の中の侍を思い浮かべるのじゃ」


「心の声…か。今後の人生で何か迷ったときは、侍さんのことを思い出すよ。そして侍さんならどうするかを考える」


「そうじゃ。そしてのう。効率や簡単なことだけを求めるでないぞ。機械の画面ばかり見てはならんぞ。人生とは画面を通して生きることではない。生きているその瞬間を楽しむのじゃ。トシや雪、そして家族。大切な人との血の通う時間を大切にするのじゃぞ?」


ぼくはじっと、侍さんを見つめた。その髭も、ちょんまげも、触れようとしても触れられない。しかし、侍さんの体に触れようとすると、なぜかぬくもりを感じた。


そうしているうちにも侍さんの体はどんどん透明になっている。もうその姿は幽かに見えるほどだ。


「勇…お主には本当に感謝しておる。ありがとうよ。みんなと、達者で暮らせよ…」そして、これが侍さんの最後の言葉になる。


ぼくは今にも消えかけている侍さんに向かって、最後の思いを伝えた。

「侍さん…君を心配させたくないからさ。この言葉を伝えるよ。

今まで本当にありがとう。侍さんのおかげで、ぼくは心の強い少年になれたよ。だから安心して成仏して、あの世でも幸せに暮らしてね…

さようなら…土居宗珊さん…」


ぼくの言葉を聞いた侍さんは、今まで見せたことがないほどの白い歯を見せた。その瞬間、ガラスの結晶が空に同化していくように、侍さんの姿は消えてしまった。もう誰にもその姿は見えない。きっと、成仏したのだろう。


それはあまりにも突然だった。ずっと一緒にいると思っていた侍さんは、僕の目の前で砕けるように消えていったのだ。

ぼくは両膝をついて、枯れ果てるほど泣きはらした。



―――――――――――――――――


あれから数週間が経ち、ぼくらはいつもの日常を過ごしていた。学校で勉強をして、道場で剣術を学ぶ、なんてことのない日々だ。


母さんは笑顔で過ごすことが多くなり、なるべく早く帰ってきてくれるようになった。今は2人だが、いずれ父さんが帰ってきてくれるのを心待ちにしている。


この世界に存在した3人、いや4人のヒョーイザムライはもういない。

ぼくと宗輝さん、トシ、父さんに憑依していた戦国武将たちは、あの日、同時に成仏した。現世への思いを断ち切り、穏やかな表情で天に召されていった3人だが、きっかけは異なっていた。


長宗我部元親は息子の成長を見て。


羽生堅物は暗殺の真実を話して。


土居宗珊は暗殺の真相を知って。



因縁の彼らが最後は満足そうに成仏していったのだから、ぼくら現世の人々も平和に過ごせるはずだ。誰のことも恨まず、手を取り合って。


そして、3人が無念を晴らして成仏したのを見届けたかのように、一條神社の咲かず藤は、再び花を咲かせた。



―――――――――――――――――


再選を果たしたあと、雪の父である山内市長は、市役所の前の広場で演説を行っていた。


「私はかつて大きな過ちを犯してしまい、その責任をとって辞職しました。

しかし皆様のご要望、そして投票のおかげで、再び市長として執務に励むことができることになりました。

本当にありがとうございます。しかし、私が職員に暴言を吐いてしまい、それが日本中で報道されてしまったという事実は変わりません。その教訓を忘れず、もう一度初心に戻り、政務を取り仕切ろうと思います。


そして、私は今回の過ちを通して、ある一つのことを考えました。それは、`人生とは一度道を踏み外したら終わりなのか`ということです。

生まれつきお金持ちだから幸せだ。紛争地帯で生まれたから不幸せだ。そんなはずはないのではないでしょうか。せめて、この日本では、いや、私が政治を行うこの四万十市では、誰しもが平等に暮らせる社会にしていきたいのです。


現金輸送車を強奪した暴力団だけが罪を犯したわけではありません。明るみにはなっていませんが、市民を守るはずの警察にも不適切な行為がありました。もちろん私や、役所の職員にも不適切な行為がありました。誰しも弱い一面があり、過ちを犯すのです。


立場がどうか、正義か悪か。単純な二者択一ではなく、良い面も、悪い面も、それを受け入れて前に進もうではありませんか。

勝者だけが紡いできた歴史ではなく、賢人の知恵は受け継ぎつつ、新しき知恵も生かして、手を取り合っていこうではありませんか。


最後に、行政の根幹である法律について話をさせていただきます。

この高知県を本拠地にしていた長宗我部家の祖先は、秦の始皇帝だと言われています。

そして、秦の始皇帝は、中華という大国を、法を以て人を支配しました。しかし、法で雁字搦めにした政治は失敗し、秦は崩壊します。


もちろん日本は法治国家ですので、法律は何よりも大切なものです。しかし、その法律は人のためにあるということを忘れてはいけないのではないでしょうか。

私は法律だけでなく、人を大切にしたい。法のための法ではなく、人のための法を制定していきたいのです。


みなさま。私は全知全能ではありません。間違えることもあります。泣きたくなるときもあります。だからこそ、一生懸命、物事に取り組むのです。良い政治をして、市民が暮らしやすくなるために、私も力を尽くします。ですので皆様も、自分ができる目の前のことに一生懸命取り組んでみてください!」


山内市長のこの演説は、伝説になった。



その後、山内市長は市の条約を全面的に見直し始めた。暴力団や社会的弱者に対する政策も抜本的に改革していくつもりらしい。今後どうなるかわからないが、心を入れ替えた人、努力をしている人が、バカをみることがない社会を作ろうとしているそうだ。


父や組員のみんなが出所するころには、身分にかかわらず誰もが笑える社会になっているのかもしれない。



―――――――――――――――――


<友情の決闘>


あくる日の早朝。まだ太陽が完全に姿を現す前。

誰もいない佐田の沈下橋の中央にぼくとトシの姿があった。


朝から自転車を飛ばしてここにやってきたのは、10年前の決着をつけるためだ。昨晩は大好きなロッキーⅢを視聴して、この日のために気持ちを高めている。


「どうだ、勇。決闘っぽいだろ。この時間ならまだ車もこねえ。心置きなく戦えるぜ?」


「道場では2人で真剣に戦ったことがなかったものね」


「ああ。宗珊もケンモツもいなくなった今、雌雄を決しようぜ。かつての雪辱を晴らしてやる」


「どちらが強いか…だね?」


「ああ。それと、わかってるだろうな。この勝負に勝った方が、雪に告白をする権利を得る」


「わかってるよ」ぼくはぶっきらぼうに答えた。何かのきっかけがないと、告白をする勇気は出ないのかもしれない。


観客が一人もなく、ゴングすらない橋の上、2人だけのリターンマッチ…


「いくぞ!」


「おお!」


ぶつかり合った竹刀は、大きな音を立てて火花を放った。



―――――――――――――――――


<未来は僕らの手の中>


この日は、再び雪の家に招待されていた。

「勇くん。今から私がバイオリンである曲を弾きます。それが何かをあててみて?」


「え?あんなに恥ずかしがっていたのに、バイオリンを弾いてくれるの?」


「勇くんは、特別だよ…

私が好きなロックンロールを、自分なりにアレンジしてみたんだ。あててくれたら…」


「あてたら…何?」


「それはまだ言えない…」


すっと息を飲んだ雪は、流れるような仕草で弦を操った。まるで空に音符が浮かんでいるかのように、心地よいメロディーが流れる。ぼくは奏でられた音に魅了されていた。


そのメロディーに乗せて、ぼくは自然と口ずさんでいた。



月が空に張り付いてら

銀紙の星が揺れてら

誰もがポケットの中に

孤独を隠しもっている

あまりにも突然

昨日は砕けていく

それならば今ここで

僕等何かを始めよう



「勇くん、口ずさんでるじゃん…?この歌のタイトル、わかったでしょ?」


「うん…」


ぼくはそう答えると、雪にそっと近づいた。彼女はバイオリンを置く。


「私のお父さんは山内家の血筋なんだけどね、どうやらお母さんはお雪さんの血筋を引いているみたいなんだ。お雪さんのお姉さんが、私のお母さんの先祖らしいの。だから私たちも、惹かれ合う運命なのかもね」


「兼定様とお雪さん、添い遂げられなかった二人の分までさ。ぼくらは一緒に…」


持て余していた雪の左手をぼくはぎゅっと握りしめた。そして自分の洋服のポケットに突っ込んだ。ポケットの中は2人分の体温で温まる。


雪はぼくの瞳を見て、にっこりと笑った。


「未来は僕らの手の中…だ」




-終-

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ヒョーイザムライ 喜多ばぐじ ⇒ 逆境を笑いに変える道楽家 @kitabagugi777

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